青い春に馴染めない黝の星 作:うへうへ学生
……嵐が過ぎ去った。
色彩は退けられ、元の日常に戻ろうとキヴォトス各所は復興に精を出す。
そんな中で、ライナとシロコはアビドス各地を回っていた。
「いないな」
「いないね」
目的はただ一つ。
姿を消したシロコ*テラーの捜索である。
「シロコに会いたいのはなんで?」
「……謝りたいんだ。覚えているんだ。あの子が、俺にお願いだから受け入れてくれって泣いていたことを。そして、向こうの俺とすれ違ったことを」
「でも、そのライナは別時間軸のライナで……」
異なる自分なのだから、終わってしまったことだから、それが何になるのか。それはむしろ苦しめるだけに終わるのではないか。ただの自己満足ではないのだろうかという当然の疑問。シロコだって心配だから、そして先生が探しているから会いたいのであって、それ以外に無理に会いに行こうというわけでもない。
しかしライナにとっては、他ならぬ自分がシロコを蔑ろにしたことが許せなかったのか、どうにも怒りを抑え切れないような態度を見せた。
「だからさ。理由はどうあれ、異なる自分が失礼な真似をしたんだぞ。それでシロコを泣かせた。……君の気持ちも何も考えないそっちの俺がすまなかったって、言いたくもなる。みんなを失ったシロコなら、尚のことだ」
例えどのようなものであったとしても、夏雪ライナが砂狼シロコを悲しませた。その事実がある事自体が耐え難いと言わんばかりに、彼は複雑な声色で言い放つ。
そこにあるものは不甲斐ない自分への怒り、他者を理解することも寄り添おうともしなかった自分への憎しみ。見ているシロコもこんな人だったか? と思うくらいには彼女の知るライナとは少し違っていた。
「どうしてそんなに怒るの? ……事情だってきっとあるよ」
「絶対に俺に原因がある。あの子はシロコだ。それがすれ違うなんて俺が不義理を働いた以外にあり得ない。それで受け入れてくれなんて言われるくらいには、こっぴどくやらかしたってことだ。なら──そんな男があんな苦しみを植え付けて死んだってんなら、その罪を償うことができるのは、異なる時間軸の同じ存在くらいだろ」
聞いているこっちが不安さえ感じるような考え。兎にも角にもライナは、シロコ*テラーを傷付けるような選択をした向こう側のライナの行動を罪として、受け入れることができない。だから自らにこそ、罪を償うことができるし、自らが罪を償うことが必要なのだと。
……あまりこの話題を長く伸ばすのは良くない。そんな気がしてならないシロコは、とりあえず話題を変えることにした。
「そういえば、あっさり信じたよね」
「ん? あぁ。まぁ、な。あの子の言葉が記憶に残ってたのもそうだけど、別に自分が厄ネタっぽいのは黒服にコナかけられてた時から察してたし、アイのおかげで明確になんかあるってのは理解してた。その結果俺じゃない俺がお前たちと銃を向け合ったとしても、まぁそんなもんかって思うさ」
ライナ自身もなんとなく覚えていた上、身に覚えの無い活動もあったことから、事実に納得していた。以前より散りばめられていた自分に眠る問題も、まぁそんなものだろうとも。悲しむことも必要以上に考えることもせず、ライナは淡々とそれを受け入れていた。
というよりも、殴ってなんとかなってしまうのであれば本人的にはどうでもよかった。暴れ回ってた時期を考えれば、そう無茶もできない以上、勝手に自壊もするだろうし、心配する意味も無い。
──現実は全くそうでもないのだが、とにかくライナは自分の問題を楽観視していた。一回なんとかなったのだからと。それよりもシロコ*テラーを蔑ろにした自分への軽蔑、憤怒、憎悪、そっちの方が重要である。
何故そんな愚かな振る舞いをしたのか。あまりにも許されざるそれは、早急に償い、そして裁かれるべきなのだからと。
……風が吹き付ける。アビドスの風は冷たく、そして寂しい。怒りに飲まれた頭を冷やすように、その冷たさに感じ入る。そして──それ以上の問題に気づいてしまった。
「……シロコ、ちょっと止まってくれ。その……ええっとさ」
身体のチェックも兼ねて自転車の二人旅。それ自体はよくある話だが、ふと気付いた瞬間からどうしたものかと困り果てた。
シロコが先導する形なのもいつも通りだ。だが、制服姿で自転車を漕ぐ彼女が前にいるということは当然の摂理としてある現象を誘発させかねない。
「ま、前行くのはやめてくれ。そのぅ……俺、前行くよ」
「ん、どうしたの今更。私の方が──」
別にどっちが前とかどうでもいいだろう、だって本格的なサイクリングでもないのだから。そんな風に感じながらシロコは振り返って言葉を続けようとして。
やけに顔を逸らして前を見ようとしない姿が映った。男が女の後で視線を逸らすことの意味、わからないシロコではない。風の悪戯か何かがあったということ。恐る恐る確かめる。
「……み、見えたの……?」
「み、見えてないし見てないよ!?」
「じゃあ別に気にしなくてもっ」
「見えそうな気がしてこう、散るんだよ俺の気が! お前だって女の子だろ!」
