青い春に馴染めない黝の星 作:うへうへ学生
「あの、二人とも」
「なにかな?」
「なに」
「……重い」
「あー! 女の子に重いとか言うんだー!」
「私はそんな重くないでしょ」
「ええい、ちょっと前に甘やかしたら味を占めやがってこいつら! 俺の腕枕の何がいいんだ!」
──古ぼけた記憶。
まだ何も知らず、穏やかであった頃の思い出。
「ライナくんって男の子にも見えるし女の子にも見えるよね」
「体型隠すような奴着たら女の子に間違え──うーん、顔立ちは立派に男の子だし無理かな。人相も悪いし」
「急になんだよお前ら……俺退くからな。頭打つなよ? ほい」
「わっ!?」
「っと、危ないじゃん」
──大切な人たちと過ごす日常。
優しい先輩と、頼もしい親友。
「で、マジでなんスか。先輩の突発的な行動はまぁいいとして特にそこのペタンコが便乗した件について説明を要求します」
「なに? 私が三人で横になりたいって思っちゃダメなの?」
「……悪かったよ」
「ね、ホシノちゃん。ライナくんって簡単でしょ?」
「本当に簡単ですねこいつ」
「先輩? もう助けませんからね。知りませんよ」
「ごめんなさーい!」
「あとホシノ。今度キャッチャー行ってもぬいぐるみ取ってやらんからな」
「自分で取れるってば!」
──居場所なんて欠片も感じられない異物だった自分に与えられた、確かな居場所。
ここにいる存在なのだと、実感できる場所。
「にしても、えーらい簡単に受け入れられましたね俺」
「アビドスに残ってる人は、基本的にみんな優しいからだよ」
「絶対ユメ先輩の人徳ありきな気がしますけどね」
「そうかな? えへへ。ホシノちゃんに褒められちゃった」
「……まぁ、褒めますよ私だって。事実ですし。だからライナもちゃんと感謝してよね」
「わかってるよ、二人のおかげだってのはさ」
──在りて在る。
誰しもが簡単にできて。
その者には、どうしてもできないこと。
……梔子ユメとネフティスの間で交わされた、鉄道の使用権に関する契約書。先日ハイランダーの倉庫から偶然に発見されたそれが、事態をややこしくしていた。
「ユメ先輩がサインした契約書……?」
「はい。アビドス生徒会が、砂漠横断鉄道における関連施設の使用権をネフティスから買い入れるという契約です」
完全に聞いたことも見たこともない、ユメの痕跡。
さしものホシノも動揺を隠さず、またライナも仮面の奥で目を見開いた。
「どうやら寝耳に水だったようですね。わかりました。元々砂漠横断鉄道自体は、アビドス生徒会とネフティスの合同プロジェクトでした。受注者は生徒会であり、権利も有していました。しかし資金難によりそれを売却……前生徒会長としては、それを買い戻す算段だったのでしょう」
淡々と説明だけが進むが、しかしそう説明されても梔子ユメという人物像がこの契約と結び付かない。
「ちょ、ちょっと貸してもらえる?」
受け取った契約書。
百万で使用権を買い取り、一万を前金として即時支払う。締結後、二年以内に残金全てを支払い──あとは遅延した場合の賠償金くらい。
なんてことのない、ごく普通の契約書。
しかし書いてある文字は決して忘れられない、年頃の女の子らしさもある丸っこい文字。
「……間違いない、ユメ先輩の字だ」
「このように、アビドス生徒会が砂漠横断鉄道の施設使用権をネフティスから百万円で買収すると書かれています」
「いつの間にこんな、私が知らない間に……?」
四六時中一緒という訳ではなかったが。
儲け話を持ってきたら共有する、そういう生活だった。それにこの契約書に関する情報は──
(ユメ先輩が残した物は、全部集めたはずなのに。メモの一枚、小さなゴミまで……でもこんな話聞いたことない。ライナだって知らない……)
そう、執念とも言える行動で発見できたものではない。
「恐らくですが、契約が完了していないので伝えなかったのではないでしょうか? なにせまだ支払いが済んでいないのですから」
「まだ契約が有効、ということですか?」
「はい。契約金の支払いまでは確認できましたが、まだ残金が納められておりません。その後、契約の存在自体が忘れ去られて今に至ります。担当者が退社した際に、引き継ぎが行われなかったのでしょう」
"(ネフティスとアビドスで交わされた契約書……)"
"(それが何故ハイランダーから……)"
ネフティスとハイランダーが提携しているのは恐らく、砂漠横断鉄道の話が出てた時点で古くからだろう。しかし何を言おうともネフティスとアビドスの間で交わされた契約だ。
下請けの倉庫に流れるものでは決してない。
だが、契約は契約。そして見つけてしまった以上は、契約の効力が強いキヴォトスの常識に沿って行動する。不思議な話ではない。
……本当にそうか?
