鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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第三十三話 ― 表れた戦場

 

帯が、

夜空を裂いた。

 

屋根の上から放たれたそれは、

もはや布ではなかった。

 

刃だ。

 

鞭だ。

 

壁だ。

 

無数の殺意が、

遊郭の灯りの下へ降り注ぐ。

 

「散れ!!」

 

宇髄の声が飛ぶ。

 

四人の身体が、

同時に動いた。

 

炭治郎は左へ跳ぶ。

 

善逸は反射で低く沈み込み、

伊之助は逆に屋根へ駆け上がる。

 

宇髄だけが、

真正面から踏み込んだ。

 

「音の呼吸――」

 

双刀が唸る。

 

「壱ノ型――轟!!」

 

派手な斬撃が、

空中を走る帯の束を真正面から吹き飛ばす。

 

火花のように裂けた帯が、

夜の中へ散る。

 

だが鬼の女は、

その上から冷えた目で見下ろしていた。

 

「……鬱陶しい」

 

その一言と同時に、

帯の軌道が変わる。

 

宇髄だけではない。

 

炭治郎、

善逸、

伊之助。

 

四人全員へ、

それぞれ違う角度で帯が襲いかかる。

 

狙いが正確だ。

 

一人ずつ、

“崩しやすい形”で潰しにきている。

 

「ちっ……!」

 

炭治郎は踏み込みを変える。

 

「水の呼吸――参ノ型・流流舞い!!」

 

身体を流す。

 

真正面から受けない。

 

迫る帯の“間”を縫い、

最小限だけ斬る。

 

だが――

 

「……見えてるよ」

 

鬼の女の目が、

炭治郎を捉える。

 

次の瞬間、

帯が軌道を変えた。

 

流れを読んだ上で、

さらにその先へ差し込んでくる。

 

速い。

 

しかも、

しつこい。

 

「っ……!」

炭治郎は一歩だけ押し返される。

崩されそうになる。

 

まだ、届く形になっていない。

このままでは、届く前に削られる。

 

このままでは、

届く前に削られる。

 

その時だった。

 

「炭治郎!!」

 

善逸の声が飛ぶ。

 

「次、右から来る!!

そのあと上が空く!!」

 

炭治郎の呼吸が、

一段深くなる。

 

見る。

 

感じる。

 

そして、

すぐに戻す。

 

右から来る帯を、

あえて正面で受けず、

斜めに流す。

 

その一拍で生まれた上の空間へ、

身体を滑り込ませる。

 

抜けた。

 

「ありがとう!!」

 

「聞こえてんだから礼より動けぇぇ!!」と善逸が叫ぶ。

 

その声は情けない。

 

だが、

それでも十分すぎるほど役に立っていた。

 

 

 

一方その頃――

 

「おらァ!!」

 

伊之助が屋根の縁を蹴る。

 

獣のような身軽さで、

鬼の女の側面へ回り込む。

 

「隠してんだろ!! 何か!!」

 

刀を振り下ろす。

 

だが鬼の女は、

視線すら向けない。

 

その代わり、

背後から帯が持ち上がる。

 

「チッ!」

 

伊之助は空中で無理やり身体を捻り、

振り下ろしを途中で切り上げる。

 

その瞬間、

さっきまで自分がいた位置を

帯が貫いた。

 

読まれている。

 

だが伊之助は、

むしろ口元を吊り上げた。

 

「へへっ……やっぱなんかあるな」

 

今の反応は、

ただの迎撃じゃない。

 

“隠したいもの”がある動きだ。

 

伊之助の勘が、

それを掴んでいた。

 

「宇髄ィ!!」

 

「聞こえてる!!」

 

宇髄はすでに踏み込んでいた。

 

帯の雨を真正面から切り裂き、

一気に間合いを詰める。

 

「派手に守ってる場所があるってことだろ」

 

鬼の女の目が、

わずかに細くなる。

 