あたふたと声を荒げて見ていないし見えてないけど気になって仕方ないからってだけで! と弁明するライナ。今まで一度だってそんな態度を見せたことがなかったのに、急にそんなことを言うようになったことには疑問を覚える。
(……反応が違う? もしかして色欲が戻った? つまりライナは完全になったってこと? ──わからない。ホシノ先輩に聞いてみよう)
とりあえずこういう時は何か知ってる相手に聞くのが一番良い。こんな可愛い反応することなんてなく、『別に興味無い。色気付いてんじゃねーぞ野良犬め』とか言うのが普段通りだろう。ところがどういうわけかこんな年頃の男の子みたいな反応をしている。
色欲を欠いているのは知っていたが、それにしたって──と急すぎる現実に何とも言えなさを覚えながら、ここからが本番なのだと気合いを入れる。
「ほら! 俺前行くから! 追い抜かないでくれよシロコ!」
「……もしかして、私が抱き付いた時鼻の下伸ばしてた?」
「伸ばしてないよ! クソッ、どうしちまったんだ俺は……?」
一方のライナもまた急な変化に戸惑いを隠せない。突然だった。まるで忘れていたものを思い出したかのように自分の中で持て余している感情が無限に湧き出る。それは邪な健全さだったり、もっと色々な人と仲良くしたいとかあの人とあんまり話したことなかったなとか。自らを広げようと、他者を更に理解しようとする感情が、どうして今更湧き出るのかと困惑する。
(なんだ、なんかやけにシロコが可愛く見える。俺は全くそんなこと思ったことは……あることにはあるけど、シロコだぞ? あの野良犬で、生意気で、色気のいの字も……ある、よなぁ……ああもう! どうしちまったんだ本当に! シロコ相手にこんな調子じゃ、みんな相手にも変なこと言いそうだぞ!?)
今までそんな感情を一度だって出力したこともない。だが抱いた想いは蓄積するものである。それが完全になって適切に出力することができる状態ならば、急激に吹き出してもおかしくはないのだ。長年の鬱憤が些細なきっかけで爆発するように、ライナは今や三年間で蓄積して、そこから溢れていた感情の大元が解放された状態にあった。よって真っ向からシロコと向き合ったことで得た様々な感情が明確に感じられるようになっている。例えどんな存在であっても精神年齢が年頃の男子ならその本質からは逃れられない。
そんなことは本人にはまるでわからないのだが。
「まぁでもいいんじゃないかな? 健全で。仙人みたいなライナより、そっちの方が可愛くていいと思う」
「そういう問題かよ。忙しいのは承知の上だが、近いうちに先生にコツでも聞くか」
「聞かないでいい」
「俺が聞きたいの」
「せっかくライナが手の届くところにきたんだから、私はそれでいい」
「……え?」
「あっ、いや、なんでもないから。忘れて」
こんなタイミングで秘めた想いを悟られても困るから適当に誤魔化す。最悪もう一人の自分と会ったからその影響だとか言えばいいだろうという申し訳なさとともに、急激に変化した以上は慎重かつ大胆に行かなくてはと、背を押してくれるよう願うのであった。
(俺が変だし、シロコも変になるか。異なる自分との出会いで色々思うところもあったろうし)
……まぁ例によってそこの阿呆はすっとぼけたこと思ってるのだが。
連日の捜索も空振りに終わり、二人は学校に戻る。
「今日も空振りだ」
「でもきっと平気。だってシロコは私だから」
戻ってそう報告しても、まぁそんなものだろうなとはみんな思う。色々整理する時間だって必要だろう。今はそっとしておいてあげたいのも本音だが、先生が反転を癒す手段を模索していると聞いている以上、せめて連絡はつく状態にしてあげたいというのもまた本音。
見つけられない今が、きっとちょうどいいのだろう。
──とはいえ毎日のようにライナはあちこちを探し回っているともなれば、流石に何とかしてやらねばと気を回す。こうやって一人で何かやり始めているとなると、過去の悪魔が再来しそうだからと、シロコを連れての自転車旅にさせていたが。
「ねえライナ」
「どうしたホシノ」
あまり改善の兆しが見られないなら、劇薬を投入するしかない。その為にここ最近は乙女会議をしていたのだから。
「そろそろシロコちゃんと埋め合わせしてきたら? 色々と復旧も終わったら再開キャンペーンとかやってそうだし」
「埋め合わせ……? あぁ、なんかそういやそんなことあったな……お前らどうしてあれを長ったらしく引っ張ってそんな風に勿体ぶったんだよ。俺が半ば忘れるまで放置してたじゃんか」
言った本人が忘れるくらいには時間が経ってしまった、だいぶ前の埋め合わせ。未だに忘れてなかったのかという気持ちと共に、その埋め合わせの主導権を奪っていって塩漬けにしたのはそっちなのではという抗議の視線を投げ付ける。一人一人を相手にしようとしてもまだその時じゃないからと逃げ回られて、全員からまともに相手をされない。ライナだって不満に思って忘れ始めるものだ。
刹那、シロコがズイと迫る。
