青い春に馴染めない黝の星 作:うへうへ学生
似合わない
さて、ホシノを奪還した一行だったが、実のところ問題は色々あった。
まず借金……だがこれに関してはなんとかなってしまった。厳密にはまだあるが、しかしこの大失態を見せたカイザーPMC理事の失脚および指名手配に伴い膨れ上がった借金も元通りになったのである。その上利子も大きく減った。信用が回復したという理由以外は明確にはなってないが……何か色々あったのだろう。負けた側に味方してた証拠なんぞ、吐いて欲しくないということかもしれない。
カイザーローンにも明確な証拠を元に連邦生徒会の捜査が入るということであり、それはヒフミ経由でトリニティ辺りが報告したからではないか──とも推測はできるが不明瞭なままだ。
だがホシノ奪還作戦において、ファウストとして彼女は参戦した。それでいいのではないだろうか。
土地も正式な取引の結果故に、未だカイザーの物だが……最悪の事態は免れたと言えるだろう。
そして、廃校対策委員会は先生の認可を通して正式に委員会として認められた。これにより公式の生徒会として動けるようになり、以前よりも政治力を備えた組織へと生まれ変わった。
なおゲヘナ風紀委員会も今回の奪還作戦に参加したが、これは先生個人による懇願であり、この件の解決を以ってして、ゲヘナとアビドス間における政治的にもややこしい問題は解消した。
こうしてアビドスはトリニティとゲヘナに繋がらないこともないパイプを確保できた上、先生も先生でそれなりに名が売れる結果となった。
だが、今回の件で解決していない大きな問題が一つ。
ライナの身に起きた謎だ。
「で、何が起きたの? おじさんもよく知らないんだけど」
「……まず、記憶が無いんだ。街の様子がおかしいことを察してから、気がつくまでの間の記憶がポッカリと抜け落ちてる。襲撃が来てたまで覚えてるんだがな……」
襲われたところまでは覚えていても、そこから先がまるで途切れたテープのように欠落している。まるで他人が1場面だけ進めたRPGのようだ。
自信が無い。何故なら記憶が文字通り抜け落ちているから。前後の文脈が繋がらないから。
先生には軽く先に伝えていたが、改めて説明していくと恐怖が湧き上がる。
「気が付いた時にはカイザーの兵員は撤退してて、そして辺り一面は悉くぶっ壊れてた。建物も、戦車も、ヘリも、ゴリアテも。俺一人には過剰戦力だった。覚えてる限り、中隊規模の兵力にヘリが4、戦車が3、ゴリアテが2……話を聞くにそっちに便利屋が行ってるなら増援が来たって線も無い」
ゴトリ、と机の上に置くのは一丁の銃。
──アビドスの校章も無い、無地のボルトアクションライフル。クラシカルな漆黒のフレーム、各所に細々と配置された鈍い銀、突き刺さった大型のマガジン……色も特徴もごく普通なのに、極めて異質な雰囲気を纏ったそれは、異物感が否めない。
根本的に何か異なるような、あるいはそもそも外と中が何かズレているような──本当に『これ』は銃なのか?
見る者全てに疑問を与え、見る者全てに本能的な嫌悪感を与える。あってはならない、今すぐにここから消すべき代物ではないかとまで。
「……こいつは普段家に置きっぱなしにしてるし整備もしてない。弾だって入れちゃいない。なのにフル装填で、減っていた。戦闘に巻き込まれて取りに戻るなんてこと、できる訳がない。でも持っていた。敵が持たせる意味も無い。俺を確保するならな。そもそも、それだったら俺が家を出た時点で仕掛けてくりゃいい。つまりよくわからん」
果たして何がどうなっているのか。
冷静に考えても辻褄が合わない上に、更なる疑問は撃退に使われたと思われる攻撃であった。
「で、何らかの方法かつ無意識的に俺が撃退したのかって話になるけど……細かい違いこそあれど、破壊に用いられたであろう痕跡は大まかに打撃、切断、貫通の3つ……打撃はライフルで殴ってもああはならねぇ、装甲がひしゃげ千切れる重さは無い。切断なんてもっと無理だ。それこそミレニアムで作ってそうな玩具でやっとだろ。あり得そうな貫通はライフル弾よりデカい奴かどう考えても口径の合ってない穴だ。何がどうなってやがる……」
昔確かに戦車だのヘリだのを破壊はしたが、それだってキチンと弱点となる部位は狙っていた。だがあれは──正面から破壊されていた。つまり構造上の弱点などではない、ただ手癖で攻撃した結果破壊できている。過剰な火力だ。
「……一体何が起きたんだ? 俺がやったのかさえわからねぇ。ってのが、俺の周りであの日起きたことだ」
しかし、ライナの謎なんて謎だらけのこの男に一つ増えたところであまり気にすることでもないというのもまた事実であり。
「えーっと……とりあえずライナさんが無事であったことはわかりました」
「ん、それが1番大事」
「それでいいのかお前ら……」
「だってわからないことを散々悩んでも仕方なくない?」
「確かに不審ですし謎も多いですが、無事であるならそれに越したことはないですよ」
「みんなの言う通りだよ。そんなの、これからゆっくり紐解いていけばいいんだよ」
「お前ら先生は別にうちの専属じゃないってわかってるよな? 付きっきり無理だからな? 確かに濃密な時間だったからうちの専属って思っても不思議じゃねーけど」
案外、雑にサラッと流れていった。
"あはは"
"まあその、本当に私の力が必要なら遠慮無く呼んでよ"
一度危機を乗り越えて分かり合えたのなら、二度も三度もそう変わらない。子供というものは、無邪気に未来を信じることもできる。そういうものだ。
"あ、そうだライナ"
"ちょっとこの日時間をもらえないかな?"
