青い春に馴染めない黝の星 作:うへうへ学生
セリカと連絡が付かないとなった後、ホシノの行動は迅速であった。
部室にみんなを集めて、先生を呼び、アヤネを家に確認に向かわせる。そして──
「ホシノ」
「うん」
カタカタと慣れた手付きで情報割り出しに入るライナ。別に先生が劣っているというわけでもないが、しかし普段やらないことなのだからライナよりも遅いのは仕方ないことだろう。
"こういうの得意なんだね"
「アヤネが来るまでは後方担当でしたから」
"今はどうしてるの?"
「別に。彼女の助手のようなものですよ。能力的には逆立ちしたって勝てませんし」
──本当にそうなのだろうか?
ホシノは一切の迷いなくライナを連れて先生を訪れ、情報収集に走った。それだけ信頼しているのだろう。まあ確かにアヤネがセリカの家に向かっているのもあって情報関係に明るいのはライナしか残っていないということもあろうが……単なる合理というわけでもないのは確かだ。
「……しかしシャーレの先生と言えども万能ではないんですね」
"そりゃね。私も、一人の人間だから"
"たった一人で何とかなるほど甘くないのが常ってものだよ"
「ところでセントラルネットワークのアクセス、バレたらどうするつもりですか?」
共に情報を裁きながら、先生とライナは言葉を交わす。
"どうもしないよ"
"緊急事態だし"
「なるほど。あなたも大人で、実にしたたかだ」
──含みのある言い方。
まるで、そう思う相手がいるかのような。
「ライナ、そういう言い方はおじさん感心しないなぁ〜。こういうのはそもそもバレないって知ってるからやれるんじゃないの? ね、先生」
"さて、それはどうだろうね"
"とにかく今はセリカの端末情報を見つけよう"
そこからは早かった。
元よりそういうことに慣れている人間が3人いるのだ、手間取る筈もない。
「個人端末──黒見セリカ……これか。位置情報……」
「ここか……よし、見つかったね」
"早く伝えよう"
情報さえ集まれば後は迷うことは無い。
全員が揃って素早く情報を共有、作戦を立て始める。とはいえ、やること自体は単純である為、最終確認程度の話でしかないが。
「夜間強襲……とまでは行かなさそうだね。早朝の襲撃になるから少なくとも相手はここまで早急に動くとは想定してないはず」
「ん、イニシアチブを取れる」
「問題があるとすれば敵陣のど真ん中に突入することだけど、そこは先生の手腕に任せよう」
"任せてよ"
"必ずみんなでセリカを連れて帰ってくるから"
前線に出るのはホシノ、ノノミ、シロコ、そして先生。アヤネとライナは後方だ。
「セリカちゃん、大丈夫かな……」
「ヘルメット団とかの不良生徒は、本当に危険な奴らとは違う。仮に傷付けられてたとしても、普段の戦闘と大して変わらないよ」
そうですよね、と続けようとして──ぴたりと止まった。それは驚愕と疑問から。
待て、待ってくれ。どうして……
「ああいう半端者は意外とその手のことに抵抗があってね。意外と面白いもんだよ。傷付けることには慣れてても、自分たちがそれ以上の力で捩じ伏せられるのには全く慣れてないんだからさ。で、あればセリカがどうやって連れ去られたかにもよるけど、そこまで心配は要らないはず。所詮はチンピラ、やれて腕を折るくらいだろ」
この先輩は何を言っている?
