青い春に馴染めない黝の星   作:うへうへ学生

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進む針

 情報という記録は簡単に消せても、人の記憶は簡単には消えない。

 

 アビドス3年生、夏雪ライナ。

 優秀過ぎるアヤネがその存在に疑問を覚えるのは必然だろう。セリカはそういう事もあるか、で流してしまったが。

 

 いつも柔和で丁寧な人柄。

 既にホシノとの深い絆が存在し、シロコもノノミも信を置いている。人格としてまず問題は無い。戦闘能力は無いようで、得意分野はアヤネと同じ。しかし本人が言うには「アヤネには遠く及ばない」とのことで、実際アヤネも助手のようにライナにモノを頼むことがある。

 

 しかし問題はヘイローの無い少年という、露見していれば確実に話題になっていたであろう存在でありながら、アヤネ自身もそんな噂を一つも聞いたことが無いという点だ。あまりにも異物過ぎる。疑問を抱くなと言って無理があろう。

 まずは情報をと思いデータを探るも、何一つとしてデジタルなデータも、アナログなデータも()()()()()。そう、何一つとして存在しないのだ。

 

 あり得ないことが現実に起こっている。純然たる事実として、夏雪ライナという人間には文字通り公的な記録も非公式の記録も何も無い、存在しない。アビドス高校の在籍記録にも残っていない。連邦生徒会に登録もされていない。いやそもそも夏雪ライナという人間の情報がキヴォトスには存在すらしていない。それ程までに情報が無い。

 どんなに自らの姿を消すことが上手い存在であっても、その痕跡を完璧に消すというのは至難の業だろう。完璧とは不自然である証拠なのだから。

 しかしライナはその、不自然なまでに完璧な情報抹消が起きている。途端アヤネには、自分にもセリカにもよくしてくれるあの先輩が、活動する設計図のように思えてしまった。現実味の無い、さながら絵本から気に入ったページを切り抜いて空間に糊付けしたような──そんな、悍ましさ。

 浮かび上がる恐怖を飲み込み、意を決して人を当たることにした。人の記憶はそう簡単には消えないし消せない。夏雪ライナの情報が無いなら、他人にある夏雪ライナに纏わる記憶を探れば良い。

 

『ライナくん? あぁ、2年前だよ。いつの間にかホシノちゃんと、その時の生徒会長に連れられていたんだ』

『あいつがいつ来たって、2年前だよ。それ以前? 何にも聞いたことねぇや』

『まぁ珍しいけども、普通にみんな受け入れたよ。……でも、思えば必ず誰かといたような……来たばかりのシロコちゃんの世話役みたいなのもしてたような……』

 

 ──2年前。

 誰も彼もが口を揃えてそれを言う。2年前に突如として現れ、ホシノと先代の生徒会長に連れられていた存在。それがライナ。

 益々訳がわからない。直接的な答えはホシノと本人が知っているのは確実だが、住民たちですらある時突然現れたと言うのだ。

 キヴォトスの外の存在の特徴を持っているのにも関わらず、それがどうしてアビドスに現れたのか。いくら考えても辻褄が合わない。やってきた、とか常識的なルートでは何一つ噛み合わない。現在アヤネの持ち得る知識を総動員しても、ライナの存在は浮き上がる。

 

 ──キヴォトスにやってきた存在なら渡航記録の一つや二つ必ずある。残ってなければおかしい。だが推測される時期を全て探っても存在は無い。

 ──キヴォトスの外の存在がアビドスに住み着いて子を成した。そうすると戸籍等の情報がなければならない。だが夏雪なんて苗字は何処にも無いし、ライナの個人情報も存在しない。

 現実には決して起こり得ないそれが、如何なる理由か起きている。知るだけで現実味は消えていく。ライナの存在を探れば探るほど疑問に対して『こういうものだからこうである』と言ったような答えが叩き付けられ、更なる疑問と不気味で不自然であるという事実だけが積み重なっていく。

