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地下の空間が、
軋む。
帯がうねるたび、
壁が歪み、
天井から砂が落ちる。
崩れかけている。
だがそれでも、
戦いは止まらない。
鬼の女は、
相変わらず動かない。
ただそこに立ち、
帯だけで空間を支配している。
「しつこい」
苛立ち混じりのその声と同時に、
帯がさらに膨れ上がる。
数が増える。
密度が上がる。
今までの“妨害”ではない。
明確に、
“潰しに来ている”。
「来るぞ!!」
宇髄の声。
次の瞬間、
帯の群れが爆ぜた。
全方向から、
叩きつけるように襲いかかる。
逃げ場を潰す軌道。
空間ごと押し潰す圧。
炭治郎は踏み出す。
「水の呼吸――」
一歩。
呼吸を深く入れる。
視界を狭めない。
全部を追うな。
“通す場所”だけを見る。
「参ノ型――流流舞い!!」
身体が流れる。
帯の隙間を、
最短で抜ける。
斬る。
避ける。
滑り込む。
無理に止めない。
全部を受けない。
その動きは、
これまでよりも明らかに洗練されていた。
だが――
「……浅いわね」
鬼の女が、
初めて炭治郎へ視線を向ける。
次の瞬間、
帯の軌道が変わる。
炭治郎だけを狙った動き。
速い。
鋭い。
しかも、
逃げ道を潰す。
「っ――!」
炭治郎は踏み込みを変える。
だが一歩遅い。
完全に読まれている。
帯が、
真正面から迫る。
避けきれない。
受ければ、
そのまま拘束される。
その瞬間――
「余所見してんじゃねぇ!」
横から、
音が割り込む。
宇髄の斬撃。
帯の束が、
まとめて断ち切られる。
衝撃が空間を揺らす。
宇髄はそのまま前へ出る。
「今のは取られてた」
短く言う。
「読まれてるぞ」
炭治郎は息を整えながら、
頷く。
「はい……!」
分かっている。
今のは、
完全に対応された。
自分の動きが、
“見られている”。
炭治郎は一度、
呼吸を落とす。
焦るな。
崩れたらすぐ戻せ。
だが――
このままでは届かない。
宇髄が前を押さえている。
善逸と伊之助が場を支えている。
その中で、
自分はまだ“届いていない”。
その事実が、
胸の奥で静かに重くなる。
「……」
炭治郎は刀を握り直す。
見失うな。
今できることを。
その時だった。
「炭治郎!!」
善逸の声。
「一瞬だけ止まる!! あいつの帯!!」
炭治郎の目が動く。
帯の流れ。
重なり。
連動。
その中に――
確かにある。
ほんの一拍だけ、
“間”が生まれる瞬間。
鬼の女は完璧ではない。
操っている以上、
わずかな遅れが生まれる。
その“遅れ”が、
唯一の隙。
炭治郎の呼吸が、
深く入る。
「……そこか」
伊之助の声も重なる。
「右から行け!! そっちが薄い!!」
情報が重なる。
音と感覚。
それが、
一点へ集まる。
炭治郎は踏み込む。
迷いはない。
「水の呼吸――」
足元。
重心。
呼吸。
全部を整える。
「伍ノ型――干天の慈雨!!」
静かな一閃。
速さではない。
正確さ。
帯の“止まる瞬間”だけを、
断ち斬る。
――通った。
帯の制御が、
一瞬だけ遅れる。
その隙間へ、
炭治郎は踏み込んだ。
鬼の女との距離が、
一気に縮まる。
初めて。
ここまで、
届いた。
炭治郎の目が、
真っ直ぐに鬼を捉える。
鬼の女の目が、
わずかに揺れる。
「……あんた」
その一瞬の変化。
それだけで、
十分だった。
炭治郎は振りかぶる。
斬れる。
届く。
そう確信した、その瞬間――
「甘いのね」
帯が、
内側から爆ぜた。
至近距離。
回避不能。
全方向から、
針のような帯が突き出す。
炭治郎の身体が、
強引に止められる。
「がっ……!」
衝撃が走る。
浅い。
だが、
完全に止められた。
鬼の女は、
わずかに口元を歪める。
「いいところまで来たのにね」
その声は、
楽しんでいるようでもあった。
次の瞬間――
「邪魔だ」
帯が、
炭治郎を吹き飛ばす。
地面を転がる。
呼吸が乱れる。
だが――
折れていない。
炭治郎はすぐに体勢を立て直す。
「……っ」
届いた。
確かに、
一度は届いた。
だが、
“止められた”。
その差は、
まだ大きい。
その時だった。
「いいじゃねぇか」
宇髄の声。
炭治郎が顔を上げる。
宇髄は笑っていた。
完全に、
戦いの顔で。
「今のは派手だったぞ」
その一言で、
炭治郎の呼吸がわずかに整う。
否定ではない。
届いていないが、
間違ってはいない。
宇髄は前へ出る。
「だがよ――」
双刀を構える。
「詰めが甘い」
次の瞬間。
音が弾けた。
「音の呼吸――」
一歩で間合いを詰める。
鬼の女の目が、
初めて明確に動く。
「肆ノ型――響斬乱舞!!」
連続する斬撃。
帯ごと、
空間ごと、
押し潰すような攻撃。
鬼の女の身体が、
わずかに後ろへ流れる。
初めて。
明確に、
押された。
「……っ」
鬼の女の表情が、
わずかに歪む。
その変化を、
炭治郎は見逃さない。
まだだ。
終わっていない。
だが――
届く距離には来ている。
炭治郎は再び構える。
呼吸を整える。
次は、
止められない。
その意思だけが、
静かに芯を作る。
崩れかけた地下で、
帯が唸り、
音が弾け、
刃が交差する。
戦いは、
さらに激しさを増していく。
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第三十話 終
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