鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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第十四話 ― 戻る場所

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山を下りる頃には、

空はすっかり朝の色になっていた。

 

夜の冷たさを引きずったままの風が、

木々の間を静かに抜けていく。

 

炭治郎は山道を歩きながら、

何度か小さく息を整えていた。

 

身体は重い。

 

戦いの後の気怠さもある。

 

だが――

足取りそのものは、以前より少しだけ安定している。

 

後ろでは善逸が、

いつものように情けない声を上げていた。

 

「もぉぉぉ無理ぃぃぃ……帰ったら絶対寝るぅぅぅ……」

 

「何言ってやがる!」と伊之助が言う。

「帰ったら次は俺と勝負だ!!」

 

「何でそうなるんだよぉ!!」

 

騒がしい。

 

だがその騒がしさが、

今は心地よかった。

 

炭治郎は少しだけ笑いながら、

前を向いて歩き続ける。

 

今回の任務は、決して楽ではなかった。

 

危ない場面もあった。

焦りかけた瞬間もあった。

 

それでも――

崩れきる前に戻れた。

 

その感覚が、

今も身体のどこかに残っている。

 

炭治郎は静かに思う。

 

少しずつでいい。

 

持っていけるものを、

一つずつ増やしていけばいいのだと。

 

そう考えながら、

三人は蝶屋敷への道を進んでいった。

 

蝶屋敷の門が見えてきた時、

炭治郎は無意識に少しだけ息を吐いた。

 

帰ってきた。

 

そう思うだけで、

身体の奥のどこかが緩む。

 

門の向こうには、

いつもの庭がある。

 

薬草の匂い。

掃き清められた地面。

柔らかな空気。

 

ここはもう、

ただの療養の場所ではない。

 

炭治郎たちにとって――

“戻る場所”だった。

 

「やっと着いたぁぁぁ……」

 

善逸が半泣きで門をくぐろうとした、その時だった。

 

中の方から、

妙に騒がしい声が聞こえてきた。

 

「嫌です!!」

「ちょ、ちょっと待ってください!!」

「えっ、えっ、何!?」

 

炭治郎が足を止める。

 

善逸も「えっ?」と顔を上げる。

 

伊之助は即座に反応した。

 

「何だ何だ!? 喧嘩か!?」

 

「違う……でも、何かおかしい」

 

空気が違う。

 

三人は顔を見合わせ、

そのまま足を速めた。

 

庭へ入った瞬間、

炭治郎は目を見開いた。

 

見慣れない男が、そこにいた。

 

派手だった。

 

いや――

派手、という言葉だけでは少し足りない。

 

その場の空気ごと、

自分の色に塗り替えてしまうような男だった。

 

額当て。

化粧。

大柄な体躯。

そして――

ただそこに立っているだけで、

蝶屋敷の静けさが似合わなくなるほどの存在感。

 

その男が、

アオイの腕を掴もうとしていた。

 

「嫌ですって言ってるでしょう!!」

 

アオイが珍しく声を荒げる。

 

三人娘も慌てている。

カナヲは静かに立っているが、

明らかに警戒していた。

 

炭治郎の身体が、

反射的に前へ出かける。

 

だがその瞬間、

足裏に意識が落ちた。

 

焦って踏み込めば、

この場はすぐに崩れる。

 

炭治郎は一度だけ呼吸を整え、

それから静かに一歩前へ出た。

 

「その人たちは連れていけません」

 

その声で、空気が止まる。

 

男がゆっくりと振り向いた。

 

目が合う。

 

その瞬間――炭治郎は理解する。

 

強い。

 

しかもこれは、

これまで見てきた強さとは違う。

 

“場を圧倒し支配する強さ”。

 

柱。

 

その答えが、すぐに出る。

 

男は炭治郎たちを見て、

わずかに目を細めた。

 

「……何だ、お前ら」

 

善逸が震えながら呟く。

 

「な、何あれ……怖いんだけど……」

 

伊之助は逆に笑う。

 

「何だコイツ!! 強そうだな!!」

 

炭治郎は一歩だけ前へ出る。

 

「その人たちは連れていけません」

 

言葉は、思ったよりも揺れていなかった。

 

男が炭治郎を見下ろす。

 

「お前、何様だ?」

 

「鬼殺隊士です」

 

即答だった。

 

その時――

 

背後から、静かな声が落ちた。

 

「宇髄様」

 

炭治郎が振り返る。

 

そこにいたのは、

深紺の羽織を纏った真壁堅だった。

 

騒ぎの中心ではない。

 

その少し外側。

 

だが、

確かに場を見ている位置。

 

宇髄天元がその姿を見て、僅かに眉を上げる。

 

「……あ?」

 

「真壁じゃねぇか。何でお前が蝶屋敷にいる」

 

その声音は、

初対面のものではなかった。

 

炭治郎は思わず目を見開く。

 

真壁は静かに頭を下げる。

 

「ご無沙汰しております」

 

宇髄は鼻を鳴らした。

 

「相変わらず地味なとこに立ってんな」

 

「必要な位置ですので」

 

間を置かず返る。

 

善逸が小声で言う。

 

「返しまで真壁さんだ……」

 

宇髄はそのやり取りを見て、

口元をわずかに歪めた。

 

「……なるほどな」

 

それから炭治郎の方へ視線を戻す。

 

「そいつが教えたか?」

 

炭治郎は一瞬だけ戸惑う。

 

だが、すぐに答える。

 

「……はい」

 

宇髄は肩をすくめる。

 

「派手じゃねぇ。だが、悪くねぇ教わり方してるじゃねぇか」

 

その一言に、

炭治郎の胸がわずかに動く。

 

真壁は何も言わない。

 

ただ、場を見ている。

 

宇髄は再びアオイたちへ視線を向ける。

 

「で、話は戻るが――」

 

空気が張る。

 

炭治郎は静かに息を整えた。

 

戻ってきたはずの場所で、

新しい流れが始まろうとしている。

 

だが今回は違う。

 

ただ流されるのではなく、

立ったまま、その場にいる。

 

足元は崩れていない。

 

それだけで、

見えるものが変わる。

 

朝の風が、

庭を静かに抜けていった。

 

⸻

 

第十四話 終

 

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