鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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こちらは幕間、前編となります。先に四十一話を読了後お読み下さいませ。
尚後編は30分後、21時に投稿致します。


幕間:前編 ― 夜明けの報

 

夜が明ける頃には、

遊郭の騒ぎも

ようやく少しずつ落ち着き始めていた。

 

崩れた屋根。

裂けた壁。

倒れた建物。

 

その爪痕だけが、

夜の異常を静かに語っている。

 

だがその一方で――

 

空の上では、

一羽の鎹鴉が

夜明けを切るように飛んでいた。

 

羽音は鋭い。

 

一直線に、

南へ。

 

その足が伝えるのは、

ただの戦果ではない。

 

鬼殺隊の歴史そのものを揺らす報だった。

 

 

産屋敷邸は、

まだ朝の静けさの中にあった。

 

庭木には露が残り、

障子越しの光はまだ柔らかい。

 

その静寂を破ったのは、

鎹鴉の鋭い鳴き声だった。

 

「報告!! 報告!!」

 

屋敷の上空を旋回しながら、

鴉が叫ぶ。

 

その声に、

縁側にいたあまねが静かに顔を上げた。

 

「旦那様」

 

その声に応じるように、

産屋敷耀哉がゆっくりと目を開ける。

 

病に蝕まれた身体は、

以前よりもさらに衰えていた。

 

それでもその表情は、

いつもと変わらず穏やかだった。

 

鴉の声が、

はっきりと屋敷へ落ちる。

 

「上弦の陸――討伐!!

上弦の陸――討伐!!

音柱・宇髄天元、生存!!

竈門炭治郎、我妻善逸、嘴平伊之助――生存!!」

 

一瞬だった。

 

空気が、

止まる。

 

言葉の意味が、

すぐには現実へ落ちてこない。

 

あまりにも長く、

あまりにも動かなかったものだったから。

 

あまねの目が、

わずかに見開かれる。

 

耀哉もまた、

すぐには何も言わなかった。

 

ただ静かに、

その報を受け止めていた。

 

百十余年。

 

鬼殺隊の誰もが、

記録でしか知らなかった時間。

 

上弦は、

倒れなかった。

 

どれだけ柱が代わっても、

どれだけ隊士が命を削っても、

そこだけは動かなかった。

 

その“壁”が、

今――破られた。

 

耀哉の指先が、

かすかに震える。

 

それは衰弱のせいではなかった。

 

やがて彼は、

本当に小さく息を吐いた。

 

「……そうか」

 

その声は、

驚きでもなく、

歓喜でもなく。

 

もっと深い、

何かを確かめるような響きだった。

 

「ようやく、

ここまで来たんだね」

 

あまねは何も言わず、

ただ静かにその横に座る。

 

耀哉は目を閉じたまま、

続けた。

 

「宇髄くん一人でも、

あの子たちだけでも、

きっと届かなかっただろう」

 

「けれど――

誰かが繋いだんだろうね」

 

その言葉は、

戦いの細部を見ていたわけではないのに、

不思議なほど確信に満ちていた。

 

あまねがそっと頷く。

 

「はい」

 

耀哉の口元に、

かすかな笑みが浮かぶ。

 

「良かった」

 

その一言には、

百十年分の重さがあった。

 

 

報はすぐに、

鬼殺隊の各地へと走った。

 

鎹鴉が飛ぶ。

 

山を越え、

川を越え、

それぞれの場所へ

同じ一報を運んでいく。

 

「上弦討伐!!」

「上弦の陸、討伐!!」

 

その報は、

どこでも最初は

同じ沈黙を生んだ。

 

誰もが一度、

聞き間違いかと思う。

 

だが二度、

三度と告げられて、

ようやくそれが現実だと理解する。

 

隊士たちの間に、

静かなざわめきが広がる。

 

驚き。

戸惑い。

そして――

まだ形になりきらない、

小さな希望。

 

「……上弦が?」

「本当に……?」

「倒せるのか……?」

 

その言葉たちは、

どれも小さい。

 

けれどその小ささこそが、

この出来事の大きさだった。

 

今まで、

誰も口にできなかった未来がある。

 

その感覚だけが、

鬼殺隊の隅々へ

じわじわと広がっていく。

 

 

その報は、

真壁のもとにも届いた。

 

朝の冷たい空気の中、

真壁は一人、

庭先で木刀を振っていた。

 

振り下ろす。

戻す。

 

無駄のない動き。

 

癖のない、

ただ真っ直ぐな型。

 

その最中に、

頭上から鴉の声が落ちる。

 

「報告!! 報告!!」

 

真壁は、

振り下ろしかけた木刀を止めた。

 

鴉が旋回する。

 

「上弦の陸、討伐!!

音柱・宇髄天元、生存!!

竈門炭治郎、我妻善逸、嘴平伊之助、生存!!」

 

真壁は、

何も言わなかった。

 

ただ、

止めた木刀をそのまま下ろす。

 

それから静かに、

空を見上げた。

 

冷えた朝の空は、

どこまでも高かった。

 

「……そうか」

 

それだけだった。

 

驚きも、

大げさな感慨もない。

 

だがその目の奥には、

確かに何かが灯っていた。

 

炭治郎が、

何度も崩れながら積み上げてきたもの。

 

焦りに飲まれず、

一人で抱え込みすぎず、

それでも前へ通すための何か。

 

それがきっと、

あの戦場で形になったのだと分かった。

 

真壁はしばらくの間、

何も言わずに立っていた。

 

やがて、

小さく息を吐く。

 

「……届いたか」

 

その声は、

誰に向けたものでもなかった。

 

ただ、

積み上がったものが

確かに届いたことを

静かに認めるような声だった。

 

だが次の瞬間、

真壁の目はわずかに細くなる。

 

「だが――まだだ」

 

その一言は、

柔らかくない。

 

戦いを知る者の、

現実だった。

 

上弦を一つ倒した。

 

それでも鬼舞辻無惨はいる。

 

もっと深い場所がある。

 

もっと理不尽な戦いがある。

 

ここは終わりではなく、

ようやく開いた入口に過ぎない。

 

真壁は木刀を握り直す。

 

朝の光が、

その横顔を静かに照らしていた。

 

「ここから先で、

本当に問われる」

 

誰に聞かせるでもなく、

そう呟く。

 

その目は、

もう次を見ていた。

 

炭治郎が、

この先どこまで行くのか。

 

何を背負い、

何を越え、

どこで“本当に立つ”のか。

 

その答えはまだ、

先にある。

 

だが――

 

土台は、

確かにでき始めていた。

 

真壁は再び、

木刀を構える。

 

足を開く。

重心を落とす。

呼吸を整える。

 

そして、

何事もなかったように

もう一度だけ振り下ろした。

 

乾いた音が、

朝の空気を真っ直ぐ裂いた。

 

 

鬼殺隊にとって、

その朝はただの朝ではなかった。

 

百十年、

動かなかったものが動いた朝。

 

それはまだ、

勝利の終わりではない。

 

長い戦いの中で、

ようやく一つの歯車が

噛み合い始めたというだけだ。

 

夜は明けた。

 

だが、

鬼舞辻無惨はまだ生きている。

 

上弦を一つ落としても、

終わりには程遠い。

 

それでも――

 

確かに、

何かは動き始めた。

 

百十余年、

止まっていた歯車が。

 

その回転は、

やがて次の戦場へと

静かに繋がっていく。

 

 

幕間 ― 夜明けの報 終

 

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