青い春に馴染めない黝の星   作:うへうへ学生

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波のように近寄って、砂のように流されて

 ──日差しが強くなって本格的な夏日が続いていると人は言うのだろうが。アビドスにとってはいつものの事である。

 しかしうんざりするような暑さの中でも、避暑地を求める心はあって当然だろう。それが偶然なら尚のことだ。

 

「で、そりゃなんだ?」

「リゾートの利用券ですよ! 先輩!」

「私一等賞当たっちゃった!」

「ほぇー。いいことじゃんか? 自前でヘリも用意できたし、風向き変わって来たってことで」

「もちろん、わかってますよね〜?」

「来いって? まぁシャーレ預かりの連絡員ってのは事実だからな。行く気もあんまり無いけど……仕方ない。仕事だから行くよ」

「うへ? 仕事じゃないよー。ほら、ライナもアビドスの一員として羽を伸ばしに行かなきゃー」

 

 逃すわけがないだろう、と。

 ホシノはノータイムで返答した。もちろん言葉を予測していたところもある。

 

「姦しい中に男が入っちゃ嬲られそうだ」

「もちろん先生も呼びましたよ。これで姦しくも嬲られることもありませんね」

「君ら俺の逃げ道潰すの上手いね!」

「先輩が何かと付けて逃げ回ってるようになったのが悪いんじゃない」

「逃げてないですぅ〜。俺ァ君たちに遠慮してるだけですぅ〜」

「逃がさない」

 

 あれ以来、埋め合わせの話は砂狼シロコの夏雪ライナ攻略大作戦となり、じっくり時間をかけて忘れた頃にやることで、選ばない理由を消していく方針に転換した。

 とはいえ思い出が作れそうなら一気に仕掛ける。特にこのリゾートなんて一夏の思い出として最高じゃないか。

 

 ──などと思っていたのだが。

 

「……ヘリは墜落。挙句徒歩で来てみりゃ、リゾートの使用権ってだけとは。こいつは中々骨が折れる」

「でも、私たちでもう一度作り直せばいい。そうだよね」

「せっかくセリカちゃんが持ってきてくれた機会なんですから⭐︎」

 

 ヘリは落ちるわ、リゾートは使用権だけだわ。施設は放置されてるしでまともに使おうと思ったら掃除整備は当然だわで。

 

「で、今度はなんか襲撃されたらしいわで」

「そうなのよライナ先輩! 信じてくれるよね!?」

「信じるよそりゃ。セリカがわざとやるわけないもんね。横の奴も絶対にする訳がない。──特に」

「……ま、そういうことだよ〜」

 

 どうもややこしい事情が重なってると思えば。

 

「……人が釣りしてんのに無粋な阿呆がゴロゴロ来るわ……」

 "い、嫌な言い方はやめてほしいなぁ"

「もしかしてライナ先輩、怒ってます……?」

「ん。昔のライナはいつもあんなのだった。でも──」

 

 なけなしの物で釣りをしてたら真横でドンパチやられるわ、流れ弾で折れるわ吹っ飛ばされるわ。

 

「クソッタレの、蛆虫どもが──!!」

 

 世界で唯一自分の居場所だと胸を張って言える仲間たちとの安寧を引き裂かれまくった末に、夏雪ライナはその辺の木々に八つ当たりするまで怒っていた。

 具体的には蹴りまくって木をへし折るくらいには怒り散らかしてた。

 

「おいホシノ、銃出せ! 根絶やしにすんぞあの塵屑ども! 一人だって生かして帰すか! 全員海に沈めてやる!」

「ま、待ってよライナ! 今日はあのライフル持ってきてないでしょ! それにそういうのよくないって! あの子たちだってもしかしたら何か事情があるかもしれないんだよ?」

「うるせぇ! 知ったことかそんなもの! セリカを泣かせるわシロコを凹ませるわアヤネを悲しませるわ、そんな奴らが! 生きてていい訳ないだろうが!」

「思うけど! ちょっとさぁ! 違うんだよもう! 私たちが好き勝手暴れ回ったところで、また良くない噂が出るだけで!」

 

 愛用の拳銃まで引っこ抜いて激怒しながら叫び、周りの存在を散らしていく姿はまさにアビドスの悪魔などと噂された存在。ホシノが飛びついて抑えていても、憤怒と憎悪に支配されてしまった以上はそう簡単には止まらない。よってこういう時は冷静になってもらうしかない。

 

 "その前に!"

