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帯の群れが、
地下を裂く。
空気が震え、
壁が軋み、
床が鳴る。
戦場は完全に崩れ始めていた。
それでも、
鬼の女はまだ余裕を失っていない。
宇髄の斬撃を受け、
炭治郎の刃が届きかけても、
その表情は決定的には崩れない。
ただ――
「……苛つく」
その声には、
初めて明確な熱が混じっていた。
帯が、
膨れ上がる。
今までよりもさらに鋭く、
さらに速く、
さらに執拗に。
まるで感情そのものが
攻撃に変わったかのように、
空間全体を埋め尽くしてくる。
「来るぞ!!」
宇髄が叫ぶ。
同時に、
双刀が唸る。
正面から迫る帯を、
音を裂くような斬撃で断ち切る。
だが、
鬼の女は止まらない。
「全部、切り刻んであげる」
その一言で、
帯の密度がさらに増した。
「うわぁぁぁ!!」
善逸が悲鳴を上げながら、
それでも耳を澄ませて叫ぶ。
「左!! 次、上!! そのあと後ろ!!」
「助かる!!」
炭治郎は叫び返しながら、
帯の隙間を抜ける。
善逸の聴覚。
伊之助の感覚。
宇髄が押さえる前線。
その全部が今、
ちゃんと繋がっている。
一人では届かない場所に、
今なら届くと、そう思えた。
「水の呼吸――」
帯の束が、
横から迫る。
「弐ノ型・水車!!」
回転する斬撃で、
帯をまとめて断ち切る。
そのまま着地。
すぐに呼吸を整える。
だが次の瞬間、
炭治郎の鼻がぴくりと動いた。
「……?」
違う。
何かが、
おかしい。
鬼の匂いは濃い。
だが――
“濃すぎる”。
しかも、
均一すぎる。
帯にも、
鬼の女にも、
空間そのものにも、
同じ匂いが染みつきすぎている。
まるで――
この地下そのものが、
鬼の腹の中みたいにだった。
炭治郎の背筋に、
冷たいものが走る。
その時だった。
「どうした!」
宇髄の声が飛ぶ。
炭治郎は帯を捌きながら、
短く返す。
「匂いが……変です!!」
宇髄の目が、
わずかに細まる。
「どう変だ」
「鬼の匂いが強すぎる……!
帯だけじゃない……!」
言葉にしながら、
炭治郎自身も整理する。
帯が鬼なのではない。
この地下そのものが、
鬼の“腹”みたいになっている。
その感覚に近い。
宇髄は一瞬だけ、
鬼の女を見据えた。
その目が、
初めて“戦いながら考える目”になる。
「……なるほどな」
低く落ちた声。
その直後、
宇髄の斬撃が一段鋭くなる。
帯の流れではなく、
その“奥”を探るような斬り方。
鬼の女の目が、
わずかに動く。
――今の反応。
炭治郎は見逃さなかった。
宇髄も、
同じものを見たらしい。
「本体、別に置いてんだろ」
宇髄が低く言う。
鬼の女は、
その言葉に対して
初めてはっきりと眉を寄せた。
「……何の事かしら?」
とぼけた声音。
だが、
その一拍の遅れがすべてだった。
宇髄の口元が、
わずかに歪む。
「図星かよ」
次の瞬間、
鬼の女の帯が
今までで最も激しく暴れた。
床が割れる。
壁が裂ける。
空間そのものを
潰そうとするような攻撃。
「ちっ……!」
宇髄が舌打ちする。
「善逸!! まだ人の音は残ってるか!?」
「……大丈夫!! 今いる人は生きてる!!」
「伊之助!! 抜け道は!?」
「右奥にまだある!! でも何か変だ!!」
「変って何だ!!」
「空間が……重なってやがる!!」
その言葉に、
炭治郎の胸が強く鳴る。
重なっている。
匂いが濃すぎる。
地下全体が鬼の一部みたいだ。
その断片が、
頭の中で繋がりかける。
だが――
まだ形にならない。
その時だった。
鬼の女が、
ふいに笑った。
初めてだった。
今までの薄い嘲りではない。
もっと底冷えのする笑み。
「……随分と気づくのが遅いねぇ」
その声と同時に、
帯の一本が
床の裂け目の奥へ沈む。
まるで、
“どこか別の場所”へ
繋がっているかのように。
炭治郎の目が鋭くなる。
宇髄もそれを見た。
その一瞬だけ、
二人の認識が重なる。
ここじゃない。
まだ奥がある。
この鬼の“本当の核”は、
まだ別にある。
次の瞬間、
鬼の女の帯が一斉に膨れ上がる。
今まで以上の圧。
地下全体が悲鳴を上げる。
崩れる。
このままでは、
空間ごと押し潰される。
宇髄が即座に叫んだ。
「一回引くぞ!!」
炭治郎の目が揺れる。
ここで、
引く。
だがそれは逃げではない。
崩れる前に、
次へ繋ぐための後退。
炭治郎はすぐに理解する。
「はい!!」
帯が襲いかかる。
音が裂ける。
地下が軋む。
そのすべての中で、
炭治郎は最後にもう一度だけ
鬼の女を見る。
あれは、
まだ全部じゃない。
この鬼は、
まだ何かを隠している。
その確信だけを胸に、
四人は崩れゆく地下から
一度身を引く。
まだ終わらない。
むしろここからが、
本当の“奥”だった。
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第三十一話 終
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