青い春に馴染めない黝の星 作:うへうへ学生
ブルアカ二次としてはかなり癖のある……というか癖しかない作品ですが、今後もお付き合いしていただけると幸いです
揺らぎ
「さて、攻略法は色々とありますが──小生の最終目的は真理の証明。その為には最も条件に適しているホルスの反転が必要となる……故にまず、『非有の真実』に直面させる一手間が必要です」
「大規模な因果への干渉は大きな歪みとなり、しっぺ返しを食う。無理はできない。だからそう、せいぜいが小生がそのように書いた紙を一枚。誰かの目に止まるようにし、そしてそのように払った金額を作ればいいだけ。そうすれば小鳥遊ホシノは自ら渦に溺れていく。そのための生贄も山のようにいる……ヒヒッ」
「しかしこの黝の星は一体……星座のようでありながら、単体の神秘など。小生が閉ざされた後に根本的な存在を揺らがされた神でもいるというのか」
「……覚えはあるのだが……これは、誰だ? 知っていて知らない……ホルスに似ていて、しかし異なる……? オシリスやアヌビスにも通ずるものがあり、セトのようでもあり、だがそれら全てとは異なるもの……んん? ねじれ、もつれ、そして何かが混ざって……まぁ、所詮一人で子供です。できる事などたかが知れている。放っておけばよいでしょう」
ライナがシロコに返事を返さないまま数週間が経過した。
再び、アビドスに先生がやってきた。
それ自体は不思議なことではない。だが今回は正式な仕事だった。
カイザーがアビドスの債権を売るという事実。それに対する対処だ。
もちろん、何を求めていたのかは彼女たちも把握している。ウトナピシュティム──あれを探して砂漠を発掘していたのだ。それがなくなったとなれば当然に撤退するし、もうアビドスに用も無いとなるのは当然だろう。
実際、割にあっていたかと言われたらそこまでの物でもなかったし、それ以上の混乱で生じた被害の補填も考えれば、ある種自然な流れだったのかもしれない。
しかし売りに出された途端にアビドスの債権が買い占められて話は終わった。
──ネフティスグループに、だ。それはノノミの実家であり、かつて覇権を握っていたアビドスでもとりわけ強大な土着企業であり……砂漠横断鉄道計画の失敗という、アビドス衰退の失陥の元凶となった企業でもあった。無論それはトドメを刺した程度の話であり、それだけということでもない。
「──ライナ先輩は知ってたの?」
とはいえ。
「ああ。ノノミがネフティスの令嬢だってのは、ホシノから聞かされた。その頃の俺は前向いてたホシノよりも遥かに下向いててな。だからどうでもよかったし、ホシノが満足ならそれでよかった」
ノノミがネフティスの関係者──それも中枢に食い込んだ存在であるということを明確に知らないのはセリカとアヤネだけ。そして聡明なアヤネは今までの日常から出てきたヒントで察していた。
よって知らないのはセリカだけだったが……まぁ、別に彼女としても割とどうでも良かった。そこの先輩の方が訳わからないのだし。ただこのキラーパスにも近いものは、ある意味では道連れを欲していたのかもしれない。
「今は、どうでしょうか?」
「んにゃあ、相変わらずどうでもいいよ。だってノノミはノノミだろ? 大事な友達だよ」
「一応聞きたいんですけど、どうでもいいの意味はその辺はどうでもいいって意味ですよね」
「もちろん」
裏切り者とか失陥の元凶とか。そんなものを思っても仕方ない。アビドスは落ちるべくして落ちたのだ。そこに関しては誰しもが認めるところで、誰しもが否定できない部分。だからこそ、ノノミの正体に気付いても何を言うまでもない。誰も得をしないのだから。
「アヤネちゃん、ネフティスは何の権利を得たんですか?」
「自治区内の特定施設、インフラの所有権……そして開発権です。土地を除いた全ての権利、元々持っていたものを取り戻したということでしょうか」
「土地はやはりカイザーのまま……特定施設の詳細は?」
「物流を目的とした交通インフラおよびそれに関係した施設です」
その言葉を聞いた瞬間に、ホシノとノノミの目が細まる。つまりそれは──
「……砂漠横断鉄道、今になってどうして」
「昔捨てたものを買い戻す……? ネフティスは何を考えて……」