 

「あの、ノノミ先輩」

「? どうしたんですかアヤネちゃん。そんな緊張して」

「──ライナ先輩って、いつからいたんですか?」

「2年前から、ですけど〜……」

 

 まずはとノノミに声をかけたが、その問いの意味するところを察した彼女は、少し困ったような表情をした。何故ならその疑問は自分がどんなに言葉を尽くしても解消できないのだから。

 故に彼女は直球の答えを、アヤネに告げる。

 

「詳しい話はホシノ先輩から聞く方がいいですよ。きっとアヤネちゃんは私も至った疑問にぶつかったと思うんです。私はライナさんがどんな人か知ってたから本人に直接聞けたけど、アヤネちゃんは時間少ないじゃないですか」

 

 知っていた──まあ色々と複雑な事情が重なってはいるが。それはともかく、ノノミは自分にできることは、その疑念より生じた恐怖と不安を和らげることだけだと察し、問えば答えが現れると指し示す。

 

「もし直接行くのが怖いなら、シロコちゃんとホシノ先輩にも尋ねてから当たれば平気ですよ〜。その頃にはライナさんがどんな人かの輪郭も明確に掴めると思うので」

 

 段階を踏めば自ずと恐怖は消えていく──ならばそうするのが筋であろう。

 アヤネはこう見えてもアクティブだ。ノノミに感謝を告げたらすぐにシロコを尋ねた。

 

「ん、どうしたの」

「シロコ先輩はライナ先輩のことを何処までご存知で?」

「私が来た時にはもういたよ? 初めて会った頃は酷かった。喧嘩ばっかりして、ライナは私のことをシロコって呼んでくれることなくて、ずっと野良犬って呼んでたんだ。口調もトゲトゲしくて……」

「あっ、はい。わかりました」

 

 これはダメだと察した。

 どうにも現在お互いの趣味に付き合う仲になるまで一悶着も二悶着もあったようだが、そこは重要ではない。いや興味はあるが。具体的にはすぐにヘロヘロになるライナがどうしてシロコの趣味であるスポーツに意地になっても付き合っているかの理由が知れそうだからだが。

 とはいえ──この話は有益ではあった。一皮剥けは何処にでもいる人間と変わらない。善人というほど善人でもなく、また悪人というほど悪人でもない。至って普通。ノノミも言っていたが、ライナの輪郭を掴めば、その恐怖感は薄れていった。異物感だけは仕方ない。実際異物なのだから。

 

「ん、ちゃんと聞いて。ホシノ先輩はすぐライナの味方してたからあの頃実際どうだったか、正しく知りたいの」

「ノノミ先輩はシロコ先輩の肩を持ったんじゃないんですか」

「特別持ってくれなかったような気がする。平等?」

「もしかして拗ねてます?」

「そうだね。あの頃、喧嘩すれば基本的にホシノ先輩はライナを優先したから、面白くなかった」

「でもいつも仲良しな二人が喧嘩するって想像付きませんね。本当に喧嘩ばっかりだったんですか?」

「うん。事あるごとにライナも突っかかってきたし、私も突っかかった。酷かったね、お互いに」

 

 どういう理由かは語らなかったものの、とにかくお互いに酷い有り様だったということは明言した。

 そんな話をしていると、シロコの脳裏に出会ったばかりで反目し合ってた頃が再生された。今となっては良い思い出だが……いや良い思い出というには結構苦渋を舐めさせられたような……冷静に考えてやり過ぎじゃないか? とか色々浮かび上がってくる。

 というよりも何故アヤネはこんな話を──そこまで考えて、シロコもよく知る問題点に行き着く。

 

「……あ、そういうことか。アヤネはライナがおかしいって知ったからこう聞いてきたんだ。色々変だもんね、ライナは」

「はい」

「それならホシノ先輩に聞いた方がいいよ。多分ノノミも同じこと言ってると思うけど、ライナがどうしてそうなのかは私も知らない」

「シロコ先輩もですか? お二人ともとても距離が近しいからてっきり知ってるのかと」

「そうかな? 私よりもホシノ先輩の方が距離近いと思うけど……そう、見えたんだ」

 