なんでそんな、実際にそういう場面を見たかのような言い草なんだ。そしてそれ以上の力で捩じ伏せられるなど、どうやってそんな場面を……? 久しぶりに疑問が膨れ上がる。アヤネが知る限りでは、ライナは
ただ──過激極まりない作戦をたまに提案するだけで。
「しがないチンピラどもがこの終わりかけに執着する理由はまず無いだろう。補給線が途絶えないのも不思議だ。こっちがジリ貧に追い込まれる程の人員を確保しているならチンピラで片付けられない。そんな巨大すぎるヘルメット団なんてアビドスで生まれるわけがない。こんな死にかけの都市で。となればやはり首輪付きだろうが……」
──まあそんなことは後で問い詰めればいいだろう。どうせ聞けば答えるのだ。膨れ上がった疑念に押し潰される必要も無い。
「先輩たちにいくつかの銃器と、所有兵器の部品を回収してもらいましょう。拠点への襲撃、敵も主力を出してくるはずです」
誰の鈴が付いたものやら……と思案するも、アヤネにはそうする利益が見当たらない。アビドスを拠点にする意味が薄い。それだったら他の大きな学園の使われていない場所を取った方が確実だ。
一体自分たちの知らない何かがあるとしても、今現在で他の者が知れる訳がない。それはつまり資料が紛失しているということだから。こういった時、アビドスの消失した資料というものは役に立つ。
しかし悪い意味であることには変わらない。書記をする中で色々な資料を独力で発見はしてきたが、それでも不十分すぎるのだから。
つまり、飼い主の側から探ればいいのだが……そんなことをして利益になるような飼い主がいるのだろうか。アビドスには砂以外何も無いというのに。
強いて言うなら学園であることだが、ほぼ形骸化している。愛着ある故郷をこう表現はしたくないが──終わる土地を求めて、何になるのだろうか。
その後の事は言うまでもない。
単純な結末だ。セリカを救出され、あるべき日常が戻った。
何故も何も、無いだろう。そういう運命なのだから。
それから翌日の事である。
「では、アビドス対策委員会定例会議を始めます」
アヤネが司会進行を務める、対策委員会5名と不法住民1名、そして先生が見守る定例会議が始まった。
「本日は先生にお越しいただいたので、今までよりも建設的な議論ができると思いたいですね」
ややトゲのある言い方だが仕方ない。基本的にアウトローか何とも言えない人間しかいないのがアビドス。そして常識人ツラしてるがだいぶおかしいところ満載の謎の人物。
定例会議の度に頭を悩ませていればこうもなろう。そういう意味で、今日は先生が横にいるからと気楽であった。
「早速ですが本日の議題に入ります。私たちが抱える最重要問題である学校の負債をどうやって返済するか──具体的な方法を議論します。いいですか、具体的な方法です」
とはいえ、議題も議題。ふざけたことにはならない筈だが、釘を刺すことには変わりない。それだけアヤネ目線先輩たちと同期とそこの謎の男に信用がなかった。
「ご意見ある方は、挙手をお願いします!」
「はい」
「一年の黒見さん、お願いします」
「これいる?」
なんでわざわざ固くやるのか全く意味がわからないよと。どうせ私たちの雰囲気バレてるんだしさと。見ている先生からしても露骨にそういう意志が伝わる声色の発言だった。
「いります」
「なんでよ……」
「先生もいるからです」
「だからってその……いる?」
「いるったらいるもん!」
アヤネは圧で押し切った。
チラリと意見を求めるようにセリカは視線を動かしたが、乗り気のホシノとノノミが見えた時点で諦めが付いた。シロコもまあありっぽそうに見えるし、先生とライナは──
"このバイクって買った奴?"
