鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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第十八話 ― 見えない違和感

 

暖簾をくぐった瞬間、

空気が変わった。

 

外の賑やかさとは違う、

閉じた音。

 

笑い声はある。

三味線の音もある。

だがどこか、

外よりも息が浅い。

 

炭治郎は足を止めずに、

そのまま中へ入る。

 

視線は上げすぎない。

きょろきょろしない。

 

ただ、

“場に馴染む”ように歩く。

 

――崩れずに潜る。

 

頭の中で、

宇髄の言葉が静かに繰り返される。

 

案内された部屋に入ると、

女たちの視線が一斉に集まった。

 

「……新入り?」

 

誰かが言う。

 

炭治郎は一瞬だけ息を整え、

軽く頭を下げた。

 

「はい。今日からお世話になります」

 

声の調子を落とす。

張りすぎない。

 

そのまま、

畳の上に静かに座る。

 

数人がひそひそと何かを言う。

 

だが、

露骨な拒絶はない。

 

“通った”。

 

その感覚だけを、

炭治郎は小さく受け取った。

 

一人の年上の女が近づいてくる。

 

「名前は?」

 

炭治郎はほんの一瞬だけ間を置く。

 

「……炭子、です」

 

「ふうん」

 

視線が一度、

頭の先から足元まで流れる。

 

測られている。

 

その感覚に、

炭治郎は無理に耐えようとしない。

 

ただ、

崩れない位置を保つ。

 

やがて女は小さく頷いた。

 

「まあ、いいわ。ついてきなさい」

 

「はい」

 

炭治郎は立ち上がる。

 

その動き一つ一つに、

意識を置く。

 

焦らない。

急がない。

 

“普通に見えること”が、

今は一番難しい。

 

廊下を歩く。

 

すれ違う人の数が多い。

 

声も、

足音も、

布の擦れる音も、

すべてが重なってくる。

 

情報が多い。

 

だが――

 

その中に、

ほんのわずかな“引っかかり”が混じる。

 

炭治郎の鼻が、

無意識にわずかに動く。

 

匂いそのものではない。

だが、空気の流れに

ほんのわずかな“淀み”がある。

鼻で捉えるというより、

身体の奥が先に引っかかるような違和感だった。

 

炭治郎は足を止めないまま、

ほんの少しだけ視線を流す。

 

笑っている女。

 

客と話している女。

 

忙しそうに動く女。

 

どれも普通だ。

 

だが――

 

一人だけ、

ほんの少しだけ違う。

 

目が合った。

 

その瞬間、

相手がわずかに視線を逸らす。

 

早い。

 

自然なようで、

少しだけ早い。

 

炭治郎の胸の奥に、

小さな違和感が残る。

 

だが、

そこで踏み込まない。

 

今はまだ、

確かではない。

 

“分からないまま動く”方が、

先に崩れる。

 

炭治郎はそのまま歩き続けた。

 

部屋に通される。

 

「ここ、掃除と手伝いからやって」

 

「はい」

 

指示は簡単だった。

 

だが、

その単純な動きの中に

観察の余地はある。

 

炭治郎は雑巾を手に取り、

床を拭き始める。

 

動きはゆっくり。

無駄に速くしない。

 

周囲の会話を、

そのまま聞く。

 

「また一人、いなくなったらしいよ」

 

小さな声が混じる。

 

炭治郎の手が、

ほんのわずかに止まりかける。

 

だが、

止めない。

 

そのまま拭き続ける。

 

「え、誰?」

 

「知らない。昨日までいた子」

 

「やだ……」

 

声はすぐに消える。

 

誰もそれ以上、

その話をしない。

 

まるで、

触れてはいけないもののように。

 

炭治郎は静かに息を吐く。

 

やはりいる。

 

しかも、

かなり近い。

 

だが問題は――

 

見えない。

 

気配が、

混ざりすぎている。

 

この場所は、

鬼にとって都合が良すぎる。

 

炭治郎は雑巾を絞りながら、

ほんの一瞬だけ考える。

 

どうする。

 

探すか。

 

動くか。

 

それとも――

 

そこで、

真壁の言葉がよぎる。

 

(分からなくなった時ほど、

 その場を崩さないでください)

 

炭治郎は、

ゆっくりと息を整える。

 

焦るな。

 

まだ早い。

 

今は、

崩れないことが優先だ。

 

見えないままでもいい。

 

その代わり、

見失わない位置にいる。

 

焦って輪郭を掴みにいくより、

まずはそこに“いる”と知ることの方が大事だ。

 

炭治郎は顔を上げる。

 

さっき視線を逸らした女が、

少し離れた場所にいる。

 

今度は、

こちらを見ていない。

 

だが、

完全に無関係とも思えない。

 

炭治郎は再び雑巾を動かす。

 

視線は落とす。

 

だが、

意識だけは離さない。

 

追わない。

 

詰めない。

 

ただ、

逃さない。

 

その距離を保つ。

 

それが、

今の自分にできる形だった。

 

外では、

相変わらず賑やかな音が響いている。

 

笑い声。

三味線。

足音。

 

すべてが、

何事もない夜のように流れていく。

 

だがその下で、

確かに何かが動いている。

 

見えないまま、

近くにいる。

 

炭治郎は静かに息を吸う。

 

ここは戦場だ。

 

刀を抜かなくても、

もう始まっている。

 

そして今は――

 

崩れないことが、

一番の戦いだった。

 

 

第十八話 終

 

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