鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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第六十二話 ― 押し潰すもの、通すもの

 

空気が、

重い。

 

さっきまでの戦場とは

明らかに違っていた。

 

四つに裂けていたはずの圧が、

今は一つに固まっている。

 

逃げ場がない。

 

どこに立っても、

その“重さ”の中にいる。

 

「……っ」

 

炭治郎の喉が鳴る。

 

目の前に立つ鬼。

 

小さい。

 

だが――

 

その存在が、

この場のすべてを押し潰していた。

 

憎しみ。

 

ただそれだけで出来ているみたいな、

濁った重さ。

 

息をするだけで、

肺の奥にまで沈んでくる。

 

(これが……上弦……!)

 

さっきまでとは違う。

 

“分けて処理できる敵”じゃない。

 

一つの塊。

 

一つの暴力。

 

まともに受ければ、

そのまま押し潰される。

 

遊郭での戦いを、

遥かに超える圧だった。

 

「ひっ……ひぃっ……」

 

背後で、

本体がまだ泣きながら這っている。

 

守られている。

 

完全に。

 

あの鬼がいる限り、

絶対に届かない位置に。

 

炭治郎は歯を食いしばる。

 

(さっきは……届いた……!)

 

一瞬だけでも、

本体に刃は入った。

 

だが、

足りなかった。

 

あと一歩。

 

あと少し。

 

それが、

今は致命的に遠い。

 

その時だった。

 

さらに、

鬼の圧が増す。

 

「不快、不愉快極まれり」

「極悪人どもめが」

 

「……は?」

 

思わず、

炭治郎の口から声が漏れた。

 

鬼は、

まるで当然の理屈を語るみたいに続ける。

 

「先ほど貴様らは、

小さく弱き者を斬ろうとした」

 

「まさに鬼畜の所業」

 

意味が分からなかった。

 

目の前で、

里を壊し、

人を襲い、

命を踏み潰してきた鬼が。

 

本気で、

自分たちを悪と言っている。

 

炭治郎の胸の奥で、

何かがぶつりと切れた。

 

「……誰が」

 

声が低く落ちる。

 

「誰が、小さく弱き者だ」

 

目の前の鬼を、

真っ直ぐ睨み据える。

 

「力の無い里の人たちを襲って、

壊して、

踏みにじって――」

 

「どっちが鬼畜なんだ!!」

 

怒鳴った瞬間、

胸の奥の熱が一気に噴き上がる。

 

「お前だけは……」

 

炭治郎の目が、

鋭く細くなる。

 

「絶対に俺が、

その頸を斬ってやる!!」

 

ビュオオオオッ!!

 

風が鳴る。

 

いや――

 

斬撃だ。

 

しなる軌道が、

横から一直線に戦場を切り裂いた。

 

ドガァン!!

 

上弦の振り下ろそうとした腕が、

軌道ごと弾かれる。

 

衝撃が横へ流れ、

地面がまとめて抉れた。

 

「――ッ!」

 

炭治郎が顔を上げる。

 

その斬線は、

柔らかい。

 

だが、

異様に重い。

 

知っている。

 

この斬り方を。

 

「甘露寺さん……!」

 

崩れた建物の上。

 

そこに立っていたのは――

 

甘露寺蜜璃だった。

 

長い髪が、

風の中で揺れる。

 

しなる刀が、

まだ微かに震えている。

 

その姿が見えた瞬間、

戦場の圧がほんの少しだけ緩んだ。

 

完全じゃない。

 

だが――

 

“割れた”。

 

「大丈夫!?」

 

明るい声。

 

だが、

その足はすでに動いている。

 

次の瞬間にはもう、

上弦の間合いへ踏み込んでいた。

 

「この鬼……強いねぇ!!」

 

しなる刃が、

円を描く。

 

ビュンッ!!

 

鞭みたいにしなった斬撃が、

上弦の腕と肩をまとめて弾く。

 

ギィン!!

 

だが、

切れていない。

 

弾いただけ。

 

それでも――

 

十分だった。

 

炭治郎の呼吸が戻る。

 

「すみません……!」

 

「謝らなくていいよ!」

 

甘露寺が笑う。

 

その目は、

もう戦場全体を捉えていた。

 

「炭治郎くんたちは、

本体を追って!!」

 

一瞬だった。

 

だがその一言で、

役割が完全に分かれる。

 

炭治郎の視界が、

一気に絞られる。

 

(任せていい……!)

 

この人は、

ここを抑えられる。

 

だから――

 

自分は次へ行ける。

 

その瞬間、

上弦の目がわずかに動いた。

 

標的が変わる。

 

炭治郎たちから、

甘露寺へ。

 

「……貴様はなんだ」

 

低い声だった。

 

次の瞬間――

 

ドゴォッ!!

 

地面が裂ける。

 

木の龍が、

地面から一気に這い出した。

 

「っ!!」

 

炭治郎の目が開く。

 

太い。

 

速い。

 

しかも――多い。

 

何本もの木の龍が、

同時に甘露寺へ襲いかかる。

 

だが――

 

「んーっ、しつこい!」

 

甘露寺の身体が、

しなる。

 

ただ避けるんじゃない。

 

しなって、

滑って、

弾く。

 

ビュンッ!!

 

刃が走る。

 

木の龍が、

まとめて弾かれる。

 

「炭治郎くん!!」

 

その声が飛ぶ。

 

振り向かない。

 

もう、

見る必要がない。

 

「行こう!!」

 

炭治郎が踏み出す。

 

禰 豆子が並ぶ。

 

善逸が続く。

 

伊之助が先へ出る。

 

四人の足が、

再び前へ揃う。

 

だが――

 

さっきとは違う。

 

背後に、

“止めてくれる存在”がいる。

 

それだけで、

こんなにも前へ出られる。

 

炭治郎の胸が熱くなる。

 

(見えた……!)

 

本体の位置。

 

逃げ方。

 

守り方。

 

そして――

 

今の自分に足りないもの。

 

まだ届かない。

 

まだ斬り切れない。

 

だが、

 

「――次は、外さない」

 

小さく呟く。

 

その足が、

さらに深く入る。

 

さっきの一閃。

 

あの“水じゃない軌道”。

 

まだ完全じゃない。

 

だが確かに、

身体は覚え始めている。

 

(もう一度……)

 

匂いを追う。

 

流れを読む。

 

その先へ、

刃を通す。

 

背後では、

再び轟音が響いた。

 

柱と上弦。

 

本来なら、

そこに割って入ることすら許されない戦い。

 

だが――

 

今は違う。

 

その戦いが、

“道”になっている。

 

炭治郎は前を見る。

 

逃げる背は、

もう見えている。

 

なら――

 

次は、

仕留めるだけだ。

 

 

第六十二話 終

 

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