(なんか、あからさまに変じゃない?)
(……この話、変だ)
(先日って、一体いつの先日を指して……)
ただただ情報が流し込まれる。
まともに悩む時間さえ与えられないほどに。
「私どもとしても、非常に悩ましい限りです」
「何せ一通り買った筈なのに、使用権に関しては先約があったことを知ってしまったのですから」
「砂漠横断鉄道の使用権、これは未だに売買中です。我々では手が付けられません。そこでみなさんには、この契約を維持する意志があるかを確認していただきたいのです」
──たった、それだけの話。
されどそれだけの話なのだろうが……疑問点は無限に出てくる。
そもそもこんな話、わざわざ来るまでもないだろう。……というよりも、だ。これに関しては先に通達すればいい話だ。あの襲撃時点で彼らは既に知っていたのだから。よって想像できるものは単純。
武力で黙らせられないから、策を弄しに来た。
だがこれは策でもなんでもない。
むしろこれを初手にやっていればそれで済んだ話なのだ。二の矢でやることじゃない。
「この件さえ解決できれば、二日後に開かれる債権者団体の総会で砂漠横断鉄道の施設使用権含めた全ての権利について決めることができるのです」
「改めてお聞きします。小鳥遊ホシノさん、あなたは残金を支払い、この権利を購入する意志はありますか?」
ホシノは沈黙した。
それは困惑ではない。黙考の為だ。
しかし──
「今更そんなこと、しかも急に言われても……」
「それに借金をわざわざ増やすなんて……」
そんなセリカとアヤネのボヤきに、まるでそれが総意だと言わんばかりに飛びついて来た。
「そうでしょう。ええ、こんなわけのわからないものに百万も使う価値はありませんよね。そうであれば、契約を破棄するということでよろしいですね」
"少し、考える時間をもらえませんか"
「ん?」
"彼女たちには急な話でしたから"
"それとも──この場でサインさせたい理由でも?"
──そうするのであれば、先生は黙っていない。あまり口を挟む気はないが、とにかく彼らは使用権を欲していることはわかって、それを強行しようとしているならば、大人として子供の前に立つだけである。
「ふむ……」
「そう来ますか」
「やはり焦り過ぎたのでは?」
「いえ、問題ありません。どうせ二日後には無効になる契約です」
代表者は日付を指差す。
それは二年前の、二日後。
「日付をご覧ください。契約が交わされたのは二年前の二日後。その日になれば、自動的に契約は無効になるのです」
何を考えているか本当にわからない。
──いやもっと言えば、わざわざ持ってきた意味がわからない。言うまでもない、それなら少し待てばいいのだ。見なかったことにするのは難しいことではないし、キヴォトスならそう変な話でもない。
キヴォトスにおいて契約が効力を強く持っているのは当然の事実だが、それそのものが無効にできる余地があるならば無効にしてしまえばよい。
先生が黒服の契約を無効化したのと同じ理屈だ。今回のケースならば、当人が既に存在していない上にアビドス生徒会は副会長しか存在しない為代表者不在および機能不全と判断可能──と処理すればいい。
実際対策委員会も委員長が不在なのだから、適当な理由を付けて誤魔化せるくらいのやり口はある。契約は絶対的な効力を持つが、しかし抜け道などいくらでもあるのだ。
……にも関わらず持って来た。
そして契約破棄を迫った。
二日後には無効になる契約を、だ。
「二日後の正午に、アビドス中央駅旧庁舎で総会が開かれます。もしこの契約を維持したいとお考えであれば、会場までお越しください。……それが可能ならば、ですが」
そう言って代表者たちは去っていく。
そしてスオウも。
残されたのは沈黙と困惑。
"(どういうことだ)"
"(中途半端だ。もっと悪辣に来てもいいのに)"
端的に言って。
仮に秘められた目的があったとしても、仲間割れをしていたとしても、このように解約を迫るならわざわざアビドスを巻き込んでくる理由は特にないのである。そんなものまともに取り合う意味すらない。意図が見えないどころか、不自然さにも拍車がかかる。
まるで、テクストやグラフィックが用意されていないのに、どういう訳かそのルートでしか出てこないスチルや会話が無理矢理表示されているような──結果だけが糊付けされているような異物感。アビドスを巻き込む、という結果だけが固定化されているような。
"(しかも、やり口が稚拙だ)"
"(正当な権利を保有しているのに疑うのか、不愉快だ、だって? まるで烏合の衆だ)"
"(下手だ。これまで私が見て来た人たちと比較しても、あまりにも杜撰。こんなのじゃ、足の引っ張り合いもできないぞ……?)"