"すごい整備されてるね"
「これは俺に家貸してくれてる人との交換条件です。あっちこっち飛び回って家を開けてる時間が長いからこいつ含めた色々な機械のメンテしてくれるなら住み込み代にしてやるって」
"人情だね"
「まぁ、あの人は特にアビドス生には甘かったものでして。絶対に前より良くするなら弄っていいとまで言ってくれましたし」
「ちょっと何やってんのよそこのボンクラ二人! 会議始まってんのよ!?」
会議するというのにスマホでバイクの写真見てあーだこーだ言ってるし。
"ご、ごめん"
"でもバイクの話気になっちゃって"
「それにまだ始まりそうもなかったし」
「あーもー……先生はともかくライナ先輩ってこんなのだったかしら」
「セリカちゃん、おじさんが保証してあげる。ライナはずっとこんなのだよ」
聞きたくなかった言葉は右から左へ受け流しつつ、会計担当としてやるべきをやるかとまず第一声をすることにした。
「とりあえず、みんな知っての通り現在我が校の経済状況は破産寸前としか言いようがないわ。毎月返済額は利息だけでも788万、私たちが頑張って稼いでも追い付かないわ。これまで通りの指名手配犯の賞金稼ぎ、苦情解決、ボランティアじゃ限界もある」
堂々と胸を張り、宣言する。
「埒が開かないなら、開けるしかないわ! でっかく! 一発で!」
「でっかくって、例えば?」
そして取り出したのはチラシとブレスレット。
「このゲルマニウム麦飯石ブレスレットで一攫千金を!」
「……それ、マルチだよセリカちゃん」
「へ?」
「どうせ運気がどうのこうのって言われたんでしょ。大きめの説明会か何かで。それであなたの周りの人に売ればみたいなことも」
「言われたけど、えっ? 詐欺なの? 二個も買ったのに? 詐欺なの?」
「うん」
途端、泣き崩れるセリカとそれを慰めたり改めて警告する先輩たち。
この子やっぱり見てて可愛いなと思いながらも、先生は少しばかり詐欺警告のチラシとか連邦生徒会通して発行するべきかとも感じた。キヴォトス──正常に動いているのは見かけだけ、中身は虫食いも同然だ。
「えっと……黒見さんの意見はこの辺りで……他にご意見のある方」
居た堪れなくなったアヤネはそこら辺で切り上げて空気も変えようと他を尋ねる。
「はいはい〜」
「三年の小鳥遊委員長」
「我が校の経済状況が悪いことは、まず全校生徒の少なさも大きく関わってるんだよねー。全体数が多ければそれは力になる。借金だって人海戦術でなんとかなるかもしれないしね」
普段通りの雰囲気から放たれる冷静に現状を分析して必要な手を計算し尽くした言葉。先生の目から見ても、一年生たちの目から見ても、ホシノの発言はゆるっとした彼女の印象に反して随分と現実的だった。
「そして生徒数が多いと議員も輩出できるし、連邦生徒会での発言権も与えられる。多方面からのアプローチをかけていけるって訳」
「鋭い指摘ですね。しかしどうやって行うつもりですか?」
「簡単だよ。他校のスクールバス拉致って終わり!」
──ダメだこりゃ。
途端、アヤネは大きくため息を吐いた。言ってることはすごくまともなのにどうして結論がこうなってしまうのか。この人めちゃくちゃ現実的に考えられるのに。
「バスジャックで転入学書類にハンコ押すまで監禁! これなら誰も傷付かないし誰も不幸にならないよ〜」
「うん、さすがホシノ先輩」
「シロコちゃんはわかってくれるよね〜。ターゲットはとりあえずトリニティかゲヘナ……いやゲヘナ一択で。あそこなら別に大した問題にもならないでしょ」
「いや普通に考えてくださいホシノ先輩。他校の風紀委員会が黙ってないし、それじゃ正規の手続きを脅迫してさせたってことになって正当性薄れますよ」
「うへ〜、やっぱそうだよねー」
言われるこっちの身にもなってくれ、勘弁して欲しい。正直な心であった。
「私にいい考えがある」
「……二年の砂狼シロコさん」
嫌な予感はしていたが、聞くしかない。
会議ってそういうものだし。
