鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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第十七話 ― 崩さないために

 

宇髄に連れられた先で、

炭治郎たちはまず言葉を失った。

 

「……えっ」

 

善逸が最初に固まる。

 

「いやいやいやいや待って待って待って!!」

 

「何だ何だ!? 何か始まるのか!!」と伊之助が騒ぐ。

 

炭治郎も、

さすがにすぐには状況を飲み込めなかった。

 

目の前に並べられていたのは、

鮮やかな着物だった。

 

派手な色。

華やかな柄。

帯や髪飾りまで揃っている。

 

見た瞬間に分かる。

 

嫌な予感しかしない。

 

宇髄は腕を組んだまま、

ごく当然のように言った。

 

「潜るっつったろ」

 

善逸の顔色が一瞬で変わる。

 

「やだぁぁぁぁぁ!!」

 

「うるせぇ」と宇髄が切る。

 

「お前らはここから女装して中に入る」

 

「嫌すぎる!!」と善逸が即答した。

 

「絶対似合わないし絶対バレるし絶対無理!!」

 

「俺様は何でもできる!!」と伊之助が胸を張る。

 

「お前は別方向で心配なんだよ!!」

 

炭治郎は思わず額を押さえた。

 

任務だ。

必要なことなのだろう。

 

頭では分かる。

 

分かるのだが、

納得が追いつかない。

 

宇髄は三人を見下ろしながら、

どこか楽しそうに言う。

 

「派手に潜るには、

まず見た目からだ」

 

「遊郭は中に入るまでが面倒なんだよ」

 

「見た目で弾かれたら、

探る前に終わる」

 

その言葉には理屈があった。

 

悔しいが、

たぶん正しい。

 

炭治郎は小さく息を吐く。

 

こういう時こそ、

変なところで引っかかって崩れるべきではない。

 

やるべきことをやる。

 

それだけだ。

 

「……分かりました」

 

炭治郎が言うと、

善逸が信じられないものを見る目を向けてきた。

 

「何で受け入れられるの!?」

 

「任務だからだよ」

 

「任務でも嫌なものは嫌だよぉぉぉ!!」

 

伊之助はすでに着物の山を漁っていた。

 

「これ着りゃいいのか!? 派手なのがいい!!」

 

「お前は少し黙れ!!」

 

宇髄はそんな三人を見ながら、

鼻で笑った。

 

「安心しろ。

見た目はそれなりに整えてやる」

 

その言い方が逆に不安だった。

 

しばらくして――

 

結果として、

一番最初に仕上がったのは伊之助だった。

 

というより、

伊之助だけが妙に完成していた。

 

「……え?」

 

炭治郎が思わず固まる。

 

善逸も口を開けたまま止まった。

 

そこにいたのは、

普段の荒々しさが嘘のように消えた、

異様に整った少女の姿だった。

 

伊之助本人だけが、

いつも通り不満そうな顔をしている。

 

「何だこれ!! 動きづれぇ!!」

 

「いやお前、

何でそんなに似合うんだよ!?」と善逸が叫ぶ。

 

「知らねぇよ!!」

 

宇髄が満足そうに頷く。

 

「よし、お前はそのままで行ける」

 

「何でだ!!」

 

「顔がいいからだ」

 

「顔がいいのか俺様は!!」

 

「そこ喜ぶところじゃないだろ!!」

 

場が一気に騒がしくなる。

 

炭治郎は少しだけ肩の力を抜いた。

 

緊張していたはずなのに、

この二人がいると空気が完全には固まりきらない。

 

それは良いことでもあり、

悪いことでもある。

 

次に善逸だった。

 

そして案の定、

善逸は仕上がる前から泣いていた。

 

「やだぁ……もうお嫁に行けない……」

 

「元から行き先ねぇだろ」と宇髄が切る。

 

「ひどいぃぃぃ!!」

 

だが、

仕上がった善逸を見た瞬間、

炭治郎は少しだけ目を見開いた。

 

「……あれ?」

 

善逸は泣き顔のままだったが、

意外と違和感が薄い。

 

というより、

黙っていればかなり整って見える。

 