それにこの私募ファンドもネフティスも、みんなやり口がどこか、とても杜撰なのだ。先生が相対して来た多くの悪い大人たちのような狡猾さが無い。全身で『私たちは悪い大人です。これから悪いことをしようとしています。倒してください』ということを表現しているかのような有様だ。
彼らが気付いているかは不明だが、多少なりとも懐柔しようとかそういうものが感じられない。こう言ってはなんだが、こんな奴らが野望を持って動けていることそのものが、異常だ。これでは食う前に食われるのがオチだろうに。
「……いやいやいや。バカ怪しくない?」
セリカのポロッと出た言葉に、視線を向けるシロコ。その表情は微笑むようでもある。
「シロコ先輩、それどーゆー視線?」
「ううん。私も同意。セリカが怪しいとわかるなら、絶対に何かあるはず」
「引っかかる言い方やめてくれない? まぁいいんだけど」
「バカ怪しいどころか、露骨だな。下手だぞ、あいつら」
「下手……ですか」
「ああ。下手だ。カイザーのような狡猾さが無い。それにあんな言い方、要はうちに契約破棄して欲しい何かが砂漠横断鉄道にあるってことになる。そして二日も待てない理由……まぁ十中八九、烏合の衆ってところだろうな。何を言おうと今もネフティスはネフティスだ、元大企業と有象無象の集まりじゃ意見を纏めることもできんだろう。視点が違いすぎる」
仮面を外したライナが不機嫌を隠さずに告げていく。ただその表情は困惑を多く含んでいた。
"まずは砂漠横断鉄道について調べよう"
「はい、私も気になります。あの失敗した事業に、何が隠されているのか……」
"慎重に事を進めよう"
"幸い、十分な時間は残されている"
先生とノノミの発言に全員が頷いて──しかし、視線はホシノとライナに注がれている。鍵となるユメの存在、思考、それら全てを知っているのはこの二人だけだからだ。
「ホシノ先輩……」
「ホシノ、潮時だ。黙ってる理由ももうないだろ」
「……そうだね。──大丈夫。君がいれば、落ち着いてられるし、それに変なことも考えないはず」
「ん、私も知りたい。それとホシノ先輩。私のライナだよ」
「あの、俺は俺のなんですけど?」
「あとから捕獲されたシロコ先輩も知らないのね。徹底的に秘匿ってわけでもなさそうだけど──」
「ホシノ先輩、教えてください。前生徒会長、梔子ユメさんのことを」
ホシノはしばらく目を瞑ると、思い出を噛み締めるように呟いていく。
「ユメ先輩は、トラブルを起こしてばっかりの人で……いや、優し過ぎる人でね。有り体に言えば、色んな人に騙されてばっかりだった。事あるごとに私が助けに入ったり契約書二人で読んだり……ライナを拾ってからは、三人でいつも一緒だった」
「最初、びっくりしたよ。見ず知らず、しかも訳がわからない上に滅茶苦茶な俺を助けるならまだしも、ここで面倒見ようって言い出したんだぜ? しかもいいアイデアが思い付いたんだとか得意げに言いながらさ」
「よく卒業できたわね、その先輩」
「──卒業してないよ。ユメ先輩は卒業前に失踪したんだ。ある日突然……それから三十三日後、アビドス砂漠で発見された。ヘイローが破壊された状態で……」
死。それは遠く、しかし絶対に逃れぬ、身近な異端。突如として投げ込まれたその情報は事情を知らない三人の表情を暗くさせた。
「原因は不明。『事故』だろうとは推測できるが、あの人の死には謎が多い。ただ俺は、二人で叫びながら探し回った果てに、大切な人が死んだ現実を受け入れるに受け入れられず──八つ当たりを始めた。怒り狂って暴れ回って、片っ端から不良やら組織やらを襲って回った。お前らがユメ先輩を殺したのか、死を望んだのか、知ってる事を吐けって宣いながら、実のところは自分が何の役にも立てず、二人の亀裂を簡単に治る物だろうと楽観して甘えたことが許せなくてさ。バカみてぇに無関係だとわかるところまで襲いかかって、挙句アビドスの悪魔なんて呼ばれるようになった」
自嘲するライナの言葉。
大切な人の死を受け入れるに受け入れられず、何もできず、楽観視して、亀裂を亀裂と見れなかった自分。憎むに憎めず、怒るに怒れない。その矛先が、かつて騙した者や蔑ろにした者へと向くのは当然だろう。