"君の身分、作ろうかと思って"
「あー。正式な生徒会になった以上騙し騙しはまずいですもんね。わかりました。で、どうしたらいいんですか」
"とりあえず直接話すしかないと思って"
"偉い人にはもう話は通してある"
「また仕事を増やすんですか──」と恨めしげな視線と共に、そのような不可解な存在が既にいることに疑問を抱いていたあの視線。リンの気持ちもわかる。だがホシノと当時の生徒会長が隠す程の何かがライナには必ずあると先生は確信している。
"それで、さ"
"ライナは、黒服と長い付き合いなの?"
それはそれとして。
先生は自分の中の疑問を確かめるべく、話を切り出した。
「なんスか急に。いやまあ、二年の付き合いを長いと言うかは知りませんけど」
「そんなこと言ったらおじさんだって黒服と長い付き合いになっちゃうけど」
"あ、いやごめん"
"気になることを言ってて"
「俺の正体がどうのこうのとかですか? 俺も言われましたよ、やれ『こっち側』だとか私たちならその謎を解き明かせるとか……」
「随分とライナには直接的に言ってたんだ、あいつ。くそっ……」
「落ち着けって」
"──まあ、大体そんな感じだよ"
"ごめんね、変なこと聞いちゃって"
やはりというか、収穫は無い。
ホシノから事情を聞いても、先生が実際に会った時に起こったことが全てであったとしか言いようの無い相手。少しでも探っておきたかったが、しかし無理もあろうもの。
「……あー、変なことと言えば。俺も前に黒服から例によって勧誘は受けたんですが、ある時に妙なこと言われまして」
だが、ある一点において例外があった。
「秘めたる目的は無いのか、とか。無いって言ったら、らしくない冗談とまで言われましたよ。あと久しぶりに素のあなたと話ができたとかなんとか」
ライナ自身も奇妙に思う、たった一回の例外。
──ククッ、フラれてしまいましたか。久しぶりに素のあなたと会話できたということは、と思っていましたが──
意味のわからない、奇妙な表現。
「ライナに秘めたる目的なんか無いでしょ。隠し事なんてできないし」
「ホシノは隠し事ができるが下手くそだよな。ノノミがフォローしないとすぐバレる」
"二人とも仲良いのはいいけど"
"話の腰は折らないでね……?"
「まるで俺が世界征服とか復讐を目的としている方が自然みたいな言い草でしたね。あいつが本気で動揺してたし」
「あいつが本気で動揺? そんなに君が何も目的が無いことがおかしかったの?」
「わかんねぇよ。ただ、知人と同一視してたとか言ってたけど、それもどうだか」
──結局、訳の分からないまま。
だが一つ収穫はあった。
シャーレのオフィスへと戻った先生は、アロナに声をかけていた。
"ねぇアロナ"
"ライナってそんな人に見える?"
