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夜の屋根の上で、
四人の呼吸が
ついに一つの形へと揃う。
帯が唸る。
鎌が裂く。
瓦が砕け、
灯りが揺れ、
遊郭の夜そのものが
決着の気配を孕んで軋んでいる。
だがもう、
炭治郎の中に迷いはなかった。
見えている。
この戦いの形が。
誰が押さえ、
誰が崩し、
誰が拾い、
誰が――
最後に通すのか。
その全部が、
今はっきりと一本の線になっていた。
「行くぞォ!!」
宇髄の声が、
夜を裂く。
次の瞬間、
妓夫太郎と堕姫が
同時に動いた。
鎌と帯。
上下から、
左右から、
死角から。
兄妹で一つの刃のように、
こちらの意識を引き裂きにくる。
だが――
「分かってんだよ!!」
宇髄が真正面から踏み込む。
双刀が、
妓夫太郎の鎌へ正面から噛みつく。
火花が散る。
金属音が、
遊郭の夜を叩く。
「音の呼吸――」
宇髄の踏み込みが、
今までで最も深い。
毒を恐れない。
距離を恐れない。
一歩でも、
半歩でも、
妓夫太郎を“その場”へ縫い付けるための踏み込み。
「肆ノ型――響斬乱舞!!」
連続する斬撃が、
妓夫太郎の間合いを無理やり潰す。
受け流すのではない。
押し込む。
逃がさない。
妓夫太郎の顔が、
初めて明確に歪んだ。
「チッ……!!
邪魔くせぇなァ!!」
「上等だ!!」
宇髄が笑う。
「テメェみてぇな陰気野郎、
派手に押さえ込んでやるよ!!」
双刀が、
さらに深く入る。
妓夫太郎の鎌が、
わずかに遅れる。
その一拍が、
全ての始まりだった。
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「今だァァァ!!」
善逸の声が飛ぶ。
震えている。
だが、
その耳は一切ぶれていない。
「右三本!!
その次、真ん中が空く!!
そのあと一瞬だけ止まる!!」
「おうよォ!!」
伊之助が吠える。
屋根の端を蹴り、
堕姫の帯の群れへ
獣のように突っ込んでいく。
今の伊之助は、
もう闇雲じゃない。
見ている。
帯の戻り。
守りの拍。
堕姫が“嫌がる場所”を。
「隠してんじゃねぇぞ!!」
二刀が閃く。
「獣の呼吸――」
正面から断たない。
帯の“戻り”へ、
強引にねじ込む。
「漆ノ型――空間識覚!!」
伊之助の身体が、
屋根の上で
ありえない角度に捻れる。
その軌道のまま、
死角から二刀が差し込まれる。
「おらァァァ!!」
帯の束が、
大きく乱れた。
堕姫の顔が、
はっきりと歪む。
「……っ!!」
守りが崩れる。
まだ足りない。
だが、
崩れた。
そこへ善逸の声が重なる。
「残る!!
今の崩れ、残る!!」
炭治郎の呼吸が、
深く入る。
そうだ。
ここだ。
今まで積み上げてきた全部が、
ここに残っている。
宇髄が押さえた時間。
善逸が拾った拍。
伊之助が裂いた守り。
その全部が、
今この一瞬へ集まっている。
炭治郎は刀を握る。
肩の力を抜く。
足元を定める。
呼吸を整える。
焦るな。
崩すな。
ここで急げば、
全部こぼれる。
だが――
今なら、
届く。
「炭治郎ォ!!」
宇髄の怒声が飛ぶ。
「今しかねぇ!!」
妓夫太郎の鎌を
双刀で押し込みながら、
宇髄が吠える。
その声が、
炭治郎の背を真っ直ぐ押した。
「はい!!」
踏み込む。
堕姫の帯が、
最後の守りのように立ち上がる。
だがもう、
炭治郎にはそれが
ただの壁には見えなかった。
綻びがある。
ズレがある。
繋がってきた全部の跡が、
そこに残っている。
「水の呼吸――」
一歩。
呼吸が深く入る。
二歩。
足元が静かに定まる。
三歩。
刃が、
流れを帯びる。
そして――
「拾ノ型――」
炭治郎の身体が、
回る。
一太刀ごとに、
流れが増す。
一歩ごとに、
刃が加速する。
今まで積み重ねてきた
全部の“繋ぎ”が、
この回転の中へ集まっていく。
「生生流転!!」
斬る。
一閃。
二閃。