 ──その言葉にはどんな意味があるのか。ただシロコは小さく笑った。

 アヤネには全貌も一部も見えない。不意に出た言葉は、小さな疑問を生じさせ、それで終わった。

 

「え? ライナ? ……あー、アヤネちゃんは気付いて探るよねそりゃ。完全に失念してたよ。セリカちゃんがわかった上でほったらかしたからアヤネちゃんもそうだとばっかり」

 

 そうして尋ねてみた真実の片割れ、ホシノの反応はと言えばこんなものであった。うへぇと笑いながら言うことか、全く人の気も知らないで……と思うには思ったが、しかしアビドス高校の生徒数という絶対的な問題を考えれば仕方ないことであるとは納得していた。

 在校生は一年生合わせてたったの5人、ライナは書類も戸籍も存在しない為厳密には生徒扱いではないが、まあ含めても6人。時を遡れば4人、更に時を遡れば2人となり──その時に、入学希望者など想像できたろうか? いや、出来るはずなどない。

 ……だとすれば何故? 新たに疑問が生じた。ヘイローの無い少年、確かにおかしな存在だ。だが連邦生徒会に届出も出さないのは──そこまで考えて、思考を打ち切った。聞けば終わることだと。

 

「ホシノ先輩、ライナ先輩はいつからキヴォトスにいたんですか?」

「それは誰にもわからない。2年前のある日、砂漠で行き倒れてたのをその時の生徒会長と一緒に拾ってきたんだ。それで、あんなのじゃん? いくらなんでも無茶苦茶過ぎるから、二人で色々考えた末にそのまま匿っちゃったんだ〜。あの頃はこんな風に続くなんて考えてもなかったから……まあ別に知られたところで何も問題無いからね〜」

「私はとっても怖かったんですよ!? 情報が一つも存在しない人なんているわけがないんですから!」

 

 ある意味では怠慢なのだろうが、しかしその怠慢も責める気は薄れた。ただそれはそれとして未だに情報がゼロのままというのはいかがなものかと抗議してみれば、ホシノはしばらく沈黙した。それも、アヤネが見たこともない表情でだ。

 そして──

 

「ごめんね。でもあいつに情報が存在しなくて当然だよ。だって、おじさんとライナが出会ったあの日からずっと、『ある時突然現れたとしか説明できない状態』なんだから」

 

 意味がわからないことを言った。

 

「……え?」

「うん。最初はおじさんもあり得ないって思ったよ。でもライナから話を聞けば聞くほど、そうとしか言えなくなったんだ。喋ってるライナ自身も気分悪そうにするくらいにね」

 

 ──つまりライナは。

 "最初から"自分の状況に違和感を持つことができるほどの知識を持って現れたということだ。

 それは、理屈として通っていない。

 キヴォトスを詳しく知り過ぎている者が、突然現れるはずがないのだ。

 

「ライナ先輩、少しお時間いいですか?」

「ん? ああ、構わないよ」

 

 翌日、ようやくライナに声をかけられた。

 もはや緊張の欠片もなく、自然体のまま。疑問が解れたのが聞いたのだろう。

 一方、ライナはそんなアヤネの様子を察していたのか、ちょっと悪戯げに笑いながら切り出してきた。

 

「ここ最近避けられてると思ったけど、違った?」

「いっ、いえ! そんな……」

「まあアヤネはすごいからね。すぐに気付くと思ったよ。ごめんね、不安にさせるような奴で。けど、言ってくれたら答えたよ?」

「あはは……その、ごめんなさい」

「謝るのは俺だよ。見るからに不気味なものをそのままにしておいたのは俺だしさ。……まぁ、どうしたもんかなって正直今も悩んでるんだけど」

 

