青い春に馴染めない黝の星   作:うへうへ学生

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歪んでいく

「よし、でっちあげだがこれでなんとか」

「すごく物騒な見た目ですね……ペロロ様の形にできませんか?」

「してもいいけど、してどうすんのサ。アイツを止める為に使うのに」

「いやまぁ、そうなんですけど……あはは。でも可愛くないじゃないですか」

「そりゃ可愛くないよこんなもん。ま、でも設置に使用するものはいいよ。後で変えとこう。でも色は弄れないからネ」

「黒いペロログッズ……探してみようかな……」

 

「ねぇ、アイ」

「なんだいカヨコちゃん」

「アイってなんでアイなの?」

「え? ああ、名前の由来? 昔の名前の一つ……だったはず。特に深い意味は無いよ。なに? シェマタとか名乗って欲しかった?」

「鉄拳政治のシェマタ、知ってるの?」

「知ってるよそりゃ。ボクも仰ぎ見た偉大なる者の一人さ。──ま、例によってそういう風にしか思い出せないし、自分でもそうかなぁってなる記憶だけど」

 

「もしかしてアイアイってば生徒会長だった? 王とか帝国とか古めかしい言葉で説明してたけど、翻訳していけばそういうことになるじゃん」

「記憶だけなのよ。だから変に混乱させんのもあんましでそーゆー言い方したわ。てかアイアイやめろやムツキちゃん。お猿さんじゃねーぞ、王サマだぞ」

「こんな感じなら暴君じゃないのあなたは」

「この前もブラックマーケットでの回収作業でゴネ方が気に入らないって理由でアル様の身体を借りて一騒ぎ起こしましたもんね。ところで、どうして融合を?」

「あれはその……まぁ色々あるんだよ。貴重なアウトロー体験だったろ? それとボクもライナだからね? その辺りのチクチク言葉はライナにも飛んでくるからね? あと融合はわかっかんね」

「ねえ冷静に考えたんだけど融合ってなに? 人と人が合体したの?」

「いやっ、聞いて欲しいんだ。とりあえずわかりやすい言葉だから融合って言ってるだけで実際俺たちもよく分かってなくてネ」

「本当に胡乱なんですね。もしかしてよくわかってないことも断言口調で話してたりとかしてませんか?」

「うん。しょーみめんどーだし。だって俺ですらホンマかァ……? ってなるんだぜ。そんなもん訳知り顔と断言口調で言うしかねーべ」

「うっわテキトー」

「こういうところは夏雪ライナって感じするね。前にシャーレ代理で来た時とかこんなだったし」

 

「けど、ボクらのことなんざどうでもいいんだ。胡乱な記憶よりも大切なことがある。キミたちもあの子たちもライナって何? を答えられる、どんなヤツかってさ。その確かな事実だけあればいい」

 

「あとはそれを、あの子たちが証明するだけ」

 

「──さて、アイツはどう動く。どこで目覚める……?」

 

 オンラインデータは残っていない。

 本当にそうだろうか? 

 こういう時は探る対象を変えてしまえばいい。そう、例えば提携先となる存在などにだ。

 

 "……なるほどね"

 "道理で彼らがおかしな反応をするわけだ"

 

 シャーレとしてはそう難しい話ではなかった。以前セリカの端末を探ったように、ちょっと狡い真似をすればすぐに終わってしまった。──探すこと自体は。

 どうしてハイランダー側から契約書が発見されたのかは疑問の残るところだが、しかしそれがヒントになった。

 ハイランダーには十分な情報が眠っている、あるいはそれに繋がる何かがある。そしてそこから砂漠横断鉄道が今になって取り上げられた理由を、芋蔓式に探り当てた。アビドス、ネフティス、そして──ゲヘナ。

 

 "キヴォトス内部の不安定要素……"

 "百鬼夜行で見た、花鳥風月部みたいなもの"

 "可愛げはどっちもないけど、あの子はまだわからない。理解したいな"

 