かつてネフティスが捨てたものを、今また大金を叩いて買い戻したということだ。それもカイザーなんてロクでもない企業の懐を潤してまで。
「このタイミングでネフティスが動いたってことは、何かアビドスに利益を見出したってところだろうけど……なんかあったっけ? アマルナを見つけたとか?」
現実的に考えるならば、セリカが話題に上げた場所。アイに関係──いや、ライナに深く関係しているであろう、歴史から文字通り葬り去られた兵器開発場。あそこくらいしかない。
しかしそれに対する反論は、最も聞きたくない人物の口から放たれた。
「いや、アマルナはない。あれは地図にも書類にも存在しないからな。縁がなければ、近付こうとも思考できない。そういうところだ。最初から知っているには知識の引き継ぎも必要だろう。そんなことができるのはゲマトリア辺りだがな」
空気が凍った。スラスラと出てくる言葉は絶対に知り得ない筈の物ばかり。それはアイのように過去を知り尽くした言動であり、完全に無意識のうちに出ているものだ。
完全になったということはつまり、恋愛ができるようになっただけではない。自らに秘められた知識に、完全にアクセスできるようにもなったということ。──ライナの真実、回りくどく隠されたそれに触れる時が近いとでも言うのだろうか。
「……どうした?」
「いや、その、詳しいなって」
「そりゃそうだろ。何を当然のことを」
──あまりその話を、聞きたくないと思った。無自覚に、無意識に出ているものを気付かせたくなかった。
「ええと、希少鉱石とか石油とかは?」
「無いね。おじさんは昔調べたから知ってるんだ。不毛の砂漠だよ」
だからアマルナの位置座標に縋ることになって、その帰りにライナを発見したのだから……とは言えず。
結局微妙な空気が流れているのを嫌ってか、シロコは別の切り口で尋ねた。
「ん。ライナ、教えて」
「何をだ?」
「この件、どう思うかを」
そこの男、基本的に悪辣な男である。
勝てないならそもそも戦わずに罠を仕掛けまくって勝つ。仲の悪い時にケンカを売ったら準備させろといい二週間逃げ回り、我慢できずに仕掛けようとしてもホシノとノノミを盾にするような日々を過ごし、ようやくシロコの挑戦を受けたと思えば指定した場所にはおらず罠だらけ。
そして本人は近くのビルで昼寝しながら消耗するのを待ち、必死になって切り抜けたシロコが冷静さを失っているところを狙撃して終わり。
やり口が悪い大人とほぼ同じである。だからこそまぁなんか似たようなこと考えられんじゃないかと尋ねたわけだ。
「……まず悶着はある。絶対にな。そしてカイザーが売りに出してからすぐ、ということはグルの可能性もある」
「根拠の方は?」
「早すぎる。出方を伺うとかじゃない、隙も見せずに潰しに行った。つまり事前共有されていてもおかしくない。手を組んでる可能性が僅かながらにでもあるって訳だ。警戒するに越したことはないだろう」
「親玉は」
「わからん。ただ何を言おうとネフティスはこうして動き出さなきゃいけないくらいには苦しい状況だろう。バカは怖いぞ。何せバカだからな。何をしでかすかわからない」
そしてその言葉に呼応するように──
侵入者を知らせる警報が鳴った。
「この感覚……事象干渉の類か……カビの生えた手口なんぞ使うってことは、大昔の存在だな」
「どうしたの?」
「アルちゃん、発掘はここで切り上げるぜ。そろそろ本番が近い。こういうヤツが動き出すと大体アイツが色々あって目覚めるんだ」
「……何かあったのね。対抗できないの?」
「無理だ。そこでアレを使ったら、今度はアイツにアレを使えなくなって詰む。信じるしかない」
「彼女を呼んでおくわ」
「頼んだ。チッ、回収と復元は微妙。ぶっつけ本番で手を回し切るしかないか……」
『ねーねー、なんか戦闘が見えるんだけど。想定と違うしちょっとやばくない?』
『あれはハイランダーの制服だね。……なんでハイランダーがアビドス砂漠に?』
『あ、対策委員会のみなさんも見えますね。ライナさんはいませんけど』
「……あー、信じるにしてもだいぶ色々信じないとまずいかも、ナ」
「あなたが白目剥いてどうするのよ!?」
「ボクも知らないことあるんだヨ」
ネフティスと協力関係にあるハイランダー鉄道学園、その突然の強襲。
それを退けた対策委員会と先生だったが、向こうが何やら事情の説明をしたいと申し出てきた。
