青い春に馴染めない黝の星 作:うへうへ学生
接近戦ならこねた経験もあって得意なんですけどね
"(ライナ……欠けた物が戻ったんだね)"
"(だから映っている。シッテムの箱に──)"
ライナの姿は完全にシッテムの箱に映っている。言葉から察するにウトナピシュティムのレーダーにも反応しているのだろう。先生もアロナも、完全に理解している。存在として必要な物を欠いていたのであれば、それはカメラなどに映る訳もない。
今更ながらに謎も解けて苦笑してしまうが、しかし現状は中々に困るものであった。
見てきたシロコのやり方に奇妙な点は無い。
彼女らしい質実剛健な技の数々──ただ普通よりも鋭く研ぎ澄まされた技。キヴォトスの戦い方を馴染ませればこうなっていくのだろうか、とも感じられる。しかしどちらかと言えば経験により研磨された感覚だ。
一方、ライナはかなり異色だ。
近寄って左手に持つ拳銃を撃ち、右手のライフルを物理的に振るい防御をこじ開けてくる。そして生じた隙に残った拳銃かライフルのどちらか一撃を叩き込む。牽制射撃もせずに突っ込み、あくまでも本命の攻撃を叩き込む為の一矢として使う。当然に射撃に必要な構え、照準、引き金を引く動作より素早く動き、やはりその戦術は古臭い近接戦闘に非常に近い。それどころかアイと完全に同じで、細かな動きも同一。
「──っ、相変わらず暴力的だね……!」
「然り。破壊、復讐、そして絶望。それが俺故に」
それ自体は一度見てるし、アイという存在を通してある程度は対策を建てられている。
拳銃が初手、ライフルが次弾と分かっていれば対処自体は難しくはない。ただしホシノだけ、とつくが。
もちろんそれは彼女が技量一つで組み付いているというわけでもなく、単純に知っているのと、盾と銃という組み合わせが有利を取りやすいという事情だ。つまりキヴォトス内部で完全に対処できないということはない。その初見殺しを完全に突破できればという前提こそあるが。
発砲、盾で弾を逸らす。接近、銃を振り上げて振り下ろしを弾く。普通はここで足技でも使うところだが、ライナの場合は少し違う。再度踏み込む──タックルだ。無論そう来るとわかっているから同じように踏み込み、すれ違い、距離が生まれる。近寄らせない為に射撃。散弾の完全対応は困難を極める。仕切り直すように距離が開く。
危険な敵ではあるが、現状先生が戦闘方針を完全に決めあぐねているとはいえ、対応そのものはほぼ完璧にできていた。
では何故決めあぐねているのか。
──ライナとシロコに連携の文字が無いからだ。シロコ*テラーはライナを撃ちたくないのか、被ると極度に射線をズラす。ホシノがライナに構えば一対一となり、当然に空いているノノミとセリカでシロコ*テラーを抑えることになる。
……端的に言って、先ほどよりも弱体化していた。元々妙な隙が所々に生じやすい彼女が、更に大きな隙を晒すのだ。連携もできずにいるなら、こうなるのは必然的というものだろう。精神的な負担なのか、射線が被った瞬間の彼女の表情や視線からは僅かに恐怖が見える。しかしそれは押し殺せていないものが溢れている故に、戦っているこっちが心配になる程に、その僅かな恐怖は本来もっと巨大なものであることを如実に示していた。
故に攻めあぐねる。
言葉で止まってくれるならそれに越したことはないから。そして何よりも、射線が被るだけで恐怖が溢れ出すような状況など、誰も望んでいないのだから。
"……君は何を怖がっているんだ?"
"尋常じゃない。見てるこっちもわかるくらいに"
「……だから、なに?」
"本当に君は、プレナパテスを従えてるの?"
