鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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第二十八話 ― 帯の主

 

「……勝手に開けないでよ」

 

その声は、

地下の空気そのものに滲むように響いた。

 

低く、

ねっとりとしていて、

だがどこか拗ねたようでもある。

 

人のものに似ているのに、

決定的に違う。

 

聞いた瞬間、

皮膚が粟立つ。

 

帯の群れが、

一斉にざわめいた。

 

裂かれた断面が脈打つように蠢き、

地下の空間全体が

“何かの内側”のように見え始める。

 

炭治郎は刀を構えたまま、

呼吸を深く入れる。

 

鬼の匂いが、

一気に濃くなる。

 

今まで漂っていた帯の匂いではない。

 

もっと中心に近い。

もっと生々しい、

 

鬼そのものの気配。

 

帯の奥、

闇のさらに向こうから、

ゆっくりと一人の女が現れた。

 

白い肌。

 

冷えたような美しさ。

 

感情の薄い顔立ちに、

底の見えない目。

 

その姿は、

この場所の異様さとは不釣り合いなほど整っている。

 

だが――

その整い方が不気味だった。

 

炭治郎の喉が、

無意識に強ばる。

 

あれが、

この帯の主。

 

この地下を“腹”にしていた鬼。

 

女は裂かれた帯を見下ろし、

少しだけ眉を寄せた。

 

「汚い」

 

その一言には、

怒りよりも不快感が強かった。

 

まるで、

散らかった部屋を見るような声音。

 

その軽さが、

逆にぞっとする。

 

宇髄が一歩前へ出る。

 

「やっと出てきたか」

 

女の視線が、

ゆっくりと宇髄へ向く。

 

「……あんた、何」

 

「派手にお前を斬りに来た男だ」

 

その返しに、

女は一瞬だけ無表情のまま止まり――

次の瞬間、

帯が弾けるように襲いかかった。

 

速い。

 

今までの比ではない。

 

数も、

鋭さも、

殺意も違う。

 

だが宇髄は、

真正面から踏み込んだ。

 

「遅ぇ」

 

双刀が唸る。

 

金属音とともに、

迫る帯の束が一瞬で斬り裂かれる。

 

だが、

切断された先から

さらに別の帯がうねるように伸びてくる。

 

鬼の女は動かない。

 

その場に立ったまま、

帯だけで空間を支配してくる。

 

宇髄が舌打ちする。

 

「面倒くせぇな……!」

 

炭治郎はすぐに周囲を見る。

 

まだ救助できていない人がいる。

 

須磨も、

完全には解放できていない。

 

今ここで戦闘に引っ張られれば、

救える命を落とす。

 

「炭治郎!!」

 

善逸の声が飛ぶ。

 

「左の奥、まだ息ある!! だけど急がないと危ない!!」

 

「分かった!!」

 

炭治郎はすぐに踏み出す。

 

帯がそれを遮るように走る。

 

「水の呼吸――参ノ型・流流舞い!!」

 

流れるような足運びで、

帯の軌道をすり抜ける。

 

斬るべきものだけを斬り、

避けるべきものを避ける。

 

全部を止めようとしない。

 

届くための道だけを通す。

 

それが、

今の自分に必要な動きだと分かっていた。

 

炭治郎は須磨の元へ滑り込み、

帯に巻かれた身体へ刃を入れる。

 

「須磨さん、聞こえますか!」

 

反応は弱い。

 

だが、

呼吸はある。

 

生きている。

 

その瞬間、

須磨の身体を拘束していた帯が

一斉に締め上がった。

 

「っ……!」

 

炭治郎はすぐに刃を返し、

締め上げる帯だけを斬り落とす。

 

巻き込みそうになる。

 

だが、

焦らない。

 

力任せに切れば、

人ごと裂く。

 

炭治郎は一拍だけ呼吸を整え、

最小限の軌道で帯を断つ。

 

すると背後から、

低い声が落ちた。

 

「やるじゃねぇか」

 

宇髄だった。

 

鬼の女からの帯を捌きながら、

わずかにこちらを見ている。

 

「そいつはそのまま外へ回せ!!」

 