受けない理由が無いからとそれは受け入れることにしたのだが、それ以降風貌の変わった男が一人。
髑髏のような機械仕掛けの仮面を被り、シャーレ所属を表すコートを着た人物。もちろんライナである。
「それ、まだ使うの? 警戒し過ぎじゃない?」
「違うんだよ。仮面越しじゃないと俺が抑えられない気がしてな」
ふと思い出す、ハイランダーの重役とか説明された幼い二人。アビドスを舐め腐ったような態度にイラッとしていたのはホシノもそうだが、ライナは余計にまずい。
ユメを失った時に暴走した実績や、シロコに対する態度から考えれば本当に手が出てもおかしくない。そして完全なライナなのだから、黒のヘカなどを無意識に使って大騒ぎを起こしかねない。
ライナは穏やかだが、それは全てユメの真似をしているから。本性は熾烈で過激、激情家で極めて暴力的である。更に言えばアビドス以外は全てどうでもいいという態度すら隠していなかった。最近はまぁ色々あったのもあって、尊重はできるようにしたいと行動していたようだが──
「入場、からの勝利のポーズ!」
「ここ狭くない? 何処に座ればいいのさ」
「勝手に動き回るな。いいから座れ。椅子で跳ねるなよ。やったら摘み出す」
(まずいなぁ)
襲撃から少し経った頃。
やって来た橘ヒカリと橘ノゾミ。こいつら二人ともガキ。信じられない程にガキ。
そしてそのガキを諌める気があるのかないのかわからない監督官の朝霧スオウ。
不安を感じたホシノはチラリと視線を向ける。それに釣られてみんなが見た。
仮面を付けて「私ロボット職員ですよ」みたいな雰囲気出しておきながら、三人をジッと見つめるライナ。今までに見たライナとは違って、アトラ・ハシースに現れたライナのような雰囲気を纏っている。
もちろん彼女たちにもアビドスに吹っ掛けるに足る事情はあるのだろう。実際重役で、方々と協力体制にあるということは、こうした正式な場をよく知っている。だからこそ彼女たちの常識とはつまりそういうものであるのだ。
「このお菓子を所望するー」
「アビドスってのは客人にお茶も出さないわけ?」
ヒカリとノゾミがそういった彼女たちの常識に合わせた発言をした時。
「ハイランダーというのはこのような礼節の欠いた子供でも中央重役に座れるような場所なのですね。とんだ幼稚園だ。今からでも学園の名を返上したらどうです。話も通さずに暴れるような子供なんぞ、砂場で放牧してるのがいいでしょう」
──幼稚な態度が頭に来ていたライナの沸点はあっさりと限界を迎え、相当な皮肉を飛ばした。ただでさえ自分を受け入れた場所を弄ぶような話がぶり返してきてイライラしていたのに、そこにまるで道端の石塊のように扱った上に客だなんだとほざくクソガキなど、元々口も態度も悪いこいつはこれくらいの皮肉を飛ばして当然である。
「いいや、彼女らは優秀だ。ただその……子供っぽいだけで。こう見えても仕事に関しては一切の妥協は無い。プロであることは保証しよう。とはいえそのプロ意識が悪い方に作用したのだが」
飛ばされた皮肉にどこ吹く風な双子と違い、反応したのはスオウだった。お目付け役としてフォローをしなくてはいけないと感じたのか、それともそこまで言われるとムッとしたのか、それはわからない。まぁ普通そういうフォローが入れば、引き下がるのが道理だろうが……
「で、あれば貴女も監督官らしく厳しい視線を向けるべきでは? 鉄道を司る学園の品位を落として困るのはそちらでしょうに。これ以上の醜態はハイランダーという名前そのものを穢す可能性があるということを留意していただきたい」
そんなものは関係無い。
基本的にアビドス以外は塵屑と思っていたのを、かつて悪魔と呼ばれた自分を省みて押し留めていただけ。その内側に秘められた憤怒と憎悪を解放する大義名分を得られたのならば、三年間も溜め込まれたその悍ましい感情のままに関係者全てに呪いを振り撒く。
雄弁に視線が語る──このガキ二人を制御できない無能の監察官など必要か? 以前はともかく今は言葉で諌めるだけのお前など、同列の存在だ。所詮使われるだけの弱者が強者のように振る舞うな。
それがスオウの傷を抉り出す視線だとは知らない。だがライナは侮蔑を一切隠さずに向け続ける。
(……やめろ、その視線を向けるな……!)
