ご迷惑おかけします。。
見落としてるところあれば教えていただけると幸いです…。
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踏み込んだ。
迷いを、
無理やり押し殺すように。
足は前へ出ているのに、
心だけが後ろへ引き裂かれていく。
「――ッ!!」
炭治郎が刀を振るう。
半天狗の胴。
まだ僅かに蠢いていたそれへ、
今度こそ完全に刃を通す。
ズバァッ!!
肉が裂ける。
骨が断たれる。
嫌な感触が、
手元へ残る。
それでも、
止めない。
止めてはいけない。
「うわああああああああ!!」
炭治郎の叫びが、
朝の匂いへ裂けていく。
怒りか。
悲しみか。
自分でも分からない。
ただ――
身体の奥が、焼けるように熱かった。
息が乱れているのに、
呼吸は切れていない。
心臓が、
異様な速さで打ち続けている。
視界が、
妙に澄んでいる。
(なんだ……これ……)
考える余裕はない。
だが――
いつもの自分じゃないことだけは、
はっきりと分かっていた。
「消えろ……!!」
「もう誰も傷つけるな!!」
最後の一閃が落ちる。
ギィン――ッ
そしてついに、
半天狗の匂いが
完全に途切れた。
終わった。
今度こそ、
本当に。
上弦の鬼が、
ここで消えた。
だが――
炭治郎は振り返る。
ほとんど反射だった。
身体が先に、
その名前を探していた。
「禰豆子……!!」
声が裂ける。
朝日が、
差し込んでいた。
もう隠せない。
もう逃げ切れない。
崩れた瓦礫の向こう。
光の中。
そこに、
禰豆子がいる。
「禰豆子!!」
駆ける。
足がもつれる。
息が詰まる。
間に合わない。
分かっているのに、
それでも走るしかなかった。
「炭治郎!!」
善逸の声が後ろから飛ぶ。
「危ない!!」
聞こえない。
いや、
聞こえていても止まれない。
伊之助が何か叫んでいる。
甘露寺の気配も、
遠くで揺れている。
それでも炭治郎の視界には、
もう一つしかなかった。
光の中の、
妹。
禰豆子の身体へ、
朝日が触れる。
じり、と
空気が焼ける音がした。
「っ……!!」
炭治郎の喉が潰れる。
燃える。
焼ける。
鬼は、
陽の下では生きられない。
そんなことは、
最初から分かっていた。
分かっていたのに――
「やめろ……」
足が止まらない。
涙で視界が歪む。
「やめてくれ……」
もう、
声になっていなかった。
「頼むから……」
届かない。
手が。
声が。
願いが。
全部。
届かない。
その時だった。
風が吹く。
朝の光が、
わずかに揺れた。
「……え?」
善逸の声が止まる。
伊之助も、
動きを止める。
炭治郎の足が、
一瞬だけ止まる。
禰豆子が――
立っていた。
焼け落ちていない。
崩れていない。
確かに、
朝日の中に立っていた。
「……っ」
炭治郎の呼吸が止まる。
おかしい。
ありえない。
鬼は、
太陽の下では――
禰豆子が、
ゆっくりと顔を上げる。
朝日が、
その頬を照らす。
髪を照らす。
肩を照らす。
それでも。
燃えない。
消えない。
「…ね、ずこ?」
炭治郎の声は、
震えていた。
信じたいのに、
信じ切れない。
夢みたいだった。
悪い夢の続きなのか、
良い夢の始まりなのか、
もう何も分からない。
その時、
禰豆子が一歩だけ踏み出した。
光の中から。
こちらへ。
鬼のままでは、
絶対に越えられなかったはずの境界を、
まるで何事もないみたいに。
「……あ」
炭治郎の目が見開く。
その足が、
震える。
次の瞬間――
禰豆子が、
笑った。
ほんの少しだけ。
泣きそうな顔のまま、
でも確かに、
笑った。
炭治郎の胸の奥で、
何かが一気に崩れる。
「……っ、禰豆子……!!」
駆ける。
今度こそ。
迷わず。
転びそうになりながら、
それでも手を伸ばす。
届く。
今度は、
届く。
炭治郎の腕の中へ、
禰豆子の身体が入る。
温かい。
まだちゃんと、
ここにいる。
「よかった……」
声が震える。
「よかった……!」
何度も、
何度も繰り返す。
炭治郎の腕の中へ、
禰豆子の身体が入る。
温かい。
まだちゃんと、
ここにいる。
「よかった……」
声が震える。
「よかった……!」
何度も、
何度も繰り返す。
抱きしめる腕に、
力が入る。
離したくなかった。
もう二度と、
こんな形で手を離したくなかった。
禰豆子は何も言わない。
ただ、
炭治郎の肩へ顔を預けたまま――
わずかに、
息を吸う。
「……」
小さく、
喉が震える。
声にならない音が、
一度、途切れる。
それでも。
もう一度だけ、
息を通す。
「……よかっ……」
かすれる。
うまく出ない。
それでも、
止めない。
「……たねぇ……」
炭治郎の呼吸が止まる。
腕の中の重みが、
一瞬だけ遠くなる。
「……え?」
信じられない。
今のは。
「禰豆子……?」
ゆっくりと、
顔を見る。
禰豆子は、
泣きそうなまま――
ほんの少しだけ、
笑っていた。
炭治郎の目から、
一気に涙が溢れる。
「……っ」
言葉が出ない。
胸が詰まる。
何を言えばいいのか、
分からない。
ただ。
抱きしめる腕に、
さらに力を込めた。
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第六十八話 終