 知っているか知らないかで言えば知らなかったのだろう。夜分遅くに連絡して軽く事情を説明したとはいえ、少なからず動揺は見られた。二つ返事でそれを了承してくれたが、それを知ったら知ったで烈火の如く怒り狂いそうな相手が浮かぶ。

 

 "(……二人には)"

 "(……きっと、今更に見えてしまうのかな)"

 

 彼女は知っていた。

 つまりその絶望も悲嘆も苦痛も、全て見ていたのだろう。ただ見ていた人間が今更訳知り顔で、関係者とはいえやって来るなど……その手をもっと早くに差し伸べろと思われて当然かもしれない。

 ホシノとライナ。

 二人とも普段ならそこまで気にすることもないだろうが、過去の傷を抉り出すような現状では、あまり精神状態も良好ではないのは明白だ。

 元々不安定な兆しのあったライナだけではない。ホシノは元々苛烈な性格をしていたと聞く。今の優しさが彼女元来の性格だけでなくユメから受け取ったものと混ざって生まれているのだとすれば、その悲しみと慈しみが怒りと憎しみへ反転する可能性も大いにある。

 

 "……ホルスでありアヌビスであるもの……"

 "完全者であるが故に自らを滅ぼすものであり自らに滅ぼされるもの"

 "ライナは間違いなくこのキヴォトスの存在、アビドスの一員でそして古くからの来訪者"

 "何かが埋まれば、アリスみたいに上手く……いや、でも……"

 "私は目先の問題に対処するだけで、手を差し伸べることをしてきたか?"

 "違う、ダメだ。私がやらなきゃ、誰がこの子たちを"

 "大人の責任を果たさなければならないんだ"

 

 呪いのように言葉を呟いている姿。

 徹夜で情報をまとめ切り、そして自らに絶えず理解しろ責任を果たせと杭を打ち込む姿。

 先生の精神も、見えないところでおかしくなっていた。

 

 ──責任を完遂した自分がいるのに。

 自分は何をやっているのかと。

 

「先生、先生!」

 "アロナ"

 "どうしたんだい"

「休憩を入れませんか? 確かに時間が少ない状況ですが、ここまでずっとぶっ通しですよ」

「肯定。アロナ先輩の言う通りです。やむを得ないとはいえ、休息の無い長時間労働はパフォーマンスを著しく低下させます」

 "二人とも……"

 "そうだね。少し、飲み物でも飲むよ"

 "でも、これだけは朝までに終わらせないといけないんだ"

 

 ここから寝ても大した時間の休息にもならない。だったらここで決め切ってしまい、仮に自分が使い物にならなくなったとしても、あとはアビドスだけでどうにかできる状況にした方がいい。

 二重三重にプランを作り、想定し得るあらゆる状況に適切な対応をする。だからアビドス生徒会がどのようにして人員を決定していたかの情報まで探していくのだ。

 そして痛いところを突かれた場合の対処法を作り、カイザーの乱入も想定し……

 

 "もしも寝ちゃったら起こして"

 "寝るのは事が終わってからだ"

 "ネフティス側が変なことを吹き込む可能性だってある"

 

 事実と呼べるものを全て明らかにしなければ。

 

「了解しました。しかし今回は何か、何者かの強い悪意を感じます。それだけではありません、全てを否定するような負の感情が渦巻いているようなものも……」

「それは憤怒と憎悪ですか、プラナちゃん」

「不明。あまりにも強過ぎて全体像が把握できません」

「……そういえば、アイさんは私たちを認識できたし、シッテムの箱の中に入ってこれた。じゃあライナさんもできるのかな……?」

 "どうかな"

 "全部終わってから、聞いてみようか"

 

 そうこうしている内に朝になってしまった。

 結局完徹してしまったし。

 

「うへへ……むにゃむにゃ……」

「アロナ先輩、起きてください。朝ですよ」

「ふぁー……っ。プラナちゃん? どうかし──のぁっ!? もう朝!? 先生を起こしてあげないと!」

「いえ、完徹です。大丈夫ではありませんが大丈夫です」

「し、仕方ないとはいえあんまりいい気はしませんね」

 "まぁまぁ"