「だからライナ、あの人たちに対してやけに厳しかったの?」
「当たり前だ。クソガキとうざってぇ眼帯、そして塵屑どもとノコノコ戻って来た畜生。アビドスの土地に、先輩がいたこの校舎に足を踏み入れてるのを許容しているのが寛大な措置だと思って欲しいもんだね」
「そこまでだよ、ライナ。また前みたいに全部に噛み付いて自分を傷付けるつもり? シロコちゃんにガルガルしてた時も大概だったけど、もっと酷くなるのはやめてよね」
「……わかってるよ」
「だからだったんだ。自分じゃなくて、私ならって思って……」
「やめてくれ。いいだろ、その辺は。今はユメ先輩の話だ」
脱線したのは自分からなのにとも思わなくもないが、これは完全に無意識的に出てしまった発言なのだろう。
──不条理な現実への憤怒と憎悪に支配されたライナの凶行は、想像に難しくない。今でもこれなのだから。
「話を戻すと、おじさんもライナも、ユメ先輩がどうして失踪したかはわからないままだったんだ。そして今更出て来た、この不自然で中途半端な契約……ユメ先輩の手帳さえあれば、きっとこれに至るまでの全てが記されていた筈なのに……嬉しいことがあったりすると、すぐにメモにとってさ──」
ふと目に入った契約が交わされた日付。
浮かんだ記憶、感情。
途端、ホシノが崩れ落ちた。
「ほ、ホシノ先輩!?」
「大丈夫!?」
セリカとノノミが駆け寄るが、すぐに気付く。
ホシノが完全に動揺している。呼吸が乱れて、視線も落ち着いていない。それはまるでトラウマに遭遇した人間のようで──
『じゃーん! ホシノちゃん見て見てー! アビドス砂祭りのポスター! やっと手に入れたよー!』
そうだ、この日付は。
『この時はまだ、オアシスが湖みたいに広がってたんだよねー。あ、このポスターは記念にあげる!』
大切な人から分け与えられた優しさと真心に。
『えへへ、すごく素敵でしょー? もし何か奇跡が起きたら、またこの頃みたいに人がたっくさん集まって──』
『奇跡なんて起こりませんよ、先輩。そんなもの、ある訳ないじゃないですか。現実を見てください!』
鋭い爪と牙を突き立てて。
『こんな砂漠のど真ん中に、もう大勢の人なんて来るはずがないでしょう! 夢物語もいい加減にしてください!』
『うえぇ、だってホシノちゃーん……ご、ごめんね?』
『っ。そうやってふわふわと、奇跡だの幸せだの何だの……もっとしっかりしてください! あなたはアビドスの生徒会長なんですよ!? もう少し、その肩に乗った責任を自覚したらどうなんですか!』
彼女の宝を。
『こんなもの要りません! やるなら先輩一人でやってください! もう付き合ってられません! 生徒会は終わりです!』
不条理な現実への怒りと憎しみのままに。
引き裂いて、蔑ろにした……
──いつもありがとうホシノちゃん!! ──
──ライナくんと元気でね! ──
小鳥遊ホシノが、大罪を犯した日。
ユメの失踪の、三日前。
「……ライナ、この日付は……」
「……バカな、そんなことが……」
怯えるようにライナを呼び、そしてライナもまた日付に気づいて──
「いや、これはおかしい。ホシノ、今から目を逸らすな」
彼は、妙なことにも気付いた。
「で、でも──!」
「わかっている。可能性は確かに否定できない。だがその上でおかしいって言ってるんだ。三人で約束しただろ、美味い話見つけたら必ず誰かに一言相談しようって。状況を考えれば、こんな話を取り付けたらお前に絶対に報告する。私だって頑張ったらできるんだよってな。それさえ無い」
それはホシノとユメの二人だけでは生じ得ない第三者としての記憶が告げるもの。
「お前と先輩が居心地悪くて顔を合わせてなかった時。俺は知ってる、覚えてる、忘れるわけがない。あの人は俺と、どうやったら仲直りできるかの相談をしていた。二人で何かいいもんないかってガラクタ漁りしたり、本館跡地に行って物を探したりな。四六時中って訳じゃなかったが、日中は俺と行動して、俺が家に送った」
どうしよう、ホシノちゃんに怒られちゃったなんて泣き付いてきた姿。落ち着かせて事情を聞いて、時間が必要だろうとして敢えて会わせなかった。代わりに自分が側にいて、あちこちに出回ったり愚痴を聞いたりした。
