青い春に馴染めない黝の星 作:うへうへ学生
「ん、お前嫌い」
「犬コロが吠えやがって」
「ラーイーナー?」
「チッ、てめぇがこんな阿呆を拾ってきたんだろうが。そっちでやれよ」
「あのさぁ、うちで面倒見るんだからライナも顔を合わせるんだよ? せめてお互いにキャン吠え合うのだけはやめてくれないかな」
「ノノミちゃんを見てよ」
「関係無いだろ」
「困ってるよ」
「……ごめんな、ノノミ」
「バカがノノミを困らせてる」
「そんなに喧嘩売りてえならすぐにロッカーに詰めて砂漠に捨ててきてやる。てめぇなんぞ策も見破れねえバカ犬だろうに、人間サマの真似事してんじゃねぇぞ」
「弱いバカはうるさく吠えることしかできないんだね」
「二人とも!! シロコちゃんも言い過ぎだよ」
「ん、口答えできるような立場でもない奴の事なんか……」
「ライナはおじさんの親友なんだから、同じように扱えとは言わないけどせめて喧嘩はしないようにしてよ」
「ケッ、いいザマだ」
「こいつを?」
「ライナにも色々あるんだよ。──ライナ、ライナの方からお願いできる?」
「知らねえよ。初対面で弱そうだの強くないんだからホシノの頼みを聞くはずがないとか抜かす阿呆の事なんぞ。てめぇの犬だろ、てめぇで躾けろ」
「ノノミちゃーん……おじさん困っちゃったぁ〜」
「もう一緒にご飯でも食べて静かにさせましょうか」
「それだ! ライナ、シロコちゃん! 今日はうちでお鍋だよ!」
「鍋って……まさかこの犬と買い物行けとか」
「言う!」
「……おい、行くぞ」
「やだ」
「じゃ飯抜きな。飢えてろ」
「お前が来なければ私は行く」
「わかってないな野良犬。こうなったホシノは梃子でも動かねぇ。諦めろ。文句垂れ続ければ最後、叩き潰されるだけだ」
「……仕方ない、ホシノ先輩の言うことなら」
「あ、好きなの買ってきていいですからね〜」
「どんなお鍋にするかは二人で相談してね〜」
思い返したとある記憶。
──こんなことばかりだ。本当になんで自分たちは仲良くなれたのか理由がわからない。それに、どうしてシロコは自分を選んだのか。余計にわからない。
あのデートから少し経っても、ライナは自分の中に明確な恋愛感情を見つけられずにいた。
(……参ったな。異性愛がせめて一欠片でもあれば、俺も素直に受け入れられるんだが……)
どうだったか、何か自分もそれなりに感情を抱いた瞬間くらいはあるはずだと深層から色々とほじくり返してみるが、何一つだって見当たらず。先日好意を向けられていると知って高鳴ったという事実だけが、ライナの中にあった。
(クソ、わからん。自分の事がわからないのは毎度の事だが、しかしこれは難問だ。どうせ向こうは共有しているだろう。ならば──)
そう、頼れる相手は──
「あのさぁ、ライナはさぁ」
「なんだホシノ」
「どうせ共有してるだろう、で私たちに相談する?」
「いや、あの、先輩あんた……」
「ご、ご自分で悩んだ方が絶対いいですよ」
「シロコちゃん、ほら、その、こういう人だって、よくわかってるじゃないですか」
「そう、だね。うん。そうだね。でもこいつなんで私がいるところでそれを言うんだろう」
翌日。
このアホはシロコがいる前で、みんなに向かってそんなことをブッパした。はっきり言って終わっている。
「……はぁ。おじさんたちに相談したら絶対にシロコちゃんとくっつける様に仕向けるってわかって話振ったんだよね?」
「ああ。他にする相手もいない」
「先生を頼りなよ先生を! ヒフミちゃんとか、便利屋の子たちとか、それだけじゃなくて個人的な付き合いのある子とかいるでしょ!?」
「前者二つならともかく、他の連中に俺の身の上話するのもなぁ。あんま気が乗らねえんだよ」
「なんでさ」
「かったるい。変に色眼鏡かけられてもヤダ」
本当に伝搬欲が戻ったのか疑問に思うような即答だったが、理由が面倒臭いのと色眼鏡が嫌いだというものな辺り、割と改善はされているだろう。
ただ根っからの性格や考えが変わるわけでもなし、ということか。
「よし。アヤネちゃん、セリカちゃん。もうビシッと言っちゃって。多分こいつおじさんが言ってもわからないと思うんだ」
「先輩、一人で悩みなさい」