 "むしろ、アロナが寝てるのはらしいことだし"

 "寝られる時に寝れないと、辛いからね"

 

 最近アロナはよく寝る。

 それがプラナを宿したことにより生じた弊害なのかはわからないが、しかしそうしていることで異常が無く管理者を務めてくれるのならば、それに越したことはない。

 

「──アロナ先輩、今日工事の予定なんてありましたでしょうか」

「工事……? ありませんよ。どうしたんですか」

「ガスの配管システムに異常を検知しました」

 

 空気が凍る。

 悪意の主が仕掛けてきている。

 それも──

 

「混乱。初めて見る現象です。ガス管の配置が変わっています。まるで何者かが強制的に介入しているような、この不快感は……まさか、ライナさんの言っていた事象干渉──!?」

 

 自らの選択の下、黒子に賽を振らせるのが人生だとしたら。

 出ることを望む賽の目があって当然であるならば、望まない賽の目もある。

 しかし賽を振る黒子を説き伏せて、賽を振らずに、既にそうであるのだからと自分の望む賽の目を出させるのは。

 

「先生!!」

 

 ──遊戯ですらない。

 

「奇跡の担い手、箱の持ち主」

 

「未来を変えてしまうなら、既に定まった過去を用いてしまえばいい」

 

「箱を使って守ってしまうなら、箱を使わせずに肉体を傷付ければいい」

 

「そして動いてしまうならば、人間である以上の弱点を突けばいい」

 

「さぁ先生。小生とゲームを続けましょうか──ヒヒヒッ、イヒヒヒヒヒヒヒ!!」

 

 

 

「……もう、朝か」

 

 空から日差しが入って来る。

 パトロールでもなく、ただ丸一日思い出の場所巡り。出会ったところ、会話したところ、助けたところ、一緒に戦ったところ、二人でボランティアをしたところ……徘徊老人のようだ。どうしてそうしているかなんてのも分かりきってる。手帳を探しているから。

 

(結局、私は──)

 

 ライナは仲直りしたいからどうしようと相談されたと言っていたが。

 しかし彼女が死を覚悟するような選択に導いたのが自分なのか。それが知りたかった。いや知りたいのか? 知りたくないのか? わからない。恐怖だけが渦を巻く。

 

(そっか、あの日から動けなかったのは。怒りと憎しみのままに動いていたライナと違って、私はただ泣いて蹲っていたのは──)

 

 ユメを死に向かわせた原因が自分だと知りたくない。

 ユメの本音を知りたくない。

 ユメが自分の感情を誤解していたと、知りたくない。

 

(……手帳、今更見てどうするの? 泣いて懺悔でもして、何になるの? 私はもう後輩が出来ちゃったのに。ユメ先輩、教えてください。助けてください。私は、あなたの心を知りたいのに知りたくなくて──)

 

 醜い本音。

 ライナだけではない。何が何だかわからなくなっていたのは、ホシノもだった。

 真実が知りたいのに知りたくない。手帳は見つからないのではなくて、本当は見つけたくないのではないか。

 瘡蓋を引き剥がす現実に、ゆっくりと癒されていた心は切り裂かれていく。

 燻る感情の答えははっきりしていた筈なのに、途端に何も見えなくなってしまう。

 その傷から目を背けたいと思っていることを自覚してしまえば、なおさらだ。

 前へと進んでいた筈のホシノは、後ろへと後ずさっていく。奥底では望んでいないのに、迫り来る脳裏にしか存在しない真実候補に追い詰められて。

 

「おはよー……って、みんな流石にあんまり寝れてないみたいね」

「うん、ちょっとモヤモヤしてて」

「けど私たちより辛そうなのが二人もいる」

「ライナさん、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。朝まで目は瞑ってきた」

「寝られなかった私が言うのもなんですけど、無理はしないでくださいね」

「ホシノ先輩は? 連絡つかないけど」

「元々俺たちはあんまり寝付きが良くないからな。多分ウロウロして、今頃朝になってることに気付いて家に戻って支度してるだろう」

「それは、ユメ会長のことがあったから?」

 

