鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

82 / 154
こちらは幕間です。先に前話からお読みください。


幕間 ― 朝を越えた鬼

 

静かな部屋だった。

 

外の喧騒から切り離されたように、

ここだけ時間の流れが遅い。

 

紙の擦れる音。

 

薬品の匂い。

 

淡く灯る明かり。

 

その中で、

珠世は机に向かっていた。

 

細い筆先が、

紙の上をゆっくりと走る。

 

乱れはない。

 

焦りもない。

 

ただ、

必要なものを必要な分だけ

書き留めていく。

 

その時だった。

 

コン、と

小さな音が窓辺に落ちた。

 

珠世の手が止まる。

 

視線だけを上げる。

 

そこにいたのは、

一羽の鴉だった。

 

こうして文が届く時は、

決まって夜が大きく動いた後だった。

 

珠世は静かに立ち上がる。

 

音を立てず、

窓へ歩み寄る。

 

鴉は鳴かない。

 

ただ、

こちらを見ている。

 

珠世は文を受け取る。

 

指先で、

そっと開く。

 

目が走る。

 

一行。

 

二行。

 

三行――

 

その途中で、

わずかに指が止まった。

 

「……」

 

表情は変わらない。

 

だが、

ほんのわずかにだけ

呼吸が深くなる。

 

最後まで読み終える。

 

紙を閉じる。

 

そして、

静かに目を伏せた。

 

 

 

「……そう」

 

小さな声だった。

 

驚きではない。

 

動揺でもない。

 

ただ、

長く探し続けていた答えに

ようやく触れた時のような、

静かな受け止め方だった。

 

「太陽を……克服したのね」

 

珠世は、

もう一度だけ文面へ目を落とす。

 

記されている状況。

 

戦場。

 

夜明け。

 

そして――

 

陽光の下でも

崩れなかった鬼。

 

「……禰 豆子さん」

 

その名を、

静かに口にする。

 

そこに込められていたのは、

評価でも、驚嘆でもない。

 

ただ、

“確認”だった。

 

現象としての理解。

 

そして――

 

その意味の重さの認識。

 

 

 

珠世はゆっくりと歩き、

窓の外を見る。

 

朝の光は、

まだ遠い場所の話だった。

 

ここには届いていない。

 

だが――

 

「夜が、変わる」

 

ぽつりと呟く。

 

その声には、

わずかな確信があった。

 

鬼とは何か。

 

人とは何か。

 

その境界は、

これまで絶対だった。

 

越えられないものとして、

決められていた。

 

だが今、

それが崩れた。

 

「……あの方は、必ず気づく」

 

声がわずかに低くなる。

 

名は出さない。

 

だが、

誰のことを指しているかは明白だった。

 

鬼舞辻無惨。

 

あの男が、

この事実を見逃すはずがない。

 

むしろ――

 

「最も欲するでしょうね」

 

その言葉には、

はっきりとした嫌悪が混じっていた。

 

太陽を克服した鬼。

 

それは、

無惨にとって“完成形”だ。

 

だからこそ――

 

「危険ね」

 

珠世は目を閉じる。

 

思考が静かに回る。

 

どう動くべきか。

 

何を優先すべきか。

 

誰に伝えるべきか。

 

その全てが、

もう頭の中で整理されていた。

 

 

 

その時、

控えていた影が一歩進み出る。

 

愈史郎だった。

 

「……どうしました」

 

短い問い。

 

珠世は振り返らない。

 

ただ、

静かに答える。

 

「鬼が、太陽を越えたわ」

 

一瞬の沈黙。

 

そして――

 

「……は?」

 

珍しく、

間の抜けた声だった。

 

だがそれも無理はない。

 

愈史郎の常識からすれば、

その一言は

理解の外にある。

 

「正確には、

一人だけ」

 

珠世が続ける。

 

「竈門禰 豆子さん」

 

愈史郎の顔が、

わずかに強張る。

 

意味が繋がり始める。

 

その瞬間、

空気の温度が変わった。

 

「……それって」

 

「ええ」

 

珠世が遮る。

 

「状況が変わる」

 

その言葉は、

静かだった。

 

だが、

重かった。

 

「こちらの準備も、

急がなければならないわね」

 

珠世は机へ戻る。

 

筆を取る。

 

先ほどまでとは違う。

 

今度は、

わずかに速い。

 

だが乱れはない。

 

目的がはっきりした筆運びだった。

 

 

 

「希望、ではある」

 

書きながら、

珠世が小さく呟く。

 

「でも同時に――」

 

そこで、

ほんのわずかにだけ

筆が止まる。

 

「引き金にもなる」

 

その言葉が、

静かに落ちる。

 

鬼の歴史が、

ここで変わる。

 

だがそれは、

穏やかな変化ではない。

 

必ず、

大きな歪みを伴う。

 

そしてその中心にいるのは、

あの男だ。

 

珠世は顔を上げる。

 

その目はもう、

迷っていなかった。

 

「間に合うかどうか、ね」

 

誰にともなく、

そう言った。

 

 

 

朝は、

もうすぐ来る。

 

だがそれは、

ただの夜明けではない。

 

これまでとは違う、

次の戦いの始まりだった。

 

 

幕間 ― 朝を越えた鬼 終

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。