 アビドス高校が辛うじて学校としての体を成した以上、ライナの存在をどうするかに関しては実際はっきりと決めなければならない。そこはアヤネも同意見だ。

 だからこそ整理の為に意を決して切り出す。

 

「ライナ先輩は……自分のことを知らないんですか?」

「うん、何も知らないんだ。ある日突然気が付いて、絶対にキヴォトスにいるはずのない自分がアビドス砂漠にいた。やけに質の良い服を着て銃を背負ってる状態で、砂漠を彷徨ってたところから始まってるとしか説明できない。俺自身でさえも」

 

 まるで突然現れた存在。そうとしか表現できない、砂漠から現れた異端なる異邦人。

 

「でも、俺はここにいる。確かに存在している。このアビドスという街と、アビドス高校って学校だけが俺の居場所なんだ。キヴォトスじゃない。アビドスにしか、俺の居場所は無いんだ」

 

 自身すらわからず、それでも滅び行く砂の街にしか居場所の無い──

 

「君の疑問に答えられなくてごめん。でも俺も知りたいんだ。俺が本当は何で、誰なのかを──」

 

 ──キヴォトスを知る、何者か。

 

 ■

 

 セリカのバイト先へ向かう道すがら。

 ノノミとシロコにアビドスを教えられつつの事であった。

 

「そういえば先生、俺の事も知りたいとのことでしたが」

 

 不意にライナが切り出した。

 確かにそう言ったが、しかしそっちがこの件終わってからの方が色々と都合が良いだろうって先送りにしたのに……とか思うことには思ったが、先生は大人である。

 

 "うん"

 

 もちろん表情には出さない。

 

「以前アヤネが調べてたので、それを彼女との話を種にするのはどうですか?」

 "それってつまりその時から何もしてなかったの? "

「アビドスは見ての通りの惨状でしたので」

 

 後輩に調べ上げられるくらいには放ったらかし。その理由がたった5人という生徒数。確かに長続きなど想定できないだろう。それに──

 

「うへ、おじさんもまさかこうなるとは思わなかったからねー」

 

 へにょっとした顔で心底困ったと告げるホシノを見れば、深掘りする気も失せるというもの。彼女の判断が間違っていたか、などと今更考えるのも野暮。加えてそもそもライナの存在があまりにも異常であるのだ、それをホシノになんとかしろと告げたところで困るだけだろう。

 

「まあ、幸いこうして知見あるシャーレの先生が現れたわけだし、そろそろどうにかする算段が立てられそうじゃない?」

「だねぇ。流石にどうしたらいいのか未だにわかんないよ〜」

 

 なるほど。期待も見えた視線はそこか……と納得したが、しかし先生だって困るものは困る。

 

 "と、言われてもなあ"

 "私が外から見繕った追加人員くらいしかないよ"

 

 穏便な方法としては、これくらいしかない。

 

 "連邦生徒会に対する説明も色々難しいし"

 "そもそも公的な情報が無い相手を説明するのは無理だよ"

「ですよね。自覚してますが、面倒過ぎる」

 

 流石に無理難題だ。仮にもし、ライナにヘイローでもあればゴリ押しで誤魔化し切れたろうが、彼にヘイローは無い。つまり外の人間の特徴を持った子供だ。こうなったら『なんでどうして』は絶対に掘られるし、現状アロナの力を持ってしても『突然現れた』としか表現できない相手であれば……もう言う必要など無い。絶対にややこしいことになるどころか、もうライナはアビドスにもいられないだろう。

 書類が無かろうが生徒でなかろうが夏雪ライナという人間の居場所はアビドスだと僅かなやり取りで察した以上、先生の求める最終形はライナがアビドスに居られる環境だ。

 

 "まぁ、その辺りは大人の仕事さ"

 "まずはセリカに話だけでも聞いてもらえるようにならないと"

 