──だから敢えて触りに行く。
そこに答えがあると信じて。
「……私は死の神、因果の子、悉くを冥界へ導き、そして殺す者。あなたたちの知っている砂狼シロコは──死んだ」
「ならば世界も閉ざそう、お前の望みのままに」
「あーもう! なんでライナ先輩はこんなダメな全肯定彼氏みたいなこと言ってるわけ!?」
「尽くすライナさんとか解釈違いです!」
「いや割とあいつ尽くす系だけど……まぁ奉仕系は解釈違いだよね。尽くす事と奉仕するのは違うし」
シリアスな話題なのになんでこんなことを言ってるのだろうか。しかし知っている人物が豹変しているのは解釈として違う。シロコはまだいい。何かあったのだろうと思えるくらいにはシロコだから。だがライナは違う。ライナだがライナじゃない。ライナという枠組みには属するが全く知らないし全く連想されない。
「"ライナ"。一緒に戦って」
「合わせる事を望むならば」
"撃てるの? 後ろから"
「──撃つ」
しかしこの問答が理由なのか、シロコ*テラーは自らの意思で撃つことを決めたようだ。言葉で解決しようとしたら解決できなくなったということかもしれないが──
"なら"
"こっちも、やることをやろうか"
だが、攻めあぐねる理由が消えただけ。
やることは何も変わらない。
"(──彼女の癖。戦闘開始から対複数を想定した動きをする)"
"(ドローンで手数を増やすのは……おおよそ五秒後)"
"(その十秒後に手榴弾を投げ込んでくる)"
シロコ*テラーと直接戦闘した回数はそこまでではないが、そこまでの間に傾向そのものはシロコと変わらないことはわかっている。よって基本的な戦術もまた、シロコが独自に動く時を想定すれば完全に読み切ることは不可能ではない。
なら最初からそれを想定した動きをさせれば良い。全員を包囲するように移動させ、シロコの集中先を絞り出す。
"(ライナは合わせる、と言った)"
"(ならシロコ側に合わせた攻撃に変わってる筈)"
"(アイは最も自由にさせると厄介なシロコとセリカの内、より一歩引いた位置を取りがちなセリカを狙っていた。なら──)"
同じ技を使うならば、同じ考えを持っていて当然。この時だけは全員が同じ考えを持って、戦況の流れというものを俯瞰していた。
「──シロコちゃんは私を狙ってきますし」
「先輩は私よね」
「だから対処も楽になる」
火力支援から先に落とすのは定石であり、遊撃も同時に落とせるならそれに越したことはない。強い相手とはまともに向き合わないのも戦術であるが故に、シロコ*テラーの選択は当然だ。
ノノミ目掛けて投げられた手榴弾を彼女はガトリングで簡単に物理的に打ち返し、セリカを落としに来たライナにホシノが割り込む。
"ホシノ! 張り付いて! "
"行動させない──!"
「もちろん!」
相手が戦おうとしないなら、こちらもそれに乗ればいい。シロコは二度退けている。故にこの場の不確定要素に最大の戦力を当てるのは定石だ。
そして古典的近接戦闘を好むライナを抑える手っ取り早い方法は、同じく古典的近接戦闘をしてしまうことである。
迎撃の為にライフルの引き金が引かれる。接近戦時の素早い次弾装填、色々な方法があるが、ライナは変なやり方をする。
(──撃ったら、手放す)
弾を避けて更に詰めて、ショットガンの最大威力を発揮する範囲が近づくが、ホシノは次の手がわかっているからある一定の距離を保つ。次の刹那、彼女の眼前を通り過ぎる物体──薬莢。そして一歩踏み込んでいれば側頭部を横凪に銃床が殴打していたであろう。
では何をしたか? それ自体は不思議な話でもない。片手が塞がっているのだからグリップから手を離し、ボルトを掴んで上げる。振り回して薬莢を狙ったところに飛ばし、銃床で殴り、そしてその一連の動作の中で遠心力に任せて再装填を行い、再び重力と勢いでボルトを下げて握り直す。神業というには意味不明な魔技に等しく、こんなことをするくらいなら足でボルトを操作した方が絶対的に確実だ。
だがライナは滅茶苦茶な攻防一体の魔技を使う。初見ではあり得ない行動である為、大体はこれをやられて致命打を受ける。そもそも初手で格闘戦を仕掛けてきて人体の構造故に生じる致命的な隙を作ってくるのだ。やり方を理解していないとねじ伏せられるのがオチである。
