鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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第四十七話 ― 残る崩れ

 

刀鍛冶の里は、

鬼殺隊にとって決して失ってはならない場所だった。

 

上弦討伐の報が届いた後、

いくつかの重要拠点には

密かに警戒が敷かれていた。

 

真壁堅がこの里にいるのも、

その一つに過ぎない。

 

前へ出るためではない。

崩れてはならない場所で、

最後まで立つために。

 

 

朝の空気は、

冷たく澄んでいた。

 

だが炭治郎の身体は、

昨日の疲労をそのまま引きずっていた。

 

足が重い。

 

踏み込むだけで、

筋肉が鈍く軋む。

 

それでも――

 

「お願いします」

 

迷いなく、

構えた。

 

小鉄は何も言わない。

 

ただ静かに、

絡繰人形・縁壱零式を動かす。

 

 

一撃目。

 

受ける。

 

押される。

 

戻す。

 

二撃目。

 

足を置く。

 

三撃目。

 

沈む。

 

四撃目。

 

戻す。

 

――昨日と同じだ。

 

身体が覚え始めている。

 

ほんのわずかだが、

確実に。

 

「……いける」

 

小さく、

そう思った。

 

その瞬間だった。

 

五撃目。

 

わずかに、

踏み込みが強くなる。

 

早く。

 

もう一歩。

 

通したい。

 

その意識が、

ほんの少しだけ前へ出た。

 

――ズレた。

 

足が、

遅れる。

 

六撃目。

 

対応が遅れる。

 

「っ!」

 

受ける。

 

だが、

戻しが間に合わない。

 

七撃目。

 

完全に崩れる。

 

「がっ……!」

 

胴へ直撃。

 

身体が浮く。

 

地面に叩きつけられる。

 

肺の空気が、

一気に抜けた。

 

 

「……今のです」

 

小鉄の声。

 

炭治郎は地面に倒れたまま、

その言葉を聞く。

 

「戻れていました」

 

「でも、崩れました」

 

炭治郎は歯を食いしばる。

 

分かっている。

 

原因も、

はっきりしている。

 

「……焦りました」

 

「はい」

 

即答だった。

 

容赦がない。

 

だが、

それでいい。

 

小鉄は続ける。

 

「通そうとした瞬間、

足が死にました」

 

その言葉が、

胸に刺さる。

 

炭治郎はゆっくりと起き上がる。

 

息が苦しい。

 

身体も重い。

 

それでも、

もう一度立つ。

 

「……もう一回」

 

 

零式が動く。

 

一撃目。

 

受ける。

 

戻す。

 

二撃目。

 

置く。

 

三撃目。

 

沈む。

 

四撃目。

 

戻す。

 

ここまではいい。

 

だが――

 

五撃目。

 

また、

ほんの少しだけ意識が前に出る。

 

「……!」

 

止める。

 

今度は無理に行かない。

 

その瞬間――

 

六撃目が来る。

 

遅れない。

 

受ける。

 

戻す。

 

七撃目。

 

足を置く。

 

八撃目。

 

沈む。

 

「っ……!」

 

続く。

 

だが、

今度は崩れない。

 

通していない。

 

押し返してもいない。

 

ただ、

残っている。

 

その状態が、

数瞬続いた。

 

――初めてだった。

 

炭治郎の目が、

わずかに開く。

 

だが次の瞬間、

九撃目で完全に崩される。

 

「がっ……!」

 

再び、

地面へ。

 

 

荒い息の中で、

炭治郎は空を見上げる。

 

悔しい。

 

さっきより、

明確に分かる。

 

「行こうとすると崩れる」

 

それが、

はっきり見えた。

 

 

「……まだです」

 

小鉄の声。

 

炭治郎は苦笑する。

 

「分かってる」

 

短く返して、

ゆっくりと立ち上がる。

 

脚が震える。

 

だが、

止まらない。

 

 

少し離れた場所。

 

「また転がってる……」

 

善逸が顔をしかめる。

 

「昨日よりひどくない……?」

 

「違ぇだろ」

 

伊之助が即座に言う。

 

「あいつ、

自分で崩してる」

 

善逸が眉をひそめる。

 

「え?」

 

伊之助は腕を組む。

 

「昨日は、

何もできずに崩されてた」

 

「今は違う」

 

「“行こうとして崩れてる”」

 

その言葉に、

善逸は黙る。

 

確かにそうだった。

 

さっきの一瞬。

 

炭治郎は、

確実に残れていた。

 

だが同時に、

自分で崩していた。

 

「……めんどくさい段階入ったな」

 

善逸が小さく呟く。

 

伊之助は笑う。

 

「そこ越えたら強ぇぞ」

 

短い言葉だった。

 

だが、

妙に重かった。

 

 

炭治郎は再び構える。

 

足元へ意識を落とす。

 

通さない。

 

決めない。

 

まずは――崩れない。

 

それだけに絞る。

 

「……お願いします」

 

零式が動く。

 

一撃目。

 

二撃目。

 

三撃目。

 

続く。

 

だが今度は、

意識が前へ出ない。

 

通したい気持ちを、

抑える。

 

押し込まず、

残る。

 

その状態が、

少しずつ伸びていく。

 

四撃。

 

五撃。

 

六撃――

 

「……!」

 

また一瞬、

通せる形が見える。

 

だが、

行かない。

 

行けば崩れると、

もう分かっている。

 

その判断だけで、

さらに一拍、

残れる。

 

だが――

 

七撃目で、

やはり崩される。

 

「ぐっ……!」

 

転がる。

 

息が切れる。

 

だが今度は、

悔しさよりも先に

確信があった。

 

 

「……順番だ」

 

炭治郎が小さく呟く。

 

小鉄の目が、

わずかに動く。

 

「通すのは後だ」

 

「まず、

崩れない」

 

「その上で、

繋ぐ」

 

その言葉に、

小鉄は短く頷いた。

 

「はい」

 

初めて、

完全な肯定だった。

 

 

夕方が近づく。

 

炭治郎は、

何度も崩れた。

 

何度も転がった。

 

それでも――

 

昨日とは違う。

 

崩れ方が違う。

 

戻り方が違う。

 

そして何より――

 

「崩れる理由」が、

自分で分かる。

 

それが、

一番大きかった。

 

 

最後の一回。

 

炭治郎は静かに構える。

 

足を置く。

 

重心を落とす。

 

呼吸を整える。

 

「……お願いします」

 

零式が動く。

 

一撃。

 

二撃。

 

三撃。

 

四撃。

 

五撃。

 

六撃。

 

続く。

 

だが、

行かない。

 

通さない。

 

ただ、

残る。

 

七撃。

 

八撃。

 

九撃――

 

「っ……!」

 

ここで初めて、

限界ではなく

“判断”で止まる。

 

自分から崩れず、

止めた。

 

その瞬間、

零式の動きが止まる。

 

 

炭治郎は、

その場に立ったまま

息を吐く。

 

苦しい。

 

だが――

 

今までとは違う。

 

小鉄が静かに言った。

 

「それです」

 

短い一言。

 

だが、

はっきりしていた。

 

炭治郎は、

ほんの少しだけ笑う。

 

「……はい」

 

まだ足りない。

 

まだ通せない。

 

だが――

 

崩れない時間は、

確実に伸びている。

 

そしてその上に、

次が積まれる。

 

夕暮れの風が吹く。

 

木々が揺れる。

 

その中で、

炭治郎は静かに立っていた。

 

崩れない足で。

 

 

第四十七話 終

 

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