青い春に馴染めない黝の星   作:うへうへ学生

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垣間見える心

 なんで俺なんだよ。

 ライナはそんな風に思いながら、渋々とジュラルミンケースを持ち運んでいた。

 

 "私が行くのが筋なんだけど、どうしても外せないから"

 "お願い!"

(今日、本当なら今頃はみんなで買い物行ってたんだよ。だってのにこんな辺鄙な場所まで飛ばしやがって)

 

 なんてことのない、物を運んでくれという仕事。依頼した相手が現金主義ということで、報酬はこのように運べということらしい。

 やむを得ない事情なのは承知しているが、すっとぼけた対応ばかりするライナにしては珍しく直球で悪態を感じるくらいには、機嫌が悪かった。

 何せ計画したのはライナである。

 

(この前、アイの話が終わった後からみんなしてなんかトゲトゲしやがった。理由は本当によくわからんが、とにかく俺が悪いのはマジだ。理解できていないとはいえ、きちんと悪くは思っている事と申し訳ないという事だけは伝えなければ……!)

 

 とにかく好きな物を前にして機嫌を良くしてもらい、ある程度あの話を蒸し返しても大らかに思ってもらおう。そして理由は今でもわかってないが、とにかく自分が悪いのはわかった。これで手打ちとしてくれないかと。

 素直に謝ればいいのに、ワンクッションを挟もうとする。悪いと思うからこそ誠意を別な方法であっても見せてから謝罪したいという、夏雪ライナの人間性であった。

 

(ていうかなんでだ? なんか最近こう、みんなそういうなんだ、青春とかそんな言葉によく反応するよな。あれか! もしかして先生にか!? あー、確かにあるわそれ。俺も女なら結構そういう感情芽生えたかもしれ……いや、ないわ。多分何があってもユメ先輩を上回る人は生まれないだろう)

 

 惜しいところまでは行くのだが、独自の結論を弾き出してしまっている。

 

(でも先生は大人だからなぁ。歳の差とか、色々としっかり考えた末に受け入れないとかもある。俺は絶対にないからどうでも……

 ああ! あいつらもしかして外にもっと友達作れって言いたいのか!)

 

 ──鈍いというよりも。

 案外、幼いのかもしれない。ある詩を引用するならば、生まれてまだ二日目なのかもしれない。

 

「ここか? また変なとこに──って、あの便利屋の新居だな。となると……あぁ、まだ口座凍ってんのか」

 

 闇金に行ってた理由もなんとなくは察している。風紀委員会に睨まれていたそうだから、色々と不便なのだろうことは予想できる。インターホンを鳴らして、素直に所属と目的を告げる。

 

「シャーレの者です。約束されてたブツを届けに参りました」

『入って』

 

 社長自らがインターホン取るのかよ、とか思いながら素直に入ると、思わぬ相手だったのか、目を丸くしたアルといきなり顔を合わせることになった。

 

「……って、あなた──夏雪ライナ! シャーレに就職したの?」

「うん、まぁ。久しぶり。アルさん」

「ならよかったじゃない! おめでとう!」

「……ありがとう?」

 

 なんか、前もこんなやりとりしなかったか? とか思うには思ったが、まあそれはそれこれはこれ。大人しく案内されれば、見知った顔が並んでいる。

 

「やっほ、お兄さん。またにラーメン食べに行った時にもあんまり見当たらないからちょっと気になってたんだ」

「一個上なだけだ。あと名前でいい。それと、前は悪かったな」

「おろ? ……まぁデリケートな話題だったし、そっちが気にしなくても」

 

 ──あの日は虫の居所が悪かった。更に黒服の手駒かと警戒もしていたからあのような過剰な反応になってしまい、それが解決した今、謝るべきだろう。そんな訳でいきなり謝罪されたムツキは驚きながらも、別にどうでもいい話だったからサラッと流した。

 