「……うるさい」

 

その反応だけで、

十分だった。

 

宇髄の口元が歪む。

 

「図星だな」

 

 

 

炭治郎はそのやり取りを聞きながら、

夜の匂いの中に意識を潜らせる。

 

鬼の匂いは、

まだ広く散っている。

 

だがその中に、

一箇所だけ“濃い芯”のようなものがある。

 

流れていない。

 

動いていない。

 

この戦場のどこかで、

ずっと“そこにある”匂い。

 

「……あそこだ」

 

視線が動く。

 

鬼の女のすぐ後ろ。

 

屋根の一角。

 

何の変哲もない、

ただの瓦の並び。

 

だが――

 

そこだけ、

匂いが沈んでいる。

 

炭治郎の胸の奥が、

強く鳴る。

 

あれだ。

 

鬼の女そのものではない。

 

だが、

あいつが“守っている何か”がある。

 

「宇髄さん!!」

 

炭治郎が叫ぶ。

 

「後ろです!!

あの屋根の後ろ側、

匂いが溜まってる!!」

 

宇髄の目が、

即座にそちらを捉える。

 

鬼の女の表情が、

初めて明確に動いた。

 

それだけで、

答えは出た。

 

「……ほう」

宇髄が低く笑う。

「そこか」

 

次の瞬間、

鬼の女の帯が

今までで最も激しく膨れ上がる。

 

隠すように。

 

塞ぐように。

 

潰すように。

 

もはや防御ではない。

 

“絶対に近づけない”ための攻撃。

 

「っ……!」

 

炭治郎は帯を捌きながら、

それでも視線を切らない。

 

今までなら、

この圧に飲まれていた。

 

だが今は違う。

 

崩れない。

 

見失わない。

 

この戦いの中で、

自分が持つべきものは

もう分かっている。

 

宇髄が叫ぶ。

 

「炭治郎!! 道をつくれ!!」

 

その一言に、

迷いは生まれなかった。

 

「はい!!」

 

炭治郎は踏み込む。

 

帯の束が、

正面から迫る。

 

多い。

 

速い。

 

だが――

 

全部を斬らなくていい。

 

必要なのは、

“通すための一筋”だけだ。

 

「水の呼吸――」

 

呼吸が深く入る。

 

肩の力が抜ける。

 

足元が静かに定まる。

 

「陸ノ型――ねじれ渦!!」

 

捻りを伴う斬撃が、

帯の重なりをまとめて弾き崩す。

 

切り裂くのではない。

 

ずらす。

 

崩す。

 

一瞬だけ、

そこに“道”が生まれる。

 

「今です!!」

 

宇髄が笑った。

 

「上出来だ!!」

 

その瞬間、

音が弾けた。

 

宇髄の身体が、

一直線に駆け抜ける。

 

「音の呼吸――肆ノ型!!」

 

双刀が閃く。

 

鬼の女の帯が、

正面から迎え撃つ。

 

だが宇髄は止まらない。

 

「響斬乱舞!!」

 

爆ぜるような連撃。

 

帯が裂ける。

 

瓦が砕ける。

 

夜の空気が震える。

 

そして――

 

鬼の女の背後の屋根が、

大きく割れた。

 

「……っ!!」

 

鬼の女の表情が、

はっきりと歪む。

 

初めてだった。

 

余裕ではない。

 

苛立ちでもない。

 

明確な、

“崩された”顔。

 

炭治郎の呼吸が、

静かに深くなる。

 

届いた。

 

まだ討ててはいない。

 

だが、

確実に一枚剥がれた。

 

この鬼は、

何かを隠している。

 

そして今、

その隠し方が崩れ始めている。

 

遊郭の夜の上で、

帯が荒れ狂う。

 

瓦が散る。

 

灯りが揺れる。

 

その中心で、

戦場はさらに大きく形を変えようとしていた。

 

 

第三十三話 終

 

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