青い春に馴染めない黝の星   作:うへうへ学生

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某掲示板の某概念に心を奪われて以来、コツコツと書いたり詰めたりしてた作品です


歪な始まり
アビドスの異物、キヴォトスの異端者


 全ての歯車が狂ったキヴォトス。

 まだ滅んでないだけのアビドス。

 

「アヌビスか。久しいな」

「──う、そ」

 

 砂漠に二人の子供が対峙する。

 心身に癒えぬ傷を負った孤狼の少女と、本来ならば決してあり得ざる光輪を持つ少年が。

 

「……なんで、ヘイローが」

「腐っても内側の存在ということだろう。そうなるとやはり根幹に触れる余分は捨てられんか。全く面倒な」

 

 少年はまるで全てを知り尽くした主の如くそれを語る。淡々と語り、何処か他人事のような態度は、何か致命的に異なる存在かのよう。

 

「……して……っ」

 

 一方、少女は感情のままに言葉を吐き出す。

 

「返してっ! あの人を! ホシノ先輩を! みんなを!」

 

 この苦痛と絶望しか与えない現実に悲嘆し、哀嘆し、狂うに狂い切れなかった自分の悲痛なる思いを。今更やってきた少女の持っていた疑問の答えそのものである、この魔王に対して。

 しかし少年はそんな叫びに何の理解も示すことはなく、その表情を怪訝で鬱陶しげなものへと変えた。

 

「返す? 何をだ。オマエより奪った物は無いぞ。オレは寝ていたのだからな。仮にこの肉体だとすれば元よりオレの物だ。忌まわしい鎖に絡め取られてはいるが、それでもオレの所有物だよ。──何やらオマエたちが観測・定義した人格があったようだが、ソレが死んだのだろう。必然、オレの手元に帰る。ふむ、ならば返せと言う権利はオレにあり、オマエには無いな」

 

 奪われたのはこちらである上に寝ていたのだから知るわけないだろうと宣い、傷心の少女の傷口を抉ることとも理解する気すら無く、言いたいことだけを淡々と連ねて行く。そこに少女に対する感情などなく、悍ましいくらいに俯瞰して、悍ましいくらいに事実を並べ立てるその姿。いっそ嘲笑混じりに言ってくれれば、それに対して何か思うものでも生まれたかもしれない。

 だが現実は虚無が事実を連ねているだけ。少女にとって最も残酷な、別に少年が何か企んでいたわけでも何でもないという、何よりも恐ろしい現実。それに故に刃は深く入り込み、肉を裂き、血を滴らせる。

 

「黙れ!」

 

 だから叫ぶしかできない。

 会話にすらなっていないから。

 ただ壊れたスピーカーが少女にとって不快な音を流し続けているだけだから。

 

「探究者も足の引っ張り合いで消え、救世主も使い物にならない状況とは。それにこの感覚は──此度の法則と役割を以てしてこの地も終わりか。妙に出来すぎているが……これも虹の眼の導きか。いや、そのようなことはあるまい。だとすれば、因果の導く先だな。まあ問題無い。これでも十分だ」

 

 その不快なスピーカーが更なる事実を突きつけようとした時、少女の憤怒が限界に達した。怒りのままに狼の牙を向け、絶対の殺意を宿して睨みつける。

 

「問題、無い……? 今更現れて勝手なことを言って──っ! 仕組んでいたの!? 私たちをずっと嗤ってたの!? あの人の中で、ずっと!」

 

 ギョロリと動いた宇宙の如き青ざめた瞳が無機質に少女に向く。そして一つ、面倒な事になったと言わんばかりの視線と表情を投げ付け、淡々と少年は言葉を吐き出す。

 

「寝てたと言っただろう。忌々しい鎖に囚われる意味も、価値も無い。日が沈んだから月が出るのと同じ事。仕組んでなどいない。ただそういう結末に至る流れがあったというだけの話。オレの存在など、この流れに比べれば誤差に過ぎん」

 

 要するにお前たちは運命に導かれた果てにこうなっただけであり、自分の存在などあってないようなものだと告げる。絶対的な事実としてそうなのだからそういうものであると、そう知るが故にそう言うのだと。

 

「それに知らんよ、オマエたちの事情など。興味も無い。……いや気になることはあるか」

 

 ここに来て初めて、明確に少年は関心を向けた。

 

「ホルスはどうした。死んだか」

 

 もっとも、それは少女の傷を抉り取る関心であったが。

 故に少女は息を呑み、沈黙する。その態度から何があったかを察した少年は、何やら得意げに語り始めた。

 

「手間が省けた。アレが法を引いた以上は要らぬモノを一つ増やしたということ。死んでもらわねば釣り合いが取れん。どうせオシリスは殉教だろうが……アレも変わらんな」

「ふざけ、ないで──っ!」

 

 殺意が指に伝播し、引き金に力が加わる。

 