──しかし。仮に奇特にも格闘戦を好んで行う者がいれば、ライナの戦法は予測可能な範疇に収まる。有効な攻撃は有効な限り繰り出す……ホシノとユメがその暴力的で破壊的な部分を矯正しても変わらない癖もある。さて、当然にホシノ相手には有効ではない。ので一周回って普通のやり方になる。
薬莢飛ばしからの攻撃は、格闘戦の拒否択。近寄られて嫌な相手にだけ見せる技。よってホシノが張り付き続ける限り、ライナはそこまで脅威にはならない。
あえて同じように銃身を握り、殴りかかる。銃剣術とも違う。剣術に極めて近いそれ。ライナとホシノはお互いの戦いを見て、お互いに取り入れ合ったが故に。
そうすればライナはホシノとの接近戦を拒み身を躱し、拳銃を向ける。それを盾で振り払えば、まともに射撃もできやしない。盾という巨大な質量の前に、拳銃など吹けば飛ぶものでしかない。技巧を制圧するのは『有効ではない』と思わせることと物理的にどうしようもないことだ。
シロコ相手には平地での銃撃戦。
難しいことを難しく考える必要もない。こうして基本的なキヴォトスの戦闘になっていくならば。
「二対一なら、数を増やすまでだ」
「──! ノノミ先輩っ」
「ポイント移動します! 5番!」
"了解、パターンを修正する"
"セリカ、指定する座標に"
「わかったわ」
シロコのドローンが起動する。
シロコなら確かにこうするが、より早く、より適切なタイミング。
「"ライナ"、来れる?」
「不可能。ホルスに背中を見せるなど」
「なら、先輩を抑えてて」
──今のライナは願望機に近い。アイが言うならそうなのだろう。その言葉は普通信頼を置けないものであるが、だが理解した今それが真実たると知った。
ならばとホシノは声を荒げる。
「ライナ答えて。君ならこんなこと間違ってるって止めるはず。その子はシロコちゃんじゃなくてもシロコなんだよっ」
『おい、コイツはライナだがライナじゃないぞ!』
「それでも私の親友だ。知る権利はある、例え君でも否定させない。だから黙ってろ!」
『……チッ』
アイの正体を考えればこれを許容することはできないだろう。しかし答えがそこにあるのならば、いずれ何処かでその真実と向き合うならば、片鱗を理解することの何が悪いというのか。
親友だのなんだのと、色々あれこれ理解はしている。だがそれはライナの人間的側面であり、存在的側面ではない。そういう意味では誰もライナを知らないのだ。
「彼女は俺に望む。俺はそれに応える。そしてそれが俺の存続に繋がり、彼女の願いに繋がり、俺の願いに繋がる」
シロコに応えるならばホシノにも応える。ただそういうものだからそうすると言わんばかりに、ライナは淡々と己の内を曝け出す。
「利用する気?」
「端的に言えば」
銃をぶつけ合い、蹴りを避けて、体術を使った接近戦を繰り広げながら、何処か他人事のようにそう告げられた。"この"ライナにとっては他人事なのだろう。自分の事なのに自分の事として受け止められない。彼女だってそれがわかる。客観視しているのに等しいならば──
「どうして何も言ってくれなかったの!」
更に踏み込む。
悩みを打ち明けてくれなかった訳を知りたくて。
「理解など求めていない。俺は憤怒と憎悪にのみ支配され、宿る本質にのみ導かれる」
憤怒と憎悪に支配されて、本質に導かれる。──憤怒と憎悪の原動力があれば、後は勝手になるようになる。ならばやはりあれは真の姿に近い状態。だが、だとするとこうして分たれている理由がない。
「なら今のライナは何だっ!? いつものライナは何!? 言えるのなら言ってみてよ!」
引き出せ。
呼ぶな見るなとか言うなら、自分から言わせればそれで済むだろう。シロコ*テラーのドローンとの連携攻撃に対処したいが、しかし指示は変わりない。ならば二人を信じて戦うだけだ。
ガトリングがロケットを迎撃し、足を止めて黙らせる為の銃声が何度も聞こえる。それでも目を向けない。前を見るしかない。
──知ってか知らずか、ホシノのセオリーを捨てた猛攻をライナは適当に対応する。殴る蹴る、銃で打つ、盾で押す。それらを更に手慣れた動作で対応する。銃を両手に握っているのに撃つ様子さえもなく、左の拳銃に至っては防御にも使わない。
……いいや、そういう表現は正しくないのかもしれない。
これはライフルと違ってホシノとユメに矯正の一環として持たされていたもの。それにしたってロングスライドで45口径のレースガンなんて結構な代物だが。まあ二人から渡された物を、どうして乱雑に扱う事ができるのか。
結局、ライナにとって武器とはあの不気味なライフルだけなのだろう。あれだけが剣なのだ。