 ──だが今はいい。

 やはり目下の目標はセリカと向き合うことだ。ライナの存在に関しては、長く付き合う中で見出していくしかないだろう。

 そう結論付けてホシノの案内に従っていると、気になる会話が聞こえてきた。

 

「ライナ。前に自転車乗ってたけど、あのバイクは結局どうしたの?」

「あれ? ああ、使ってないだけさ。そう簡単に手放せるものじゃない。たまにアヤネと弄ってるよ」

「ふぅん。アヤネとなんだ」

 

 少し面白くなさそうなシロコの声。表情もちょっと不満げなそれ。一方のライナはそんなことなど気にしてない雰囲気。その距離感は先輩後輩のそれとは、しかし絶妙に異なる。懐いている先輩が素っ気ないとかそういうものではない。もっとこう、家族の距離感というか──

 

「シロコお前、昔から俺が誰かとなんかしてると妙な顔するよな……」

「だって私にはトゲトゲしてたのに、アヤネとセリカにはすぐに優しくなった。不公平。それにセリカにはやたらと世話を焼くし、アヤネとはやたらと買い物に行く」

「色々あったんだよ。それにセリカに世話焼くのは見てられないからだし、アヤネと買い物に行くのは俺たちの使ってる機械類のパーツを見る目的があるし。ねぇ? アヤネ」

「ええっ、そこで私に振るんですか。何を言っても絶対シロコ先輩は納得しませんよ……」

 

 ゲンナリとしたアヤネの発言。それに続くようにノノミがちょっと意地悪げな表情で肩を持った事を言った。

 

「ライナさんはシロコちゃんに謝るべきだと思います⭐︎」

「えー、なんも悪いことしてないのに謝るのは納得いかないよ」

「してる」

 

 拗ねたような表情のシロコが即答する。

 

「ん。昔みたいに構って。もっと私に時間を割くべき」

「……俺にもプライベートってもんがあると思うんだけど?」

 

 疲れた言葉が虚しく溶けて、一瞬でライナは劣勢になった。

 兄妹のような距離感──そのやり取りを見ていた先生は、そうしたものを感じ取った。先日見た時から違和感はあったが、どうやらその独特な近さが理由だったようだ。そして彼の来歴と合わせれば、なるほどシロコとノノミから先輩と付けられないわけだ。

 ……見てると着くまでずっとこんなやりとりをしてそうだ。先生はさっき話題に出てた事から助け舟を一つ出した。

 

 "ライナはバイク持ってるんだ"

 "それって大きいやつ?"

「まあそこそこですかね。趣味で長らく弄ってたものでして。けれどサイドカーは無いから2ケツになります」

 "男同士でバイク相乗りか……"

 "ちょっと憧れるね、そういうの"

 

 先生だって男だ。

 カッコいいものは好きだ、改造されたバイクにだって乗ってみたい。砂漠の悪路に対応する為にカスタムされたバイクとか想像するだけでワクワクする。早くバイクに触らせてもらえるくらいの仲にならねばと奮起する。

 そんな先生を見て、そのバイクがなんであるかを知っている皆はこう思うのだ。──別に、そんな大層なものでもないのだけれどと。

 

 ふと、ホシノの足が止まった。

 

「ここだよ。おじさんの勘が正しければここにいると見たね〜」

「まあここになるよね」

「セリカちゃんもよく知ってますからね〜⭐︎」

「ん、十中八九ここ」

「確かに先生と会った時間帯から推測すればここしか無いと思うなぁ」

 

 やはりここか、と言われるのはラーメン屋。

 看板には柴関ラーメンと書かれている。なるほど学生には定番のアルバイトということか。

 堂々とノノミが扉を開けると──

 

「いらっしゃいませ! 柴関ラーメンで──」

 

 満遍の営業スマイルを浮かべたセリカが、ごく当然の対応をした。が、それは刹那の事。誰がいるのかを把握すれば、愕然とするのも当然だろう。だって学校にいるはずの人間が目の前にいるのだから。

 

