鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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第七十八話 ― 押し通す

 

蛇柱の稽古は五日ほどで次へ進めた。

最後に伊黒さんから言われた

「次からは甘露寺に馴れ馴れしく近づくなよ」

という一言だけは、

どうにも稽古の締めとして正しい気がしなかった。

 

妙な敵意が乗っていた気がするのは、

たぶん気のせいではない。

 

翌朝。

 

訓練場へ向かう足取りは、

昨日よりも重かった。

 

身体ではない。

 

感覚が、

分かってしまっているからだ。

 

削る。

 

余分を捨てる。

 

最小で通す。

 

それが出来なければ、

通らない。

 

だが――

 

(それだけじゃ、足りない)

 

炭治郎の胸の奥に、

昨日見た光景が残っている。

 

荒い。

 

速い。

 

容赦がない。

 

押し潰すような力。

 

「……嫌な予感しかしない」

 

善逸が、

顔を青くして呟く。

 

「昨日までであれなのに、

これ以上とか無理だよぉ……」

 

伊之助は、

逆に少しだけ笑っていた。

 

「でもよォ」

 

「削るのは分かってきたぞ」

 

「後はやり返すだけだろ!!」

 

炭治郎は、

その言葉に小さく頷く。

 

やり返す。

 

それはつまり――

 

(押し通す)

 

 

 

「来たかァ」

 

低く、

ざらついた声が落ちる。

 

空気が、

一瞬で変わった。

 

そこにいたのは――

 

風柱・不死川実弥だった。

 

腕を組み、

苛立ったように隊士たちを見下ろしている。

 

その場の空気だけが、

明らかに荒れている。

 

「……遅ぇ」

 

それだけで、

背筋に冷たいものが走る。

 

誰も返せない。

 

返す余地がない。

 

「昨日までで

少しは削れてきたかと思ったが」

 

一歩。

 

不死川が前に出る。

 

「ツラ見りゃ分かる」

 

一拍。

 

「まだまだ甘ぇ」

 

言い切った。

 

逃げ場はない。

 

削るだけでは足りない。

 

それを、

最初から突きつけてくる。

 

 

「構えろ」

 

短い一言。

 

それだけで、

全員が動く。

 

木刀を構える。

 

呼吸を整える。

 

次の瞬間――

 

不死川が踏み込んだ。

 

速い。

 

視界に入った時には、

もう間合いにいる。

 

一人の隊士の木刀を、

叩き落とす。

 

「遅ぇ!!」

 

そのまま、

次へ。

 

踏み込む。

 

打ち込む。

 

崩す。

 

止まらない。

 

「立ってるだけで

満足してんじゃねぇ!!」

 

怒声が飛ぶ。

 

一手で終わらない。

 

二手。

 

三手。

 

連続で押し込む。

 

逃げる間を与えない。

 

炭治郎の呼吸が、

わずかに乱れる。

 

(速い……!)

 

だがそれ以上に――

 

(重い)

 

受ければ崩れる。

 

避ければ追いつかれる。

 

中途半端では、

成立しない。

 

「前出ろ!!」

 

不死川の声が飛ぶ。

 

「引いたら終わりだ!!」

 

その言葉に、

炭治郎の足が一瞬止まる。

 

昨日までなら、

迷わず引いていた。

 

だが――

 

(違う)

 

削った。

 

余分を捨てた。

 

だから今は――

 

(逃げたら通らない)

 

炭治郎は、

踏み込んだ。

 

 

 

木刀が来る。

 

速い。

 

鋭い。

 

炭治郎は、

ほんのわずかに身体をずらす。

 

最小。

 

伊黒の稽古で叩き込まれた動き。

 

そのまま――

 

前へ。

 

一歩。

 

だが、

 

「甘ぇ!!」

 

弾かれる。

 

重い。

 

腕が痺れる。

 

足が揺れる。

 

身体が崩れかける。

 

(持て――!)