"ライナ、抑えて"
"悪気は無い筈だから"
先生が流石に黙っていられないとしたのか、それともその視線に紛れ込んだ憤怒と憎悪を見抜いたのか、これ以上の暴言はやめろと釘を刺す。それに対して舌打ちで返事をしながら、壁に寄りかかったライナは沈黙した。
"(……この嫌な言い方)"
"(アイとよく似て──当然か。同じなんだから)"
"(ということはライナは……キヴォトスの秘密も知っている側だ)"
"(切り札となる、ライナの真実。シッテムの箱に置かれているあれは既に解凍してあるけど、ライナを見つけられたら見る答え合わせに過ぎない──か)"
「……確かにそうだな。あまり自由にするなよ。勝手にやらかして立場を失っても、ハイランダーは他を据えるだけだ」
「うっ……そーゆー言い方なくない?」
「言葉のぼーりょく、はんたーい」
「ならせめて礼節は弁えてくれ。お前たちがどうなろうと知ったことではないが、ハイランダーそのものに迷惑はかけたくないだろう」
嫌な言い方をされたら流石に自由な二人とて黙らざるを得ない。それだけでなく──スオウから向けられた憎悪や殺意に似た視線に竦んだのもあるが。
(……監督官ってこんなだっけ?)
(怒ることはあっても、こんな視線は初めて向けられた〜……)
呆れや怒りではない、薄暗い感情。
明確に、初めて向けられた──悪意にも等しい感情。何か異変が起きている。彼女たちの視点から見て、あの仮面をつけた連邦生徒会の人物に皮肉を飛ばされてから。
そして皮肉を飛ばした後から、あの人物の向ける視線が更に険しいものになっている。単にうざがっているのではない。恨んでいる、憎んでいる、怒っている、疎んでいる。理由がわからない。アビドス生たちがイラッと来てるなら彼女たちだってわかる。だが一見無関係な人物が何故こうまで──?
(……ライナ、まさか……)
腹は立つが。
それだけに過ぎない筈なのに。
熾烈かつ暴力的な本性。隠そうともしない憤怒と憎悪。元より口より先に手が出るセリカやシロコですら、不安になる程の悍ましい感情の数々。
──ライナから切り離されていたものは色欲だけではない。
何か別の、致命的に危険な部分もだ。
そんなやり取りに沈黙が流れる中、ゾロゾロと見知らぬ大人たちが入って来た。
身なりは──普通。というか少しみずぼらしさが否めない。各々文句を垂れているが、まぁそこに関しては同意するところがある。
「な、なんか急に人増えたわね。これは?」
「紹介しよう。アビドスの新たな債権者たちだ」
「借金取りってわけ?」
「セリカちゃん、言い方……」
どう見てもネフティスの人間には見えない。
それどころがネフティスと自ら名乗る不審者のようでもある。恰幅のいいロボットが代表者なのか、前へ出てこう名乗った。
「初めまして。私たちは今回の事業に投資した集団の責任者です。その中でも私が、債権者団体の代表を務めております。以後お見知りおきを」
……印象は普通。
というかブラックマーケットにでもいそうな、ありふれた雰囲気。
「軽く説明しますと、ネフティスが債権を購入したのは事実なのですが、買収資金の全てを彼らが出したわけではない。私募ファンドという形です。押収物競売組合、ゼラチングミ商事、タヌキダイスキ工業など……まぁとにかく私たちとネフティス以外にも色々いると理解してください」
「あからさまに怪しい名前してるわね」
「否定しませんよ。私もブラックマーケットで盗品を扱っていましたし。だからこそネフティスの名前で買ったんですから」
──おかしい。
こういうことは想像に任せた方がいいんじゃないか? セリカですら簡単に思い付いてしまうほど、何かこう……怪しい。具体的な怪しさはわからないが、何か気持ち悪い違和感。
ここで先生は大人らしく、そして正式な権利を持っているならば拒む理由も無いものを尋ねることにした。
"では、債権者だと証明するものはありますか"
"まずはそれを確認させていただきたい"
「……私たちを疑うのか?」
「不愉快極まりない話だ」
──目が細まった。
何故彼らはそんな反応をする?