「ん、ライナ。デートしよう」
「ほんほんデートね。お前らしく……待って? デート? 俺と? お前が? デート? すんの? てかできんの?」
「この為に下調べとかは既に済ませてきた。でも忙しかったりとかで機会がなかったの」
「おぉ……うん? いやちょっと待てよ。元は埋め合わせなんだから俺が計画するべきなんじゃ……」
「いいから。デート、しよ」
「はい」
ウダウダと籠った言葉を吐いていたが、意を決して迫るシロコの圧力に押し切られてあっさりと飲み込んだ。今までだったらそれは埋め合わせじゃない云々とか言って逃げていたろうに、拍子抜けするくらいに簡単に了承した。そんなライナに妙なものを感じながらも、せっかくのデートなのだしとライナの欠点を知るノノミは横にヒョイと近付いて最初から釘を刺しにいく。
「ライナさん、おめかししなきゃダメですよ〜⭐︎私服全部可愛くないじゃないですか」
「俺は地味なのが好きなの。……てかノノミさんや」
「はい?」
「ち、近くてですねその……ええとですね、当たりそうで」
──思い返す。
あの太陽のように優しく包容力に溢れ、それでも尽力し続けることのできる人を。あの人もかなり豊満な身体をしていたのに、なんなら結構接触してたっぽい写真もいくつかあるのに、なんでこのボケナスは童貞みたいな反応をしているのだろうか。ノノミからしても変である。
「ふーん? 今更ですよ?」
「い、今更でもですね……よかないです」
彼女のそんな態度に対して、彼はそれでもそういうんだから仕方ないだろと返す。そもそも俺は男で君は女なのだから──という視線。そんなもの今更言われてもノノミ的には言われましても……だ。男とか女とか以前に共に同じところに行く同志である。何を今更と思い、そんなことを言い出すならとっくの昔に言ってるだろうと視線が告げる。
そんな態度にふと思い至った結論を口に出したのはセリカ。
「──先輩、もしかしてスケベ?」
そんな迂闊な一言に即座に吠えて反応する。
「先輩になんて事を言うんだこの猫ちゃんは! ケツ撫でるぞ! 先生にはツンデレの雌猫がよォ!」
「ぶっ殺すわよ!?」
「おじさんはセリカちゃんはお尻よりおみ足だと思うけど」
「ならケツ担当はお前だなホシノ」
「や、おじさんはこんな体型だしぃ〜。筋肉は付いててもそんなセクシーさは無いよ」
「先輩たちのカスみたいな発言はさておき、セクシーさって私たち誰も持ってなくない? なんていうかこう、普通っていうかさ」
「スポーティーさは確実にあるよ」
「他の学校の生徒さんの中にはモデルもびっくりな美人さん多いですからね。セクシーさは確かに私たちには……でも試してはいないし、うーん」
なんかもう何とも言えない話題を取り上げながらも、冷静に分析していくセリカ、シロコ、アヤネ。晄輪大祭の時にも強く感じたが、他校の生徒はこう、やたらスタイルがいい人が多い。キュートからセクシーまで幅広く。良いとか悪いとかじゃなくて、バリエーション豊か過ぎてそれらという判断基準を明確に得てしまえば、比較した時に自分たちはその域に足を踏み入れた事は無いとするのも納得だろう。ありのままで魅力的ならそれに勝るものはないような気がしてならない。
が、当然に一人を省いている。
「スタイル結構自信あるんですけど、私の名前はどうして上がらないんですか」
「だってノノミちゃんは、ねぇ?」
「ノノミ先輩は完璧よね」
「理想系というか、万人が想像する美人というか」
「ん、殿堂入り」
「まぁ、あえて話題に出す理由が無いくらいだよナ」
水着の事を考えてもセクシーとキュート双方備えてついでにスポーティーでもある。言うなれば全教科百点満点なノノミは、例外枠として扱うしかない。
不満げな視線も態度も言葉も一切隠そうとせず、ただ褒められているからというのはわかっている為、彼女にしては珍しく皮肉を飛ばした。
「褒め言葉と受け取っておきます」
「セリカお前謝ってこい」
「えっ私?」
「おみゃーが変なこと言うからノノミが拗ねちゃったじゃないのヨ」
「先輩が妙な反応するのがいけないんじゃない! 何よ今更!」
「今更でも気になり出したもんは気になるの!」
元はお前が悪いと醜い押し付け合いをする
まるで本当の先輩後輩である。
「ま、まぁまぁセリカちゃん。ライナ先輩だって心境の変化とか色々あるかもしれないんだし、ね? 先輩、あんまり気にしない方がいいかもしれませんよ。見る見ないって考えると余計目につくとかありますし。それに先輩がどういう人かも理解してますから」
「建設的な助言ありがとうアヤネ。真面目に先生に相談しよう。すまん、ちょっと頭冷やして……いや、バイクでドライブしてくる。煩悩を断ち切ってくるわ」
慣れるしかないが、慣れていた筈なのにとモゴモゴしながらライナは部室から出ていき、一旦家へと帰っていく。
──本来そのつもりはないが、都合が良い。
その変化の理由について切り出したのはホシノだった。
「……さてさて。みんな、気付いた?」
「ライナさんの色欲、戻ってますね」
