鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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第三十話 ― 届く刃

 

地下の空間が、

軋む。

 

帯がうねるたび、

壁が歪み、

天井から砂が落ちる。

 

崩れかけている。

 

だがそれでも、

戦いは止まらない。

 

鬼の女は、

相変わらず動かない。

 

ただそこに立ち、

帯だけで空間を支配している。

 

「しつこい」

 

苛立ち混じりのその声と同時に、

帯がさらに膨れ上がる。

 

数が増える。

 

密度が上がる。

 

今までの“妨害”ではない。

 

明確に、

“潰しに来ている”。

 

「来るぞ!!」

 

宇髄の声。

 

次の瞬間、

帯の群れが爆ぜた。

 

全方向から、

叩きつけるように襲いかかる。

 

逃げ場を潰す軌道。

 

空間ごと押し潰す圧。

 

炭治郎は踏み出す。

 

「水の呼吸――」

 

一歩。

 

呼吸を深く入れる。

 

視界を狭めない。

 

全部を追うな。

“通す場所”だけを見る。

 

「参ノ型――流流舞い!!」

 

身体が流れる。

 

帯の隙間を、

最短で抜ける。

 

斬る。

 

避ける。

 

滑り込む。

 

無理に止めない。

 

全部を受けない。

 

その動きは、

これまでよりも明らかに洗練されていた。

 

だが――

 

「……浅いわね」

 

鬼の女が、

初めて炭治郎へ視線を向ける。

 

次の瞬間、

帯の軌道が変わる。

 

炭治郎だけを狙った動き。

 

速い。

 

鋭い。

 

しかも、

逃げ道を潰す。

 

「っ――!」

 

炭治郎は踏み込みを変える。

 

だが一歩遅い。

 

完全に読まれている。

 

帯が、

真正面から迫る。

 

避けきれない。

 

受ければ、

そのまま拘束される。

 

その瞬間――

 

「余所見してんじゃねぇ!」

 

横から、

音が割り込む。

 

宇髄の斬撃。

 

帯の束が、

まとめて断ち切られる。

 

衝撃が空間を揺らす。

 

宇髄はそのまま前へ出る。

 

「今のは取られてた」

 

短く言う。

 

「読まれてるぞ」

 

炭治郎は息を整えながら、

頷く。

 

「はい……!」

 

分かっている。

 

今のは、

完全に対応された。

 

自分の動きが、

“見られている”。

 

炭治郎は一度、

呼吸を落とす。

 

焦るな。

 

崩れたらすぐ戻せ。

 

だが――

 

このままでは届かない。

 

宇髄が前を押さえている。

 

善逸と伊之助が場を支えている。

 

その中で、

自分はまだ“届いていない”。

 

その事実が、

胸の奥で静かに重くなる。

 

「……」

 

炭治郎は刀を握り直す。

 

見失うな。

 

今できることを。

 

その時だった。

 

「炭治郎!!」

 

善逸の声。

 

「一瞬だけ止まる!! あいつの帯!!」

 

炭治郎の目が動く。

 

帯の流れ。

 

重なり。

 

連動。

 

その中に――

 

確かにある。

 

ほんの一拍だけ、

“間”が生まれる瞬間。

 

鬼の女は完璧ではない。

操っている以上、

わずかな遅れが生まれる。

 

その“遅れ”が、

唯一の隙。

 

炭治郎の呼吸が、

深く入る。

 

「……そこか」

 

伊之助の声も重なる。

 

「右から行け!! そっちが薄い!!」

 

情報が重なる。

 

音と感覚。

 

それが、

一点へ集まる。

 

炭治郎は踏み込む。

 

迷いはない。

 

「水の呼吸――」

 

足元。

 

重心。

 

呼吸。

 

全部を整える。

 

「伍ノ型――干天の慈雨!!」

 

静かな一閃。

 

速さではない。

 

正確さ。

 

帯の“止まる瞬間”だけを、

断ち斬る。

 

――通った。

 

帯の制御が、

一瞬だけ遅れる。

 

その隙間へ、

炭治郎は踏み込んだ。

 

鬼の女との距離が、

一気に縮まる。

 

初めて。

 

ここまで、

届いた。

 

炭治郎の目が、

真っ直ぐに鬼を捉える。

 

鬼の女の目が、

わずかに揺れる。

 

「……あんた」

 

その一瞬の変化。

 

それだけで、

十分だった。

 

炭治郎は振りかぶる。

 

斬れる。

 

届く。

 

そう確信した、その瞬間――

 

「甘いのね」

 

帯が、

内側から爆ぜた。

 

至近距離。

 

回避不能。

 

全方向から、

針のような帯が突き出す。

 

炭治郎の身体が、

強引に止められる。

 

「がっ……!」

 

衝撃が走る。

 

浅い。

 

だが、

完全に止められた。

 

鬼の女は、

わずかに口元を歪める。

 

「いいところまで来たのにね」

 

その声は、

楽しんでいるようでもあった。

 

次の瞬間――

 

「邪魔だ」

 

帯が、

炭治郎を吹き飛ばす。

 

地面を転がる。

 

呼吸が乱れる。

 

だが――

 

折れていない。

 

炭治郎はすぐに体勢を立て直す。

 

「……っ」

 

届いた。

 

確かに、

一度は届いた。

 

だが、

“止められた”。

 

その差は、

まだ大きい。

 

その時だった。

 

「いいじゃねぇか」

 

宇髄の声。

 

炭治郎が顔を上げる。

 

宇髄は笑っていた。

 

完全に、

戦いの顔で。

 

「今のは派手だったぞ」

 

その一言で、

炭治郎の呼吸がわずかに整う。

 

否定ではない。

 

届いていないが、

間違ってはいない。

 

宇髄は前へ出る。

 

「だがよ――」

 

双刀を構える。

 

「詰めが甘い」

 

次の瞬間。

 

音が弾けた。

 

「音の呼吸――」

 

一歩で間合いを詰める。

 

鬼の女の目が、

初めて明確に動く。

 

「肆ノ型――響斬乱舞!!」

 

連続する斬撃。

 

帯ごと、

空間ごと、

押し潰すような攻撃。

 

鬼の女の身体が、

わずかに後ろへ流れる。

 

初めて。

 

明確に、

押された。

 

「……っ」

 

鬼の女の表情が、

わずかに歪む。

 

その変化を、

炭治郎は見逃さない。

 

まだだ。

 

終わっていない。

 

だが――

 

届く距離には来ている。

 

炭治郎は再び構える。

 

呼吸を整える。

 

次は、

止められない。

 

その意思だけが、

静かに芯を作る。

 

崩れかけた地下で、

 

帯が唸り、

音が弾け、

刃が交差する。

 

戦いは、

さらに激しさを増していく。

 

 

第三十話 終

 

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