「はい!!」

 

その一言で、

炭治郎の中の迷いがさらに消える。

 

自分の役割はこれだ。

 

今は、

鬼を斬り切ることよりも

人を落とさないこと。

 

それが次へ繋がる。

 

炭治郎は須磨の身体を抱え起こし、

壁際の比較的安全な場所へ移す。

 

その途中、

別の帯が足元を這う。

 

「炭治郎!! 下ァ!!」

 

伊之助の叫び。

 

炭治郎はすぐに重心をずらし、

足を払うように刀を振る。

 

帯が裂ける。

 

だが、

その動きは炭治郎自身だけの反応ではなかった。

 

もう、

周りの声をそのまま通せている。

 

善逸の音。

 

伊之助の感覚。

 

宇髄の判断。

 

それらを、

自分の動きに

無理なく通せている。

 

一人で抱え込まない。

 

場を整えて、

そこに自分を通す。

 

それが今の戦い方だった。

 

須磨を下ろした瞬間、

宇髄の声が飛ぶ。

 

「須磨を起こせ!! 何か知ってるはずだ!!」

 

「はい!」

 

炭治郎はすぐに須磨の肩を支える。

 

「須磨さん! しっかりしてください!」

 

須磨の瞼が、

かすかに震えた。

 

やがて、

ゆっくりと目が開く。

 

焦点の合わない視線が揺れ、

数秒遅れて炭治郎を捉える。

 

「……え……?」

 

かすれた声だった。

 

炭治郎は少しだけ安堵しながら、

すぐに言う。

 

「鬼殺隊です。助けに来ました」

 

その言葉に、

須磨の目がじわりと潤む。

 

「う、天元さま……?」

 

炭治郎が振り返ると、

宇髄は帯の群れの中で

すでに鬼の女と斬り結んでいた。

 

派手だ。

 

速い。

 

そして何より、

迷いがない。

 

だが同時に、

相手も厄介だった。

 

鬼の女は自分から大きく動かない。

 

帯を無数に操り、

人質と空間を使って

戦場そのものを歪めてくる。

 

炭治郎はすぐに須磨へ顔を戻す。

 

「須磨さん、

他にも宇髄さんの奥さんはここにいますか!?」

 

須磨の呼吸が乱れる。

 

恐怖がぶり返したのか、

声が震える。

 

「ま、槇於は……まだ上で……」

「雛鶴は……っ、たぶん、別……」

 

言葉が途切れる。

 

だが、

それだけで十分だった。

 

二人とも、

まだ別の場所にいる可能性が高い。

 

炭治郎はその情報をすぐに頭の中で繋ぐ。

 

ここは一部だ。

 

これで終わりじゃない。

 

遊郭全体が、

まだ鬼の手の内にある。

 

その時だった。

 

鬼の視線が、

ふいにこちらへ向く。

 

「……うるさいな」

 

その声と同時に、

帯の何本かが

炭治郎と須磨へ向けて放たれた。

 

速い。

 

鋭い。

 

だが次の瞬間――

 

「見えてんだよ」

 

宇髄の斬撃が、

その軌道を横から断ち切る。

 

火花のように帯が散る。

 

宇髄は前を向いたまま言う。

 

「下がってろ」

 

短い。

 

だが、

その一言に揺るぎがなかった。

 

炭治郎は須磨を庇いながら、

静かに息を吸う。

 

ここから先は、

さらに激しくなる。

 

救出だけでは終わらない。

 

この鬼を討たなければ、

また誰かが飲まれる。

 

だが今の自分にできることは、

ちゃんとある。

 

崩れないこと。

 

見失わないこと。

 

そして、

届くべきところへ届かせる。

 

それを落とさなければ、

まだ戦える。

 

地下の空間で、

帯が唸る。

 

双刀が火花を散らす。

 

鬼の気配が、

さらに濃くなる。

 

そしてその中心で、

鬼がゆっくりと口元を歪めた。

 

「……気に入らない」

 

その声には、

ようやく明確な敵意が乗っていた。

 

戦いは、

ここからさらに深くなる。

 

 

第二十八話 終

 

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