 何せ大切な人が死んだのだ。

 その絶望も悲しみもまともに受け止めるには大き過ぎる。

 寝るに寝れず、寝ても悪夢を見ることなんて想像に難しくない。

 

「……俺は違う。元々寝付きが悪い。誰にもなれなければ、属せないし、弾かれもしない存在だからな。暗がりに一人いても疎外感がずっとある。何処にも自分の居場所が見つけられなくてな。完全になんも考えずにいられたのはユメ先輩がいた頃だけだ」

 

 ホシノがどうかはわからないが、ただライナは元々寝付きが悪かった。なるほど、その原点を思えば納得が行く。

 しかし──

 

(属せない、弾かれもしない……)

 

 自分たちの関係性が若干変化した時。

 あのデートで聞いた言葉がシロコの脳裏を過ぎる。自らが何者なのかわからない、自分という存在を端的に示す言葉が無い、全てに該当して全てに該当しない、零が無い──

 全て急に出てきた言葉であるが、ライナが最初から感じていたもの。そこに何か大きなヒントが隠されているようで、シロコは少し思考を回す。

 

(自分は全てに該当してるから、明確に芯となる零が無い。多分、ライナの本音はここにある。自分は何者なのかはっきりしないのが嫌で嫌で仕方ないって言ってたし)

 

 ──しかし確証が無い。

 八つ当たりとは言ってたが、何を八つ当たりしていたのかライナは一度だって明言していない。確かに甘く見た自分が許せないのが始まりだったとは言っていたが、それはユメの死を探る為の襲撃、その始まりであってその後の八つ当たりの理由ではない。

 

(確かにこの騒動は不愉快だ。正直言えばみんな叩きのめしたい。でもクールに行かないといけない。解決に向かっていく中で、きっとホシノ先輩とライナの中にある、モヤモヤを晴らしてあげられるようなことが見つけられるはず)

 

 嫌な話だが、その嫌な話に直面しているからこそ見えるものもある。故にシロコは荒ぶる自分を、遂に巡ってきた恩返しのチャンスなのだからと落ち着かせ、然るべき相手にその怒りをぶつけろと飼い慣らす。

 我が事のように感じられない悲劇。そんな自分に腹も立つが、しかし他人事だからこそ俯瞰するべきなのだから。

 

「ライナ先輩、一階の──」

「生徒会室を開けるのか?」

「ダメ、ですか?」

 

 アヤネは大体の察しはついていた。

 開かない部屋、決して話題には出されない部屋。あの部屋こそがかつての生徒会が用いていた教室であり、そこに何かある筈だと。

 

「構わない。ホシノだって開けるな、とは言わないさ。ただ本当に何も無いぞ。あるのは片付けられた段ボールくらいだ。その中身も大体アヤネなら知ってること。その手の資料はホシノが全て確保してるし、今となってはみんなもわかってるようなことだ」

 

 しかし中身が既に移動されていることを知っているライナは、見たところであまり収穫が無いことも知っている。なんならもうみんな知っていて当然の情報しか出てこないし、ホシノにわからないならアビドスでは何も出てこない。

 それでも話題に出した以上、そうすることが大事なのだろうと理解しているが。彼女たち対策委員会がアビドス生徒会について知ることが重要なのだ。聖域に足を踏み入れる儀式ということに近いのかもしれない。

 

 それにしても先生が来ない。

 この手のことには遅れたことがほとんどない彼が、姿を現さない。今日はネフティス側からの接触があるのに。

 

「……にしても、先生遅いですね」

「お昼頃フラッと来るとか? やることたくさんだってぼやいてたし、徹夜でズレちゃったりしてるかも……」

「メッセージにも反応がありませんね」

「見てこようか? 俺なら出入りしても不自然には思われないだろうし」

「いえ、先輩は顧問代行としていてください。適当にそれっぽいことを言って誤魔化すのは得意でしょう?」

 