 

――崩れるな。

 

真壁の言葉がよぎる。

 

踏み止まる。

 

崩れない。

 

だが――

 

止まる。

 

次が出ない。

 

「止まるなァ!!」

 

怒声。

 

次の一撃。

 

避ける。

 

だがまた止まる。

 

繋がらない。

 

「それで終わりかァ!!」

 

叩き込まれる。

 

炭治郎の身体が、

後ろへ弾かれる。

 

 

 

地面を踏む。

 

息を整える。

 

悔しさが込み上げる。

 

分かっている。

 

削るだけでは足りない。

 

通すだけでも足りない。

 

(押し通す)

 

その最後の一線が、

まだ足りない。

 

 

 

「次ィ!!」

 

不死川が吠える。

 

炭治郎は、

もう一度構える。

 

今度は最初から違った。

 

全部に力を入れない。

 

だが、

抜きすぎない。

 

必要な瞬間だけ使う。

 

踏み込む。

 

最小で避ける。

 

そのまま――

 

止まらない。

 

一歩。

 

さらに一歩。

 

「……っ!」

 

繋がる。

 

切れない。

 

流れが続く。

 

だが――

 

正面から来る。

 

重い一撃。

 

炭治郎は、

逃げない。

 

踏む。

 

受ける。

 

押される。

 

重い。

 

潰されそうになる。

 

だが――

 

(ここで止まるな)

 

足を残す。

 

腰で支える。

 

身体を潰さない。

 

「……おお?」

 

不死川の声が、

わずかに変わる。

 

一瞬。

 

その隙。

 

炭治郎は、

前へ出た。

 

一手。

 

通す。

 

完全じゃない。

 

浅い。

 

それでも――

 

届いた。

 

押し返した。

 

 

 

間合いが切れる。

 

炭治郎が息を吐く。

 

肺が焼ける。

 

脚が震える。

 

けれど――

 

確かに今、

通った。

 

削った動きで。

 

崩れない形で。

 

流れを切らずに。

 

そして――

 

押し通した。

 

 

 

不死川が、

口の端をわずかに歪める。

 

「……チッ」

 

舌打ち。

 

「ちったぁマシになったか」

 

それだけ言って、

視線を切る。

 

炭治郎の胸が、

わずかに熱を持つ。

 

 

 

その後も稽古は続いた。

 

何度も弾かれる。

 

何度も崩される。

 

何度も止められる。

 

だが――

 

昨日までとは違う。

 

削った動きがある。

 

崩れない形がある。

 

流れがある。

 

そして――

 

押し通す意識がある。

 

少しずつ。

 

確実に。

 

変わっていく。

 

 

 

善逸は、

ほぼ半泣きだった。

 

「無理ぃぃぃ!!」

 

「速いし痛いし怖いし全部無理ぃ!!」

 

だが――

 

一度だけ、

紙一重で避けた。

 

そしてそのまま、

次の一歩が出た。

 

「……あれ?」

 

自分でも驚いている。

 

伊之助は、

笑いながら突っ込む。

 

「いいじゃねぇかァ!!」

 

「やり返せるぞ!!」

 

だが、

即座に叩き潰される。

 

「甘ぇ!!」

 

「ぎゃああぁ!!」

 

それでも、

立ち上がる。

 

何度でも。

 

その姿に、

少しずつ“形”が宿り始めていた。

 

 

 

夕方。

 

稽古が終わる頃には、

全員がボロボロだった。

 

だけど、ただの疲労じゃない。

 

手応えがある。

 

炭治郎は、

ゆっくり息を吐く。

 

削る。

 

崩れない。

 

流す。

 

しなる。

 

そして――

 

押し通す。

 

全部が、

一本に繋がり始めている。

 

 

 

不死川が、

最後に一言だけ落とす。

 

「明日で俺のとこは終わりだ」

 

短い。

 

だが、

重い。

 

炭治郎は、

静かに頷く。

 

「……はい」

 

この後はまだ、

霞柱と岩柱の稽古が残っている。

 

後から聞けば、

風柱の稽古を二日で抜けた隊士は

ほとんどいないらしい。

 

けれど、

炭治郎の胸にあったのは

驚きよりも実感だった。

 

削るだけでは足りない。

 

流すだけでも、

持たせるだけでも足りない。

 

必要なものを残したまま、

最後に押し通す。

 

その形が、

ようやく少しだけ

自分の中に通り始めている気がした。

 

炭治郎は静かに、

自分の手を見た。

 

そして、

小さく拳を握った。

 

 

第七十八話 終

 

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