「撃つのか、オレを。微かに残る記憶では、オマエとこの肉体は友人という間柄だったようだが……いや、どうやら心が擦れ違ったようだな。嘆き、哀しみ、そして絶望したということか。まあよくある悲劇だ。そこに全滅という結果が付いてきただけ。何もおかしなことでもない。むしろオマエにはちょうどいいのではないか。死人しか愛せぬオマエにとって、全員死んだ今ようやく……」

 

 もはや何も無く、誰もいないアビドスに虚しく銃声が響き。

 一つのヘイローが砕け散った。

 

「黙れ」

 

 物言わぬ骸を冷めた目で見下し、吐き捨てる。

 そして少女は最後の引き金を自らの手で引いてしまったが故に、破綻した。

 

 ■

 

 "どういうことなんだろう"

 

 疑問。

 キヴォトスに現れて時間の短い彼──先生だって流石にそれはおかしいと気付く。

 そしてそれが長年隠蔽されている以外の何者でもない状況では。

 

 "……いるはずのない、生徒"

 "それもヘイローの無い、少年"

 

 睨むのはアビドス高等学校の、現在の在籍記録。

 そこに記されているのは5名の少女たち。

 

 ──人間の少年など影も形もない。

 しかしそんな状況でもソレは受け入れられていた。確かに過去から存在していたとしか表現できなかった。

 現在、公的記録における唯一の三年生であるホシノはその少年と以前からの仲であるようにも見えた。

 思い返す……二人の会話を。

 

 ──ちょっと計画を練ってみたんだ〜──

 ──どうせホシノの事だから根本叩くんでしょ──

 ──あっバレた? まあ君ならわかるか──

 ──んなことだろうと思ってこっちもデータくらいは集めてたさ──

 

 ……これが2年のノノミやシロコであったならばまだ納得は行くだろう。問題は影も形もないそいつがホシノの思考を理解していたという点だ。

 常識的に考えて、2年生よりも遥かに少年は小鳥遊ホシノを知る時間があったということだ。そうなると自然と少年がいつ現れたのかというのは自ずと絞れてくる。

 

 "2年間……いや、3年間も存在を認知させない理由があるのかな? 大切な同級生なのに"

 

 セリカとアヤネからは『先輩』と呼ばれるが、しかしシロコとノノミからは『先輩』とは呼ばれず名前で呼ばれる。彼女ら2年生が『先輩』と呼ぶのはホシノだけだった。

 会って1日でしかない先生ですら気付く、奇妙な違和感。

 無数の疑問が浮かんでは消滅する。アビドスの抱える借金問題に尽力すると言ったが、それはそれとして不気味なまでに浮かび上がるソレは、まるであってはならないものがそこにあるかのようですらあった。

 

 "君は何者なんだ"

 

 漏れた呟き。視線の先に映る、一枚の写真。

 柔らかい表情をした、小生意気な雰囲気の抜けきらない少年。

 黒い髪に銀の瞳、アビドスの制服に酷似しながら所々が異なる服装

 存在する筈の無いアビドスの3年生らしき、ヘイローの無い男。

 何故か表に出ていなかった、誰の目から見ても異分子たる存在。

 

 "夏雪、ライナ"

 

 苗字の示すように、宛ら夏に振る筈の無い雪の如き存在。

 先生はその名を口にし、疑問をどう解決するかを練り始めた。

 そして同時に、自身にあまりいい感情を持っていないであろうセリカに信じてもらうには、どうしたらいいのかも。

 

 翌日の事。

 とりあえず仲良くなってみようと会話だけでもと試みたがそう上手く行かず。

 途方に暮れて……という程でもないが、『お互いを知るから初めてみたいが取り付く島も無さそうだ』という相談を、セリカを除いた対策委員会の面々にしてみれば。

 

「んじゃさ、行ってみる? セリカちゃんのバイト先」

 

 ホシノが何でもないように、そんなことを言った。

 

 "業務中に? お店に迷惑じゃないかな?"

 "終わり際に待ち伏せとかは……"

「それじゃあ避けられちゃうよ先生。逃げ場を失くさないと、あの様子じゃ話もできないと思うよ。朝たまたま会っただけでそれなんじゃ」

 

 そういうものでいいのか? と思って視線を他の面々に向けてみれば。

 

「別にダメだったら客として堂々とすればいい」

「先生にアビドスの案内もできますからね〜」

 

 2年生は乗り気だ。ノノミは笑顔だしシロコに至ってはそれしかないと言わんばかりの雰囲気を出している。

 こちらはどうやら結構行動派のようだ。

 で、あればとアヤネの意を問うように見つめてみれば。

 

「まぁ……セリカちゃんには申し訳ないけど、でも先生を避けるあまり話をしないっていうと……ちょっと困るし……」

 

 申し訳なさよりも、実益に軍配が上がったようだ。困り眉から見て取れる。

 そして最後、気がかりな異分子──ライナだ。

 

 "君はどう思う?"