「んなっ……!?」

「あの〜⭐︎6人なんですけど〜!」

「お疲れ」

「あはは……ごめんね、セリカちゃん」

 

 各々は適当な反応を示しつつ、しかしセリカはそれらに反応せず。やはりというか視線の先は朝ばったり出会して気になるからとついて回ってきたそこの大人。

 

「先生!? やっぱりストーカー……!」

「おっと、先生は悪くないよ〜」

「ホシノ先輩のせいかぁ!」

 

 そして今度はボーッとしているライナに厳しい視線を向けた。

 

「ライナ先輩もみんなを止めてよ! なんで来てるの!」

「悪く思わないでね、セリカ。仕方なかったって奴だよ」

「その笑顔、絶対そんなこと思ってない! 絶対うるせぇなこいつって思ってる!」

「そ、そこまでは思ってないよ!? ただ意地張って先生にツンケンされるとめんどくさいなーって思ってるくらいで……」

 

 こいつ、口だけは柔らかいけどいい性格してんな。

 先生の忌憚の無い意見であった。

 

「セリカちゃん。アビドスの学生さんが来たから盛り上がっちまうのはわかるが、お客さんだから席に案内してやってくれ」

 

 ひょいと顔を出した柴大将がそんなことを言う。その声に反応してセリカはようやく、しかし物凄く抗議したそうに、渋々と案内を開始した。

 奥まった席に案内された一同だが、あっという間に席は埋まった。しかしここで問題が発生する。

 先生とライナは並び順の都合最後に座ることになる。が、空いているのはシロコの隣か、ノノミの隣か、どちらか一方しかない。

 

「……どうします?」

 

 別にどうでもいいというような表情で、しかし視線はシロコを気にしているような、そんなゴチャゴチャとしたそれ。

 そういうライナを見れば、先生だって世話を焼こうという気が湧くというもの。

 

 "どうしようか"

 "じゃんけんとか"

 

 だがまずは普通の提案から入ってみようとして──

 

「先生が座りたい方に座ればいいですよ」

 

 なんというか、わかりやすいというか、ある種テンプレートな回答が帰ってきた。

 

 "でも、君はシロコに構ってる時間が少ないんでしょ?"

 "あんな風にへそ曲げられるくらいには"

 

 もうこうなったら直球で行くのが丸い。そもそもこういうタイプはあーだこーだと理由をつけて逃げ回るのがセオリー。ならばこうなるのも致し方ないというもの。

 しかしライナは困惑して先生に告げる。

 

「あんなもん気にしないでください。ワガママチワワの戯言です」

 

 ワガママチワワ。

 中々聞かない言葉だ。それにそれは甘えているという表現があるのではなかろうか。無数の思案が駆け巡り、結局出力されたのは──

 

 "その割には、結構ライナも気にしてるんじゃないの?"

 "座りたそうにしてる、私にはそう見えるよ"

 

 もうド直球に切り込もうという、ある種の諦めだった。

 

「バカなこと言ってないで、さっさと決めてください」

 

 が、どっかの誰かが髪の短かった頃のような発言をするライナ。それを聞いていたホシノは、何故か微妙な顔をしていた。

 

 "ふぅん、そういうこと言うんだ〜"

 "じゃあシロコの隣に座っちゃうけど?"

 

 こうなっては流石に先生も手を変えるしかない。直球勝負でダメなら、よく知らない相手が大切に思っている妹分の横に座るがいいかとアクションした。

 

「どうぞ」

 

 チラリと視線をシロコに向けたが、本当に一瞬。ライナは何でもないように先生の発言を呑んだ。

 ──こいつめんどくせぇ、自分からシロコの横に座るって言えねえのかと。思わず口にしそうになったが先生は大人である。グッと堪えてしてやったりといった顔のまま。

 

 "やっぱやめた。ノノミの隣にするよ"

 "君の顔を見たらそんな気が無くなった"

 

 そう告げて、ノノミの横に座った。

 何がしたかったかを察していたノノミはライナを知る者として先生に耳打ちする。

 

「先生、ライナさんはちょっとめんどくさいんです」

 "うん、よくわかった"

 "普段からあんなに意地っ張りなの?"