熾烈な攻防を繰り広げながら、ライナは問われるが故に答える。
「──分たれた意志、それか表裏、あるいは矛盾、もしくはねじれ、はたまたもつれ。黎明であり残照、円環を描く螺旋、逸脱せし星、渇望の王。完全者、簒奪者、燎原の主、禁忌の闇、光に有益なる者、光の生き写しとなる者、永遠なる光の降誕を示す者。俺を形容する名は無限にあり、その全ては俺ではなく、また俺となる。故にオレとは、俺である」
意味がわからない。名前、概念、様々なものを淡々と並べて、それらは全て己を指し示す名であるが、さりとて己はそれらに非ず、また己であると告げる。
だが奇妙にも一つだけわかったことがある。名前らしき物以外は全て相反する物であった。表とは裏が無ければ存在できず、裏とは表が無ければ存在できないように。
二つで一つ。どちらか片方だけが真というわけではない。双方ともに──
"(……ライナと『彼』の関係は……)"
"(いや、でもそうなると──)"
先生はひと足先に真相に手が届きかけるが、ここで決定的に意味不明な現実を知る。
一つの身体に二つの意志。それはあり得ない。アリスとケイを例に考えてみても、彼女たちは同じ身体に収まっていただけで別々の存在である。故に一つの身体に一つの意志と一つの意志となるのだ。
ならばライナとは、なんだ?
どういう状況かはわからなくもないが──余計にわからなくなってくる。
『彼』とライナ、そしてアイ。
……いやそもそも。
先生はアイの真の名を知ってその関係性を少し理解しただけでライナという存在への理解度は、誰もが同じなのだ。
鍵は全員が持っているが、しかしその鍵穴がわからない。本人と『彼』と出会い直接言葉を交わした事がある者たちを除いて。
──決定的に、一つ欠けているのだ。絶対的に知らなければならないことが。
『おい、それ以上は──』
「黙るがいい。枷の無いお前が何故俺の側に立つ。お前は自由だ。狂うなり滅ぶなり好きにしろ」
アイが口を挟もうとした途端、先ほどまでの機械じみた雰囲気から一転して、まるで出来の悪い相手に対して吐き捨てるような言い草で拒絶する。
理由がないから黙っていろ。狂うなり滅ぶなり好きにするといいなど、人にかける言葉ではない。しかもその声色には憎悪と嫌悪が混ざっている。
『そうかい。テメェも好きに生きて死ねばいい』
あまりにも無慈悲な拒絶に対して、アイは憎悪と嫌悪を隠さずに返した。
あからさまに二人の様子がおかしい。二人とも嫌悪している。尋常ではないほどに。
ライナはともかく、アイは彼にだけは友好的だった。この態度は味方である理由がなくなったのか? だが今はまるで不倶戴天の敵を前にしたように憎悪を向け合う。
「"ライナ"、助けて」
「求めるままに」
疑問に答えを得る前に事態が動く。
シロコがライナを呼び、それに応えて一瞬にして姿を消し、彼女の側に現れる。
「門を此処に」
刹那、無数の黝い魔法陣のようなものが虚空に展開される。
「先生、特殊な反応が起きてます! 何か、別の──なにこれ……!?」
違う。ジャンルが、違う。
今まで見てきた様々な魔法じみた技のどれにも該当していない。似た雰囲気のヒエロニムスや変異したベアトリーチェの分析データと照合しても掠りもしない。
ならばアイが使っていなかっただけの技に分類されるだろう。恐らく全てを知るが故に中に潜む者を徹底して起こすまいとしていたからだ。
『面制圧用の攻撃か! 迎撃するのが手っ取り早いが……っ』
「迎撃ってどうやって!」
『撃ち落とすなり防ぐなりするんだ! 撃たれる弾丸自体は通常の物、多少被弾してもダメージを最小限に抑えられるだろキミらなら!』
考え方としては合っているが、攻めなければ勝てない。古典的な近接戦を得意とするならそれはありだが、銃を使った戦いではそれは悪手だ。
"上から下なら、射角の限界がある"
"リスキーでも──全員、前進! "
"シロコからの強襲に備えて! "
例え発射される弾がどうであれなんであれ、上から撃ち下ろすならば絶対的に射角の概念が生じる。弾を曲げるなどの魔技でも起きない限り、守ったら負けるものだ。
「来ると思った。だから──」
空間が歪む、そこからヘリが出現する。
アヤネが手塩にかけて調整していたヘリ──雨雲号と瓜二つ。どういうわけかなど今はわからない。恐らく様子見で済ませてきた彼女も、本腰も入れてきたということだろう。
"……!"