「先生は来れなくなった。確か、なんか生徒の頼みを請け負ったとか……何処だったかは忘れた。だからどっかの学区に遠出してる」

「なるほど、そういう事情なのね。でもよかったわ。持ってきてくれて」

「今回の仕事は派手に色々使ったからねー」

「あんたらがそこまで使うとは。中々苦労したと見える」

「相手としてはそこまでじゃなかった。規模が大きかっただけ」

「……本当に?」

 

 なんでそんなことを聞くのだろうか、とシンプルな疑問。

 

「本当ですよ」

「まぁ、何事もなければいいんだがな」

「心配してたんですか?」

「だってその、あいつらの友達だし……」

 

 なるほど友達の友達だから心配──いやちょっと待ってほしい。自分たちって友達というほど友達だろうか? いや確かに友達という間柄にはスケーリングされるだろうが。なんて思っていたらライナはまるで親のようなことを言い出した。

 

「あいつらが年相応に話題に出してきゃいのきゃいのするのは君らかヒフミさんくらいなんだよ」

「えっ。その……友好関係、狭くないかしら? もう少し広い感じしてたけど」

「最近はちょこちょこシャーレの当番だの連邦生徒会からの依頼だので知り合いも増えてってるけどさ。なんかこう、決定的な物がなさげなんだよ。だからなんとかして広げてやりたいとは思うんだが……」

「いやそれ言ったらライナくんも友達少なくない?」

「俺はいいんだよムツキさん。元よりアビドスにしか居場所の無い生き物。キヴォトスに居場所なんか無いのさ」

 

 なんというか。

 割と便利屋には、余程触れられたくない逆鱗を触れられなければ身の上も話す事自体はやぶさかではない。だがこの男は自分もまた友達少ない側であるとは思ってもいない。自分はそういう者だからそうなのだと。

 

 まぁ。

 詰まるところ、だ。

 

「──あなた、本気でそれ言ってるの?」

「社長、こういう奴は理解しないから何言っても無駄だよ。世界が閉じてるの」

 

 ライナは何処か自分を外に置いている。それは色々あっても変わっていない。

 何処へ行ってもきっと寂しい人なのだろうと、そんな印象を受けた。

 

「それよりも約束の金。足りてるよな?」

「はい、ばっちりです」

「よかった。これでなかったらどうしたもんかと」

 

 ライナは自分の仕事が終わったのを確認して、先生にまずは軽く報告とメールを飛ばす。時間ができたら自分がやったことになるのか先生がやったことになるのかとかは決めればいいだろう。

 

「……そういやさ」

 

 ちょうどいいからと。

 ライナは気になってたことを尋ねた。

 

「ゲヘナ風紀委員会って、なんであんなことをしてきたんだ?」

「先生の確保だったけど」

「いや、そうじゃなくてだなカヨコさん。わざわざ武力行使して話をややこしくする必要あったかってこと。行政官の独断だったんだろ? バレたら一発で首飛ぶ話じゃんか」

「まぁ、確かにそうだね。アコが落ち着いていれば、風紀委員会の内面識がある火宮チナツ辺りでも送り込んでそれで終わりにできた筈だった」

「つまりなんだ。暴走?」

「ヒナの為だろうけど、にしたってあの子らしくない」

「……誰かの為に、か」

 

 誰かの為に。敬愛する人の為に。そういう動機は痛い程にわかる。そしてカヨコが冷静であればそんなことはしなかっただろう、と言うのだ。つまり何かしらの理由で相応に追い詰められていたのかもしれない──と結論付ける。

 追い詰められ切った人間は、何処も似たようなものらしいと……ライナは自嘲した。

 

「ライナくんはそういうの好みな感じ?」

「理解は示すってことかな。でもそれでその人の立場を滅茶苦茶にしちまうのは良くないし、あそこら辺はうちじゃなくてカイザー持ちだ。余計ややこしくなってたかもしれない。過ぎた話をとやかく言うつもりもないけど、とりあえず……何事も無くてよかったってとこかね」

