青い春に馴染めない黝の星 作:うへうへ学生
"マエストロ"
"……あなたたちはライナとはどういう関係なんだ?"
「そなたがその質問をするということは先生……『彼』と出会ったのか?」
"垣間見た、かな"
「なるほど。であれば少しばかり語ろうか。『彼』と我々──いや、私と黒服は古い知り合いだ。双方利用し、双方利用された。ビジネスパートナーで、隙あらば自らの目的の為に出し抜く関係性とでも言うべきか。ああ、ベアトリーチェとゴルゴンダはあまり話した事もない。遠巻きに眺めていただけだ」
"それだけなのか?"
"本当はもっと、関わりがあるんじゃ"
「無い。確かに黒服が刺激したり、踏み絵に引っかかったベアトリーチェが接触を行ったりもしたが、それだけだ。普通、あれには触れるべきではない。触れたところであまり良いものでもなし、研究対象としても論外だ。理論・理屈として成立していない。癇癪を起こされてルールの上から殺されるリスクに釣り合っていない」
「しかし以前の話をしたところで意味など無い。それはそなたも理解していよう」
"……"
"以前、ね"
「以前は以前、今は今。かつてそうだったものが常にそうであるとも限らん。永遠不滅の芸術品ではないのだからな。まぁ奴に限っては少し話が違うのだが、それだけだ」
「──先生、知っておくといい。あの男は完全者だ。自らの内だけで生誕し、終焉を迎え、そして再誕する。つまり奴はオシリスにしてホルスであり、そしてアヌビスなのだ。その本質、権能としてな」
"同一の能力を備えているってこと?"
"そんなことが──"
「あり得ない。だが完全者に簒奪者という己が与えられてしまったことで、奴は自らがホルスやアヌビスを内包し、その上に立つ存在としての属性までも得てしまった。哀れなことに。自らが滅ぼした者でありながら蘇り自らを滅ぼす者でもあり、そして転輪する世というサイクルそのものなのだ」
「無数の絵の具を重ねた絵筆が滑って残る色はなんだ?」
"漆黒"
"黒は黒でも、あらゆる色を内包して、あらゆる色でもある"
「その通りだ。黒である己の中に青も赤も緑も、それら全てが己として認識できる。奴はそんなものだ。そして何をしようが己の真なる色ではないとして、黒い自分に告げられる」
"……狂うな"
"常に一であることを自覚し続けるなんて"
「狂気の宿痾に蝕まれ、憤怒と憎悪に支配される者。逸脱せし黝の星たる『彼』が動く時とは、もう一度キヴォトスが滅びの危機に瀕するような状況になる」
"個人で世界を滅ぼせる、か"
"黒服もそんなことを言っていたよ"
"……あの時は何を言っているのかさっぱりだったけど"
"今になってみれば、あれは直球に言っていたのか"
「当然だな。見方さえ体得していれば言葉で伝えるなど難しくない。……気を付けるといい。未然に防ぎたくば、夏雪ライナを殺す事だ。まぁそのようなことをするそなたでもあるまいが」
「だが忘れるな、先生。あれは世界を滅ぼす為に死力を尽くす。かつてがそうであったように、今もだ。その憤怒と憎悪を激らせる理由があるのならばな。その中の一つに、一方的に自らの視点を押し付けて、あの者を定義することがあるだけに過ぎない。奴はかつてゲマトリアすら出し抜き、本当の滅亡に手を届かせかけたアビドスの悪魔なのだ」
アマルナの拠点を整備して、彼女も当然の疑問に突き当たる。
確かにアビドスには無人ながら設備の生きている場所が多いが、この砂漠の中に埋もれた、捨てられた街が何故生きているのか。それも必要なものばかり。
「つくづく不思議ね」
「あぁ、そりゃあボクがコソコソ弄ってたからだよ。わざわざ水道と電気を引っ張ってきたんだぜ?」
「今日はあの子はオフだったわね」
「そ。キミたちも明日から三日休息を取ってから再度捜索してもらう。その間に設営とかはボクがやっとくよ」