"いいや、前だ!"
"懐に飛び込んで!"
ヘリと共に攻撃が開始される。発砲音は一つ、しかし無数の魔法陣から同時に放たれる弾丸は散弾。
「わわっ、あれライフルじゃないの!? なんでショットガンなのよ!」
『見た目だけなんだよアレは! 銃じゃない! 中身は全くの別物なんだ!』
「対処法は何か!」
『本体を狙うしかない! ライナに紐付いた攻撃なんだ!』
「なら──!」
「やらせない」
真っ先にヘリの真下に飛び込んだホシノがライナを落とそうと接近するも、それを阻むようにシロコ*テラーが同じ盾とショットガンを装備して立ちはだかる。
「くっ、セリカちゃん! ノノミちゃん!」
「任せて先輩!」
「私が前に出ます! セリカちゃんが攻撃を!」
シロコはホシノが抑えるならば、ライナを抑えるのは二人の仕事だ。ヘリの真下での戦闘、そうそう援護射撃が当たるものでもない。無人コントロールされていたとしても、大きく旋回する必要がある以上無力化は完了したと言っても過言では無い。
「ライナさん!」
「なにか」
「あなたの意志は何処にあるんですか、自ら捨ててそこにいるんですか!?」
ガトリングを避けながら、先程の魔技を使う訳でもなく、さりとて攻撃に出るわけでもない奇妙なライナ。恐らくはノノミが会話を求めた為、一時的に攻撃による排除というシロコ*テラーの求めよりも優先されているのだろう。だから攻撃の手が緩んでいる。先程、ホシノとの会話で防御に徹していた理由もそれのはずだ。
「本質の一側面がもたらす衝動に等しい。与えられた己もまた己であるが故に。俺は求められた。だからそうなった。それが故かはわからぬが、とにかく俺は俺であって俺でなかった。俺を見る俺が常にいた以上、それは真の俺でなかった。こうして応える俺もまた俺を見る俺であり、俺に見られる俺である。やがてお前たちの前に、オレが現れる時、お前たちならば真の俺を見つけ、真のオレを理解することができるだろう」
意味がわからないが──極めて本質的なところを話しているということだけは感じ取れる。
「返答は終わりだ。攻撃を開始する」
声が完全に冷え切り、ライナは素早く拳銃をホルスターに収め、ライフルを何処かへ消す。そしてさながら精錬されたばかりのアスファルトのような黒い流体を両手から発生させる。
それはある物体の形を模っていき、やがては見慣れた兵器へと姿が変わる。ベルト式の給弾機構を持って、五つの銃口を束ねた物が片側三つずつ。明らかに人間が持つ武器としてはあり得ないガトリングガンになったのだ。
『不定の流体を操る力。アレは──ヘカと呼ばれた力の一種、人体より生じる黒い物。故に黒のヘカ。普通防御に使われるモンだが、卓越した使い手はコイツを変形させて武器に変える。ただ使うと物凄く疲れる。そう派手には使えない筈だ』
"対策は!?"
