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首が、落ちている。
小さく、
頼りなく、
今にも消えそうなほど弱々しいそれが――
確かに、
この戦場の終わりだった。
「はぁっ……はぁっ……」
炭治郎が息を吐く。
肺が焼けるように熱い。
腕が重い。
それでも、
視線は逸らさない。
半天狗の匂いが、
崩れていく。
終わる。
今度こそ。
(やった……)
その瞬間だった。
ゾワッ――
空気が揺れる。
「……!」
炭治郎の鼻が反応する。
違う。
終わりじゃない。
何かが、
まだ残っている。
バキ……ッ
遅れて、
音が響いた。
崩れる音。
遠く。
重い何かが、
一気に崩れ落ちていく。
「……っ!」
善逸が顔を上げる。
「まだ……終わってない……!?」
伊之助が低く唸る。
「臭ぇのが……消え切ってねぇ……!」
その時――
ドゴォォン!!
地面が揺れる。
空気が震える。
憎珀天。
その気配が、
一気に乱れた。
「……崩れてる」
炭治郎が呟く。
支えを失った。
本体を断たれた。
だから――
あの鬼もまた、
終わりへ向かっている。
だが。
同時に。
風が変わる。
「……朝だ」
善逸の声が、
震える。
夜の匂いが、
消えていく。
冷たい空気の奥に、
わずかに混じる熱。
光が来る。
確実に。
⸻
「まずい……!!」
炭治郎が振り返る。
禰豆子。
そこにいる。
崩れた瓦礫の間。
開けた空間。
逃げ場のない場所。
光が、
差し込もうとしていた。
「禰豆子!!」
駆ける。
足がもつれる。
間に合わない。
(やばい――)
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その瞬間。
ドゴォッ!!
地面が弾ける。
崩れた木材が、
横から倒れ込んできた。
「っ!!」
炭治郎が足を止める。
視界が塞がれる。
瓦礫の壁。
ほんの一瞬。
それだけで――
距離が開く。
「禰豆子!!!」
叫ぶ。
手を伸ばす。
届かない。
⸻
光が、差す。
細い線だった。
だが――
確実に、
そこにある。
禰 豆子の足元へ、
触れようとしていた。
「っ……!!」
炭治郎の呼吸が乱れる。
(間に合わない)
分かる。
もう分かってしまう。
このままじゃ――
⸻
その時だった。
禰豆子が、
炭治郎を見た。
まっすぐに。
何も言わない。
ただ――
一歩、前へ出る。
「……!」
炭治郎の目が見開かれる。
違う。
逃げていない。
避けていない。
むしろ――
光の方へ寄っている。
「なにしてる……!!」
炭治郎が叫ぶ。
「来い!!こっちに来い!!」
必死に手を伸ばす。
だが。
禰豆子は動かない。
その代わり――
ぐっと、
地面を踏んだ。
そして。
炭治郎の方へ――
押した。
「っ――!?」
見えないはずなのに、
はっきり分かった。
“押された”
空気ごと。
流れごと。
炭治郎の身体が、
前へ出る。
瓦礫を越える。
道が開く。
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その先。
半天狗の胴が、
まだ僅かに蠢いていた。
「っ……!」
炭治郎の足が止まる。
振り返る。
禰豆子。
そこにいる。
光の中に。
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「禰豆子……!!」
声が裂ける。
足が動かない。
行かなきゃいけないのに。
助けなきゃいけないのに。
(どっちだ……)
頭が揺れる。
禰豆子か。
鬼を終わらせるか。
(どっちも……)
無理だ。
分かっている。
どっちもは、
無理だ。
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「……っ」
炭治郎の歯が鳴る。
その時。
禰豆子が、もう一度見た。
まっすぐに。
焦る兄を。
揺れる兄を。
そのまま――
一歩、踏み出す。
光の中へ。
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ボッ
炎が揺れる。
爆血。
自分の身体に灯した。
焼ける。
焦げる。
それでも――
動かない。
逃げない。
その姿が、
はっきりと伝えていた。
“行け”
炭治郎の呼吸が止まる。
「……っ」
涙が滲む。
それでも。
目を逸らさない。
思い出す。
全部を抱えるな。
繋げるものを選べ。
炭治郎の足が、
震えながらも――
前へ出る。
「……ごめん」
小さく、
呟く。
そして――
「行く」
踏み込む。
半天狗へ。
完全に終わらせるために。
背後で、
光が強くなる。
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第六十七話 終