「俄には信じがたいよね〜。ライナくんって色々変だったけど、そんな真実を抱えているなんて」
「私も色々知ってるは知ってるし、見るは見たけど、この話はとりわけ面倒臭いね。実物を垣間見でもしなきゃ分かるわけがない」
ライナの真実。──知ってしまえば案外大したことはなかった、というのが彼女たちの本音でもあった。だからなんだ、それがどうした、自分たちがそう感じるなら対策委員会は鼻で笑い飛ばすようなことだろうと。
ただ、非常に面倒臭い。ぐちゃぐちゃに縺れた糸のように絡まっていて、その上で拗れた模様のように混沌としていて、更に鋭利に尖っている。ピアノ線を蜘蛛の巣のように張り巡らせて触れた人間をバラバラにするように。
「この機材はなんでしょうか?」
「んにゃ、コイツは──ああ、昔作ったオモチャの起動コンソールじゃんか。大丈夫だよハルカちゃん」
「あれ、画面、光ってますけど……」
「え、ちょい見せてみ? ふむ……電気引っ張ってきたけどここに繋いだ覚えは無い。と、なれば自己修復プログラム辺りが動いてるか? アマルナを作ったのは僕だけど、ボクはそこまで把握してないからなァ。オーケー、後で見ておく」
何度かシャーレを通じて仕事を共にしたり。
賞金稼ぎに出たアビドス生のオペレーターをやっていたり。
そんなこんなで割とライナとの繋がりはあるが、やはりアイはライナと同一人物であるとは結び付かない。
「全然ライナくんっぽくないね」
「そういう態度がお望みなら、そういう風に振る舞おうか? アビドスの悪魔やってる頃の俺だってボクなんだし」
「アビドスの悪魔……ねぇ。まさか本人が語ってるとは思わなかったわ」
「ヒント自体はいっぱいあったけど、結び付くのは難しいからね。社長がそうなるのも無理は無いよ」
アウトローというよりも、暴走した狂人。
憤怒と憎悪に支配されて、八つ当たりを始めた少年。ライナに纏わる真実は胡乱なものだ。何せ同一人物であるアイですら『多分こうだった』としか言いようのない事が含まれている。本人が覚えている限りの事が全て。
アルがアビドスの悪魔について改めて触れようと思ったのは、あの苦虫を噛み潰したような表情さえそう起きたと信じることであって欲しくないと思ったからだ。
「ねぇアイ。あれは全部本当なの?」
「あの件に関しては全部本当だよ。大切な人が突然いなくなったから、八つ当たりを選んだ」
「……どうして?」
「ここら辺は話すと面倒臭いラインに乗るからパス。ホシノちゃんにも睨まれたくないでしょ」
アルの質問には答えるが触りだけ。
ユメの死を引き金として起きたそれを語りたくない。アイだってライナだ、自分が敬愛した相手の死と、それを言い訳にした八つ当たりなんて進んで話す訳がない。それにホシノが自分の事を理解していようとも、それを無闇矢鱈に触れ回るのは彼女の傷を暴き立てることに繋がる。
何を言おうがアイはライナ、親友の傷を掻きむしりたくない。
そんな雰囲気を感じ取ったのか、ムツキは話題を変えることにした。出来ることなら茶化せる話題を、と浮かんだのはこの前の出来事。
「そういえばこの前シャーレ行った時にさ、先生と何か相談してたみたいだけど、何かあったの? 男の人二人の相談ってことは、もしかして恋愛相談とか? くふふっ」
「そうだよ。ライナのヤツ、変なことしてるみたいだ」
「へぇ、そうなんだ。──そうなの!?」
まさか自分のくだらない予想が当たっているとは思わず、彼女らしからぬ驚愕を見せる。如何にプロの便利屋だろうが年頃の少女。滅多に聞かない話となれば浮き足立つというものだろう。先程までの何処か物悲しい雰囲気とは打って変わってワチャワチャとアイに詰め寄る。
「えっ恋愛相談!? 誰と誰が!? 夏雪ライナと先生が!?」
「えええ!? れ、恋愛ってあの恋愛ですか!? 男女のですよね!?」