三閃。
回るたびに、
勢いが増す。
帯を裂く。
守りを砕く。
ズレを広げる。
善逸が拾った一拍。
伊之助が崩した守り。
宇髄が押さえた時間。
その全部を、
炭治郎の刃が
一つの流れへ変えていく。
堕姫の目が、
初めて恐怖に見開かれた。
「……嫌!!」
帯が、
最後の抵抗のように膨れ上がる。
だが――
遅い。
炭治郎の回転は、
もう止まらない。
流れが、
流れを呼ぶ。
繋ぎが、
一太刀を育てていく。
その瞬間、
炭治郎の中で
何かがはっきりと噛み合った。
これだ。
ずっと積んできたものは、
このためにあった。
一人で無理に届くためじゃない。
繋いだ先を、
ちゃんと斬るために。
炭治郎の刃が、
ついに堕姫の首筋へ届く。
「――斬れェェェ!!」
叫びとともに、
一閃が走る。
帯が裂ける。
夜が裂ける。
そして――
堕姫の首が、
ついに宙を舞った。
「――っ!!」
だが、
終わりではない。
同時だ。
同じ瞬間でなければ、
意味がない。
炭治郎の呼吸が、
まだ切れていない。
視線が動く。
宇髄と妓夫太郎。
その戦場へ。
そして見えた。
宇髄が、
妓夫太郎を押さえ込んでいる。
だが、
毒は回っている。
腕が重い。
呼吸も荒い。
それでも、
まだ立っている。
まだ、
繋いでいる。
宇髄が、
血を吐きながら笑った。
「遅ぇぞ!!」
その声に、
炭治郎の胸が鳴る。
まだ終わらせられる。
まだ、
繋げる。
「善逸!! 伊之助!!」
炭治郎が叫ぶ。
「堕姫の首を止めろ!!」
「分かってる!!」
善逸が飛ぶ。
「逃がすかァ!!」
伊之助が吠える。
飛ばされた堕姫の首へ、
二人が同時に食らいつく。
逃がさない。
戻させない。
その一瞬で――
炭治郎は、もう走っていた。
妓夫太郎へ。
宇髄へ。
最後の一撃を、
繋ぐために。
妓夫太郎の目が、
初めて明確に揺れる。
「……テメェらァ!!」
鎌が、
最後の悪足掻きのように暴れる。
だが宇髄は、
その全部を受け切った。
「音の呼吸――!!」
双刀が、
妓夫太郎の腕ごと鎌を押し上げる。
「今だ、炭治郎!!」
その声に、
炭治郎の呼吸が
最後の一段深く入る。
走る。
踏み込む。
刃を振りかぶる。
ここまで繋いできた全部を、
この一太刀へ。
「水の呼吸――」
妓夫太郎の首筋が、
視界の中で
真っ直ぐに浮かぶ。
宇髄が押さえた。
善逸が拾った。
伊之助が崩した。
そして自分が――
ここへ来た。
「――生生流転!!」
最後の回転。
最後の一閃。
流れのすべてを乗せた刃が、
妓夫太郎の首へ届く。
「がァァァァァァッ!!」
絶叫。
肉が裂ける音。
血飛沫。
夜風。
そして――
妓夫太郎の首が、
ついに胴を離れた。
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その瞬間。
夜が、
止まったように感じた。
帯が止まる。
鎌が止まる。
遊郭の屋根の上で、
さっきまであれほど暴れていた
殺意の流れが、
ぴたりと断ち切られる。
炭治郎の呼吸が、
大きく揺れる。
膝が、
わずかに落ちそうになる。
だが――
倒れない。
まだ、
倒れない。
視線を上げる。
そこには――
宇髄。
善逸。
伊之助。
全員がいた。
傷だらけで。
息を切らして。
それでも、
ちゃんと立っていた。
炭治郎の胸の奥が、
静かに熱を持つ。
届いた。
一人じゃない。
誰か一人の強さじゃない。
繋いで、
繋いで、
繋いだ先で――
ようやく、
届いた。
夜風が吹く。
遊郭の灯りが、
少し遅れて揺れる。
その灯りの下で、
炭治郎は刀を下ろす。
静かに、
息を吐いた。
終わった。
長く深かった夜が、
ようやく――
終わろうとしていた。
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第四十話 終
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