見せるものは見せてしまえばいい。何も恥じることはない。ただの確認作業だ。それくらいは薄暗い商売をしていてもするだろう。だというのに、こんな態度を取る。まるで素人だ。騙そうとか騙さないとかじゃない、それ自体が発想に無い反応だ。自分たちが絶対者側であることを疑わない上、それを隠そうともしない。少なくともいい顔をして騙してやろう、という詐欺師の基本が無い。
横にいる私責労働組合長と質屋連合長が不愉快さを隠さない反応をしたことに、代表者は二人を諌めるような雰囲気を出しながら──先生たちを下に見ている雰囲気を隠すことなく告げた。
「まあまあ。ただの確認に目くじらを立てる必要もないじゃないですか。ではお願いします」
『そちらの方々は、債権者で間違いありません』
映し出されるスーツを来たロボットのホログラムと、流れる音声。スオウが持っていた機器からだ。
「執事さん……?」
「ん、知り合い?」
「ネフティスグループの幹部で、私の面倒を見てくれた人です」
『お久しぶりです、お嬢様。このような形でご挨拶することになってしまい、申し訳ありません』
そう挨拶してから執事はあらかじめ用意しておいたであろう書類を見せた。
『私どもは今回、複数の投資家に声をかけて資金を調達しました。こちらに証明書のコピーがあります。……ご確認を』
「はい。……間違いありません。この方々は確かに、権利を持っています」
「これで気は済みましたか」
「……それとも、まだ何か言いたいことでも?」
"いえ、確認さえできればそれで"
連携が取れていない。
どうやら足の引っ張り合いをしていそうなところがある。だが──やはり迂闊が過ぎる。
自分たちが上と疑っていないからなのか? 今は疑問を押し留めて相手の出方を伺う。
「今回、私たちが訪れた理由はとある相談の為です」
「──砂漠横断鉄道ですね」
「なるほど。こちらの事情はある程度把握されていると。で、あれば単刀直入に行きましょう。私たちは砂漠横断鉄道の全権利が欲しい」
そんなことの為にカイザーから大金を叩いたのか? とさえ思ってしまうノノミ。
なんのかんの言って彼女とて後々の為にと教育をされてきた身であり、当時の混沌とした状況を知る者だ。得意げにそんなものを語られても利益なんか生まれもしないのに、と。
「現在少なくとも開発権利は私たちのものです。よってハイランダー学園の行為に関しては何の問題もありません」
「そーそー。私たちが工事を始めたのは、債権を確保してからなんだし。問題はないでしょ?」
「いえーす。問題なーし」
「……事前通達も無し、事情を軽く説明する訳でもなし。行為そのものに問題は無くても配慮というものが皆無だったのはどう申し開きをするつもりだったのか、教えて欲しい」
ライナに困惑こそすれど、しかしこのふざけた連中にイラついていたシロコも流石に不機嫌を隠さずに嫌味ったらしい言い方をする。
「へ? いや私たちは現場だし。工期に間に合わせないとじゃん」
「仕事は完璧にー、工期も守るー」
『スオウ監督官?』
「そこの二人が先走った、としか言えないな。申し訳ない」
……足並みすら揃っていない。
本当にこいつらは同じ目的の為に動いているのか? 悶々とした感情はあっという間に消え果て、形容し難い気色悪さだけが残る。
「あの、でもどうして砂漠横断鉄道を……執事さん、どういうことなのですか」
『何と申し上げれば良いものか……』
「いい気分は流石にしないでしょうな。砂漠横断鉄道、あれのせいでアビドスの衰退は加速したのですから」
「教えてください執事さん、ネフティスは一体何を考えているのですかっ。あんなもの、最初から間違っていたんです。交通の要所でもなければ地下資源もない。そんな砂漠化の進む自治区で巨大な交通インフラを開発しようとしたところで……!」
「そこに理由があったからだよ、ノノミちゃん。誰の目で見ても明らかに失敗すると分かって進めるなら、それはやる理由は確かにあったってこと」
「だけどホシノ先輩!」
「落ち着いて。まだ話の途中だよ」
──誰もが落ち着ける訳がない。
だが落ち着くしかない。まだ彼らが何を求めているかわからないのだから。
小鳥遊ホシノという存在の逆鱗に触れるような、大人たちの勝手な都合でああだこうだと宣う現状。湧き上がる怒りよりも困惑が多かった上に、相方が使い物にならないからこそ、ホシノは冷静さを結果的に保っていた。
どうせまともに聞いたところで教えてくれるような輩でもないのは目に見えている。そして企業が動く理由なんて利益だけだ。だったらこの砂漠横断鉄道に、何らかの価値が見出されたと見なす他ない。それだけの話なのだから。
