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「どこだァァァァァ!!」
里に響いたのは、
怒号だった。
静かだった空気が、
一瞬で割れる。
炭治郎が振り向く。
目が合った。
一拍。
次の瞬間、
ものすごい勢いで突っ込んできた。
「お前かァァァ!!」
「うわあああああ!!」
反射で炭治郎が飛び退く。
そのすぐ後ろを、
鋭い刃が通り抜けた。
地面に突き刺さる。
砂が跳ねる。
「刀をォォォォォォォ!!」
ひょっとこ面の男。
全身から怒りを噴き出させながら、
炭治郎を睨みつけている。
「壊したなァァァァァ!!」
「す、すみません!!」
即座に頭を下げる炭治郎。
だが男は止まらない。
「すみませんで済むかァァァ!!」
地面から刀を引き抜く。
振りかぶる。
「俺の刀だぞォォォォ!!」
「ひぃぃぃぃ!!」
善逸が即座に後ろに隠れる。
「来た!! 絶対この人だと思った!!」
「鋼鐵塚さん!!」
炭治郎が必死に叫ぶ。
だがその声すら、
怒りの中にかき消される。
「名前を呼ぶなァァァ!!」
再び振り下ろされる刃。
炭治郎は転がるように避ける。
地面が抉れる。
完全に本気だ。
「ちょっと待ってください!!
あの時は仕方なかったんです!!」
「仕方ないで刀は直らねぇんだよォ!!」
その言葉は正論だった。
正論すぎた。
炭治郎は言葉に詰まる。
「ぐっ……」
鋼鐵塚はその隙を逃さない。
さらに踏み込む。
「お前は何本折れば気が済む!!」
「そんなに折ってません!!」
「折ってるだろォォォ!!」
「すみません!!」
やり取りが成立していない。
だが、
妙にテンポが良かった。
伊之助が横で笑う。
「おもしれぇなこいつ!!」
「面白くないよ!!」
善逸が即座に突っ込む。
「殺される流れだよこれ!?」
「そこまでにしてあげてください」
柔らかな声が、
その場に落ちる。
ぴたり、と動きが止まる。
鋼鐵塚の動きも、
一瞬だけ止まった。
炭治郎が顔を上げる。
そこにいたのは、
小柄な少年だった。
髪は黒。
目は真っ直ぐ。
まだ幼い。
だが、
どこか不思議な落ち着きがあった。
「刀を作る人が減ってしまいます」
静かな声。
鋼鐵塚は舌打ちを一つだけして、
刀を下ろした。
「……チッ」
完全に納得したわけではない。
だが、
引いた。
それだけで十分だった。
炭治郎は、
その少年へ頭を下げる。
「ありがとうございます……!」
少年は軽く頷いた。
「小鉄です」
名乗りは短い。
余計なものがない。
炭治郎も名乗り返す。
「竈門炭治郎です」
「知っています」
あっさりと返される。
その言い方が、
少しだけ不思議だった。
「それで」
小鉄が続ける。
「刀を直すだけじゃ、また同じことになります」
炭治郎の表情が変わる。
図星だった。
鋼鐵塚は視線を外し、何も言わない。
だが、
その沈黙が肯定だった。
「……はい」
炭治郎は正直に頷く。
刀が折れるのは、
刀だけの問題じゃない。
使い手の問題だ。
それは、
もう分かっている。
小鉄は少しだけ視線を横へ向ける。
「こっちです」
短く言って、
歩き出す。
炭治郎は迷わず後を追う。
善逸と伊之助もついてくる。
里の少し外れ。
木々の間を抜けた先に、
それはあった。
人形。
だが――
ただの人形ではない。
木でできている。
古い。
だが、
壊れていない。
その立ち姿には、
妙な圧があった。
「……これは」
炭治郎の目が細くなる。
重心が低い。
無駄がない。
崩れない。
どこかで見たような――
「戦闘用の絡繰人形です」
小鉄が言う。
「縁壱零式」
その名前が、
静かに落ちる。
炭治郎の背筋に、
何かが走る。
理由は分からない。
だが、
その名前には
どこか引っかかるものがあった。
「これで、鍛えてください」
小鉄は淡々と言う。
「逃げずに、
全部受けてください」
言い方に容赦がない。
だが、
間違っていない。
炭治郎は人形を見る。
ただ立っているだけなのに、
隙がない。
まるで、
そこに“人がいる”みたいに。
いや――
それ以上だ。
「……やります」
炭治郎は静かに言った。
迷いはなかった。
刀を直すだけでは足りない。
自分を直さないと、
同じことを繰り返す。
それは、
遊郭で嫌というほど分かっている。
炭治郎は刀を構える。
まだ完全ではない身体。
それでも、
やるしかない。
小鉄が少しだけ目を細める。
「壊さないでくださいね」
「……はい」
炭治郎は苦笑する。
そのやり取りの奥で――
また一つ、
新しい“積み上げる場所”が
目の前に現れていた。
その少し離れた場所。
木陰の奥で、
一人の男が立っていた。
何も言わず、
何も動かず。
ただ、
その場に立っている。
視線は、
炭治郎と人形へ。
崩れない立ち方。
静かな重心。
「……」
炭治郎は、
その姿を見た覚えがあった。
だが、
今ここで声をかけるには
少しだけ距離があった。
次の瞬間には、
男は何事もなかったように
木陰の奥へ姿を消していた。
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第四十四話 終