 "食料問題は振り出しに戻っちゃったんだよ"

 "ヘリの修理が終わらないと、何もできないのは変わってないから"

 "とにかくまずは目下の課題をなんとかしよう。それに私もついてるからさ"

「……じゃあ、そこの水着組に任せるしかねースね。俺とあんた、普通に普通のカッコだし」

 

 急に冷めてみんなズッコケる。ページ捲ったら冷静になってたみたいな速度を現実でやられると急に落ち着くな! とか言いたくなるのも仕方ないだろう。

 ちなみに泳ぐのもヤだしとか言ってそこのそいつは水着も持ってこなかった。私服のみで後はシャーレ所属を示すコートくらい。のでだいぶ空気読めてないぞと突っつかれてはいたのだが。

 

「ま、でも地図眺めてて大体の構造はわかった。ここは基地設備の方が主軸だろう。と、なると何処かのデカいところがテキトーに捨てたかったのかもしれないが……」

「こういう時先輩めちゃくちゃ助かるわよね。アヤネちゃんがもう一人増えるようなもんだし」

 

 しかしそうして暇してるおかげで、さっさと島の全貌を掴みつつあった訳なのだ。この辺は用意周到というか、無駄の無い行動というか。

 

「にしても妙だな。元々デカいところの持ち物なら、何処かにロゴやら何やらがありそうなもんだが……でもアビドス砂祭りのポスターはそのままだったなら、必然的に……でもなんでだ?」

「まあまあ〜。考え過ぎも良くないよ〜。ほら、落ち着いたならみんなを手伝うんだよ」

「ん。ライナは私と食料調達するべき」

「え、俺の拒否権とかは」

「全会一致ですので、ライナ先輩はちゃんとシロコ先輩と一緒に行動してくださいね」

「へーい……」

 

 しかし。

 釣り用具が全滅した以上、やれるのは素潜りしかなく。

 その上シロコに付き合えと言われている為、迷いなく動く彼女に着いていくこととなり。早足に動いていた二人は、気付けば二人きりになっていた。

 

「襲撃喰らったところを抜けたけど……あれ、みんなは?」

「なんかハプニングでもあったんじゃね。ま、心配することはないじゃんか。あいつらと先生が一緒なら、どんなことだって乗り越えられるだろうし」

 

 シロコは気を利かせてくれたのかな? なんて思ってはいたが、しかしライナは何かあったのだろうと予測はしていた。だってなんか銃声っぽいの聞こえてくるし。

 

「いい感じの魚も見えるね。補修したタモ網もあるけどどうせなら……ライナ、ヤス代わりになりそうなのある? 刺突に向いてる奴あったかな」

「ヤスか? あぁ、ちょっと待ってろ。……これなんてどうだ? 銃剣用のナイフ」

 

 ガサゴソと持っていた鞄を漁り、ヒョイと取り出すは刃が付いてない刺突用のナイフ。銃剣として取り付けるものだが、取り付け先はもちろん誰もいない。シロコとセリカのモデルには対応してないし、この場にないライナの物にだって合ってない。

 

「銃もないのにどうして銃剣用の奴を持ってきたの……しかもこれ、付かない奴だよ」

「私物だよ。スティレットが欲しかったんだが、無いからさ。斬、打、突は全部あった方がいいだろ。銃を使えない環境なんかいくらでもあるしな。一応スレッジハンマーとVTACもカバン中に入ってるぞ。マチェーテは置きっぱ。薮はなさげだしな」

 

 ややキヴォトスにしても珍妙な考えだが、こうして実際突が必要になっている以上四の五の言うのも違うだろう。銃で撃てれば楽なのにな、などと考えているシロコを尻目にライナはその場の適当な物でヤスを製作する。

 

「ほい。簡易的だが」

「ん。ありがとう」

「固定に自信は無い。扱いに気をつけろよ。所詮簡易的な物だ。派手に使えるわけじゃない」

 

 そうしてしばらくシロコの食料調達を見守り、ある程度の成果が見込めたところでレパートリーの少なさが二人して目についてしまったのか、違うものはないかとあれこれ探してみるも特に変わらず。諦めてその場で取り続けて一息をつくという時、シロコは空気を読まなかったそこのバカに抗議の視線を投げ付けつつ、一つ不満を漏らした。

 

「水着持ってきてくれたら、一緒に潜れたのに」

「……泳ぎたかったのか?」

「うん。ライナと一緒に泳いでみたかった」

「……わかった。また今度な。約束だ」

「本当?」

「嘘言ってどーするよ」

「やった。絶対だからね」

 

 何をそんなに喜んでるんだこいつは、なんて思っているアホ。冷静に考えて欲しい。意中の相手との一夏の思い出くらい作りたかったのに丸きり作る気も無さそうな雰囲気だったのだ。そんな相手から今度こそ作ろう、なんて言われたら顔を綻ばせるのも当然だろう。