「銀行を襲うの。プランは立ててあるし、構造から配置、現金輸送車のルートも把握済み。見立てでは五分で一億は稼げる。覆面も準備してあるから大丈夫」
いそいそと覆面を被りながら告げられた案、論外だった。
ホシノのバスジャックはやり口に問題こそあれどまだ双方の合意が取れたら状況悪化もなく被害は少なく済むものだったが、こちらは余計ややこしい状況に持ち込まれかねないのが確定している。
「お、これシロコちゃんの手作り?」
「わぁ! こういうの被ってみるとレスラーみたいです!」
「そういう問題じゃないでしょ! 却下! 却下ー! 第一それやっちゃったらあからさまに怪しいでしょうが!」
セリカが声を荒げているが、本当にその通りである。簡単に言えるが簡単に済む話ではない。銀行強盗は盗んだ後こそが本題なのだから。
「……ダメなんだ」
「そんな膨れっ面して不満げにしてもダメなものはダメですシロコ先輩っ!」
覆面を脱いだ下にあるのは年相応の不満げな膨れっ面。クールなようで表情豊か、砂狼シロコ。
そしてその視線はある人物へと注がれた。昔っから自分の面倒を見てくれていて、よくわかっている兄貴分へと。
「ライナならわかってくれるよね」
「んぁ? ……襲撃プランはいいさ、お前がしくじる訳がない。けどパクった後どうすんだよ。マネーロンダリングしないで金使う気か? 次やるならそこら辺を詰めてから言うことだな。野良犬時代から進歩したかと思ったけど、これじゃダメだ」
気怠げな表情のまま、淡々と不備を指摘する。否定する理由は詰めが甘いからであり、別にライナには銀行強盗自体を否定する理由などない。
「もう野良犬じゃない」
「わかってるよシロコ」
言い方はお互いに売り言葉に買い言葉のようだが、2人の表情は柔らかいものだ。
二人の過去が微かに見えるやり取りの後、僅かな沈黙が場を支配し──それを切り裂いたのはノノミだった。
「はい! 私にクリーンなアイデアがあります!」
「二年の十六夜ノノミさん。本当にクリーンなアイデアでお願いします」
「スクールアイドルをやりましょう! アニメでも定番なら概念として結構広まってる筈です! 私たち全員がアイドルとしてデビューすれば……」
「却下」
しかしこの却下、言ったのはホシノ。
だからこそそれは全員の目からして不思議であった。なんだかんだ理想的すぎるが現実的かつクリーンだ。即答で却下する理由は無いだろうと。
「あら、これでもダメなんですか?」
「なんでよホシノ先輩」
「おじさんみたいな身体に興味持つ異常性癖持ちの人に好かれてもねえ」
「えー。ユニット名少女水着団、アイドル名クリスティーナって考えてたのに〜。ポーズだって考えてたのに〜」
「いやちょっとノノミ先輩。百歩譲ってクリスティーナはまあわからなくもないけど少女水着団ってなんでよ」
ツッコミどころは満載だが、今までで一番マシな案だった。まあ現実味はあまり無いが……
「ライナさんはアイドル衣装見たいですよね」
「いや別に……俺アイドルも興味無いし、女の子も割とどうでもいいし。それよりも不特定多数に君らが見られることが嫌なんだけど」
「独占欲ですかー?」
「茶化さないでくれ。君らが心配なんだよ」
保護者目線なのだろうか。なんとも形容し難い発言。なんか欲望とか抜け落ちてそうな雰囲気。ノノミも付き合いは長いがやはりわからないことが多い。
「暫定三年の夏雪ライナさん」
「えっ、俺言うの?」
「何か言ってくださいっ」
せめて、せめてもうちょっとこうマトモな案がもう一つ欲しいという気持ちから、アヤネはライナから意見を引き出そうとしたが……
「ん〜、じゃあ俺らで仕事を斡旋しよう。猫探しから実力行使まで。仲介料は当然もらうけども、俺たちは依頼内容には関与しない。ただ登録した人間に仕事を斡旋するだけ。トラブルは全部知らない。そして強すぎる奴は排除してアビドスがバランスを調整する。そうして延々と戦闘経済で稼いで最終的にはアビドスをかつての頃に戻す。敵も消してね。どう? 治安改善から潜在的な敵の排除まで全部、ついでに借金も返せる」