「あの、シロコって子だよね。何となく会話から想像はついてたけど」
「そ。告ったみたいだ」
ああ、なるほどと。
……でも何故相談を? と彼女たちも当然の疑問に行き着く。
「でもなんでそこで恋愛相談になるの? 受け入れる受け入れないの話なら、そんなの一通りやってみてから考えたらいいじゃん。それを許し合える関係性でしょ?」
「そうはいかないんだよ。こればっかりは性格だ。愛に応えるならば、自分も愛を持っていると自覚して臨まねばならないって考えるのよ俺は」
「自分で自分の事を他人事みたく客観視してるってなんか変ね。あなたたち本当に同じ人間?」
「ハルカちゃんだってオンオフ激しいでしょ。それと同じだって」
「えっ、私は別にそれぞれ独立なんてしてませんけど……?」
「モノの例えだよ。何も知らない人から見たら多重人格と勘違いするケースあるじゃんか」
そういうものかなぁと全員が思うが、まあそういうものらしい。理論・理屈として成立していないとしても、そういうものとして在るのだから受け入れるしかない。
「アイ。あなたの模倣先の人ってどんな人だったの? アビドスの反逆者って言ってたけど」
なんとなく気になっていたこと。尋ねてみたのは気まぐれだったが、しかし中々に重たい答えが返ってきた。
「『僕』は、アビドスで生徒会長になった途端大多数の生徒を粛清した。当時生徒会を牛耳っていた生徒が多くてね、企業の後ろ盾を得ていたのもいた。会長よりも会員たちの方が権力があったし、アビドス校自体が巨大な複合機関と化していたのさ。ま、有り体に言えば持ちつ持たれつのなあなあな感じ。それを独立と自由の為に既存構造の全てを破壊した上に、人員の粛清による独裁化。更にアビドスがアビドスにある事が寄生虫に蝕まれる原因としてアマルナへと移転したし、他には文化破壊に加えて反対勢力の苛烈な弾圧までやらかした。ここで危険な兵器の開発に輸出まで。そりゃあもう大混乱さ」
──真偽不明の記憶とはいえ、いきなり言われるにしては中々に派手な話だ。
「当然にクーデターで追放されたが……まぁ、その後に砂漠の中で『俺』を見つけちゃってね。意気投合して復讐する訳だが。ちなみにキヴォトスを滅ぼす手前まで行ったよ。ちょっと前の色彩の騒動と同じくらいにはね」
「……何処も似たようなものだね」
「キミの想像する恐怖とは種類が違う。支配じゃない、破壊だ。最初から『僕』の目的は既存利益を守ろうとする愚物アビドスと、それをそのままの形にし続けるキヴォトスの破壊だったんだ」
カヨコの想像する『恐怖』とは正反対。自らの下に従属させることを望むのではなく、絶対者としては論外の在り方。より良きを求めて古きを全て破壊する、まるで絵画の上から絵を描いて塗り潰して征服するような行い。
それは君主ではなく侵略者であった。例えアビドスに生まれアビドスに生きる存在であってもだ。
「友達としては楽しかったよ。芸術家としてもまさに天才だった。美術品に関してはその存在が抹消されても生徒会の谷に保管されていた程には。ま、流石に長としては論外だったけどね。政治の方向性改革だけならまだしも、根付いていた文化の破壊は本来味方につけるべき民主から疎まれて蔑まれるに決まってるだろうに……自分の芸術に自信を持つのはいいが、それ以外の全ての否定はやるべきではなかったんだ」
自分だけを尊び、自分だけを信じる。
自分の芸術こそが文化として、それ以外を塵屑と見下す。
例えそこに、大なり小なり在るが儘のアビドスを愛する心があったとしても、それは独り善がりの愛。表現しなくては誰にもわからない。
「大方、『僕』はこう考えてたんだろうよ。アビドスは我、我はアビドス。故に平伏しろ、僕こそがアビドスだってね。傲慢ちきな芸術家の、つまんない話さ」
全ては過去だと、残骸は笑った。