 アヤネの中々に鋭い言葉に苦笑しつつ、前日の嫌なやり方という実績があるため全員からなんとも言えない視線を向けられることに居心地悪そうなそこの男。

 ガジガジと頭を掻きながらどーすっかなぁ、とかボヤく姿は今までと何ら変わりない。

 

「ったくどこほっつき歩いてるんだ、あいつは。先生は先生でどうにでもなるだろ。箱もあれば、管理者も二人いる」

(……これは、どっち?)

 

 知っているのか。それとも知らないのか。あるいは無意識か。普段のライナと完全なライナが入り混じっているせいで判別が付かない。

 

「で、生徒会室だよな。今だとノノミの方が詳しいと思うぞ。俺が知ってるのは片付けられる前だからな」

「ライナさん、あの頃は家に閉じこもってましたよね」

「思い出に浸かっていたかったし、外の世界が憎くて仕方なかったし、ついでに死んでないだけだったからな」

「この人隠す理由もなくなったら聞いてるこっちが心配になることバシバシ言うわね……」

「隠したいというよりも言いたくないだけだろうからほら。それに言ったら言ったで訳わかんないのも事実だし」

「そりゃあそうだけど……アヤネちゃん、気付いてびっくりしたんじゃない?」

「正直怖くて仕方なかったよ」

「いつか言ったけどごめんて」

 

 ワチャワチャとしているが、空元気の今、それがこの場にいる全員にとって程よく染み渡る日常だった。これから非日常へと突入していくのなら、尚の事だ。

 

 ゾロゾロと揃って旧生徒会室前へ辿り着く。

 

「……ここに来るのも、久しぶりだな」

 

 当然に施錠されているが、ライナは迷うことなく持ってきた鍵束から一つの鍵を選び、慣れた手つきで開けた。

 

「一度も来てなかったんですか?」

「ああ。ノノミと会って髪を切った後からまた学校に来るようになったけど、ここには寄り付かなかった。だから──二年ぶりだ。ま、中身は話には聞いてたんだがな」

 

 悩むことなく足を踏み入れて三つ並んだロッカーの内一つを開ける。そこには備品ではないし、あまり見ない調整が施された銃が詰め込まれていたが、ライナはその中から一つ手に取るとそれがなんであるかを把握した。

 

「押収しやがった武器は俺のロッカーに詰めてたか。整備してる、律儀な奴。こんなもん手遊びの一環だったのに」

 

 いつぞや回収された銃器たちは、どうやらここに収めていたらしい。確かにここなら誰も近づくこともないだろう。

 

「そっちも開けんのか? どーせ入ってるのは防弾チョッキとかその辺だろ」

「ん、ピッキングツールで開ける」

「いや普通に開けろよ」

 シロコがホシノのロッカーをピッキングツールで開けようとしているのに突っ込みを入れつつ、ライナは横に来たノノミと共にユメのロッカーを開ける。中身は当然何もない。

 

「サイドアームと防弾チョッキ……入ってますね。それから各種グレネードとかも」

「消耗品はともかく、他の奴は全部使い込まれてる。でも丁寧な整備がされてるね」

「こんなに持って、ホシノ先輩は何をしてたんだろう」

「──何もしてないよ。カッコ付けてただけ」

 

 振り向けば入り口に呆れ顔で立っているホシノがいた。やや疲れた顔をしているが、そこはみんな理解を示していた。

 ただホシノにとっては、そこの可愛い後輩の一人が率先してやってることを咎めなければならない。

 

「人のロッカー開ける悪い子に育てた覚えはおじさんないけどなぁ。ねえシロコちゃん」

「私は銀行襲撃を企てる子だよ。元から」

「あはは……ライナ、止めてよ」

「止める理由が無いな。ホシノがやらかすと一番割を食うのはセリカとアヤネだ。お前、二人の心が広いから割と許されているだけってちょっとは理解しろよ。まぁ俺もなんだが」