「見えません、全く」
アロナもまたライナという訳のわからない異物を観察してきたが、その話を聞いても全く結び付かない程には人柄を理解していた。つまるところ──彼女もまた黒服の評の意味がわからなかった。
「不器用そうだし、なんだか柔らかい態度も中途半端な感じは否めませんけども、世界征服とか復讐とか過激な目的を秘めて行動する人じゃないと確信できます。もしやるんだったら絶対隠すことなく直球に進める筈です」
"だよね"
"アビドスの悪魔なんて呼ばれるくらいには隠し立てせず暴れ回ってたみたいだし"
"だとすると黒服は誰と間違えたんだろう"
思考をまとめる意味で、改めて整理していく。
"黒服の言う『彼』はライナじゃない"
"これは多分、間違ってない"
"たった一人でキヴォトスを滅ぼせるもの。わからないからとりあえずそういうものと思っておく"
大前提として、恐らく黒服はライナのことを指して言っているのではない。彼の知らない真実のことを言っているのだろう。その割には現実味の無い事ばかりだが。
"黒服が知るのは、世界征服や復讐を秘めるライナ。知人と間違えるなんて、あり得ないだろう"
"つまり黒服の認識するライナは、過激な目的を秘めて行動する危険人物ってことになる"
"けれど、そうじゃないことなんてわかるはずだ。ライナと実際に会話すれば、そんな人物じゃないって判断できるのに"
悪魔として暴れ回ってた頃を言うなら、それは追い詰められた結果行き着いた極端な行動だろう。抱え込めば誰だって暴走する。今回のホシノのように。ならば黒服の語る像は、暴走して狂ったライナこそが真のライナであるかのようなものとなる。だがそれにも奇妙な話だ。
それでは普段のライナが擬態か何かをしていることになる。シロコのように割とぶっ飛んだ思考と行動でもしてたら話は別なのだが、ライナは考えこそすれそれだけに留める。結び付けようにも言いがかりに等しい。
例えば目の前であまりにも不敬な事をやられて『粛清だ!』と叫んでも、実際にはよくある罰……それこそ便所掃除とかなら言った側も過激な人間ともならないだろう。あるいは目の前でそれはもう健全な作品では見せることのできない光景を繰り広げられて『死刑!』と言っても言うだけに留めるならなんてことはない。そういうものである。
"あのタイプがそう簡単に動揺なんてないのはよくわかる"
"それだけライナの返答が想定外だった。彼にとってライナからそんな言葉が出てくるのは、絶対にあり得ないと見てたのかな"
ああいうタイプは早々動揺などしない。
挫折も奮起も自由にやらせ、奇跡が起きてもなお揺るがず。策を練るとはそういうこと。どうせ完璧になるように弄した時点で上手くいかないのだから。
──あまり認めたくはないが、先生と黒服は方向性こそ違えど似ているところがある。
「先生……一つ疑問なのですが、どうして黒服はライナさんがそうであると確信していたのでしょうか?」
確かにそうだ。
話を聞くに黒服は迷ってなどいなかった。その理由はなんだ?
"ライナと彼の考えている人物がイコールじゃないと、それは成立しない"
"ライナと同じような人物が過去にいたとしても、それでは辻褄が合わない"
似た人物を知っているからではない。これは確実にライナを以前から知っている状態でなければ話が繋がらない。
"ある日突然砂漠に現れた人物を、如何に外からやってきた深い知見を持つ人たちだとして、どうやって捕捉するのか? "
"彼らだってキヴォトスの全てをリアルタイムで見ているわけじゃないだろう。今回はアビドスに用があったから上手く私を捕捉できただけだ"
"つまり、根本的な点として"
"突然現れた人物に過去など存在しないのだから"
"必然的に長い付き合いなんて生じる筈がない"
この話の絶対的な矛盾。
ライナは2年前に現れたのに、黒服はそれ以前からライナを知っているということ。
"──結局、わからないままか"
"気にしても仕方ないけれど……"
しかしそんなものを知って何になるのか。隠されたベールを引き剥がすことに意味などあるのか。それは今に何の価値があるのか。
わからない、何一つだって。
ただそれでも。
"その果てには何かがある"
"その何かが、きっとライナの真実だ"
それが生徒が探す真実というならば。
それを助力するだけだ。
「なるほど、彼が例の……」
シャーレのオフィスにてリンが向き合う相手。
髑髏のような機械仕掛けの仮面を取る、アビドス高校の制服を模したコーディネートの上から黒いコートを着る人物。もちろんライナである。
アビドスからシャーレまで訪れる以上、万全に備えて今は使っていない、暴れ回っていた頃の仮面とコートを持ち出してきたのだ。