『……威力自体は一般に想像されるモノとそう変わりないと考えられる。あとは武器本体の硬さだが……いや、待て。ノノミちゃん! ライナの足元に黒い流体は!?』
「あります!」
『機動力も備えたか! ヘカの大盤振る舞いだな、急にやる気出しやがって!』
──滑る。
ライナがまるでスケート場を移動するかのように黒い流体の上を流れていく。常識を逸脱した戦闘機動、普通は指揮に迷いが生じる筈だが──
"セリカ。指定ポイントに通信終了から46秒後にグレネード投げ込んで"
"ノノミは攻撃。ただし一度の射撃時間は18秒以内に収めて、攻撃完了後には相手から向けられている手の反対に移動開始。両手の場合はどちらでも"
逆だ。
平面を滑るように移動し弾幕を張る。そんなものはキヴォトスではありふれた物でしかない。車両で移動しながらの銃撃など、例を挙げれば腐る程ある。自らの優位性を捨てたのなら、そこを突かない理由は無い。
"ホシノ"
"シロコの相手をやめて、ライナに"
"ただしこのポイントを通ること"
高度な判断ができる機械もあるが──それは戦闘という場においては邪魔だ。故に戦闘用機械の大半はシンプルなシステムを採用している。敵と判別し特定の条件になったら撃つ。長いこと居座るヘリは、直接乗り込んで破壊してしまってもよかったが、あえてそれは指示しなかった。
"(こっちが完璧に対応していれば、効果が無いと判断して片付けるだろう)"
"(大切なのは、相手に手間を強いること)"
元より向こうもそれは知っているだろう。
だが──
「っ、と」
「──!」
突然防御をやめて移動に全力を注ぐホシノを見れば、当然に追いかけるだろう。隙を晒しているのだ。突かない理由がない。だからこそ、ヘリのロケットポッドの射線上に並んでしまえば──シロコを、撃たせることが可能となる。
ヘリが歪んで消えていく。発射されたロケットもだ。まず脅威は一つ潰した。
視線を移す。
滑るように移動しつつ、一度足を止めて射撃するノノミを、そのままガトリングガンで制圧しようとするライナ。指示に従い、移動することで弾幕を背にして完全に回避。
そして投げ込まれた手榴弾を──彼は足で蹴り飛ばす。
"セリカ! 接近して!"
「了解! 判断はこっちね!」
細かい指定が無いなら、とりあえず戦うことが望まれる状況。セリカは迷うことなく接敵し、ライナの懐に飛び込む。
「こう近づけばその物騒なもんは使えないでしょ! 腰だめに構えられないなら!」
「確かにな」
「そしてこの場合は──!」
「得意をやられる、透けて見られているのは中々に不快だ」
スピンアップが始まったそれを殴り退かし、発砲。首を倒して避けられるもそれで構わない。続けてハンドガードを握り、銃床を振り抜く。鈍い音を立ててガトリングとぶつかり──
「セリカちゃんお願い!」
「任せて!」
「邪魔をしないで──」
そのまま何もせず、背後にすり抜けてホシノと入れ違い、お互いの敵手を交換する。
振り向いたライナに対して、素早くホシノはショットガンを目掛けて撃つ。どれだけ素早く移動しようが、散弾の性質上絶対に何処かに引っかかるし、その両手のデカブツを弾丸から守ることなんてできない。
右に避けたのが災いして、左のガトリングが散弾をモロに浴びてしまう。
「まず一つ!」
「次いで二つ!」
あらかじめライナの対角線上を位置していたノノミが既に射撃を開始。人間癖というものは抜けないが故に、ライナは咄嗟に残ったガトリングで防御。今度は穴だらけになる。
「なるほど。ヘカで模る物は、やはり大雑把であるべきか。機構を精密に再現し過ぎた。ならば──より原始的に、だ」
効果的かどうかも定かではなく、とりあえずできるからやった。それだけに過ぎないからか、ぼんやりとそれが間違いだったことを認めて──
『近づくな!』
"距離60を維持!"
