鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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第二十四話 ― つながる先に

 

夜はまだ深かった。

 

それでも遊郭の賑わいは、

少しも衰えない。

 

笑い声。

酒の匂い。

灯りに照らされた着物の色。

 

何もかもが華やかで、

何もかもが“普通”に見える。

 

だがその裏で、

三人はそれぞれ別の緊張を抱えたまま

次の機を伺っていた。

 

炭治郎は廊下を拭きながら、

今夜のどこかで必ず宇髄と接触できるはずだと考えていた。

 

焦るな。

 

崩すな。

 

持ち帰るべきものは揃った。

 

あとは、

それを正しく渡すだけだ。

 

その時だった。

 

帳場の奥から、

店の女将に呼ばれる。

 

「炭子」

 

「はい」

 

「裏の品を運んで」

 

「分かりました」

 

言われた通りに箱を抱え、

炭治郎は店の裏手へ回る。

 

人の流れが少し減る。

 

灯りも弱くなる。

 

その先の、

物置に近い暗がりで――

 

「おい」

 

低い声が落ちた。

 

炭治郎は一瞬だけ肩を強張らせ、

すぐに振り返る。

 

そこにいたのは、

宇髄だった。

 

いつもの派手さを抑え、

影の中に立っている。

 

それでも、

隠しきれない圧がある。

 

炭治郎は箱を抱えたまま、

すぐに周囲を確認した。

 

人の気配はない。

 

宇髄が短く言う。

 

「報告」

 

その一言だけで、

空気が切り替わる。

 

炭治郎は息を整え、

すぐに要点を伝え始めた。

 

「店の奥に、

隠し戸があります」

 

宇髄の目がわずかに細まる。

 

「続けろ」

 

「その先に、

誰かが出入りしていました」

 

「あと、

消えた子の部屋があります」

 

「“とき”という子です」

 

「部屋は片づきすぎていて、

何かを消した感じがありました」

 

宇髄は一言も挟まない。

 

炭治郎は続ける。

 

「店の中で、

何人かがそれを知っていて

口を閉ざしています」

 

「特に一人、

俺を警戒している女がいます」

 

「その女が、

隠し戸の先へ入るのを見ました」

 

そこまで聞いたところで、

宇髄が小さく鼻を鳴らす。

 

「当たりだな」

 

その声には、

もはや推測の色が薄い。

 

炭治郎はさらに続けた。

 

「善逸が、

建物の下を何かが歩く音を聞いています」

 

「伊之助は、

壁の向こうに隠された空間があると言っていました」

 

その瞬間、

宇髄の目がはっきりと変わった。

 

炭治郎には分かった。

 

今、

情報が宇髄の中で一つに繋がったのだと。

 

宇髄は静かに考えるように、

数秒だけ黙る。

 

やがて低く言った。

 

「……上と下が繋がってる」

 

炭治郎は頷いた。

 

「たぶん」

 

宇髄は壁に軽く背を預け、

腕を組む。

 

「潜入口は店の奥」

 

「下には何かがいる」

 

「人を消しても騒ぎにならねぇ」

 

「しかも、

店の中に目と手がある」

 

一つ一つ、

戦場の形が言葉になる。

 

炭治郎はその整理の速さに、

改めて柱というものの重みを感じた。

 

自分たちが拾った断片を、

宇髄は一瞬で“討つべき構造”に変えていく。

 

宇髄は炭治郎を見た。

 

「よく持ち帰った」

 

短い一言だった。

 

だが、

その重さは十分すぎた。

 

炭治郎の胸の奥が、

静かに熱を持つ。

 

「ありがとうございます」

 

宇髄はすぐに次へ進む。

 

「で、ここからだ」

 

その声に、

空気がさらに締まる。

 

「今夜動く」

 

炭治郎の目がわずかに見開く。

 

宇髄は続ける。

 

「もう十分だ」

 

「これ以上潜らせる方が危ねぇ」

 

「向こうも、

もうこっちに気づいてる」

 

炭治郎の脳裏に、

昨夜感じた“見られていた”気配がよぎる。

 

やはりそうか、と内心で思う。

 

宇髄は指を立てる。

 

「一つ、お前ら三人は

このまま表向きは動くな」

 

「二つ、不自然に消えるな」

 

「三つ、最後まで

“まだ何も知らねぇ新入り”をやれ」

 

炭治郎は静かに頷く。

 

「はい」

 

宇髄はさらに続ける。

 

「こっちで繋ぐ」

 

「お前が見た隠し戸も、

善逸の音も、

伊之助の空間も、

全部まとめて今夜潜る」

 

その言葉に、

炭治郎は少しだけ息を深くした。

 

いよいよだ。

 

見つける段階は終わる。

 

ここから先は、

鬼の領域へと踏み込むことになる。

 

怖さがないわけではない。

 

だが、

不思議と足元は崩れていなかった。

 

宇髄がこちらを見たまま、

わずかに口元を歪める。

 

「いい仕事したじゃねぇか」

 

その言い方は軽い。

 

だが、

本気でなければ言わない匂いだった。

 

炭治郎は少しだけ目を見開き、

それから小さく息を吐いた。

 

「……はい」

 

短い返事だった。

 

それでも、

今はそれで十分だった。

 

その時だった。

 

遠くの方から、

誰かを呼ぶ声がする。

 

炭治郎の名ではない。

 

だが、

長くここにいるのは危険だった。

 

宇髄がすぐに言う。

 

「戻れ」

 

「はい」

 

炭治郎は箱を持ち直し、

一歩だけ下がる。

 

その直前、

宇髄が最後に低く言った。

 

「今夜は派手に行くぜ」

 

炭治郎は一瞬だけ目を瞬かせ、

それからほんの少しだけ笑った。

 

「……はい」

 

それだけ返して、

再び店の中へ戻っていく。

 

何事もなかったように。

 

ただの新入りとして。

 

だが胸の奥では、

もうはっきりと分かっていた。

 

今夜、

何かが動く。

 

この灯りの下に隠れていたものへ、

ようやく手が届く。

 

炭治郎は歩きながら、

静かに息を整える。

 

焦らない。

 

崩さない。

 

そして今夜は、

それを“持ち帰る”だけでは終わらない。

 

見つけた先へ、

踏み込む夜になる。

 

遊郭の灯りは、

相変わらず眩しかった。

 

だがその奥には、

もう隠しきれない闇が沈んでいる。

 

その闇へ向かって、

夜は確実に深くなっていた。

 

 

 

第二十四話 終

 

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