そして言われたのは邪道を超えた邪道。
ディストピアもいいところだ。それをなんでもないように言うんだからこいつどうしてやろうかという気持ちだった。
「却下します。そんなの連邦生徒会が許すわけありません。あと主目的が借金返済じゃなくて復興じゃないですか。それからこんなやり方、悪徳企業と何ら変わりませんよ」
そんなやり方では駄目だとアヤネがキッパリ否定する。現実は常に不条理だが、それでも悪が栄え切った試しは無い。何故なら不条理な現実は、悪逆にも容赦の無い不条理をぶつけるからだ。それも大罪に見合う劫罰を。
ライナの案はキヴォトスをひっくり返して破壊するようなものだ。一般的な善性を持ち合わせるなら否定されて当然だろう。
この前からそうだが、この先輩は柔和な人柄が嘘なんじゃないかと思える程に過激な一面がある。
ちなみになんで本当の悪人はそんなことをしないとかより巨大な力に屈することに慣れていないかを終わった後に尋ねたところ、帰ってきた答えは──かつて悪を超えた悪を見て、それが弱き悪を捩じ伏せるところを見たことがあるからというものだった。
……本当に、夏雪ライナという人間はよくわからない。
「連邦生徒会が、ねぇ。……あんなとこ、なんの役に立つんだか」
「そりゃ私たちにはあんまり関係無いかもだけど」
「──ならいなくていいだろ、そんなの」
「でも他の人には必要でしょ。それに、連邦生徒会がなかったら先生だってここへ来てくれないじゃない」
沈黙。痛いところを突かれた、という苦虫を噛み潰したような表情。
セリカとアヤネも薄々と気付いていたが、ライナは露骨に連邦生徒会を嫌っている。存在自体も認めたくないかのように。
もちろんそんな様子など初めて見た先生はつい、こんなことを言ってしまうのだ。
"あの子たちだって、相応に苦労してるよ"
"どういう理由かはわからないけど、あんまり悪く言い過ぎないで欲しいな"
「……まあ、そうですね」
それは善を知る者にしか許されない発言。
それは悪を知る者には認められない発言。
一方だけを知るということを知らないが故に、その擦れ違いは起きる。
だが幸いにも、ただ知らないというだけに過ぎないのだから大した話にもならない。その内に秘めたる憎悪と憤怒を炸裂させる理由にはなり得ない。
「はいはい、ライナの好き嫌いの話はそこまで〜。まあやっぱりおじさんの案が一番ってことで」
「ん、そんなことよりもやっぱり銀行強盗。既に用意したプランを更に詰めればすぐだよ」
「だから二人ともダメですって!」
何とも言えない雰囲気を修正しようとホシノが流れを断ち切り、シロコもそれに乗る。とはいえこの中から選ぶとしたらやはり……と諸々を天秤にかけて、先生は男としてちょっとくらい見たいものを選択した。
"アイドルはいい案だと思うんだ"
"まあ、プロデューサーは私かライナがやればいいとして"
「まぁ、そうスね。現実的な目線で見れば何かの旗印はあった方がいい。だからスクールアイドルってのは──」
"いやっ、聞いて欲しいんだ"
"アイドル姿のホシノとか見たくって"
ついポロッと出た本音。ライナから先生へ向けられる視線が怪訝な物になった。何故かなど言うまでも無い。異常性愛者か何かと思われてるということだ。不本意である。先生の癖は褐色と足だ、もちろん大人の女性の。
「……そういう癖ってのは、その、世間体的にまずいんじゃねースか」
「うへー、そりゃ駄目だよ先生。そんなの死刑だよ」
"ち、違うよ! 可愛い格好をしなさそうな子がそういう格好をしているのがいいんじゃないか!"
「やだなあ、おじさんだって可愛いカッコするよ〜?」
「そうなの?」
「こう見えても着てない服の中に可愛い系の奴はあるんだよ〜」
「見てみたいです!」
「ま、機会があったらね」
のらりくらりと後輩たちの追求を回避するホシノ。先生は賢く判断してそこの長い付き合いの少年に聞いてみることにした。
"ライナは見たことある?"
"ホシノの可愛い服ってどんなのかな?"