二人の声が響くと同時に、ノノミとホシノは本能的判断で飛び退いた。一旦指示どころではない。あの場にいたら危険であったと、潜り抜けた修羅場が告げていた。
背より現れている黒のヘカで形作られた両腕と、双方に握られる大剣。それが突き出されていた。一歩遅ければ胴体を貫かれていただろう。
「避けたか。仕留める気だったが」
『アレは破壊しても再生する! ガトリングと違って雑に作ってあるからなっ。けど──』
"壊れるってことは手間を増やせるってことだ"
「はい、ライナさんも消耗は激しいのは嫌うはず……現在の精神状態であってもです」
ヘカに近接戦を任せ、自分は再びライフルを持つ姿は異形そのもの。ライナのベールが剥がれかかってきているが、これでも一枚二枚剥けた程度と言えるだろう。
「"ライナ"」
足止めに注力していたセリカを振り切ったシロコ*テラーが、ライナの側に立つ。
「ごめん先輩、逃げられたっ。流石に強いわね……!」
「十分やってくれたよ。二人相手でも私たちならやれる」
「シロコちゃんはなんとかするにしても、ライナさんは──」
視線を二人に向けて、この戦いが終焉に向かっていることをはっきり理解する。
投げ込まれる手榴弾から逃れたところに、爆炎を突っ切ってライナが突撃してくる。
背から生える腕に握られる二振りの大剣が同時に、左から横凪に振るわれ──
「それ、前に見たよ!」
以前、ユメと共に過ごしていた時に、戦術として同じことをしていたから。完全に読み切ったホシノは何処で仕掛けてくるかまでも予測して、迎え討つ。下手に逃げ回って銃を撃たれる方が厄介なのだから、得意で潰すのはやはり手っ取り早い。
振り抜かれた盾により、両腕は大きくのけ反る。刹那、構えられる銃。
「──撃ち貫かん」
「それができない私って知らないわけじゃないでしょ!」
そして発砲……だが迷わない。盾で強引に弾丸を弾いて更に前に突き進む。
ボルトを起こす──銃口を向ける。
引く──力を入れる。
戻す──発射、発射、発射。
決着は一瞬だった。
僅かなリロードの隙。そこにフルマガジンを叩き込んだ。
ライナがようやく崩れ落ちる。
「っ、やらせない!」
「悪いけど先輩」
「ここでケリ、です!」
"同じく切り込んでくるなら想定が難しかった"
"けど君は接近戦をあまりしない"
"だから──読んでいたよ。最後の詰めに制圧射撃を選ぶと"
離れたところから撃ってくるとわかっているなら、既に構えていればいい。もし攻めてくるならば、アドリブで対応せざるを得ないだろう。しかし先生の指揮の強みとは、人の読みの強さ。そして的確に『やられたら嫌な事』を配置できることにある。シッテムの箱と共に相手を丸裸にし、その上で相手の技を全て知った上で対応してくる。動きやすさというのは、全てそういう点に由来している。
"こっちの方が一手早い"
ライナと射線が被らず、そして全員を巻き込める位置。候補は三箇所ほどあった。そこから見えていた精神性の部分と、可能性を考慮して絞り込む。
ノノミが使っているものと同じものを構えるシロコ*テラーが発射に移る前に、こちらの射撃が開始される。
真正面から受け止める理由が無い上に、フリーになったホシノを止めなければ次元エンジンが破壊されてしまう。しかし……
「これで──!」
止めるにしてもどうしても難しい距離。ワープの類を使ってもラグがある。僅かに出来た完全なる隙。ホシノが接敵して、破壊する。
故にこの戦いはライナが沈黙した時点で決着がついていたのだ。
破壊される次元エンジン──シロコ*テラーはそれを確認すると、再び逃げるように姿を消す。
「待って、君は──!」
『シロコ先輩、離脱しました……』
「けど、これでライナ先輩は」
"……芝居は終わりだよ"
"起きてるんだろ"
先生の言葉に応えるように、ライナはゆっくりと立ち上がる。先ほどの攻撃で一時的に倒れていたとは思えない。どう見ても完全な状態だ。しかし先ほどとは異なり敵意も戦意も無い。
「──こちらのアヌビスを連れ、玉座へ来い」
"何……?"
「そこにお前たちの求める真実と、そして先生。お前を待ち、お前を試す者がいる」
"君の目的はなんだ!"
「在りて在る、それだけだ。しかし、俺たちは運命に死を望まれている。勝ち取って報われるのだとも信じたい。だがもし──」
そう言ってライナは、何かが切り裂かれるような鈍い音と共に姿を消した。シロコとは異なり、その転移には何の反応も無い。どういう仕組みなのかは不明だ。
"あの転移は?"
『わからない。アイツとボクは共通した物を使うけど、実のところ大雑把に同じなだけで細部は結構異なる。反応ナシなら多分、原理としては割と変な部類だろうが……まあいい。とにかくヤツの考えはわかった。が、どうやってだ……?』
「何かわかったんですか?」
『最終目的だけはな。問題は、そこから先がどうなのかだ。いや、今回の件とは別なんだが……』
「なら今私たちに迷ってる暇は無いわね」
『とにかく今はシロコ先輩と合流して事態を解決しないと!』
謎多きライナの、また謎に満ちた、しかし核心的な部分に触れる発言の数々。
『……』
全てを知るアイは未だに沈黙を保ち。
「ん。そういうことなら話は簡単」
そして通信が繋がった時。
「"私の"ライナを、もう一人の私から取り戻す」
砂狼シロコは、実にらしいことを言うのであった。