鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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第六十六話 ― 通した刃

 

近い。

 

もう、

すぐそこだった。

 

瓦礫の擦れる音。

 

浅く乱れた呼吸。

 

情けない泣き声。

 

そのすべてが、

炭治郎のすぐ前にある。

 

「……逃がさない」

 

低く、

言葉が落ちる。

 

足は止まらない。

 

迷いもない。

 

どこを通るか。

 

どこを捨てるか。

 

どこに踏み込むか。

 

全部、

もう決まっている。

 

だから――

速い。

 

「いたァ!!」

 

伊之助の声が響く。

 

崩れた壁の奥。

 

半天狗が、

地を這うように逃げていた。

 

「ひぃっ……ひぃぃっ……!!」

 

振り返る。

 

目が合う。

 

その瞬間、

炭治郎の呼吸がさらに深く沈んだ。

 

(今度こそ――)

 

ズドォン!!

 

地面が裂ける。

 

木龍。

 

横から三本。

 

「っ!!」

 

炭治郎の足が動く。

 

止まらない。

 

左。

 

半歩。

 

沈む。

 

すり抜ける。

 

“通すための足”

 

その頭上を、

木龍の顎が噛み砕くように通り過ぎる。

 

「上だァ!!」

 

伊之助が吠える。

 

次の瞬間、

二刀が木龍へ叩き込まれる。

 

ギィン!!

 

止めない。

 

斬らない。

 

軌道をずらす。

 

それだけでいい。

 

「右ィ!!来る!!」

 

善逸の声。

 

音で拾っている。

 

“来る前”を。

 

炭治郎の足が、

迷いなく右へ切れる。

 

直後、

木龍が地面を抉った。

 

「うわぁぁぁぁぁ!!」

 

善逸が叫びながらも、

踏み込みを止めない。

 

「今しかねぇだろォ!!」

 

伊之助が前へ出る。

 

二人とも、

もう逃げていない。

 

“通すために動いている”

 

その瞬間。

 

ボッ

 

赤い火が灯る。

 

「……!」

 

禰 豆子。

 

血が、

前へ飛んでいた。

 

爆血。

 

半天狗の進路に、

炎が走る。

 

肉が焼ける。

 

再生が鈍る。

 

「いける……!」

 

炭治郎の呼吸が変わる。

 

今なら届く。

 

今なら通る。

 

距離が、

消える。

 

半天狗が転がる。

 

逃げる。

 

まだ逃げる。

 

「来るなぁぁぁぁ!!」

 

叫び。

 

醜い。

 

情けない。

 

だが――

 

ここで終わらせる。

 

(あと一歩――)

 

踏み込む。

 

水の呼吸。

 

今まで通りの軌道。

 

首へ。

 

届く。

 

はずだった。

 

だが――

 

「っ……!」

 

わずかに、

足りない。

 

ほんの指一本分。

 

それが、

届かない。

 

(また……!)

 

その瞬間だった。

 

ふっと、

 

身体が沈む。

 

違う。

 

今までの踏み込みじゃない。

 

もっと深く。

 

もっと滑らかに。

 

円を描くように。

 

炭治郎の視界に、

 

一つの光景がよぎる。

 

雪の夜。

 

静かな火。

 

揺れる影。

 

父の背中。

 

ゆっくりと、

 

途切れることなく、

 

円を描いていた剣の軌道。

 

(――知っている)

 

考えるより先に、

 

身体がそれをなぞっていた。

 

「――ヒノカミ神楽」

 

息が通る。

 

「円舞」

 

斬線が走る。

 

水ではない。

 

だが、

 

水を通してきたからこそ

 

辿り着いた軌道。

 

細く。

 

鋭く。

 

途切れない一閃。

 

ギィン――ッ!!

 

刃が入る。

 

今度は違う。

 

肩口から、

 

首へ。

 

止まらない。

 

そのまま、

 

一直線に――

 

「ひぃぃぃぃぃ!!!」

 

半天狗の声が裂ける。

 

次の瞬間。

 

ズバンッ!!

 

首が落ちた。

 

 

一瞬、

 

音が消えた。

 

炭治郎の足が止まる。

 

息が、

荒い。

 

身体が重い。

 

だが――

 

(届いた……)

 

確かに。

 

今度は、

 

通した。

 

 

遅れて、

 

ドンッ!!

 

 

重い音が響く。

 

遠くで、

 

憎珀天の気配が

大きく揺れた。

 

「やった……のか……?」

 

善逸が震えた声で言う。

 

伊之助が荒く息を吐く。

 

禰 豆子が、

静かに炭治郎の隣へ立つ。

 

炭治郎は、

地面に転がる首を見る。

 

小さい。

 

弱そうだ。

 

今にも消えそうなほど脆い。

 

だが――

 

その匂いは、

 

確かに終わりへ向かっていた。

 

「……終わる」

 

小さく呟く。

 

その瞬間。

 

風が変わる。

 

夜の匂いが、

さらに薄れる。

 

朝が来る。

 

確実に。

 

炭治郎は空を見上げる。

 

まだ暗い。

 

だが、

終わりはすぐそこまで来ていた。

 

「……みんなのおかげだ」

 

ぽつりと、

 

言葉が落ちる。

 

自分一人じゃ届かなかった。

 

善逸の音。

 

伊之助の感覚。

 

禰 豆子の血。

 

甘露寺の支え。

 

全部があって、

 

やっと――

 

届いた。

 

炭治郎はもう一度、

 

刀を握り直す。

 

まだ終わっていない。

 

だが、

 

一つだけ確かなことがある。

 

「……通せた」

 

その一言は、

 

静かだった。

 

だが確かに、

 

これまで積み上げてきたものが

 

一本の刃になった証だった。

 

 

第六十六話 終

 

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