「う〜ん、違うはずなんですけどね。なぜかシロコちゃんには昔からぎこちないというか──」

 

 とはいえノノミもよくわかっていない。自分には柔らかな態度で接していたのに、何故かシロコにだけは物凄くトゲトゲしかった過去と、二人が仲良くなった後の微妙な距離感。

 自分が知り合う以前のことが原因なのだろうが、とは思うが──アビドス校で死人のように過ごしていた二人は知っているものの、それ以前……完全にそうなる前の事は詳しく知らないのだ。

 知っているようで知らない。ノノミがあまり触れないようにと思っている部分。ホシノとライナが、ユメを失ってしばらくした時期。

 見ていたホシノはある程度想像が付くが──ライナがどうしていたかは知らない。見たことがまるでなかったから。後を追ったのかと勘違いした程に。

 

 一方、シロコはライナにジトッとした視線を送り続ける。そのままついでに裾をクイクイと引っ張る。しばらくは無視していたものの遂には観念したように彼はシロコに振り向いた。

 

「……なんだよ」

「嫌だった?」

「別に嫌とは言ってない」

「じゃあ先生が言ってた通り座りたかったんだ」

「そう思うならそうなんじゃない?」

 

 ツンツンとした物言いのライナを、ニコニコとしながら見つめるシロコ。別にどうだろうが関係無いのだ。彼女は知っている。お互いに忌み嫌い合っていた時からずっと、なんだかんだ言ってシロコのことを気遣っていると。

 

「で、実際はどうなんです?」

 

 とはいえそれを察されても言わなければ何も意味が無い。ライナが自分のことをあまり喋らないのは知っているが、それをわかっていても見せられるのはまーったく面白くない。特にノノミはそうだった。

 いつもホシノだけ。ホシノだけには本音を話すが、ノノミとシロコにはそうそう見せたことはない。

 死人のように過ごしていた時。

 自分と出会ってしばらくした時。

 シロコといがみ合っていた時。

 どれが……何が素なのか。他ならぬノノミも知りたがっている。

 

 だから、意図的に眺めることを選んでいた彼女にしては珍しく、首を突っ込んだ。

 

「……まぁ、さっきの話聞いてから、構ってやるかとは、思った……かな」

 

 ……出てきたのはそんな言葉。

 照れ臭そうに放たれたそれは、やはりノノミも知っているもの。けれど違うのは──

 

「ん。嬉しい」

 

 明確に言葉にされたということ。

 思いは言わねば意味が無い。

 

「そーかい」

 

 微笑むシロコからツンとして背けるライナ。

 そんな様子を見てノノミはため息を吐いてしまう。なんというか、なんというか……

 

「相変わらずですね、ライナさんは」

「何が言いたいのかな、ノノミ」

「何処かの誰かによく似てるってことです。ね、ホシノ先輩」

「うへ? なんのことかな?」

 

 心当たりのある相手はとぼけるばかり。

 結局、この二人は似た者同士なのかもしれない。本心も、本来の性格も、あまり見せないところとか特に。

 

「で? そろそろ注文してくれない? ダベってるだけなら追い出すけど」

 

 が、そんなものは可愛い猫ちゃんにはどこ吹く風。

 そもそも自分のバイト先に突然身内がゾロゾロとやってきて、挙句思い出話に花を咲かせているというなら流石に口調もトゲトゲしくなる。

 

「おやおや。可愛いユニフォーム姿のセリカちゃんはそんなこと言っちゃダメでしょ〜? ほら、おじさんたちはれっきとしたお客さんなんだし」

「ユニフォームは関係無いでしょ! お客さんっていうならお客さんらしくしてよ!」

「うん。じゃあお客さんらしく決めたから、ちゃんとほら〜」

「ううう……お、お客様……ご注文はお決まりですか……」

 