 

 だが実際、何事も無くてよかった。

 事態が制御不能になる前に沈静化できたのだから。

 

「そういえば、覆面水着団って今はどうしてるの? たまに噂で聞くけど」

「あいつら、またその格好して色々やってるのは聞いてたけど正直やめて欲しい。いや、活動自体は構わないしアビドスだとバレたら面倒な時なのはわかってるんだが……」

「? 不都合はないじゃない」

「そう、なんだが……その……胡乱すぎるっていうかさ。や、まぁ、アビドスの悪魔とかそういう嫌な名前よか百倍いいんだけど……」

 

 モゴモゴと何やら言い続けるライナを見て、ムツキはふとカヨコに視線を投げた。またこういうパターンかと、ちょっとため息を吐きながら相手をする。

 

「何求めてると思う?」

「改名とか。でも小鳥遊ホシノは付き合いが長いって言ってたから、変えてくれとも言いい辛い感じじゃないかな」

 

 そんなことを言っていて、ふとまさか、という想像が過った。アビドスの悪魔に異様に詳しい二人。その内の一人は秘匿されていた存在で、顔を合わせたこともあるという。ならば、だ。

 

「……ねぇ、カヨコっち。これってさ……?」

「……案外、伝説なんて出会ってみたらしょうもないのかもね」

 

 もしかしてこいつが、アビドスの悪魔なんじゃないかという疑問を抱くが──

 

「ま、触れる理由無いし?」

「誰だって傷の一つや二つ、あって当然でしょ」

 

 そんな奴より、今のライナの方がおもしろい。アルとあーでもないこーでもないと喋りながら、コロコロと表情を変えて何処にでもいる少年のようでありながら、蓋を開ければ寂しげである不思議な人物。

 仮にもしそうだったとしても、それはきっと夏雪ライナの、極端な側面に過ぎないのだろうとして。

 

「ムツキちゃん的にはあのメガネちゃんも覆面被ってるか気になるな〜」

「え? あぁ、被ってたけど?」

「似合ってた?」

「どうかなぁ……みんな何着ても割と似合うからなぁ……」

「あっ、そういう褒め方良くないよ。ねぇハルカちゃん? 褒める時はどうするといいか教えてあげたら〜?」

「ええ!? 急に振られても……それに、私なんかの褒め方なんて──」

 

 改めてライナを見て、ハルカは──何も言えなくなった。

 嫌というほど覚えのある、孤独の瞳。何も選べず、何も出来ないから、何処にも居場所の無い存在。

 似た雰囲気があるな、とは思っていたが……これは、おかしい。

 

(この人は、アビドスの人なのに──どうして?)

 

 どうして自分がかつて抱えていた物を感じるのか? 本人が言っていたではないか、アビドスだけが自分の居場所だと。なら居場所の無い目をする筈はない。居場所を手に入れた自分がそうだから。

 ならばそれは、アビドスは彼にとって真の居場所ならざるということになるが──それは絶対にあり得ない。アルと楽しげにアビドスについて語らう姿、それは自分の居場所を実感していなければ決して見られない姿だ。ハルカだって便利屋を語るなら、誇らしく語るのだから。

 ──矛盾。

 現実に見えるアビドスという居場所のあるライナと、ハルカの感じる何処にも居場所の無いライナ。

 それは二つが別々の存在でもなければ成立しない。生と死のように、相反するが故に同時に存在できないものだとして。仮にもし、ライナという存在が──

 

「ハルカさん? どうしたんだ、急に」

 

 現実に引き戻される。

 急に黙り込んだハルカを、みんなが心配そうに見ている。

 

「ハルカ? 大丈夫? 何処か負傷してた?」

「あっ、いえ。大丈夫ですアル様。少し……」

 