「やっぱり。完全になってるよね。私の勘違いじゃなかった」
「正直、今更気にされても困るのよね。そりゃあ難しい言われたらまぁわからんでもないけど」
「恋愛は進められるようになりましたが……」
ライナが特殊な存在であることは全員わかっている。完全でないからこそ、ライナは安定していたのは確かだ。余計な感情が無い、というのはブレないということ。伝播欲とかそういった感情が戻っているのは、つまり完全になったということに他ならない。
「アイが言うには条件を満たせば戻ってくる、だったけど──何が条件だったのかしら」
セリカの疑問はある種当然だった。
条件を満たせば戻ってくるものだとしても、だ。いつの間にか戻っていて、条件を満たしたような痕跡も無い。ならばどうしてそうなっていると思うのも必然だろう。
「条件、それ自体が誤魔化した言葉だった可能性がある。それに……ライナのヘイローとアイのヘイローは同じだった」
「そうそう。それも気になってんのよね。なんではっきりとヘイローが見えるのかってのも不思議だけど、どうしてヘイローがまったく同じなのよ。仮にもし私たちのヘイローが鮮明に見えたとしても寸分違わず同じってのはあり得ないと思うのよね」
当然の摂理として、完全に同じヘイローはあり得ない。セリカの推測も何もおかしくはない。
それに対してホシノは。
遂に理解した真相を、あっさりと告げた。
「ああ、それは同じ存在だからだよ。アイはライナなんだ」
「……へ?」
所変わってシャーレのオフィス。
プレナパテスから二人の生徒を託された。先生も生還した。
だが問題は山積みだった。
消えたシロコ*テラーの行方。彼女を救い得る一手となるクズノハの捜索。キヴォトスの復興。もちろんそれだけではなく──
先生が頭を抱えるのは、A.R.O.N.A改めプラナによってもたらされた情報だった。
「先生、夏雪ライナは私たちの世界にもいました。ですが──あのライフルを持っていなかった。そしてアイなる存在もいなかった。その上、渡り歩いた世界にも彼は存在せず、この世界の彼が私とシロコさんにとっては二人目のライナさんです」
"銃──あの剣を内包した何か。それが大きな違いなんだろう"
"でも……アイがいない? "
「はい。そもそも……こちら側のライナさんは、シロコさんの事が好きでした。そちらとは異なり、シロコさんは好意を自覚するのが遅かったようです」
これだ。
つまりライナは色欲が分離していない。この事に関して、後々の話も込めてとアイが自らの策を動かす為に色々と腹を割った時、こう告げた。
"可能性として──色欲を分離させる時間がなかった"
"あるいは、色欲を分離させる方法を持たなかった"
"『剣』が無いなら、やれる事は大きく狭まる"
『剣』については、あまり教えてくれなかった。というよりも本人さえよくわからないらしい。ただ膨大な力を秘めるものの、使うには素質が必要で、かつ使い方を分かっているのが前提。そんな代物だが、銃の形になっていたということは大したものでもない可能性もあり、結局何もかもに困るというオチだった。
その剣で空間を切り裂いて脱出した件に関しては、また話が別だが。
──アロナとプラナによって地上に帰還した後に知ったこと。それはライナもいつの間にか地上に帰還していたことだ。それもアビドス校の一室で寝ていた。
……リオがなんとかして用意できた脱出シーケンスの起動回数は先生を含めた乗組員全員分。シロコ*テラーとライナの分は無かった。よって先生が彼女を帰還させた時点で、普通二人は助からない筈だった。彼が何故その選択をしたのかは、ライナの特異性に賭けたからだ。自分のことは箱やら何やらを駆使してなんとかする。ライナは空間転移を使えていたから起こせばもしかしてと思っていたのだが、違った。
『彼』は最初から起きていた。そして先生がアロナとプラナによって助けられるとわかっているような言動で、空間を切り裂いて脱出した。
アイによれば、それ自体わかりきっていてそうしていたのだろうとのこと。要はシロコ*テラーにバレた時が厄介だから寝たフリで誤魔化していた。言葉にすれば可愛いものだが、実際には彼女を葬ることも視野に入れていたのだから全く笑えない。そして実行しようとしていた。しかも強力な攻撃だった為に、半ば道連れの形で強引に意識をシャットアウトする手法を取らざるを得なかった。
直接干渉するから何とかはなったが──代わりに肉体の計算式を崩壊させられてシッテムの箱に戻らざるを得なかった。
「ライナさんはなんでアプローチしなかったんですか? なんていうか、そんなの知ったら絶対みんな世話焼くじゃないですか」
「理由は恐らく、自分の中の何かに気付いてしまったからだと思われます。先生と自分を比較するような言動が多く、何かと付けて皆さんを先生に向かわせて自分は一人になってばかりで……しかしそれも、今思い返せばというだけで、確たる証拠があるわけではありません」
プラナ自身、ライナに何があったかに関しては何も知らない。というよりも──だ。