「ライナ先輩……私たちはダメでしょう」
「えー」
「というかせめて個人にしなさいよ。なんでみんないるところなのよ。なんでシロコ先輩の恋を醒めさせるようなことを言うわけ? 人の心とかないの?」
「うーん、暴れ狂った時期あるし部分的にないかもしれん」
「ライナさん」
「なんだいノノミ」
「ちょっとお時間いただきますね」
「えっ、あれ、引き摺らないで? 歩くよ? 歩くからさ? おーい? ノノミさーん?」
ズルズルとノノミに引き摺られて消えていくバカを全員で見送り、何故こうなるのかとため息を吐いた。
「昔からそうですよね。変にデリカシーが無いっていうか」
「はい」
「どう思ったんです?」
「あ、乗ってくれるのね。ありがとう」
「どうせ乗らないと終わらないでしょう?」
ズルズルと引き摺られた果てに連れて来られた教室。長い付き合いだから知っているが、こいつはそういう奴だ。こういう時の貧乏クジは自分が引いた方がいいだろうと、渋々ノノミは引き受けることにした。
「まず胸が高鳴った」
「それ答えじゃないですか」
「でもその高鳴りがなんなのかわからん。薄汚い欲望が理由かもしれん」
「愛はそういうものだと思いますよ」
この人なんでそんな男女のお付き合いを高尚に考え過ぎているのだろうか。どう考えても結婚を前提としたお付き合いくらい真面目にやる気である。恋愛とは劇的でもあるが、しかし同時に日常からの派生でもあるのだ。何か変わったりとかはするわけでもなかったりする。つまりもっと気楽に受けたっていいだろうに、と彼女は思う。
「……お前が先生と夜会ってたようにか? あの夏の日に」
「な、なんで知ってるんですか!?」
「さて、なんでだろうな」
あの時、自分が先生と二人きりの時間を取っていたのを知っているのはホシノだけの筈なのにどういうわけか知っていた。ふふんと不敵に笑ってやがるアホをどうしてやろうかとか一瞬思ったが、どうせホシノから聞いたんだろうと思うと、どうでもよくなった。
「話戻すか。いやな、シロコの事に気付く素振りすらなかったじゃないか、俺」
「それはそうでしたね。まさかそれで?」
「先生じゃなくて気付きもしない俺を選び続けてくれてるのに、待たせた挙句に一時の欲望と下卑た感情だけでそれを受け入れるなんてしてみろよ。お前どう思う?」
そんなことは当然に許されない。十六夜ノノミの全てを賭けてでもそんな相手はお仕置きする。だが、だ。
そうやって最悪だったら失礼で嫌だからと考える時点で立派に異性愛が僅かながらにでも存在しているのではないか。それだけならその場で受け入れていいだろう。だがそうもせずにそれ以外を探そうとする行為そのもの、それは愛に等しいだろう。
というかノノミは別にライナが相応しい相応しくないとかそういうことを考える気は無い。くっついても不思議ではない関係性だったのだから、そんなことを気にする理由もないのだ。
(どう伝えたらいいんでしょうか? この人基本面倒臭い思考回路してますし……)
問題はそれを素直に伝えたところで延々と受け止めないことである。悩みそのものが答えなのだ、と言ったところでライナはそれを信じることができない。白か黒かはっきりすることを望むきらいがある。不透明であることが気に入らないのだ。
「ノノミ? そんな悩むことか?」
「ライナさんだったらまぁいいんじゃないんですか⭐︎」
「良くねぇよ俺が」
誠実である、と喜べばいいのか。
何をクソ真面目に悩んでるこのバカは、と呆れたらいいのか。
逃げるとか鈍感とかでもなく、他者の好意を認めて、その上で自分の好意を探している。対応自体は誠実だ。なんなら下手な言い訳をするより遥かに良い。善し悪しで言えば善しだ。本当に取り戻したらあっという間にコロッと落ちそう──いやあれも本人が分析してたんだよな、と今更の事実に行き当たる。
(アイさんがライナさんであるなら、それはつまり──あの時の会話って)
あれもあれで遠回しな告白とも言えるのではないだろうか? 事態がこうまで複雑怪奇になっていなければ本当に二人の恋愛までの準備期間はすんなり終わったのかもしれない。
まあそれとなく教えてやるかとノノミは語彙力を引っ張り出すことにした。