 先ほどまでの感覚は消えている。

 果たしてあれはなんだったのか。気の所為にしては随分とはっきりしていたような、だが──どうにも口にする程でもないような気がする。

 

 とはいえ、だ。

 こういう時、なんと言って誤魔化したものか。

 確かさっき、褒め方について振られたから──

 

「自分を下げて褒めると効果的ですよ、ライナさん!」

「……ねぇ、ハルカさんや。君……それは持ち上げであって……」

「ごっ、ごめんなさい! やっぱり私なんかが教えるなんて身の程を弁えない行動でした! きちんとムツキ室長のお考えを理解していなくて申し訳ありませんでしたっ!」

「あっ、あのー、そうじゃなくてだね〜? えーっとねー? ……カヨコさーん。アルさーん。たっけてー」

「ハルカ、ちょっと落ち着きなって……」

 

 そのあとは慰められたり、感銘を受けたり、実演したり。

 ──ライナは、完全に自分で計画したことや、早めに戻ってくるよと言ったことも忘れて、便利屋68の事務所に長々と居座って、会話に花を咲かせていたのだった。

 

 怒り心頭のシロコがライナに淡々と告げる。

 

「どういうことか説明して」

「……便利屋と話しててド忘れしてました。大変申し訳ありませんでした」

 

 廃校対策委員会の部屋。

 まるでヤの付く自営業のような雰囲気で、彼女は各々の席に着き、愚かな男を出迎えて差し上げた。

 もちろん彼女たちはなんの連絡も寄越さないことに心配こそしていたものの、ライナの意志ははっきりと理解していたのでさしてそれ以上は追究する気もなかった。キチンと何か間違えたらしいということを理解しているなら、何も言うことはないのだ。変わる兆しも見えないなら、もう少し態度は違ったかもしれないが、変わる気があるなら何を言う必要があろうものか。

 

 とはいえである。

 

「やー、でもおじさんショックだなあ。誘った張本人が忘れるなんてねぇ」

「こーれは一纏めの埋め合わせはよくないんじゃないの先輩?」

「一人一人、しっかり埋め合わせるべきですよ⭐︎」

「まぁその、ライナ先輩。私は別に気にしてませんけど……やっぱり前例くらいは作らないといけませんね」

 

 外堀を埋めていけば、ちょっとくらいは気付く可能性があるのではないか。

 元々そうするつもりはなかったとはいえ、転がってきたチャンスを最大限に活かす。これは乙女会議で決まったことだ。なので前例を作り──

 

「もちろん、私にも埋め合わせあるよね?」

「まぁお前は別に……今度はなんだ? ウォーキングか? それともスイミングか? サイクリングも悪かねぇがたまには違う物に付き合ってもいいぜ」

「……買い物がいい。あと聞いたんだけどヒフミとゲーセン行ったんだって? 私も連れてって」

「は? なんだそりゃ急に」

 

 うまいことシロコと二人きりにさせてやるのだ。

 特別を見つけられないならば、やったことの中で思い返してみれば特別なのかもしれないことにしてみればよい。

 

「つまりなんだ。いわゆるデート的な感じか。それ」

「そ、そうなるね」

「先生の方が良くないか? だってよ、俺と行ったらあんまり普段と変わらない──」

「ライナが!」

 

 声を荒げてでもシロコは言う。羞恥を押し退けて頑張って想いの片鱗を見せる。

 

「ライナで、いいの」

「はー。まぁ、ご指名ありがとうございます? けど予定は色々決めてからな」

 

 結局素直に一言言えたら終わりなのだろう。

 だがらそれを言えない。理由は無数にある。だがそれでも──いつか、この想いが伝えられたらと。応援団の暖かい視線を背に受けながら、とにもかくにも異性として意識させてみようと思うシロコであった。

 あと何とかして、また二人で夜の星を眺めたい。多分恋のきっかけだろう出来事は、それだったから。もう一度味わいたいと思うのは、乙女心の現れだろう。

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