「私はライナさんが、あの決戦の場に現れるような存在だとは知りませんでした。……先生は一体、どうやってそれを知り、手元に置いておこうとしたのでしょうか」
プラナはアイというライナに密接に関わった存在と接触していなかった為、極端なことを言えば『何故かアビドスにいる変な生徒』という認識しかなかったのだ。何か色々な物を秘めた特殊な存在だという概要さえ知らなかった。
それはつまり、ライナとは何かを知る機会がプレナパテス含めて誰も無いのである。なにせシロコ*テラーですら、事が全部終わってしまった時にようやく『何かが中にいた』ということを知ったのだ。
しかし何故か彼は気付いて、どういう存在かまで把握した動きをしていた。
"わからない"
"でも一つはっきりしていることがある"
"ライナの中に潜む『彼』とプレナパテスは接触した。これは確実だ"
"そしてプレナパテスと『彼』の間には、何らかの繋がりがあった。それが何であるかはわからないけど"
"その繋がりが故に、『彼』は再び潜み、あのライナに全てを任せていた。多分、こうだと思う"
プレナパテスとライナを結ぶ物が何かはわからないが、その何かが理由で手元に置く選択をし、『彼』もまた隠れる選択をしたということだ。
"……けど、すごいな彼は"
"最期まで大人として責任を背負った"
"私も、そんな風に──"
最期まで先生を遂行した異なる自分。あるいは偉大な先駆者。託された者として恥じぬ振る舞いをしなければならない。取り零すことの無いように、救われぬ全てに救いの手をと。無自覚な宿痾が根差し出す。
「うーん……なんか、変ですよね。プラナちゃんの世界と私たちの世界、恐らく誤差程度の違いしかない筈なのに、どうしてライナさんの状態が大きく違うんでしょうか。アイさんが作られてもいませんし」
"『剣』以外の要素を考えると"
"黒服が気付かなかった可能性もあるね"
"あとはベアトリーチェがライナと接触しなかったとか"
「明確な証拠が不足していたから行動を起こせなかったことが理由かもしれませんね。恐らくゲマトリアは全て知っているでしょうから」
『剣』が無かった、アイが不在だった、これらだけでもゲマトリアの動きが変わるのは流石に理解できる。不確実なものに敢えてちょっかい出す理由もない。確かめるまでもないとしたらそれで終わりだ。
ライナに関係する事柄が全て謎に包まれたままならば、ライナ側のアクションが異なるのも当然だろう。そして好意を先に抱いたとしても、降り積もるのは自分への不信感だけだ。生真面目な性格しているライナが、ゲマトリアやアイといった何か訳ありの秘密が隠されていることを示唆する存在との接触もないならば、クソ真面目に思い詰めてしまい、段々と逃げるように遠ざかっていったとしても不思議ではない。
そのようにすれ違う理由もなんとなく想像が付いたが、明確な答えはわからない。──本人以外は。
そんな二人を見ていて、素朴な疑問に行き当たったものが一人。
「アロナ先輩。アイとは何者なのですか。彼女のヘイローはライナさんと同じ物を浮かべているのですか」
プラナにも見えた。ライナとアイは完全に同じヘイローを浮かべて、完全に同一の技を使う。それは同門や兄弟弟子と言った言葉ですら生温い。まるで影法師や分身だ。
「先生、教えてください。何故彼らは全く同じ動きをして、全く同じ技を使うのです。あれは異なる存在が同じ系統の技術を使っているという次元ではない。まるで──」
"プラナ"
"違うんだ"
「先生、いいんですか?」
"既に見てるから平気だよ"
"それにプラナも、ライナを知っている"
"見れないなんてことはないさ"
「わかりました」
先生がそうするならば、アロナは止める理由はない。
それにアロナも、プラナにはやってもらわなければならないことがある。その事を考えれば知ってもらわなければならない。
「どういうことなのですか」
"──アイは、ライナなんだ"
「……は?」
……時は少し遡る。
「それで何故彼を秘匿し続けていたんですか」
「知ってる側のアコが話題を切るとはね」
シロコ*テラーを退け、アトラ・ハシース攻略戦も佳境という頃合い。無駄話などしてる暇は無いが、しかしどういうことであったのかという説明自体は要求したい。そんな場の空気を代表して、アコが事情を知っているアヤネとカヨコ、そしてリンに尋ねた。
「カヨコさんもそうじゃないですか。というか、一応彼そういう扱いになってたんですね。なら尚の事黙ってる理由も無いと思いますが。アヤネさん」
「それは──」
「その疑問には私が答えましょう。単純に誰も何も知らない方が都合が良いからです」
返答に困るアヤネを見て、リンは即座に口を挟んだ。恐らく彼女たちは真相を知らないと判断しての行動だ。
「それは一体どういう意味でしょうか?」
「聞きますがハナコさん。あなたは何処まで知っていますか」
「ヒフミちゃんの友達でシャーレの補助員。先生が外から呼んだ追加人員。アビドスの人たちとは仲が良いとしか」