「まぁ、そうですね。そういうことって探していると全くわからないことあるじゃないですか」
「灯台の下が暗いってことか」
「夜明け前が一番暗い方が合ってると思います」
「うーむ。イマイチこう、ピンと来ねえな。考え方が違うのか? 思い出を回想しても見当たらないなら今から見つける方が正しいのか?」
(この場にホシノ先輩いなくてよかった……いたら絶対クソボケがーッって言いながら殴ってます)
──貧乏クジ、とは言ったが。
ホシノでは近過ぎて、セリカとアヤネでは遠過ぎる。シロコは事情を考慮して論外、となるとやはり程よく近く程よく遠いノノミくらいしか相談に乗ってやれるのはいない。ある種の消去法でもあった。
あとは先生くらいだが……ライナの狭い友好関係で、そんな話ができるのは少ない。結局浅く広くということには何も変わらないのだから。
無理言ってシャーレに同行させるべきだったかと思ったが、しかしその不透明さを理由に手元へ置くことを是としたのは自分たちだ。そこは甘んじて受け入れねばならない。
「割と助かった。一つ光明が見えたかもしれない。ありがとうノノミ。多分考え方が間違ってたっぽい」
「ああ、はい、どうも……」
もうそんなのどうでもいいからシロコの想いに頷いて欲しいと思う気持ちもあるが、しかしライナの気持ちもわからなくもない。何も自分のことがはっきりとせず、訳の分からない複雑な真実をその身に宿しているとだけ知っているならば、せめて想いに応える以上自分の確かな想いを感じたいのだろう。一本大きな柱を得たいというのはよくわかる。
かつてノノミもまた、似たような経験があってここにいるのだから。彼女もまたはっきりしない自分が嫌で、はっきりさせたという事実もある。
「あんまり難しく考え過ぎないでくださいね」
「善処するよ。あ、そうだ。聞きたいことがあったんだよ。ノノミお前さ、先生の近くからたまに女の子の声聞こえたりしないか?」
「え? 気の所為じゃないですか?」
「だよな。……耳が良くなったのかな」
自らの異変に気付くこともできず、もちろんその後にはお説教が待っていた。
「思ったよりも順調ですね」
『ま、連中も価値のわからんガラクタとして扱うしかないところに、高値で買い叩くって言いに来る謎の人物がくりゃあ、当然に浮き足立つだろ』
5と書かれた紙袋。
普段着る白い服装とは正反対の真っ黒なスーツ。
ブラックマーケットを歩くヒフミは、彼女を巻き込み、そして彼女を必要とする同居人とここ連日ブラックマーケットに出向いていた。もちろん方々には特殊な依頼の性質上、ということを伝えてあるので問題にはならない。シャーレ様様である。
ライナ=アイ、と本人は改めて名乗るようにはなったが……まぁアイでいいやとヒフミはそのまま呼ぶ彼女であり彼。
珍妙な組み合わせながら、初めてアイを認識したことで肉体を得させたヒフミというある種の運命的な組み合わせは、一旦複数人を必要とするアマルナ近辺の捜索を便利屋に任せてここにいた。
『にしても、ブラックマーケットに出回ってる数が結構多いな。あのクソアマが全部使い切ったと思ってたが……万一に備えてか、それとも、動かす為か。まぁいい。どっちにしろかき集めるだけだ』
「で、でもその……いいんですか? これ、窃盗──」
『知らん間に盗み出された挙句、勝手に使われて、勝手に余ってた分を売り払われてたんだぜ? 自分の持ち物を取り戻すんだ、そりゃ窃盗じゃなくて奪還だろ。それにヒフミちゃんはただ交渉に失敗してくれれば良いんだから、別に盗みに加担してるわけじゃないだろ』
平和的に、というのは事前に知らされていた先生からのオーダーだったが。
アイは確かに平和的に、暴力的な手段には出ていない。ただヒフミと持ち主が会話している間に、特殊な存在故にある一定の条件を満たさなければ認識不可能かつ、仮に見られても監視カメラなどにも映らないという特性を利用して堂々と侵入し、その欠片を奪い取ってきているのだ。
『その間にボクが勝手に取ってるだけなんだから。キミは作戦通りに動いてるだけ。むしろ指令無視してるのはボクの方だよ』