「さぁ? 実は俺も見たことないんです。まああの無愛想な幼女体型が可愛くなるような服なんぞ、服に着られるのがオチってもんでしょうけど」
無愛想? キャラを作ってるとかではなく無愛想? その発言が引っかかる。先生自身、ホシノは元々賢い子なのだろうというのは察していた。だが無愛想には見えない。例え視線に冷たいものが混じっていても、距離を詰めようとしてくれている愛想は本物だ。
とはいえ。
「ライナ?」
「なんだよ」
「殴るね」
「っぶね!?」
言われた方は年頃の女の子。
そこのノンデリ気味のバカ野郎を殴りたくもなるのだ。
その後、あーだこーだと冗談みたいな案が飛び交った結果、アヤネが激怒し説教だけで丸っと時間は無くなった。
ほぼ学校が機能停止状態であるからか、アビドス生徒は結構自由に過ごしている。勉学に励む必要があまり無い、ということもあるが、一日の活動を借金返済の一手に充てることも珍しくはない。
まあ何が言いたいかと言えば、昼飯を食べるならわざわざ弁当を作って持ってくる必要もなく、気が乗ったら多少高く付くが外食で済ませてしまう日もあるということだ。
それを利用してスキマ時間的にバイトを仕込んだりもまた。
「なんでもいいんだけど、なんでまたここに」
別にそういうつもりはなかったのだが、バイトの為にヒョイと抜けたらゾロゾロと後から付いてきた先輩たちを見てセリカは思わずぼやいてしまった。
拗ねたアヤネを宥めながらあれこれと世話を焼き、ついでにチャーシューだなんだを多く渡している光景。なんかもうなんとも言えない。
しかしその中には先生とライナの姿は無かった。
「あれ、二人は?」
「ちょっと話してから来るって言ってましたよ〜」
「結局ウチ来るんだ……話って何を話してるんだろ」
別にここで話してもいいだろうに、とは思ったがわざわざ残るのだ。何か事情があるのだろう。まあセリカにはそれがなんであれ自分たちに関係しないならさして気にするつもりもないのだが。
そんな風に思考を変えて、手が空いたからと待機しようとしたその時であった。ガララと音を立てて柴関ラーメンの扉が開き、見たこともない生徒がおずおずと顔を出した。……入ってきてない。本当に顔を出してる。
客なんだし営業時間なんだから堂々と入ってきてもいいのに、と思いながらバイトらしく声をかけることにした。
「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」
「あ、あのぅ……こ、ここで一番安いメニューって、おいくらですか?」
苦学生には見えないが……何か事情があるのだろう。何せ自分たちがそういう側なのだし。
幸いにも看板メニューな店名を冠したラーメンがなんと580円である。セリカとしても大助かりな価格だ。それでいてボリュームもあるのだから食べ盛りの学生にはとても優しい味方である。
「580円の柴関ラーメンですね。看板メニューなんで、美味しいですよ!」
「あ、ありがとうございます!」
ヒョイとその生徒は顔を引っ込めたと思いきや、今度はゾロゾロと3人ほど引き連れて入ってきた。なるほど先鋒だったようだ。
「えへへっ、やっと見つかったね。600円以下のメニュー!」
「ふふっ。特に地域に根付いたお店にはね、こういうメニューがあるものなのよ。想定通りね」
「そ、そうでしたか。さすが社長、なんでもご存知なんですね」
「なんでもは知らないわ。知っていることだけ……」
「なんで得意げになってんの……?」
よくわからないが仲良しなのはよく伝わってくる4人組だ。テーブル席の方がいいだろうと気を利かせて案内しようとしたが──
「や、どうせ一杯しか頼まないし大丈夫」
小悪魔的な雰囲気も感じさせる生徒……ムツキはそんなことを言った。
だからといってはいそうですかとはいかないのが店員である。
「今は暇な時間ですし、空いている席も多いですから。どうせならごゆっくりお席へどうぞ」
何もそうする理由も無いし、4人が一つのテーブル席を使ってたところで目くじらを立てる者もいない。ピークタイムは過ぎてるし、そもそも混んでないなら気にする必要もない。
