寒い冬の日の朝。しんしんと降りしきる雪の日に、何だかいつもと違う氷の妖精がやってくる。


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純文学チルノっていう素晴らしい題材を見ていたら気づいた時には書き終えていました。縦書きで見ると趣があるのかも?



粉雪の降る日に

 

 底冷えする寒さが身に染みて、目が覚めた。眠たい目を擦りながら、窓へと目を向ける。ぼんやりと柔らかな日差しが差し込んでいた。その日差しは、境界を作らず床の木目を照らしている。冬の早朝の日差しとはいつだってこういうものだった。ゆっくりとため息を吐いてから、布団から出る。下半身を襲う冷気に思わず身体がわななき、カチカチと歯が鳴った。布団に残る温もりが恋しくはあったが、そもそも寒さで目が覚めたのであって、そのまま寝ておくこともできなかったのだから仕方がなかった。囲炉裏端へと歩を進める。床からはギシギシと木の軋む音がした。夏では特に気にならない音が、冬になると途端に耳につく。その音が私は好きだった。その音は木の暖かさであった。

 

 囲炉裏にはまだ微かに熾火が残っていた。手を近づけるとほのかに熱を感じる。何度か手を握っては開くことを繰り返すと、次第に指先に血の通う感覚がしてきた。血色もよくなっていく。

 

「……炭を足すか」

 

 黒く光沢のある木炭を並べていく。弱々しく燃えているように見える熾火も、その赤色に秘めた熱は強い。しばらく放っておくだけで炭にも熱が移り、赤熱していく。そうして死んだかのように見えた黒色が再び生き生きと光を放ち始めた。これでまた暫くはもつだろう。

 

 そこで、ふと、視界の端に動くものが入り込んだ。縁側へと目を向ける。風と冷気を防ぐためにふすまは締め切っていた。そのふすまに人影が映っていた。その人影は小さく、精々私の腹のあたりほどであった。上着を羽織り、ふすまを開ける。

 

「……氷の妖精か」

「おじさま、おはよう」

 

 縁側に腰掛け、足をぶらぶらと揺り動かす、透き通るような水色の髪の少女。見ている側が寒くなってくるような薄着をした彼女の背には、三対の氷の翼があった。人間にはあり得ないほどの白い肌を持ち、けれど全く病的には見えなかった。

 

「こんな日だから、遊びに来たの。今日みたいな日はとっても静かだから」

 

 そう言って、彼女は外を見やった。空からはしんしんと雪が降っていた。粉雪だった。夜のうちから降っていたようで、一面が白く染まっている。夏には妖精達がたむろしている湖もどうやら凍っていて、その上に雪が積もっているのか、一体湖がどこにあるのかすらわからない様だった。自分が吐く息が凍てつく。純白の世界だった。彼女は年に数度、こんな風に雪の降る日にやってくる。目が覚めた時には縁側に座っていて、ただぼんやりと外を眺めるのだ。自然そのものである彼女は一体、自然を見つめて何を思っているのだろうか。そんなことを考えながら、彼女の側に腰掛ける。

 

「あたいの側は、冷たいのよ」

「こんな寒い日だ。多少さらに寒くなろうが、わかりはしないさ」

「ふふふ、優しいのね」

 

 彼女は微笑んだ。どうにも大人びた表情だった。しかし少女であった。いくら彼女が私より遥かに生きているとはいえ、結局彼女は子供のような心を持つ妖精なのだ。だから彼女もまた、私のことを「おじさま」と呼ぶのだ。

 

「……それで、どうしてお前はいつもこんな日にやってくるんだ」

「お前って呼ばれるのはあんまり好きじゃないわ。あたいにはチルノっていう名前があるの」

「チルノ、か。そういえば、そういう名前だったな」

「忘れてたの? おじさまも案外お莫迦さんね」

 

 ケラケラと笑う。どうにも彼女にとって莫迦という言葉には特別な意味がありそうだった。

 

「それで、何の話?」

「忘れたのか?」

「む……違うわ。お前って言われてから話を聞かないことにしたの。失礼な人の話は聞かなくていいって人間達が言っていたのだもの」

「そうか。正しいな。……話っていうのは、何でこんな日にやってくるのかってことだ。普段は私の近くにすら現れないだろう」

 

 私がそう言うと、彼女は私の目を見つめたまま、数度瞬きをして、首を傾げた。

 

「なんでかしら。あたい、妖精なのよ。自然そのものなの。そんなこと、あたいの気分次第だから聞かれても困ってしまうわ」

「特に特別な意味も理由もないのか」

「うーん……」

 

 空を仰ぐチルノ。何か思い至る理由がないか考えていると、それに呼応して彼女の氷の翼もまたゆっくりと羽ばたいた。

 

「わかったわ! きっとここが一番綺麗に雪が見えるからよ」

 

 それは私にとってとても意外な答えだった。自然の権化である妖精が、自然を見て美しいだとか綺麗だなんて感想を抱くとは思っていなかった。

 

「雪っていうのは可哀想なのよ」

「どういうことだ?」

「白く輝いているように見えても、それは全部借り物の白さなの。お日さまの光からもらっただけの白。積もった後は土に汚れてしまうし、そのあとは溶けて色のない水になってしまうのよ。それに、一人じゃすぐに消えてしまうから、みんなで集まらないといけない弱い存在なの。風にも吹き飛ばされて行き先も選べない。あたい、氷の妖精だから尚更可哀想に見えるのよ。硬くて、冷たくて、強いあたいとは違って、柔らかくて、すぐに溶けて、儚いの」

 

 私とチルノの手の甲に雪が落ちる。私の手に落ちてしまった雪は一瞬で溶けて水となったが、チルノの手の甲に落ちた雪は結晶の形のまま残っていた。

 

「だから、降ってきた時くらいは一番綺麗な姿を見てあげたいと思うの。それがきっと、ここよ」

「面白いことを考えるんだな」

「そうかしら?」

 

 自然だからこそ、自然に同情するのだろうか。彼女だから、雪に同情するのだろうか。

 

「なら、チルノはもっとたくさん凍らせないとな」

「どうして?」

「溶けて水になってしまった雪を、チルノが氷にしてあげるんだ。氷は、強いんだろう?」

 

 私がそう言うと、チルノは目を輝かせた。その瞳の奥は、雪が舞っているようだった。

 

「おじさまは天才ね! 莫迦って言ったこと、取り消してあげるわ!」

「それはよかった。……さてと」

 

 ゆっくりと立ち上がる。寒さに凍えた膝が軋んで痛んだ。最近はどうも関節に寒さが染みる。歳には抗えないものだ。こういう時に限っては妖精が羨ましく思えた。

 

「おじさま?」

「朝餉の用意をする。炭も暖まった頃合いだ。食うか?」

「あたい、おじさまのご飯が好きよ。もちろん食べるわ」

 

 そう言ってとたとたと元気よく彼女は居間へと入っていった。彼女の氷の翼。一点の曇りもなく、溶ける様子もないその翼こそが、彼女の強さの象徴だった。その日、粉雪が降り止むことはなかった。

 

 


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