鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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第六十四話 ― 届く刃

⸻

 

逃げる音が、

近い。

 

瓦礫の擦れる音。

 

浅い呼吸。

 

情けない泣き声。

 

それが、

もうすぐそこにあった。

 

「……追いつく」

 

炭治郎が低く呟く。

 

足は止まらない。

 

むしろ、

さっきより軽い。

 

違う。

 

軽いんじゃない。

 

“迷いが減った”だけだ。

 

どこを通るか。

 

何を切り捨てるか。

 

何を優先するか。

 

それが、

もうはっきりしている。

 

だから足が止まらない。

 

「いた!!」

 

伊之助の声。

 

その先。

 

崩れた屋敷の奥。

 

瓦礫の陰で、

半天狗が這うように逃げていた。

 

「ひぃっ……ひぃぃっ……!!」

 

振り返る。

 

目が合う。

 

その瞬間、

炭治郎の中で何かが静かに固まった。

 

(今度こそ――)

 

逃がさない。

 

 

 

だが次の瞬間。

 

ズドォン!!

 

地面が裂ける。

 

木龍。

 

三本。

 

同時。

 

「っ!!」

 

炭治郎が踏み替える。

 

止まらない。

 

避けるだけじゃない。

 

“通すために避ける”

 

足が自然に選ぶ。

 

左。

 

半歩。

 

沈む。

 

その頭上を、

木龍の顎が通り過ぎる。

 

「まだ来るぞぉ!!」

 

善逸が叫ぶ。

 

「任せろォ!!」

 

伊之助が前へ出る。

 

二刀が木龍へ食い込む。

 

止めるためじゃない。

 

“ずらすため”の斬撃。

 

ギィン!!

 

軌道が外れる。

 

「今だ!!」

 

炭治郎が踏み込む。

 

その横を、

禰 豆子が並ぶ。

 

呼吸は合っている。

 

言葉はいらない。

 

前を通す。

 

 

 

半天狗との距離が、

一気に縮まる。

 

「来るなぁぁぁ!!」

 

悲鳴。

 

情けない声。

 

だがその身体は、

まだ逃げる。

 

その時だった。

 

ふっと、

空気が変わる。

 

「……!」

 

炭治郎の鼻が動く。

 

逃げる前。

 

その“次の動き”の匂い。

 

分かる。

 

右へ潜る。

 

その先の隙間。

 

「そっちだ!!」

 

炭治郎が踏み込む。

 

先回り。

 

間に合う。

 

(今だ――)

 

 

 

身体が動く。

 

考えるより先に。

 

足が深く入る。

 

軸が傾く。

 

細く。

 

鋭く。

 

あの軌道。

 

(これだ――)

 

刃が振り下ろされる。

 

「――ッ!!」

 

斬線が走る。

 

熱を帯びた一閃。

 

ギィン!!

 

当たる。

 

今度は深い。

 

肩口から首へ。

 

確かに通っている。

 

だが――

 

「っ……!!」

 

まだ足りない。

 

首を断ち切るには、

ほんのわずかに届かない。

 

「ひぃぃぃぃ!!」

 

半天狗が転がる。

 

逃げる。

 

まだ逃げる。

 

炭治郎の歯が鳴る。

 

(あと少しなのに――)

 

その時だった。

 

 

 

ボッ

 

小さな火が灯る。

 

「……!」

 

禰 豆子。

 

血が、

半天狗の身体へ飛んでいた。

 

爆血。

 

赤い炎が、

その傷口を焼く。

 

再生が止まる。

 

肉が閉じない。

 

「いける……!」

 

炭治郎の呼吸が変わる。

 

今なら通る。

 

今なら届く。

 

「禰 豆子!!」

 

禰 豆子が踏み込む。

 

蹴りが入る。

 

半天狗の身体が浮く。

 

その一瞬――

 

完全に“止まった”

 

 

 

炭治郎が踏み込む。

 

これが最後。

 

今度こそ。

 

足を置く。

 

繋ぐ。

 

通す。

 

「水の呼吸――」

 

息を通した、そのはずだった。

 

だが――

 

「――ッ!!」

 

振り抜く。

 

刃が落ちる。

一直線に。

 

半天狗の首へ。

 

 

 

その瞬間だった。

 

ズガァァァン!!

 

地面が爆ぜる。

 

「っ!!」

 

横から、

木龍が叩き込まれる。

 

炭治郎の身体が弾かれる。

 

刃が逸れる。

 

「くそっ……!!」

 

あと一瞬だった。

 

あと一歩だった。

 

だが――

 

止められた。

 

完全に。

 

炭治郎が顔を上げる。

 

遠く。

 

憎珀天の気配が、

さらに膨れ上がっていた。

 

甘露寺が、

まだ抑えている。

 

だが、

限界が近い。

 

戦場が、

軋み始めていた。

 

 

 

半天狗は、

また逃げる。

 

焼けた身体を引きずりながら。

 

それでもまだ。

 

それでもなお。

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

炭治郎が息を吐く。

 

まだ終わっていない。

 

届いていない。

 

だが――

 

「今度こそ……」

 

炭治郎の目が、

静かに細くなる。

 

「斬る」

 

その言葉には、

もう迷いがなかった。

 

 

 

風が変わる。

 

夜の匂いが、

さらに薄くなる。

 

朝が近い。

 

確実に。

 

戦いの終わりも、

そして――

 

別の選択の時も。

 

炭治郎は前を見る。

 

逃げる背は、

まだそこにある。

 

なら、

 

もう一度だけ。

 

今度こそ――

 

⸻

 

第六十四話 終

 




このあと30分間隔で幕間を2話投稿します。そちらもよろしければご覧ください。
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