 

「なぁ、シロコ」

「なに?」

「お前、なんで競泳水着なんだ?」

「もちろん泳ぐ為だけど……どうしたの、急に」

 

 そんな性格をしているなんてよく知ってるだろうに。そう思いながら今更な問いに答えると、珍しく年頃の男の子みたいな複雑な表情をしながら、あちこちに視線を飛ばして、らしからぬことを一言。

 

「いやよ、みんなの見て思ったんだけどさ。逆に浮いててこう、目に毒だなと。ほら、スタイルいいからさ。その……ええと……何言ってんだ俺。ごめん」

 

 ──なんともはや。

 伝播欲求としての色欲は大きく欠いているのは聞いて理解していたが、ない訳ではないというのが判明すると嬉しいものだ。

 条件なる物がなんなのかはわからないがワンチャンあるんじゃないか、とシロコの中にこういう時のプランが無数に浮かび上がり、その中でやってみたかった態度を選択してみる。蠱惑的に微笑み……できてるかは知らないが……ちょっと揶揄うような声色で。

 

「ふーん、ライナのえっち」

「わ、悪かったって……」

 

 どうやら上手くいったようだ。

 プイと顔を背けてボソボソと謝る辺り、そこそこ効いたらしい。

 ──ただ、同時に一つ疑問があった。こういう反応、一度だってされたことはない。風呂上がりだって見られたこともある。サイクルジャージを着てる時に胸元だって開けたことも。けどこんな反応をしたことはなかった。急だ。あまりにも。

 何か変化があったと見るべきだが、さりとてその変化らしい変化ってなんだろうと。特別なにかあったわけでもない。だがチャンスは掴まなければ次はいつになるかもわからない。

 みんなのところへ戻りながら、シロコは掴んだイニシアチブを取り続けることにした。

 

「二人だけの時間って、いつぶりだろ」

「本当に水入らずなのは、お前がチャリ買ったはいいけど整備器具が足りないからって俺んとこに来てた時以来だな。ったく、借り物だってのに我が物顔で寝泊まりしやがって」

「仕方ないよ。だって遠いんだもん。買った自転車を使いたいのに」

「なら持ってきゃよかったろ。後で返してくれたらそれでよかったし」

 

 ……しかし何故だろう。

 人として当然の態度、抗えない衝動、そういったものがあるのに、そういうものを感じるくらい欠けたものが埋められた姿が、どうしてか遠くに映る。

 不完全な姿を見ていたから? いいやそうではないはずだ。自分の手の届く範囲にいると思っているのは変わらない。でも完全に近付いていると思った途端に、自分の手の届かない何処かへ消えてしまっているような気がして。

 いや、もっと言えば謎があると知っていても、謎が明かされていけば当然にその姿が変わっていく。その変わっていった先の姿が、砂狼シロコの世界にいられないものであって欲しくないと、ただそれだけなのかもしれない。

 迷いが生んだ衝動に従って互いの距離を零にする。直に体温を、吐息を、鼓動を感じて離れないように。自分の腕の中から出て行って欲しくないから。

 

「……あの、さ。一応、俺も男の子なんだけど」

「知ってる」

「シロコさんや。人肌恋しいならノノミに行きなよ。あの子ってばポカポカよ」

「誰の話もしないで。私だけ見て」

 

 いつかみたいに、二人だけの世界でありたい。謎に満ちたその奥底への恐怖が、シロコに衝動的な選択をさせた。

 

「今だけは、私のライナでいて」

「いや俺は、俺のモノなんですけど?」

 

 誰にも想いを馳せて欲しくない。

 自分だけを見て欲しい。私も、あなただけを見るから──と。

 

 素直に言っても通じないなんて酷い地獄だ。遠回しに言っても絶対に通じることはない。その人以上にその人のことを知っている相手から告げられた真実は、シロコの心に小さな澱を生み出していた。

 ──心の擦れ違うもどかしい時間が、なくなってしまえばいいのに。

 

 それから少し時は経ち、ワイワイと過ごす対策委員会と先生、そしてライナ。

 二人とも中々帰ってこなかったのに、ライナの服が濡れていたことに気付かれて、何か戦闘でもあったのかと誤解されたり色々あったが。

 兎にも角にも、順調にヘリの修理に必要な物の発見や、格納庫や警備システムの把握などをその日の内に手早く済ませて行ったのは幸運だったろう。

 

「いいなぁ……スイカ食べたいなぁ……先生、持ってきてくれませんかね?」

「キミに気付いてりゃ話は終わったんだけどねぇ。先生しか気付いてないから、まあ夜更かしを期待しなー」

 