シャーレが貸し出してきたヘリで移動した為、ほとんど見られることもなく、せいぜいが誘導員の生徒たちに見られたくらいだが──案外大人っぽく見えていたのかもしれない。何も言われなかった。
「夏雪ライナだ」
「七神リンです」
自己紹介を済ませ、改めてリンはライナを見る。
中性的な印象を受けるが、確かに男性が見える少年。友好的であろうとして柔らかい表情を作っているが、その視線に宿る物は押し留められた薄暗い憎悪と冷えて固められた憤怒──そして、その最奥に微かに見える深い憐憫。
複雑な、あるいは分裂した……そんな印象を受ける。
「──確かに異質な存在です。アビドスが何故隠していたかも理解できます」
「わかっちゃいても面と向かって言われると殴りたくなるな」
「不快でしたか」
「不愉快だね。そういう視線……とはいえだ。俺が招かれざる客なのはよーくわかっている。個人同士ならいざ知らず今回はお互いにある種の協力関係を結ぶ場。まあそういうこともあろうものさな」
思ったよりも冷静だった。
嫌味の一つや二つをぶつけるのかと思っていたが、現実のライナはまあそういうこともあるとあっさり片付けてしまった。
いざという時は割り込もうとしていた先生にとって、それは拍子抜けする結果であり、同時に安心した瞬間だった。
「ライナさん、あなたのことは先生から伺っています。どういう状況であるのかも、どういう始まりであるのかも。あなたの存在は外は問題無くとも、その内側を覗けばあまりにも異質であり、あなた自身も過度な露出は好まないでしょう。不審な存在に身柄を狙われていたという事実もあります」
まずは相手の事情を理解しているという基本も基本から。口に出して音で聞くという工程は思ったよりも有効である。
「なのでこのように、シャーレの特別補助駐在員としての身分を用意しました。キヴォトス内の経歴に関しては埋めようが無いので流石に手配できませんでしたが……」
シャーレ所属を示す札と、何枚かの書類。身分証自体は無い。証明写真も無いから当然なのだが。
もちろん書類は正規のものだ。だがその中の経歴としてあるのはでっち上げられた内容だ。しかも聞いたこともない役職まで。
「特別補助駐在員?」
「端的に言えば、アビドスに駐在するシャーレの連絡役ということです」
「それ、中立組織が特定組織を特別扱いしているって後ろ指刺されかねないんじゃねぇか」
「アビドス廃校対策委員会がシャーレに直接接触を図った事実があり、そしてあなたもよく存じているような事情がある。これは、連邦生徒会を介してシャーレと連絡を取っていてはアビドスの状況として遅いということの証明になります」
大企業の侵略先であり、異質な存在ゲマトリアが注目していた場所。前々から連邦生徒会に救援を要請していたが、結局混乱で叶わずシャーレへと直接連絡を取ったこと。ならそれは、分解していけば僅かな隙間を作るに十分な理由ともなる。
その隙間に、ライナの正規的な身分をねじ込んだ。まだゼロに戻っただけで解決していないのだから、追加人員を先生が見繕うのも不思議なことでもない。
「そういった事実がある以上、特別扱いをしても仕方ないでしょう。そのため年頃も近く、キヴォトスでも十分に通用する腕前を持ち、更に先生のやり方をよく知っている──そんな外の知り合いであるあなたを派遣したとすれば、口先だけでも納得感は与えるに足る。シャーレと連邦生徒会のデータを直接洗わない限りはまず問題ありません。まあ洗ったところで何も無いのですが」
なるほど、実際はどうかはわからないがそれっぽいことを言えば納得するのが人間である。それっぽいことに違和感を持っても、普通の人間ならそこで引くだろう。露骨に面倒くさい話に首を突っ込みたがるバカはそうそういない。
「そして仮に深掘っても何も無い。そうなれば自然と手を引くか、大胆な行動に出るしかなくなる……か。あんた、結構やり手だな」
「それはどうも」
"色々飲み込むのは難しいだろうけど、今は君が少しでも過ごしやすくしたいっていうのは、私とリンの意志だ"
"それは決して、嘘じゃない"
「……リン行政官、ありがとう」
ライナは深く頭を下げて感謝を伝えた。
何故か、など問うまでもない。かつてそのような善意により掬い上げられた人間であるが故に。
「しかし。腐ってもシャーレの一員。本業は連絡役と言えども先生と共に何かしらの依頼を受けたなら解決をしてもらいます。よろしいですね」
「ん? ちょい待ってくれ。そりゃ先生の匙加減で振られる振られない決められそうだがいいのか?」
「あなたの存在が面倒過ぎて隠れているのがこちらとしても有り難いので。やむを得ない事態で露見した場合の身分ですし、基本的に何事も無いのが望ましいでしょう」
「ま、そりゃそうか。とはいえ仕事もらったってのに何もしないのもな……」