「え、いいの? 親切な店員さんだね! ありがと、それじゃお言葉に甘えて。あ、わがままのついでに箸は4膳でよろしくね。店員さん」
「えっ? まさか4人で一杯を……?」
「ごめんなさい! 貧乏ですみません! お金がなくてすみません!」
「あ、いえその……変なこと聞いたのはこっちですし」
やたらと腰の低い少女……ハルカの態度に驚きながらも野暮なことを聞いたのはこっちだしと言ったのだが。
「いいえ! お金がないのはポンプの役目を果たせないということ! 停止した心臓のようなものです! つまり生きてる資格が無いということ! 人間失格ですみません、虫ケラ以下ですみません……!」
哲学的なことも交えたような、しかし蓋を開ければ要するにお金の無い自分たちは悪しき存在だということをつらつら述べている。何もそこまで卑下しなくても。
「はぁ……ハルカ、少し声デカいよ。周りの迷惑になる」
一番しっかりしてそうな、一番年上に見える生徒……カヨコにとっては大したことではないが、さすがに迷惑をかけるのは好まない。ただでさえ自己評価が最低のハルカが自分たちならともかく他人からそこらへん突っつかれたら更に負の連鎖が起きかねない。
本人もそれは望まないだろうと、そういう意味で口を挟んだが……
「そんな卑下しないで! お金の有無が全てじゃないよ!」
セリカにとってその発言は見過ごせぬものであった。金の有無、そんなものが人間の全てではない。彼女から見て、そんな卑下し続けるような人間には見えなかった。堂々とするべきであろうと。
「金は天下の回り物ってね。小銭を集めてここへ来てくれたんでしょ? そういう行いの方が大事なのよ。だから胸を張って!」
「へ? は、はいっ」
なんだかよくわからないがとりあえず自分を元気付けようとしてくれているのは確かだ。そういった感情には敏感なハルカであった。
「……ま、貧乏なのは事実だけど毎日って訳でもないんだよねー」
「今回の任務を成功させる為の投資に全部使ったってところだし」
「ねえアルちゃん、晩御飯代も残さないレベルで使ったのって……うっかりだよね?」
「……いや、あの、違うのよ。これはその、違うのよ。不測の事態を予測して動いた結果よ。失敗なんて許されないもの!」
アルと呼ばれた生徒は狼狽えてから不敵に笑った。
「またなんかの影響受けてる。この前見た映画?」
「実際はビビって過剰にかき集めただけでしょ」
「備えるのは悪くないよ、ムツキ。でもこれはやりすぎというか、危険視し過ぎっていうか」
「ビビってないわよ! ただあれよその、何事も大きい方がいいじゃない」
言い訳にもなってない言い訳をしながら、ああでもやっぱりとモゴモゴと口籠り、最後はそれっぽいことを言う。絶対そんなことねーだろと見てた2人は思ったが、まあいつものことだ。思うだけ無駄である。それで仕事はきっちりこなすのだから。
と、そこへ運ばれてくるやけに多くて大きいラーメン。一杯しか頼んでないならその一杯を4人満腹な物に仕上げてしまえばいいというわけだ。手元が狂ってそんなものを出したというなら、好意に甘えるのが筋というものだろう。思わぬ満足を手にした便利屋の面々は、近々ある戦いに備える意味も込めて遠慮無くそれをいただくことにした。
「お、美味しいねこれ。辺鄙な場所に勿体無いくらいのクオリティじゃん」
そんな光景はアビドスでは珍しいものであり、客人ともなれば彼女たちも歓迎するわけであり。
「うんうん。ここのラーメンは本当に美味しいんです。わざわざ遠くから来るお客さんもいるくらいなんですよ」
「ええ。わかるわ。私も結構あちこちで色々食べてきたけど、このレベルのラーメンは中々お目にかかれないもの」
「えへへ……私たち、ここの常連なんです。他の学校のみなさんに訪れてもらえると、なんだか嬉しいです」
カヨコが真っ先に気づいた。アビドスに残っている生徒という時点でまさかとは思っていたが、確信は無かった。しかしこうして間近で姿を見て気付いた。アビドスの制服だと。
つまり自分たちのターゲットと、偶然にも出会しているという状況に。
「……連中……」