 ここはシッテムの箱の中。

 アロナは食事を終えてデザートのスイカを食べている先生を見て羨望を漏らし──

 

「で、なんであなたはここにいるんですかアイさん!」

「賭けに勝ったから?」

 

 それはそれとしてこのリゾートへの移動が決まった時から何故かずっと箱の中に入っていたアイに対してそろそろネタバラシをしろと叫んだ。

 

「いや、入れるかは賭けだったんだよ。入れなかったら適当にライナの影にでも入ってるかなーって」

「なんなんですかあなたは……」

「え? 混ざり物ちゃんまだ気付いてなかったの?」

「わからないんですよ」

「ま、だろうね。端的に言えばボクはこの箱を一度使ったことがあるんだよ。だから多少知ってる」

 

 ──何を、言っている? 

 衝撃的な発言だ。アロナがアロナとして成立して以降、使った人間は先生以外にいない。

 なのにアイは一度使ったことがあると。

 

「それに今のボクは情報統合により活動する存在だ。人間じゃない。ゲマトリアの連中が定義しているのとか、そっちに近い。あっちこっちに出現できてカメラにも映らないのは、そもそも現実に存在してないからだよ。ミメシスやら噂話やら、あっちの仲間と思うのが理解には早いね」

「じゃあ、どうやって現実に現れて、実体を得ているんです?」

「そりゃボクを見て、ボクに触れ、ボクを呼ぶモノの認識から自らをそこに定着させてるんだよ。ほらさ、箱で銃弾を逸らすのとかと同じように……って、こんなことも説明しないといけないの? オリジナルだったこうもならんだろうに」

 

 最近聞いた話だ。

 見て、触れ、呼ぶが故にそこに存在する。つまり他者の観測ありきで世界に実体を得る。拡散した情報を統合し、そこから必要なものを取捨選択して自らを再構成する。

 ──なるほど、活動する設計図のようなものかとアロナは理解するが、それにしたってもっとよくわからない。そういうものは自覚したら存在できないのではないのか。

 

「ええとつまり、自律稼働するけど他者の認識によって自らを判断するAIのような……?」

「いや、どっちかってーと……うーん、ジャンル違いだからどうやって説明したもんかな……」

「ジャンル違いって、所謂その……フィクションかノンフィクションかみたいな? 説明できる範囲でしてもらえますか」

「どー言ったらいいかなぁ……例えば卵焼きって聞いてさ、浮かぶのは中身をかき混ぜたものを焼いた、あの巻いてあるやつだよね。でも文面だけで考えると卵を殻ごと焼いた物だって卵焼きになっちゃうだろ? なんなら目玉焼きだって文面は立派に卵焼きだ。卵焼きを卵焼きであるって判断できるのは、それを見て聞いて知ってるからだ。つまり今のキミたちだと、そもそも卵焼きってどんな食べ物? どういう作り方? 使う道具は何? てか卵って何? とかそういうレベルの話をしないといけないの。しかも実物無しでね」

 

 つまり根本的に異文化交流にも等しい。

 アイは、とにかく訳がわからないし現在のキヴォトスに属することのない特殊な、それこそジャンル違いの存在なのだと自分を説明する。

 

「そーなるとさぁ、ボクも困るんだよね。説明できねーんだもん。常識が違うんだし……あ! ボクが杖と剣を使ったのなんてまさにジャンル違いって感じしない? それだよそれ! あのほら、キミらがサイエンスフィクションに現代的神秘って感じなら、ボクらはファンタジーフィクションに古典的神秘って感じっていうかさ! こうやって入ったのもセンセイの情報を一部パクったってのもあるし。上手く行くとは全く思ってもなかったけど」

「パ──!?」

「もちろんボク以外にはできないよ? ボクのように中核となる素材だけで十分で、かつ自らを構成する外向けの情報を肉付けして現実に成立するような存在なんて、基本あり得ないからね」

 

 語れば語るほどアイの意味不明さが現れる。

 つまりこいつは、自らを現実に定着させるのに他人の認識を必要とはするが、存在として成立するのは自分だけで十分という凄まじいことをやっているのだ。あとは色々と必要な情報で肉付けしている過ぎない。

 

 アロナだって先生からアイがアビドスに頻繁に出没していることは聞いて知っていたが、それも納得が行った。最初に観測された場所であれば自由に動けるという理屈だろう。

 シロとクロ、ゴズ、そしてペロロジラなどが特定の場所に特定の周期で現れるのはそこに自らを観測・顕現させるだけの情報とそれを束ねるだけの素材があるように。

 

