鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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第三十六話 ― 兄妹

 

――ずるり。

 

肉の奥から、

何かが引き剥がされる音がした。

 

湿っている。

重い。

生き物が、

無理やり外へ出てくるような音。

 

屋根の上の空気が、

一瞬で冷える。

 

炭治郎の呼吸が、

わずかに止まる。

 

来る。

 

これは、

さっきまでの敵とは違う。

 

割れた“核”の奥から、

ゆっくりと姿が現れた。

 

細い腕。

不自然に長い指。

そして――

 

骨ばった身体。

 

痩せている。

だが、

弱さとは真逆の存在感。

 

皮膚の下に、

何か別のものが蠢いているような、

歪んだ気配。

 

顔が上がる。

 

濁った目。

その奥に、

底の見えない闇があった。

 

「……ああ」

 

低い声。

 

擦れるような、

耳にまとわりつく声音。

 

「起こされたのかァ……」

 

炭治郎の背筋に、

冷たいものが走る。

 

匂い。

 

さっき感じた“別の鬼”。

 

その正体が、

目の前に立っている。

 

鬼の女が、

嬉しそうに身を寄せた。

 

「妓夫太郎兄ちゃん」

 

男の鬼が、

だるそうに目を向ける。

 

「おぉ……堕姫ぃ、どうしたァ」

 

その呼び方。

その距離。

 

それだけで、

関係がはっきりする。

 

 

宇髄が双刀を構えたまま、

低く吐く。

 

「……なるほどな」

 

視線は、

もう堕姫ではない。

 

新しく現れた“それ”へ。

 

「厄介なのは、こっちか」

 

妓夫太郎は、

ゆっくりと首を傾ける。

 

「厄介?」

 

かすれた笑いが漏れる。

 

「ひでぇ言い方だなァ」

 

その言葉と同時に――

 

ぞわり、と。

 

空気が粘つく。

 

炭治郎の足元が、

わずかに重くなる。

 

見えない圧。

 

立っているだけで、

肌が粟立ち、

呼吸の深さを奪われるような感覚。

 

善逸の膝が、

震える。

 

「……無理」

 

小さく漏れる声。

 

「これ……やばい……」

 

伊之助が低く唸る。

 

「さっきの女とは別モンだな」

 

笑っていない。

 

完全に、

“獲物を見る目”だ。

 

宇髄だけが、

一歩前へ出た。

 

迷いがない。

 

「上弦だな」

 

断定。

 

妓夫太郎が、

ゆっくりと視線を向ける。

 

「……へぇ」

 

その目が、

宇髄を舐めるように見た。

 

「分かんのかァ」

 

宇髄が口元を歪める。

 

「分かるさ」

 

双刀を軽く鳴らす。

 

「気配が違ぇ」

 

その一言に、

炭治郎の呼吸が整う。

 

そうだ。

 

怖い。

だけど――

 

崩れるほどじゃない。

 

ここまで来た。

整えてきた。

繋いできた。

 

それは、

消えていない。

 

妓夫太郎が、

ぽり、と首を鳴らす。

 

「……あーあー」

 

だるそうに言う。

 

「面倒くせぇなァ」

 

その瞬間だった。

 

空気が、

裂けた。

 

見えない。

 

だが、

確かに“何か”が飛んだ。

 

「炭治郎!!」

 

宇髄の声。

 

反射で身体をずらす。

 

次の瞬間、

背後の屋根が弾けた。

 

「……っ!?」

 

斬撃。

 

だが、

帯ではない。

 

もっと鋭く、

もっと重い。

 

遅れて、

炭治郎の頬に血が滲む。

 

掠った。

 

見えなかった。

 

宇髄の目が、

鋭くなる。

 

「毒か」

 

短い一言だった。

 

だがその重さだけで、

炭治郎には十分だった。

 

炭治郎の鼻が、

すぐに反応する。

 

違う匂い。

 

鉄でも、

血でもない。

 

もっと嫌な、

刺すような匂い。

 

妓夫太郎が、

つまらなそうに笑う。

 

「よく避けたなァ」

 

その指先から、

黒ずんだ鎌が覗く。

 

血が、

滴っている。

 

「でもよォ」

 

にたり、と口元が歪む。

 

「次はどうだァ」

 

次の瞬間――

 

消えた。

 

「っ!!」

 

善逸が叫ぶ。

 

「速い!! 右!! いや違う上!!」

 

音が乱れる。

追えない。

 

炭治郎の視界に、

影が差す。

 

上だ。

 

振り上げる。

 

だが――

 

間に合わない。

 

「遅ぇ」

 

耳元で、

声がした。

 

死角。

 

完全に入られた。

 

その瞬間――

 

「派手に割り込むぜ!!」

 

轟音。

 

宇髄の斬撃が、

間に叩き込まれる。

 

金属がぶつかる音。

火花が散る。

 

炭治郎の視界のすぐ前で、

鎌が弾かれる。

 

距離が開く。

 

宇髄が前に立つ。

 

「一人で受けんな」

 

短く言う。

 

「こいつは格が違う」

 

炭治郎は息を整えながら、

頷く。

 

「はい……!」

 

理解している。

 

今までの流れとは違う。

 

“通す戦い”だけでは、

足りない。

 

妓夫太郎が、舌打ちする。

 

「邪魔すんなよォ」

 

宇髄が笑う。

 

「するに決まってんだろ」

 

双刀を構える。

 

「俺ぁ柱だ」

 

その言葉に、

空気がさらに張り詰める。

 

堕姫が、

不満そうに眉を寄せる。

 

「お兄ちゃん、こいつら嫌い」

 

妓夫太郎が、

だるそうに頷く。

 

「あぁ……分かる」

 

その目が、

四人をゆっくりと見渡す。

 

「気持ち悪ぃよなァ」

 

その一言で――

 

殺気が、

一段深くなる。

 

炭治郎の足元が、

ぐっと沈む。

 

重い。

 

だが――

 

崩れない。

 

呼吸を整える。

視線を上げる。

刀を握る。

 

ここからだ。

 

ここからが、

本当の戦いだ。

 

宇髄が低く言う。

 

「いいか」

 

一瞬だけ、

全員の意識が揃う。

 

「こいつは同時だ」

 

炭治郎の目が、

わずかに動く。

 

「同時……?」

 

宇髄は前を見たまま、

言い切る。

 

「どっちかだけ斬っても死なねぇ」

 

その言葉で、

すべてが繋がる。

 

炭治郎の中で、

確信が形になる。

 

「……っ」

 

二体で一つ。

 

だから、

“核”が二つあった。

 

妓夫太郎が、

にやりと笑う。

 

「おぉ、正解だァ」

 

その瞬間――

 

二体同時に、

動いた。

 

帯と鎌。

 

上下から、

左右から、

同時に迫る。

 

逃げ場はない。

 

だが――

 

炭治郎の足は、

止まらなかった。

 

「――行くぞ!!」

 

叫ぶ。

 

その声に、

善逸が、

伊之助が、

宇髄が応じる。

 

崩れない。

 

見失わない。

 

通すだけじゃない。

 

ここからは――

 

討つ。

 

しかも、

同時に。

 

遊郭の夜の上で、

本当の戦いが、

完全に始まった。

 

 

第三十六話 終

 

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