鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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第六十五話 ― 夜明けの縁

⸻

 

風が変わった。

 

夜の冷たさの奥に、

ほんのわずかに別の匂いが混じる。

 

薄い。

 

だが確かにある。

 

「……近い」

 

炭治郎が呟く。

 

朝だ。

 

まだ遠い。

 

だが、

確実にこちらへ来ている。

 

その事実が、

胸の奥をわずかにざわつかせた。

 

(時間がない)

 

だが足は止めない。

 

むしろ、

一歩が深くなる。

 

「いた!!」

 

伊之助の声が前方から飛ぶ。

 

瓦礫の奥。

 

崩れた壁の隙間。

 

そこを、

小さな影が這うように逃げていた。

 

「ひぃっ……ひぃぃっ……!!」

 

半天狗。

 

その背は、

まだ逃げている。

 

まだ諦めていない。

 

「今度こそ――」

 

炭治郎の呼吸が整う。

 

焦るな。

 

崩すな。

 

通す。

 

足を置く。

 

沈む。

 

戻す。

 

置く。

 

鍛錬の積み重ねが、

そのまま一歩になる。

 

距離が縮まる。

 

確実に。

 

だが――

 

ズドォッ!!

 

地面が裂ける。

 

「っ!!」

 

木龍。

 

四本。

 

同時。

 

「来るぞぉぉぉ!!」

 

善逸が叫ぶ。

 

炭治郎は止まらない。

 

見る。

 

読む。

 

その“前”を。

 

匂いが動く。

 

土が擦れる。

 

空気が歪む。

 

(左――)

 

踏み替える。

 

半歩。

 

沈む。

 

その直後、

木龍が通り過ぎる。

 

ギリギリ。

 

だが足は止まらない。

 

「伊之助!!」

 

「任せろォ!!」

 

伊之助が飛び込む。

 

二刀が、

木龍の顎へ叩き込まれる。

 

止めない。

 

殺さない。

 

“ずらす”

 

ギィン!!

 

軌道が逸れる。

 

「今だ!!」

 

炭治郎が踏み込む。

 

その横を、

禰 豆子が並ぶ。

 

呼吸が合う。

 

言葉はいらない。

 

通すための動きだけが、

自然と重なる。

 

半天狗との距離が、

さらに縮まる。

 

「来るなぁぁぁ!!」

 

泣き声。

 

情けない声。

 

だが、

その足は止まらない。

 

(逃げる……まだ……!)

 

炭治郎の目が細くなる。

 

その瞬間――

 

ふっと、

また匂いが動いた。

 

「……!」

 

次の動き。

 

次に潜る場所。

 

分かる。

 

(そこだ!!)

 

炭治郎が踏み込む。

 

先回り。

 

間に合う。

 

今度は――

 

逃がさない。

 

「――ッ!!」

 

刃が振り下ろされる。

 

一直線。

 

迷いはない。

 

ギィン!!

 

当たる。

 

深い。

 

確実に通っている。

 

だが――

 

「っ……まだ……!」

 

首を断ち切るには、

ほんのわずかに足りない。

 

半天狗が転がる。

 

まだ逃げる。

 

まだ。

 

「くそっ……!」

 

その時だった。

 

ボッ

 

赤い火が灯る。

 

「……!」

 

禰 豆子。

 

血が飛ぶ。

 

爆血。

 

炎が、

半天狗の傷口を焼く。

 

再生が止まる。

 

肉が閉じない。

 

「今なら……!」

 

炭治郎の呼吸が変わる。

 

通る。

 

今なら通る。

 

「禰 豆子!!」

 

禰 豆子が踏み込む。

 

蹴り。

 

打撃。

 

その一瞬だけ、

半天狗の身体が完全に止まる。

 

(今だ――)

 

足を置く。

 

沈む。

 

戻す。

 

置く。

 

その動きの中に、

あの感覚が混じる。

 

水の流れ。

 

だがそれだけじゃない。

 

ほんのわずかに、

熱を帯びた軌道。

 

(通せ……!!)

 

刃が落ちる。

 

一直線に。

 

首へ。

 

その瞬間――

 

ズガァァァン!!

 

「ぐっ!!」

 

横から、

木龍が叩き込まれる。

 

炭治郎の身体が弾かれる。

 

地面を転がる。

 

刃が逸れる。

 

「くそっ……!!」

 

歯を食いしばる。

 

あと一瞬だった。

 

本当に、

あと一歩だった。

 

だが――

 

止められた。

 

完全に。

 

炭治郎が顔を上げる。

 

遠く。

 

憎珀天の気配が、

さらに膨れ上がっていた。

 

重い。

 

濁った怒りが、

空気ごと押し潰してくる。

 

「っ……!」

 

善逸が震える。

 

「無理だろあれぇぇ……!」

 

「うるせぇ!!」

 

伊之助が吠える。

 

だが、

その声にもわずかな緊張が混じる。

 

分かっている。

 

あれが、

本気で来たら終わる。

 

だが――

 

ドガァン!!

 

遠くで、

しなる斬撃が弾けた。

 

空気が裂ける。

 

木龍が、

まとめて弾かれる。

 

「――まだだよ!!」

 

甘露寺蜜璃の声。

 

その一撃で、

ほんの一瞬だけ圧が緩む。

 

「炭治郎くん!!」

 

「行って!!」

 

その声は、

迷いがなかった。

 

炭治郎の胸が強く鳴る。

 

(……持たせてくれてる)

 

あの人が、

この戦場を支えている。

 

だから――

 

自分は前へ出られる。

 

「行くぞ!!」

 

炭治郎が立つ。

 

善逸が続く。

 

伊之助が走る。

 

禰 豆子が並ぶ。

 

四人の足が、

再び揃う。

 

その先には、

まだ逃げる背。

 

そして――

 

確実に近づいてくる、

夜明け。

 

(次で終わらせる)

 

炭治郎の目が細くなる。

 

もう迷いはない。

 

もう見えている。

 

あと一歩。

 

あと一閃。

 

それだけだ。

 

⸻

 

第六十五話 終

 

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