「あ、ホントだ」
「どーする?」
「ほっとくー」
「……はぁ」
一応隣にいたムツキに聞いてみたものの、ムツキとしてはわざわざここで戦う理由も無い。何せ親友が楽しそうにしているのだ。水を差す理由が何処にあるというのか。まあそれに……こういうのは終わった後に気付いた方が面白いだろう。
そしてそんな答えも予想していたカヨコはため息を一つ。まあやることは何も変わらないのだ。
「ふふっ、まさかこんなところで気が合う人たちと会えるなんて。巡り巡っていい形に収まってきたわね!」
……アルは全く気付く様子も無いが。
それどころか彼女たちとの交流を心から楽しんでいる。
「ところで……あなたたち、アビドスに住んでるの? ならちょうどよかった。聞きたいことがあったのよ」
それは、アルがアビドスで仕事をするなら是非調べたいことであり──
「アビドスには悪魔が出るって噂。あれ本当なの?」
ある人物の、封じられている扉に触れることであった。
アルの知るアビドスに纏わる話の中で、とりわけアウトローな噂がある。
──それはたった一人の生徒が、数ある不良集団を片っ端から壊滅させたという噂だ。僅かな日数でそれを成し遂げただけでなく、潰された全てが再起不能になったという。それをして、裏社会には小さな伝説が残っている。アビドスには、悪魔が出ると。
「あのイカれ野郎の話はしない方がいいよ」
その言葉に反応したのはホシノだった。
──というよりも、それを知っていたのは彼女だけだった。
「少しでも暗い噂のあるところに現れてはそこを根城にしている組織を潰して回り、果ては何も関係無さそうなただのチンピラまでぶちのめしてたとか。だからこの話を知ってる人の大半は、そのイカれ野郎が作った大勢の敵に該当する人って話」
真実を知っているのは自分だけ。
そしてその真実はあまり言いたくないから誤魔化す。
「まぁ、何処で誰が聞いてるかわからないものだし、その手の噂話は掘るものじゃないよ。それに、イカれ野郎が現れたのも2年前のほんの少し。もうアビドスにはいないんじゃないかなぁ」
ただし、誤魔化すにしても僅かな部分だけだ。9割は本当のことを言っている。触れられたくない話題だが、探られて痛い部分はほとんどない。よくある話でしかないのだから。
その実行者を除けばと付くが。
「うへー、そんな期待に満ちた目で見られてもおじさんは会ったことないけどね。知ってる人から噂程度で聞いただけ」
「すごい、すごいわよ! それだけ知ってるなんて! 私が調べても何も出なかったのに!」
事実。
わざわざ貴重な時間を割いて事前調査として様々な情報をかき集めたアルが、どういうことかと疑問に思うくらいに情報がなかった。
ただ嵐のように現れ、全てを薙ぎ倒して行った。それだけしかわからないのである。情報規制でもなんでもない、ただひたすらに謎。大抵は尾鰭なりなんなりがついた結果、ボンヤリとそれらしい情報も流れるというのに。
まるで、この話を徹底的に風化させたい者がいるような──
いやそもそも。
風化することを全員が望んでいるような……
「悪魔に会えるかしら」
「アルちゃん聞いてた? イカれ野郎なんだよ? 下手に会ったらメタメタにされちゃうかもしれないんだよ?」
「でもムツキ、伝説の存在に会えたら嬉しいじゃない!」
「くふふ〜、確かにそうだねっ」
「社長、伝説なんて会ったら幻滅するだけだよ」
「アル様に害が及ばないなら、それでいいです」
わいのわいのと思い思いに話す彼女らを、ホシノは何処か冷たい瞳で見る。噂が流れてきただけなら別に構わない。だがもしその噂の、悪魔の正体を知らんとし、無闇矢鱈と暴き立てようとするのならば。
あるいは最初から全て知っていてこのようなことを尋ねるのなら。
(……あいつには、会わせない)
脳裏に浮かび上がる、あの日見た姿。異端、逸脱、様々な言葉で表現できるそれ。忌まわしい記憶の中でも、一際異質なもの。
それに触れようとする者が後輩たちの良き友で在れそうとしても、小鳥遊ホシノの敵になるなら、躊躇う理由は無い。
そこは、ホシノの楽園が本当の意味で崩れ去った瞬間なのだから。