それが全てではないだろう、とは思うが。しかしそれ以上に何か情報がいるのだろうか? とも感じる。必要以上に隠しているというよりも、隠す理由もそこまで無いのだが隠した方が都合が誰にとっても良いかのような──それこそアズサの本来の所属のように、言うと面倒だが言わなくても面倒、されど知っても……というように。
まあ彼女の場合はそこに暗殺者だったという話が挟まるので隠されて当然だが。それはさておき、言っても言わなくてもさほど変わらないが、言わない方が荒波が立たないのでそうする。リンだけでなく、返答に困っていたアヤネからもそんな印象を受けた。だからこそハナコはそこまで気にする話題でも無いだろうと考えるし、仮に表向きの話だけで済まされるなら、それで納得はする気であった。友人の友人で、かつ恩人たちの属する場所の問題をこう表現はしたくないが……この場だけでなく全体から見ても些事というものだろう。
「この場で最も彼の真実に近いのは私ですから、私が説明しましょうか。まずライナさんがこういう存在だと誰もわからなかった。謎だらけ故に手がかりさえなかった。だからこそ危険ではなく、そして彼の中に在る危険な真実もまた動く気すらなく、何をする気さえもなかった。双方にとっての想定外が、この事態です。つまり事故ですね」
あっけらかんと告げられる真実は、なんとも気の抜ける話。危険であると誰も知らず、それが故に危険ではなかったのに、誰にとっても不都合な事態が生じたせいで危険な部分が不本意ながら表に出てきた事故という。
『真実に意識があるような言い方ね』
「あります。真実そのものが眠っている。今のライナさんはその真実ではないにしろ」
リオが聞いたことにさえ直球で返答が返ってきた。聞いた本人が目を丸くするくらいには即答だった。あらかじめ決められていたように。
実際、短時間でどこまでなら危険が少ないかを考えて説明するのはここまでということは決めていた。だからそう思うのも当然であった。
「それで、結局何故その危険存在としての手がかり、真実は出てくる気がなかったとわかるんです?」
「会ったことがあるので。おかげで危うい状況にはなってしまいましたが。見るな、呼ぶな、触れるな、形とするな……全ての者が秘匿を選び続けた理由がよくわかります。それを伝えて誰かが真実を見てしまえば、真実は必ず現れて殺しに来る。それを見た者がいればそれを殺し──そういう連鎖を恐れたのでしょう」
ヒマリの疑問にしれっとリンは語るが、人知れず事態を解決していたし、できていたなら特に何か……というわけでもなく。言われたところでああそうですかと、後はモモカとアユムが少々苦い顔をしただけであった。
アイが何故黙っていたのか。アビドス以外に知らせようともしなかったのか。それ自体はシンプルな理由だ。知らなければ封殺できる。事故的に現れても最低限で留められる。それだけに過ぎない。
知り過ぎれば歯止めが効かなくなり、『彼』が暴れ回る姿を大多数が目撃し、その大多数を殺すべく『彼』が動き出し──という連鎖が起こりかねないから。
ユメとホシノが秘匿すべきと考えたことが、巡り巡って今を守っていたという形だ。リンもあの後少し考えて、敢えて何も言わないことが最善手であると把握して、しかし先生にだけは裏で伝えることを選んだ。
「知らなければそれで済むし、それが最善。知ることそのものが命取りになる存在──我々は彼を完全に無力化する方法を最初から知らずに取っているのだから、それを続けさせる他無い。そして害をなす状況なら絶対に排除されかねないから、あらゆる意味でも秘匿するのが最善である……こんなところでしょうか」
「まったく、我々も冷たく見られたものですね。害ある存在だと知れば見殺しにするとでも思ったのでしょうか。まぁ例は無きにしもあらずですが」
『根本的に違うわ。多分、話を聞くに彼はそういう存在とは違う。もっと別種の──』
「そこまでです。考察をするなら視線を逸らす方法を身に付けるしかない。あなたがどれほど聡い人物であれ、夏雪ライナを見ることができないなら危険です。『彼』は無益な殺生を好まないし、本音を言えばそもそもこんな状況であることも望まないでしょう」
『夏雪ライナを見るとは?』
「それを問うこと自体が『彼』を見てしまう証拠になります。完璧に対応できるアビドス廃校対策委員会と先生に任せましょう」
『余計な気を回してしまったようね。ごめんなさい』
「いえ、むしろおかげで助かりました。何故やどうしてを伝えようにもフックが無かったので。急に言われても意味がわからないでしょう」
聞こえてきた会話の大半がよくわからないが、別に何か気を回すことをでもないらしい。とりあえずどうにでもできるし、どうにでもなること。それさえわかれば大したことにはならない。知ったのならば頭を回す性格だとしても、適任というものがあると知るならばあえて何もしない選択も取れる。
「なんだか何処の学園もややこしいのね。でも先生や行政官が受け入れることを決めて、アビドスにいさせてあげようとしたのが全てじゃない?」
