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山あいの温泉宿。
派手な看板はない。
大きな通りからも、
少し外れている。
知らなければ、
そのまま通り過ぎるような場所だった。
だが。
最近、
妙に客が増えていた。
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「……また満室?」
帳場で、
小夜が目を瞬かせる。
父親も、
少し困惑していた。
「先月より増えてるな……」
理由が、
分からない。
宣伝はしていない。
立地も良くない。
だが。
一度来た客が、
また来る。
そして。
「人に勧めたくなる」
と言って帰っていく。
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原因は、
割と単純だった。
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「……この鮎、
塩少し変えました?」
厨房。
真壁が、
静かに言う。
料理人だった小夜の父が、
少し目を丸くする。
「分かるのか」
「前より、
香りが立っています」
真壁は、
湯気の立つ焼き魚を見る。
「炭も変えましたね」
沈黙。
父親が、
じっと真壁を見る。
怖い。
この男、
怖い。
だが。
言ってる事は、
全部当たっていた。
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最初は、
本当に何気ない一言だった。
「この出汁、
少し火を弱めた方が
旨味が残るかもしれません」
「酒は、
冷やし過ぎない方が香りが出ます」
「この漬物、
一日置くともっと馴染みます」
静か。
押し付けない。
だが。
妙に的確。
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そして何より。
真壁自身が、
めちゃくちゃ美味そうに食べる。
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「……美味いですね」
白身の昆布締め。
地酒。
山菜。
湯豆腐。
どれを出しても、
静かにちゃんと味わう。
料理人側からすると、
かなり嬉しい客だった。
しかも。
細かい違いに、
全部気づく。
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「堅さん、
本当に舌いいですよね」
小夜が、
少し呆れたように言う。
真壁は、
湯呑を持ったまま首を傾げた。
「そうでしょうか」
「昨日、
父がちょっと味噌変えたのも
気づいてましたよね」
「香りが違いました」
即答。
小夜が、
少し笑う。
「父、
かなり悔しそうでした」
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その頃には。
宿の料理が、
妙に評判になり始めていた。
「派手じゃないけど美味い」
「なんか落ち着く」
「湯がいい」
「酒が合う」
「静かで眠れる」
そんな口コミが、
少しずつ広がっていく。
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ある日。
宇髄が来た。
「いやお前、
こんな良い宿よく見つけたな」
炭治郎達も来た。
善逸は、
温泉で叫んだ。
伊之助は、
露天風呂でのぼせた。
義勇は、
静かに酒を飲んでいた。
実弥は、
気づけば料理を追加していた。
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「……この宿、
居心地良過ぎねぇか?」
実弥が、
ぽつりと言う。
真壁は、
静かに湯を飲んでいた。
「そうですね」
宇髄が、
にやりと笑う。
「お前、
絶対原因の一部だろ」
真壁が、
少しだけ首を傾げる。
「何がです?」
「料理と酒語り過ぎなんだよ」
炭治郎が、
思わず頷く。
「確かに、
真壁さんいると
皆ちょっと食事楽しそうです」
真壁は、
少し考えた。
「……食事は、
落ち着きますから」
短い言葉。
だが。
そこに、
真壁らしさが全部出ていた。
戦いの中では、
まともに味わう暇もなかった。
落ち着いて食べる。
湯気を感じる。
酒を飲む。
誰かと席を囲む。
それは、
真壁にとって
“生きている実感”そのものだった。
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夜。
宿の縁側。
風が、
静かに抜けていく。
小夜が、
湯呑を置いた。
「最近、
“隠れた名宿”って言われてるみたいですよ」
真壁が、
少しだけ目を瞬かせる。
「そうですか」
「ええ」
小夜が、
少し笑う。
「料理目当てのお客さん、
増えました」
「温泉も、
静かでいいって」
真壁は、
しばらく黙って庭を見ていた。
湯気。
灯り。
静かな夜。
鬼のいない世界。
そのあとで。
本当に小さく、
口元を緩める。
「……悪くないですね」
小夜が、
隣で静かに頷いた。
「はい」
山の夜は、
穏やかだった。
戦いを越えた人達が、
少しずつ休める場所。
その宿は、
今日も静かに湯気を立てている。
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おまけ編 ― 礎の宿 終