「出番が無いことを喜んでください。あなた、アビドスの三年生なのでしょう。シャーレ所属というのはあくまでも書類的な話であって」
モゴモゴとそれでいいのか? と延々続けるライナに、リンと先生は溜め息を吐いた。具体的には変にクソ真面目なこのアホに。
それから少しばかり込み入った話をして、事は円満に終わった。
"思ったよりも冷静で驚いたよ"
「あのムツキって子への対応でも思い出してましたか?」
"そうだね。でも……"
"連邦生徒会、嫌いでしょ"
「ま、最初は嫌味かセクハラの一つでも飛ばしてやるかとか思ってましたがね。ケツもチチも態度もでけえとか。ただ行政官殿の目を見て思ったんですよ。俺はこの子の目を知ってるって」
本音を言えば今も憎たらしい。ユメを見殺しにしホシノに苦痛を与えただけに過ぎない王冠なぞこの世に存在するだけで虫唾が走る。
「代行がこうなら、あの日憎んだこいつらも──取り残された側なんだ、それがわかって飛ばす気もなくなった。ただなにか、明日はいいことがあればいいと思った。それだけの話ですよ」
そんな塵屑に見せる優しさも無い、なんて思っていたのに。その傷に心当たりがあるから飲み込んだ。八つ当たりをまだ続けるのかと。きっとユメはそれを望まないだろうからと。みんなそんなことはしなくていいと言うだろうからと。
それから少し経って。
「──で、シャーレ所属になったからそのコート着てみたと」
「着られてる感すご」
届いたシャーレの正式コートを着てみたものの、後輩や友人からは忌憚の無い感想をぶつけられていたのであった。
「やっぱ似合わない?」
「ん。全く似合わない」
「そんなか……」
シロコにもバッサリと切られては流石に凹む。なんだかんだコートはよく着てた人間、似合わないと面と向かって言われればダメージになるものだ。そんなレアな姿を見てアヤネがフォローを入れてみるも……
「あ、じゃあ先輩。メガネとかどうですか? 私のメガネかけてみて──あっダメですね」
「うわー、余計に酷くなりましたね……」
偏屈で嫌な感じがより強調された姿に。
なんというか、嫌味な教員にこんなのいそうだなあという感じ。元々顔立ちはいいものの、表情自体は柔らかく作らないと不機嫌そうな仏頂面の男である。さもありなん、ということか。
「そもそも先生が着てても似合わないならライナに似合う訳なくなーい?」
「えっ、私は似合ってると思ってたけど」
先生も一回だけ着ている姿を見せたことはあったが、本人曰く"「着られてる感がすごいしシャーレって眼鏡を強調するものね」"とのことで本当に一回こっきりだった。
「先生は普通のスーツでこの白青の多さが目立っただけだから、多分黒多めにしたら纏まって見えるし似合ってると思う。メガネも合うんじゃないかな。ライナはアビドスの制服風の格好の上から着てるのが余計ダメ。細かく置かれた色が喧嘩してる」
「確かに制服の色味はちょっと合いませんね。黒で白を包む形ですから。あと黒っぽい服ばっかり着てるイメージも……もしかしてライナさん、白い服とか着た事ない?」
「言われてみりゃ、あんまし白い服持ってないな……」
「じゃあ似合う服を買いに行こう」
せっかくだし久しぶりにのんびりとみんなで過ごす口実ができたと言わんばかりにシロコが提案するも、そこのアホはなんでもないように即答しやがった。
「そうか。じゃ着ねえわ。つるっとく」
……しかも否定系で。
さてよく存じられているようにアビドスの生徒は色々な意味で強い子が多い。そんな彼女たちの目の前でそこのアホはバカ正直に着ないしどうでもいいと抜かしやがったのである。
こうなった時、ライナの辿る運命とは何か。論ずるまでもないだろう。
「な、なんだお前ら。なんでそんな目で俺を見るんだ」
ギロリと少女たちはまるで獲物を狩る狩人のような視線を投げ付けつつ、口元には笑みを浮かべて各々の考えを言葉にする。
「やー、ねー、ライナって素材はいいし?」
「ほんっとーに見てくれだけはいいのよねー」
「大丈夫ですよ〜お金は私が出しますし⭐︎」
「せっかく大手を振って歩けるようになったんですから、それに相応しい格好はできるようになっておかないと」
「ん。ライナはシャーレの一員なんだからその格好が似合う服を用意しておくべき」
ごく当然の話だが。
今まで身分が定かではない相手に明確な身分や所属先が生まれたのなら、制服を着こなしている姿くらいは見たいものである。
晴れ舞台を見て喜ぶのは、何も年長者だけの特権ではないのだ。
「い、いやおいなんでそんな威圧感出して近寄るんだお前ら!? お、男を着せ替え人形にしても面白くねえぞ……!」
後日先生のモモトークに送られてきた写真には、それはもういい笑顔で哀れな愚者を着飾る少女たちの姿が映っていたという……