 

 俺は振り回されている側に立つんだ、諦めろとライナは告げた。中々言い出せなかったこと自体は仕方ないし、ノノミとシロコはある程度考慮してくれるが二人は何も知らないのだとも。

 

「事情が事情とはいえ、俺がいるからいいだろうじゃない。俺が先輩といた時間は、お前のそれと比べれば雲泥の差だ。お前が一番ユメ先輩とアビドスを理解してるんだ。どう頑張ってもお前は旗振りするしかないんだよ。先生は背中を押すだけだ」

「……君も旗振りしてよ」

「俺はここにいるけど適任じゃない」

 

 珍しく出た弱音は、ごく当たり前の事実で塗り潰された。確かにホシノの友人だ、みんなと一緒にいる、同類ではある。しかし彼は何処にも属していない。正式な学籍があるわけでもない。何か存在を証明するようなものがあるわけでもない。

 梔子ユメを継ぎアビドスの旗を振る者として、夏雪ライナは落第だ。これだけは小鳥遊ホシノにしかできないことだ。

 

「ホシノ先輩……」

「大丈夫だよノノミちゃん。こいつの言うことは正論だから。結局ライナのこと、何もしてないのは事実だから。──当時の私は、何もかもに憤りを感じててさ」

 

 ポツポツと語り出すかつての話。

 やっと、人に聞かせられるようにはなった。しかし進んで言いたい話ではない。

 

「止まらない砂漠化、全てを押し付けて逃げた連中、利益ばかり求める大人ども、そして──毎日言うことだけは立派なのに、何一つだってできない自分に」

 

 それは自己嫌悪故に。

 

「……先輩は半ば押し付けられた形で、それをしないとアビドス高校が消えちゃうから、生徒会長になることを受け入れただけ。言うなればアビドスのために自分を捧げた」

 

 その献身が実ることはなかったが、しかしあれ程までにアビドスにその身を捧げた人はそういないだろうとホシノは思う。そしてそんな人を、何も結果を残せない問題児だと思っていた自分に腹が立って仕方ない。

 

「毎日失敗ばかりの先輩で、確かに昔は腹が立ってた。でも思えば、ずっとずっと私に気を遣ってくれたし、自分なりに色々なことに挑戦してた」

「でも、失敗ばかりって」

「セリカちゃん、失敗ってのは挑戦したから失敗って結果を得られるんだよ。挑戦しない人には、失敗という結果さえ与えられない。そして挑戦して失敗したから、周りの人に失敗したんだって思われるんだ」

 

 ──今思えば、自分は横にいて水を刺してばかりだった。基本的に何をするにもユメから。ユメは常に引っ張っていた。空回りもするし、騙されるし、失敗だってする。しかし挑戦して、行動して、何もしない時は一度だってなかった。

 

「ユメ先輩は常に模索し続けてた。率先して探し回り、率先して行動して──その結果の中に、まさかアマルナの発見とライナを拾ってきたってのが入るとは思いもしなかったけどね」

 

 ホシノの心を守り導き、見ず知らずのライナでさえ自分の後輩として困らないようにして、更にアビドス住民からの協力を取り付けて謎の人物を物好きな二人が拾ってきた少年へと変えていく。

 こうした行いはホシノが今も参考にする良き振る舞いであり、人を守り導くならば彼女のようにと刻まれている。

 

「……ある日、ユメ先輩はトラブルに巻き込まれた。チンピラどもがわかりやすく身代金でも奪おうとしたんだよ。生徒会長だし、アビドスだしってね。ま、私とライナが追い払ったんだけど。でも、あの時の私は巻き込まれても普段通り、助けられても普段通りなユメ先輩に八つ当たりをしちゃったんだ。ちょっとイライラしててさ。それでさっさと帰った。ライナはたまたまその場所にいなかった」