 まぁ、存在として無茶苦茶だ。

 

「じゃ、じゃあ私を認識して会話もできるのは──」

「あ、それはボクが例外だから。原則から外れてるんだ、常識が通用する訳ないでしょ」

 

 凄まじい話だ。

 例外的な存在だから基本的に想像されるあらゆる常識に縛られず。自らを現実に現す方法が他者の認識という一手間を必要としつつも、誰かによって成立するわけでもなく自分の意思で自らを構成する要素を選び変えることのできる情報体など。

 ……では、何故そんな存在がライナの味方をしていて、ライナの存在を知っているのか? アロナも当然の疑問に行き着く。

 

「アイさん、あなたは──ライナさんと、そして『彼』と言われる存在と……どういう関係なんですか」

「ふぅむ、どういう関係か。アイツとは簡単だね、友達だよ。でもライナとは──か。味方ってだけじゃダメ……だよなぁ」

 

 危険人物と友達である、などとサラッと語っているが、中々に奇妙である。色々と気になるところではあるが、それはまだ語るべき時ではないという態度が目に見えているので、アロナは触れない。ライナについてはしばらく困った後、アイは何か思いついたように答えた。

 

「全て答えることでキミたちがライナを救えなくなってしまうのは御免被る。だからキミに情報を残す……切り離したボクの一部。必要な時、コイツを解析すれば全てわかる」

「切り離すって、大丈夫なんですか?」

「問題無いよ別に。ただの情報だ。参照先があればいつでも取り戻せる」

 

 生命体でもなく、原則としてあらゆる規則に縛られていない。それ故に可能とする荒技。

 

「アイさん」

「んだんだ」

「……あなたの本名は、何ですか?」

 

 ライナと『彼』について知ることは、誰にとっても得にならない。が、その中間。ミッシングリンクである存在を知ることには触れてこなかった。故にアロナは踏み込む。

 明け透けに話しているということは相当に警戒しているということ。そして自分の一部を切り離して置いておくなど、それだけ最悪の事態に備え続けている。

 別角度から切り込んで、そこからも推測はできる筈だと。

 

「そう、来たか」

「ええ。ライナさんのことは知るに知れないけど、あなたのことは知っても問題ないでしょう」

「ボクの、名前か。フフフ……いいよ、教えてあげよう。そろそろ問題無いから。アイは個体識別名称に過ぎない。そう言ったね。なら本名に当たるものは何か」

 

 そしてアイは。

 

「──■■■■■……だよ」

 

 自らの真の名を、名乗った。

 あり得ない、絶対に出てはいけない響きを。

 

「これが答えさ」

「待ってください! それだと、そうなるなら……!」

「小鳥遊ホシノはとっくに気がついてるだろうねぇ、ボクの正体に。ま、流石に理論・理屈として成立し得ないからあり得ないで止まってるだろうけど」

 

 だとすれば。

 アロナの脳内でアイの行動、そして何を使って最初に現れたのか、急に辻褄が合い出していく。そういうことなら話は変わる。どうしてあのタイミングで声をかけて、全員を連れてこさせたのか。どうしてあの場面で挑発し、戦闘を仕掛けたのか──全てが。

 

「ああ、ボクの素材や行動理由もピンと来たみたいだね。まぁボクは所詮似て異なるモノ。だから記憶だって曖昧だ。なんならアイって名前だってボクだったか他人だったか……何が現実で、何が妄想なのか……これは現実に起きたことか? それとも、ボクがそう信じることか?」

 

 それ故にアイの語る支離滅裂な発言も正しく理解できてしまう。

 文字通りの答えをどうして置いていけたのか、その情報の参照先も、何もかもが。

 

「ただ、何度だって言うがボクはライナの味方さ。彼にとっての有益なる者で在り続ける。キミらがライナを救わないなんて、そんなことは決してない。だからあんまり気にしないで」

「私は──あなたにも味方が必要なんじゃないかと思います。私が先生を支えるように、アイさんも誰かに……!」

「ま、そこは安心して。一人アビドスを助ける事に関しては妥協しない同志を用立ててさ。ボクの事は気にしないで、キミはキミの為すべきを為すんだよ」

 

 そう言うとアイはシッテムの箱の奥底へと消えていく。

 ──その孤独は癒せない。

 何故ならアイがアイである以上……いや、その真の名を冠した存在である以上、何処にも、居場所などある筈がない。

 

 だが、その真の名を冠しているというのならば。

 

「きっと、あなたも子供で生徒なんです。だから──」

 

 先生にはまだ伝えない。

 全てを終えた時でなければならない。

 アロナはただ、小さく決意した。

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