「ライナさんっぽい屁理屈の付け方だけど、微妙に違うのがやけに目立つというか、こう……」
『ほら、人の性格はたくさんの面があるって言うじゃんか。ボクはライナのヤなトコも多く含んでるし、そういう意味じゃライナの嫌な性格を誇張してるのサ』
色々話したりしている内に知った、ライナという人間のアレなところ。そこを切り取って誇張しつつアレンジしたのがアイなのだからまあ確かにそうなのだ。ライナであってライナではない。
『ま、それにほら? ボクたち長い付き合いじゃない? ライナとしてもね。ずっと中から見てたんだから』
「ストーカーじゃないですか」
『モニターと言ってくれヨ、ヒフミさん』
「そういう時だけライナさんの声にしないでください」
『元々の声なのにひでぇヤ』
「それにしても復興資金にしたって、何故こんなものを売り払っていたのでしょうか?」
『ふぅむ。まぁ一つ可能性があるなら、価値がわからないがアリウスの支配者がかき集めた物だから、相応の価値があると思って適当なホラ吹いてぼったくった』
「そう上手く行くとは、思えませんが」
『ああ。正直ボクもそう思う。ぼられたのは向こうだろう。だからこれらは、手にした者たちにとっては安く買い叩いて、損でも構わない程度の値段。仮に化けたら大儲けだ。で、実際大儲けさせてくれそうなヤツがくれば浮き足立つと』
「それでアイさんが奪って隠してしまえば完全犯罪──でしたっけ? 何度か色々荒事になってしまったような」
『全部ボクが無茶振りの詫びとしてケツ拭いてるしいいじゃないの。ちょっと身体は借りたけど』
時折、交渉失敗の為の文言にミスがあったのか、荒事になるのもしばしば。しかしヒフミに無理はさせないとアイがその肉体の主導権をもらい、杖と鎌剣を駆使してあっという間に制圧してしまう。
その代わりに物凄く疲れるが。当たり前だがヒフミは普通の少女である。そんな彼女の身体で魔技と呼べる殺人技巧の数々を披露すれば当然にそうなる。
『そういやアズサちゃんだっけ? その子がライナに見覚えあったって話だったか』
「はい。多分、その理由は──」
『どっちにしろ、ヤツが持って行った物を見つけない限りライナの中身を制しても、この呪いの様な連鎖は終わらない。欠片だけじゃなくて、アレもな』
もう一つの探し物。
欠片とは異なり影も形も無いソレ。アリウスであったアズサが、本来顔を一度も出したことの無いライナの顔に見覚えがあった理由。
ある種本題と呼べるそちらの捜索は難航していた。
「……ソレも売られたとか、ないですよね?」
『売れるわけがない。その上、アイツの性格を考えればガキなんぞに触れさせる訳がない。となればアリウス以外のどっかに隠したんだろうな。しかし何処に……』
難航している理由。
それはアリウスから消失していたこと。
(プレナパテスがアレを所持していなかった以上、ゲマトリアの手元には無い。何処かのタイミングで、ベアトリーチェが出し抜く為に隠したと判断する方が妥当だろう。だがアリウスに根を下ろしていたんだ、そうそう流せる場所も無い。カイザーおよびアビドスは黒服の管轄、マエストロはそもそも根を下ろさない、ゴルゴンダはアイツらが触らせる訳もない。一体何処だ……)
思考を巡らせても答えは出ない。
ベアトリーチェによってアマルナから持ち去られたもう一つ。
──ソレがあっては、仮にライナの中に在る『彼』との対峙を終えたところで、不安要素が残り続ける。
もちろん不安要素は学業を犠牲にしているそこの少女にも付いて回るのだが。
「……勉強とかテストとか、大丈夫かなぁ」
『まぁなに色々言い訳つくしさ、譲歩してもらうことも可能だろうよ。それよりもモモフレンズ関係のイベントの心配しなよ。ボクもキミに自分たちの都合で連んでもらっている以上、そこら辺を理由にされたら大人しく日時は譲るけどさ。忙しなくて予約取れないとか嫌だろ?』
「大丈夫です! こうなる前にみんなと相談してもう日程は頭に詰め込んでありますから!」
『あー……言ってよね? 無断はやめてよ? 先生から怒られるのボクなんだからね? 思い切って動くのはいいけど無断だけはやめてね?』
やいのやいのと喋りながら、二人は事態の根本解決の為に暗躍を続けるのだった。