「ここでやめようなんて言ってやめる奴らはいませんよ。みんな決めたら一直線ですし。正直言って、俺も賛成です。セリカもそうですが、俺たちもあなたをあまり知りませんから。お互いにとって必要なことでしょう?」

 "そっか"

 "私は君も知りたいな、ライナ"

(いないはず)の俺がここ(キヴォトス)にいることを含めて、ですか? まぁ長くてややこしい話になりますから、その辺りはセリカの件が片付いたらにしましょうよ。それに──大人の男性が使う口説き文句は、女の子に言うべきかと」

 

 先生からの問いかけや当然の疑問には答える気はあるようだが、どうやらすぐにというわけでもなさそうだ。

 ただ何かを期待するようなライナ、そしてホシノの視線は、『先生』という存在への期待なのか、あるいは『先生』と呼ばれる『自分』への期待なのかは判別が付かない。

 同時に、二人から何処か冷めた視線を投げられているような気もするが、それは当然というものだろう。まだ観察期であっても何ら不思議ではない。それだけ過酷な目に遭ってきたことの証明だろう。

 それに前日のセリカの言動から分析していけば、取り付く島もない状況よりもこうやって見られている分マシだ、と先生は受け入れ、皆と同じように外出の準備をして──

 

 不意に、ロングスライドの拳銃を慣れた手付きで確認する少年(馴染んでいる異物)の姿が、嫌に映った。

 

「大丈夫? ライナ」

「自分の身を守るだけなら平気だって言ってるだろ」

 

 シロコとのやり取りに、小さな違和感を残して。

 

 時は遡り前日夜、アビドス某所。

 

「や」

「……ホシノ? なんだ?」

「相談に来たんだ」

 

 ルーティンとなった夜間パトロールも終えたホシノは、ある家を訪ねる。

 無論そこにいるのは、誰の目から見ても異分子である少年──夏雪ライナだ。

 

「『あの話』か先生か」

「後者」

「わかった」

 

 ライナの返事を待たずに既にホシノは上がっており、返事をしたライナもまたそんなホシノには慣れていると言わんばかりに何も言わない。

 二人はテーブルを境に向かい合って座り、そしてホシノから切り出した。

 

「どう見る? 先生のこと」

「どうも何も、判断材料が足りねえだろ。ただ首を突っ込んでもお前は突っぱねなかった、それが全てだと思うけどさ」

「私の考えはどうでもいいんだよ。ライナはどう思ってるの?」

「……まあ、まともそうではあるんじゃないか。少なくとも今まで見てきた奴らとは違う。あのシロコが絆されたなら、それは相応の人徳とかあるってことだろ」

 

 そんなぶっきらぼうな物言いに、ホシノは苦笑してしまう。自分たちは何一つとして変わっていない。疑い深く、嫌な事を悪く考え、中々人を信じることができない。

 きっと悪い人では無いし、良い人なのだろうが──と思うけれど、そういう自分も何処か冷めた目で見ている。

 

「もう少し様子見してから結論出そう」

「だな……ただ、あのバカバカしさは──」

「──そう、だね」

 

 けれど、どうして。

 僅かな時間でさえも感じられる、あの愚直なまでの真っ直ぐさに、いつかの太陽の残影を見出すのだろうか。

 

「悪い、湿っぽい話にしちまった」

「いいよ。君と私の仲だし。──ところでさ」

 

 先ほどまでの互いにどうしたらいいかよくわからない、という表情から一変。ホシノは困惑の中に少々の怒りを混ぜながら、視線を動かす。その先には作業用の机、上には大口径ライフル弾を使う超大型リボルバー、実戦用のカスタムが施されたセミオートマチックショットガンなど様々な物が転がっている。その中でも、片隅に置かれているものを手にした。

 

「これ、どうして整備されてるの」

「……どうしてだろうな」

「誤魔化さないで」

 

 丁寧な整備がされた狙撃銃。以前使っていたものではなく新たに手に入れた物のようだ。だが二度と現れないと思っていたそれはホシノの前に再び現れ、更に馴染むようにと改良されている。

 つまり未だ爪を研いでいるということでもあり──

 

「また無茶なことしたら──」

「知ってるさ」

 

 一度砕け散った筈のライナは、未だその内に狂気を秘めているということだ。

 困惑と心配を向けられるライナの表情は無。意図して表情を出すまいと振る舞い、それ故に表情は見えない。

 悲劇の先の出会いで小鳥遊ホシノはある程度変わったが。

 夏雪ライナは、ある程度戻っただけだった。

 

「……とにかく、これ預かるからね」

「は? いやちょっと待てよ。確かに変に誤魔化した俺が悪かったけどこれは元々俺のモンだぞ!」

「ダメだってば! あれから君の隠し事に関しては信用しないって決めてるの!」

「はいはい悪ぅござんでした! けど渡さねえからな! 俺のだ!」

 

 しかし途端、姉弟のような距離感に戻る。一本の銃の所有を巡り、ギャーギャーと年頃の子供のように言い争う。くだらないその言い争いは過ぎ去りし思い出と同じであり──

 

 きっとそれは、かつて梔子ユメが微笑んだ光景そのままなのだろう。

 

 もう二度と、戻る筈もないのだけれど。

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