「要はタマネギの毒性ということですね。シンプルな話です。事情に関しては極めて複雑なようですが」
「タマネギって……まあそういうことかもしれないけどさ」
ヒマリがタマネギの毒性と言ったが、言い得て妙だとカヨコも感じた。
普通なら何の問題も無い。ただ特定の条件が揃った時には必ず対処しなくてはいけない。それは特別な方法でもなく、こちらで取れる一般的な方法で十分。それも知らず知らずのうちにできている。ならばそれはタマネギの毒性に似ている。
「リン先輩がまさか色々大変な目に遭ってたなんてね。でもまぁ、確かに私も見てきたけど、ただの人だったし……」
「普通にシャーレの手伝いとかもたくさんしてましたよね。事情がありそうなのは知ってましたが、悪い人にはまったく……」
人付き合いはつっけんどっけんだが、そんな不思議な人でもない。ちょっと気難しいとかそういう人。なのにこうなるなんてどういうことなのか。
「それでその、何故シロコさんは彼を──ライナさんを連れてるんですか?」
「正直わかりません。真実を考えれば大人しく連れられてる筈もない。彼がこういった物と関係した存在とも思えませんし。色々と力は持っているにしても……」
──しかし未だに不明な点もある。
ライナは何故そこにいるのか。
ライナの持つ力とは何なのか。
だがそんな事よりも世界を守る為に手を動かすしかなかった。
そんな経緯を経て、ライナの中枢は多少なりとも他学園に共有されたが、それだけだった。結局何もやる事がないから。できる事がないのだから。
「いや悪いね。事務所借りて。ヒフミちゃんもごめんねぇ。急に呼び立てて」
便利屋68の事務所。
そこにはもちろん家主たちがいて、依頼主であるアイがいて、そして今回この依頼を遂行できる相手の一人であるヒフミもいた。
そう、アイは色彩の騒動で便利屋に対して言ったもっと巻き込むという言葉を有言実行しようとしていた。
「ライナさん関係ですよね」
「まぁ理解者側だから当然察するか。それにしてはキミ、随分と飲み込みが早いね」
「ハナコちゃんに色々入れ知恵してもらったんです。可能性としてあるなら、って」
ハナコがこの件に首を突っ込むことが誰の為にもならないなど、彼女の類稀なる頭脳を持ってすればすぐに理解できる。元々アビドスが対処中なのだ、ならば信じ抜いて任せるのが筋というもの。
それでも可能性を考慮して、アヤネとカヨコに助力を申し出た。その助力も微々たるもので、恐らく協力者になり得るヒフミに多少の知識を入れ知恵するだけ。つまり彼女の理解度を現在の最新まで上げておくというそれだけに過ぎない。
だがそれが最善と睨み、少し前にかけてしまった迷惑への謝罪として、関わることがどうしても難しいなりの協力方法として、彼女は一つ手を打った。
「となるとアヤネちゃんとカヨコちゃん経由か? ふぅん、脱出後から備えようってのはいい心掛けだが、いつの間に……やるじゃないか。ボクの話は?」
「ある程度は」
「オーケィ」
当然にそういう迂回路を通って、事前にある程度アイの事も把握し切っている。
「それで、私たちにする依頼──私たちをもう一枚の切り札にしたいような事って何かしら。かの美少女覆面水着団のファウストまで連れて」
本題を言えと、アルが切り出す。
当たり前だがこれは正式な依頼にあたるのだ。彼女が気合を入れるのも当然だろう。
「これはシャーレからの正式な依頼だが、期間も不透明だ。その上、過酷な仕事になる。更に詳細な説明をしたらもう逃せない。つまり受ける受けないは、概要程度で決めてもらうことになる。半ば特殊部隊みたいなもんだ。もちろん参加するなら本物の特殊部隊が監修した様々なマニュアルが配られる。フォロー体制に関してはバッチリさ」
先生が仔細は明かせないながらも相談したことにより、Rabbit小隊監修の様々な特殊状況マニュアルが製作された。本人たちはそういう事が自分たちの仕事だと参加協力を申し出たが、ライナに関する様々な情報を知らなかった為に直接的な参加は許可されなかった。
アイは掌に小さな黒い欠片を乗せて、彼女たちに見せる。それは破損した何かの断片のようであるが、断面には結晶がこびり付き、透き通っていて、だが影のような紋様も見える奇妙な物体。
「基本的にやる事自体は単純。この欠片をキヴォトス全域からかき集めて欲しい。ブラックマーケットに流れてることや、アビドス砂漠に残ってるものがあるのは確認済みだ。コイツがあればある存在に対抗する事ができるが、十分な量が必要だ。アリウスが売っぱらった物の中に混じってたのが不幸中の幸いだった」
「なるほど。他には?」
「もし事が発生した際、戦闘に参加して欲しい。現れるヤツは強いし、絶対に混乱の最中に仕掛けてくる。だから命の保証が本当にできない。相手は理屈の外にあるから」
言葉は濁しているが、流石にわかる。
ライナに関係した話で、かつ理屈の外にある強力な存在。カヨコも既に共有していた。──ライナの中に在るライナが恐らく……