 ──完敗。

 年の差か、性格の差か。セリカは激情を抑えて、しかし羞恥は隠し切れずにそう言った。そうして思い思いにみんな注文を始めるが、ここでセリカは気付くことがある。

 

「……あのさ、一応聞くけど手持ちあるの? またノノミ先輩に奢ってもらうつもり?」

「別に私は構いませんよ⭐︎限度額まで余裕はありますし」

「いやいや。またご馳走になるわけにはいかないよ〜。きっと先生が奢ってくれるはず。だよね、先生?」

 

(……仕掛けたか)

 

 そんなホシノを見てライナは裏に隠された物を感じ取る。この中では一番付き合いが長いからこそ、ホシノがまだ先生を完全に見極めたと判断していないと知っているし、何処まで助けになるつもりかを探ろうとしている。

 

(だからってメシをタカるのはどーなんだ? 仮に金欠だったらどうすんだか。もうちょっとこう、なんかねーのか)

 

 とはいえ、それが奢ってもらうってのはやり口が昔から何も変わっていないのではないか? ライナは訝しんだ。

 まあ自分も彼女もスマートかつ穏便にやるのは苦手だ。金欠で困ってる生徒に飯を奢るくらいの善性があるのか確かめるならこういう方法にもなろう。

 

 "えっ"

 "初耳なんだけど"

「うん。そりゃ今言ったからねー」

 

 無言で財布を覗く先生。

 この前、ユウカに叱られた10万の出費。

 そもそも割とビンボーしてる給料。

 そんな中で食べ盛りの学生が頼むラーメンが5つ。そして自分の分。

 ……払うことはできても、やってしまったらまた計算が狂ってしまう。そして結構カツカツとした生活に……

 

 "悪いけど手持ちが無いんだ!"

 "本当にごめん! この前色々買っちゃったから!"

「そうはさせないよ〜。よろしくライナ」

「あいよ」

 

 脱兎の如く逃げ出そうとした先生だったが、途端に姿勢が崩れた。見ればいつの間にか移動していたライナに転かされたのだ。

 床に倒れる前にヒョイと抱え戻されたと思ったら腕はガッチリと拘束されている。

 

「物理的に逃げると他の人に迷惑ですよ」

 "そうだね"

 "でも私をそうやって拘束するのは違うんじゃないかなぁ!?"

「ホシノの頼みですので」

 

 倒れたらどうするんだとか色々言いたいことは山ほどあるが、妙に気になったことがある。

 ──手慣れている。

 ライナにはヘイローが無い。ということは先生と同じ。だというのに何故こんな技を習得しているのか。それもこれ程まで練度が高いのか。

 

「うへ〜、大人のカードあるじゃん。これは出番だねー!」

 

 そして拘束された先生は財布をぶんどられた挙句、虎の子の大人のカードまで確認されてしまった。

 

「大人のカードの出番でもなさそうですが……先輩、初めからこうするつもりで行動していたんですね」

「先生としてはカワイイ生徒の空腹を満たしてあげられる絶好のチャンスじゃーん?」

 

 ……もちろん満たしてやりたいが。

 まあ、みんな期待に満ちた目を向けているのだ。ここは大人として、先生として然るべき対応をせねばならない。

 そういうわけでこっそりと伝えてきた自分のカードを使えばいいというノノミの提案をやんわりと断りつつ、先生は授業料・理解料として割り切ることにしたのであった。

 軽くなった財布にちょっと寂しさを覚えながら店を出る。その背に何とも言えないセリカの罵倒を受けながら。

 

 校舎まで戻った後は思い思いに過ごすだけであり、それはそれとしてセリカにどうやって妥協してもらうかをああでもないこうでもないと議論して──押し掛けたことに関しては一応謝っとこうかなんて話も出たからと連絡を通したが。

 

 バイト終わりの時間になっても、セリカとの連絡は付かなかった。

 

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