それでもユメは姿を消した。
「……ところが、だ。ユメ先輩はあの日突然失踪した。俺にもお前にも何も言わず。俺は、ユメ先輩が実は思い詰めていて、何か突発的な行動に出たと思ってたが……こんな話になってたなら、先輩は絶対に俺にもお前にも言う。そして俺が覚えている限り、俺とお前の元から去った日にも、それ以前にも契約の話なんて生まれてもいない。……お前があのポスターとメッセージカードを見つけた日から三日、逆算してもそれ以前から極秘裏に進めていないといけない。俺たちはずっと一緒だった。あの着信履歴と残されたメッセージから考えれば、かなり早い段階で先輩は帰還できないことを考慮していた」
ユメは死を覚悟する事態に巻き込まれたのは事実だが、二人の小さなすれ違いの真意と、二人の本音をよく知るライナはこの契約そのものがあり得ないことだと指摘する。
何故ならそれは、ユメなら絶対にホシノに自慢げに言うことだから。
「けど、私たちが知らないだけで本当に契約があったかもしれないんだよ? だってアマルナの位置座標を見つけたのだって先輩だったんだ。私が出会う以前からの可能性だって──!」
「出会う前なら余計謎だ。計画あるならやれとお前はあの日詰め寄った。……それなら答えていいだろ。確かにあの人は数も数えらんないようなバカさ。でも、バカはバカでもガキのように報連相ができないバカじゃない。騙されるにしたって、キチンとしたフォーマットを通してからだ」
──そしてライナは。
完全に裏を理解して事実を言うように、絶対的な確信を持ってホシノに告げた。
「断言してやる。そいつは無から生えた契約書で、支払われた金も無から生えた。誰かがユメ先輩が用意したという属性を纏った書類と金を作っただけだ。何もかも一方的過ぎるんだよ。梔子ユメの行動として相応しい証拠だけが俺たちに一方的に押し付けられている」
……完全に、特殊な生徒でも知ることのできない情報を。なんでもないように。
「俺とお前で探した物を思い出せ。契約は契約だ。どんなもんでも二枚目がある。双方同意しましたって確認する為に。どんなゲス野郎でも、契約の手続きに関しては誠実だ。そこに至るまでやら契約内容は別としてな。だから無いなんてあり得ないのに、手帳とこいつだけ俺たちが見つけられなかった? それこそあり得ない」
現実的な指摘であるにも関わらず、その契約書と支払われた前金に関しては無から生えた虚偽であると信じて疑わない。根拠が本人の中ではあるのだろう。
だがそれを先生を含めて知らない。完全にライナは、自らの秘められた知識に無意識的にアクセスし、それを知ってて当然の事実として口走っているのだ。
「大方、事象干渉で因果を捻じ曲げた……シッテムの箱による干渉と似たようなもんか。書類自体は無から生まれた有だが、周りの物は全て事実。繋げられてしまった以上、そういう前提で動くことしかできない。誰にも虚偽の証明が不可能だからな。この方法だと干渉者は大規模なこともできない。演算するにしてもリソース不足、余程のオーパーツを持ってない限りはな。そしてあの程度ならオーパーツ無しの独力と判断できて、かつ無から有を生み出すなら混沌の領域の補助でどうにか……そうか、それでか。この不快感は」
これ以上喋らせると危険だ。
そう判断した先生は、話を終わらせるに相応しい話題に切り替える。
"ライナ"
"ゲマトリアが関わってると思う?"
「やり口が大雑把過ぎる。そこに美学や矜持を感じられない以上、現メンバーではないだろうな。連中はこんなことをするなら舌を自分で噛み千切る。新しく入ってきた奴にしたって古臭い手口……さて、誰の手引きやら」
──恐らく、ライナは過去の存在なのだろう。アリスやケイのように。そうであれば辻褄が合う、が。
まだわからないことが二つ。
今まで接して来たライナとは、何なのか。
そしてライナの中に眠る真実たる『彼』とは、何なのか。
この二つを明らかにしない限り、ライナに纏わる謎は決して晴れることもなく、不安要素も消えない。
なんとも言えない空気の中。
ホシノが小さく、一人になりたいと切り出して。
自然と一旦落ち着く時間を持とうということになった。