「え、ちょっと待って、

俺普通に可愛くない!?」と善逸が言う。

 

「うるさい。喋ると全部台無しだ」と宇髄が即答した。

 

「ひどくない!?」

 

最後に炭治郎だった。

 

着付けをされながら、

炭治郎は何とも言えない気持ちになる。

 

恥ずかしい。

落ち着かない。

動きづらい。

 

何より、

自分が今どう見えているのか考えたくない。

 

だが、

こういう違和感も含めて任務なのだと思うしかなかった。

 

鏡の前に立たされた時、

炭治郎はしばらく言葉を失った。

 

「……」

 

善逸が先に吹き出す。

 

「炭治郎、

何かすごい真面目そうな女の子になってる!!」

 

「それどういう意味だよ!?」

 

「いや、褒めてる!! たぶん!!」

 

宇髄は三人を並べて見たあと、

短く頷いた。

 

「……まあ、ギリ通るか」

 

その一言に、

炭治郎は少しだけ複雑な気持ちになる。

 

ギリとは何だギリとは。

 

だが、

任務としては通るということなのだろう。

 

宇髄はそこでようやく、

空気を少しだけ切り替えた。

 

「ここからが本題だ」

 

その声に、

三人の空気が自然と整う。

 

宇髄は一人ずつ順に見ながら言った。

 

「遊郭の中じゃ、

派手に戦う前に

まず崩れずに潜ることが大事だ」

 

炭治郎はその言葉に、

無意識に少しだけ姿勢を正す。

 

宇髄は続ける。

 

「目立ちすぎるな」

 

「変に探りすぎるな」

 

「だが違和感は見逃すな」

 

「分からなくなったら、

その場で勝手に突っ込むな」

 

一つ一つの言葉が、

炭治郎の中に静かに入ってくる。

 

それは、

真壁に教わってきたことと

少しだけ形が似ていた。

 

場を崩さないこと。

 

焦らないこと。

 

全部を一人で抱えないこと。

 

炭治郎はそこで、

ほんの少しだけ胸の奥が落ち着くのを感じた。

 

やることは違っても、

守るべき軸は同じなのかもしれない。

 

宇髄は最後に言った。

 

「まずは生き残れ」

 

「話はそこからだ」

 

その一言は、

派手な男の口から出たとは思えないほど

真っ直ぐで重かった。

 

炭治郎は静かに頷く。

 

「はい」

 

善逸も珍しく、

今だけは騒がずに頷いていた。

 

伊之助だけは

「よく分かんねぇけど行くぞ!!」という顔をしている。

 

不安はある。

 

むしろ、

今までと違う意味でやりづらい任務だ。

 

鬼の気配があっても、

すぐに刀は抜けない。

 

おかしいと思っても、

その場で踏み込めないこともある。

 

そういう場所で、

どれだけ崩れずにいられるか。

 

それが、

今回の最初の戦いなのだろう。

 

炭治郎は静かに息を吸う。

 

大丈夫だとは思わない。

 

でも、

崩れたままでは行かない。

 

それだけは、

今はもう決められる。

 

宇髄が踵を返す。

 

「行くぞ。

派手に潜って、

派手に見つけて、

派手に終わらせる」

 

「最後だけでいいだろ!!」と善逸が叫ぶ。

 

伊之助はすでに走り出しかけている。

 

「派手ぇぇぇ!!」

 

「お前は静かにしろ!!」

 

炭治郎は二人の間に入りながら、

思わず小さく息を吐いた。

 

真壁はいない。

 

蝶屋敷でもない。

 

戻る場所の外だ。

 

だからこそ今は、

少しでも自分が崩れないこと。

 

できるなら、

この騒がしい二人まで

崩れすぎないように整えること。

 

それくらいは、

今の自分でもやりたかった。

 

華やかな灯りの下で、

三人はそれぞれ別の店へ向かう。

 

遊郭の奥へ。

 

鬼が潜む夜の中へ。

 

誰にもまだ見えない異変の中へ――

 

それぞれの足で、

踏み込んでいく。

 

 

第十七話 終

 

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