「そろそろ、こちらからの議題を提案してもいいですかね。ああ、責任者以外の方はご退席願えますか。アビドス生徒会の方だけ残ってください」
「ほら、行くぞ」
「押さないでってば!」
「帰りたくなーい」
……去り際までやかましい限りだ。
『では、お嬢様。私もこれで失礼します』
「待ってください。ネフティス側の代表は?」
『代理として、こちらのスオウ監督官を立てます』
「……本気で言っているのか?」
『勿論。今のあなたは契約上、ネフティスに雇用されていますから。彼女の事は私どもと同じネフティスの者だと思っていただければ。それでは、失礼いたします。用事が立て込んでいまして』
本気なのか、建前なのか。
ただここに来て本来外様の人間を代理として立てるネフティスの動き、奇妙極まりない。やはりネフティスとそれ以外の間では出し抜かんとしているのだろう、と彼女たちは結論付ける。
残ったのは三人の代表者とスオウ。対策委員会全員、そして先生とライナだけだ。
「……? 聞こえなかったのですか? アビドス生徒会、この場合は小鳥遊ホシノさんのみ残ってくださいと言ったのですが」
「アビドス廃校対策委員会が現在の生徒会組織です。そこにいるシャーレの先生の認可も受けています」
"彼女の言う通りです"
"今からだと少しお時間はいただきますが、証拠となる書類も用意しましょうか?"
「いえ、了解しました。しかし何故二重に生徒会組織が?」
アヤネと先生の対応に、ごく当然の疑問を浮かべる代表者。生徒会組織が二重化していることが弊害になるなど、全く想像していなかった。だから代表たるホシノはその疑問に答えようとして──
「それに関しては単にアビドス生徒会の解体手続きを行えず、そのまま進んでしまった弊害でしょう。アビドスは特殊な環境で、教員さえいなかった。その上緊急事態に晒されていた。やむを得ないと判断するべきかと」
ここまで沈黙を保っていたライナが、遂に発言した。
「わかりました。きちんと代表者と生徒会がいるなら問題ありません。で、あなたは何者ですか」
「私は連邦生徒会から派遣されたシャーレの監察官です。今回の話に介入する気も、権利もありませんが、先生の活動に関しては記録しなければなりません。ここ最近彼は命の危機に何度も晒されていますからね、どうしても必要になってしまったんですよ」
代表者の疑問にスラスラと嘘と真実を入り交ぜた言葉を返していく。
先生の活動記録、それは真実だ。──この場で誰かが監督していなければならないということもないが。
介入する気も、権利もない。それも事実だ。──シャーレ所属のライナは単に補助員なのだから。
ここ最近の命の危機、それも真実だ。──実際エデン条約の調印式で腹を撃たれたり、カイザーのクーデターで危機的状況に陥ったり、生身で大気圏突入したりした。
シャーレの監察官で記録者、これだけが嘘だ。
そしてライナが事実上アビドス生徒会の一員であり対策委員会の一員であることは、言っていない。想像も付かないだろう。目の前の変な顔のロボットは、連邦生徒会から支給されたシャーレのコートを着ていてるのだから。
八割の真実、一割の嘘、そして一つの沈黙。
「ですから私は単にいるだけです。聞いたところで何もしないし、するだけの権力も時間も無い。それともなにか? 正式な権利を持つ方々であっても聞かれるだけで不都合が生じるような話でも? そうなるならば私はシャーレ所属の身分から連邦生徒会としての身分を明らかにしなくてはいけません。お互い面倒は嫌でしょう」
──やり口が子供のやり口ではない。
まるでゲマトリアやカイザーのような、嫌に煙に巻きながら突けば突く程、お互いに面倒になっていくことを意図に持ち出して、妥協し合おうと取引をする姿。
……嫌に手慣れている。そういったやり方に慣れているどころか、既にそうしたことが何度も何度もあるように。
「……同席なさるだけ、ですね?」
「はい。ただ、いるだけです。先生の命に関わることが起きなければ、ですが」
危害を加えないなら見て見ぬフリをする。それくらいの度量はあるだろう? という態度。その裏にはこういう視線も隠れている。
──雑魚め、見逃してやると言っているんだ。
……変わってしまった。
いや戻ってしまったというべきなのだろう。だがそれでも自分たちが見てきたライナは確かに存在している。だからこそ先生は悩む。
秘められた真相との向き合い方に。
そして掲示されたものは。
信じられないものであった。