「とまぁ正直釣り合う話ではないし、時間も長い。その上金払いだけはいいがまともな支援が期待できないと来たモンだ。はっきり言って事が終わればボクを恨みたくなる様な結末が待っているかもしれない。それでも──」
「ガタガタ長いわね。あなたたちは私たちの助力を必要としている。それだけの話よね? なら当然に受けるわ、その依頼」
便利屋68は迷わない。
それが依頼ならば受けて、完璧に遂行する。それが友人たちを守る事にも繋がるのだから。
「助かるよ。それでヒフミちゃんはどうするんだい。正直言えば、アリウス絡みの話並みにめんどくさいぜ」
「受けます」
そしてヒフミもまた迷いなく頷いた。
便利屋68とは異なり、彼女はフリーに動けるわけではないし、こういうのもなんだが、普通なのだ。だからアイは引き返す選択を意図して掲示しようとするも──
「いいのかい? 何度も言うが……」
「友達を助けるのに理由がいりますか」
「……愛されてるねぇ、アビドスの子ってのは」
「もちろんライナさんもですよ」
「へ? ──あぁ、そう? ありがとう」
あの日叫んだ言葉を嘘にしたくない。
あの日叫んだ言葉を響かせてくれた友達の中にいるのだから、その為に動くならば何も困る事はない。
「……さて、全員参加だね。じゃあここからは逃げ道を断つ話をしよう。もちろん他言無用だ。ライナと、その中にいる者。じゃあライナを知るボクは本当は何者なのか。ライナを補助する存在で、今はライナから切り離された存在。ああ、それ自体は偽りじゃないんだが、実は説明を大きく省いていてね。本当はこうなんだ」
アイは薄く笑い、自分の、本当の正体を見せ始める。
「ライナを補助する為に、ライナの色欲を中核に、ライナによって作り出された存在。端的に……アイという個体識別名称ではなく、ボクの存在名称を述べるならば」
アイの姿がグチャグチャに歪み、黝の人型へと変わり、再度姿を作り始める。女性形から男性形へ、纏めた髪から伸ばした髪へ。そうして現れた姿は黝のヘイローを浮かべ、腰まで届く髪を棚引かせた、青の双眼を持つライナそのもの。
「セリカちゃん。不思議に思わなかった? 色欲が無いってどうしてわかるのか。そもそもどうして人間の構成要素である感情が欠落しているって知ってるのか」
"色欲を欠いているからライナはシロコに恋愛感情を抱けなかった"
"なら、どうして彼女がそれを知っているのか"
原点からの疑問。
ゲマトリア以外知らない人物を、何故ゲマトリア以上に理解している素振りを見せて、かつそれ以外は半端なく知識なのか。
そもそも人間の感情を欠いているなど、何故知っているのか。
「そしてもう一つ。それが取り戻せるものってわかってるのは変な話だよね。じゃあ、こう考えてみない? 欠落した色欲は何処へ行ったのか」
"特殊な存在だからそれを知っているのは納得にはなる。でも、何処でそれを知ったかの理由にはならない"
それにそもそもの話。
何故それを知っているのか。そして何故それが正しいとわかっているのか。
「──ライナの色欲が、一部の知識と共にそのまま切り離されていたとしたら?」
"機械のように、初めからそういうものとして生み出されているなら"
"それを知っている理由になるでしょ"
初めからそういうものだとすれば。
主人公に対する好敵手のように、初めから答えだけはあって、その後に理由が来ているとすれば。
「同じヘイローを浮かべて」
"同じ技を使い"
「同じ動きをして」
"同じ人間のように理解する"
似ているという言葉で済まされず、理解者という言葉では済まされない存在。
「それは初めから、同じ人間であることの証明なんだよ」
"それは初めから、同じ人間であることの証明なんだよ"
──同一人物。
「改めてボクの名を名乗ろうか。──俺は夏雪ライナ。お前たちの知るライナの一側面であり、ライナとかつて融合した……と真偽不明の記憶が告げているアビドスの反逆者の『僕』を模倣するエミュレータだ」
アイの声とライナの声が入り混じりながら、何処か他人事のように自分のことを語る、人以前の存在。ライナの姿から右側がアイで左側がライナのそんな怪人姿に。そしてまたアイに戻る。
最初にアイが姿を現して戦った時、ホシノが動揺した理由。そしてアイの正体を知った時、ホシノが納得した理由。
ライナの一側面。色欲・伝播欲とされるものを魂とし、肉体を他の素材で創り上げた、他者を模倣するもう一人のライナ。
……アイとはライナである。
「さて、オレたちの話を聞いてもらおうか」
だからこそアイはずっと先生たちに示し続けていた。
ライナとはなんなのかを、己の中に秘められた真実を。
刺激することなく、深入りさせることもなく、適度に。伝播欲を司る者として程よく興味を持ってもらい、禁忌に触れぬように自らという外壁と共に自身を──ライナを伝播させる。
そして、己と向き合った時。己に味方する理由が無いのならば。
最も己を憎み、己に怒る者。それは己自身なのだ。
誰も自己嫌悪からは逃れられない。