「……」

「すぐに謝るつもりだったけど、どう謝ったらいいかわからないまま、三日間は一人でいた。ライナがいるから大丈夫だろうって、思ってた。実際ライナはユメ先輩と一緒に行動してたし。いっそ普段通りに対応しようって決めて出向いて、私は知ったんだ。ユメ先輩が行方不明になったってことを」

 

 ある日突然。

 まるで運命に導かれるようにユメは失踪した。

 

「それから二人で探し回って、約一ヶ月後にアビドス砂漠で私が発見した。死因は脱水症状による衰弱と推測されたけど、実際何があったかはわからない。コンパスを持ってなかったのもあってね。先輩は確かに忘れたこともあったけど、あれ以降はどんなに急いでても確認するようになったし……」

 

 不可解すぎる死。

 砂漠に行くならコンパス、それはアビドスでは当然の話。うっかりで忘れたらミイラになる以外の道は無い。何故コンパスを持たずに、砂漠に行っていたのか。あるいは砂漠でコンパスを失ってしまったのか。結局何がどうなって死んだのかさえわからない。

 そしてもう一つ、失われた物がある。生徒会長手帳だ。

 

「装備品も遺体も回収して、でも生徒会長手帳だけは見つからなかった。ユメ先輩は何かあるとバナナトリが表紙の手帳に色々書いててね。あれだけは絶対に忘れることもないし、無くすこともないって言い切れた。けれど心当たりがある場所に二人で行っても見つけられず、私は結局泣いて蹲ることを選んで──そんなことをしてたら、諦めなかったライナは、より苛烈な感情に支配された」

 

 手帳捜索と真相究明を繰り返す内に荒事も多くなり、溜め込んでいた感情はとても些細なきっかけで爆発した。悪魔の生まれた日は、なんでもない晴天の日だった。

 

「そこのそいつも何もかもに怒りを抱いていたが、俺も同じでな。あの時は都合の良い相手が山のようにいたから片っ端から潰して回った。ヘルメット団から傭兵まで、あと小さい企業もそこそこやった」

 

 かつて聞いたならば、それは単なる妄言と一蹴しただろうが、何せブランクがあるにも関わらずアイより早く動き、そして異形の力を使えばシロコ*テラーに合わせて動けるのは目にしている。

 逆にそれくらいで済んでるのが不思議なくらいだ。

 

「でもそこから先に行く前に急に身体にガタが来た。そして何も変わらないし誰も知らない現実に絶望して、家に閉じこもった。後はさっき言った通り」

 

 ガタが来た。実のところこれが不思議なのである。同一人物であるアイが同じ能力を不完全ながら使いこなしているのに、その本体であるライナが何故そんな不具合を起こしたのか。

 今となっては、全員が不可思議に感じる。中に潜む者が手を出したのかもわからない。アイがそうしたのだろうか。しかしそうする理由が不明でもある。色欲を切り離したように、上手いこと感情のコントロールができない訳でもないだろうに。

 こうして検閲などを行えているのだから、そうすれば終わりだったろうに……

 

「……あの契約書と金は成り済ました誰かの産物だが、結局ユメ先輩が失踪して最終的に死んだって事実には変わりない。だからこの件にも別な方向から絡んでる可能性は否定できない」

「手帳さえ見つかれば、少なくともこの件についてははっきりするし、ユメ先輩しか掴んでない情報も明るみに出せるのにね……」

(生徒会長の死に、ネフティスが関わっていたとしたら──)

 

 結局何もわからない。

 綺麗に二人の視界の外で起きて、綺麗に中核だけ抜け落ちてしまった現実。虚偽と真実が入り混じるが故に直面した現実を小細工無しで受け止めねばならない苦痛。

 当事者とそれ以外では捉え方は絶対的に違う。少し壁を作るようなホシノの硬い表情や声色からは、この痛みを共有したくないとも思えるような雰囲気が現れていた。

 

 ──そんな空気は、やってきたスオウとネフティスの執事によって霧散したが。

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