青い春に馴染めない黝の星 作:うへうへ学生
ネフティスの者だからスオウを護衛として。
だが本質的には部外者であることには変わらない。しかしそれでも連れてきた。
そこに何かの考えが見えてくるが、今はそこを気にする話ではない。
「……急な来訪にも関わらず、まずは招き入れてくれてありがとうございます。お嬢様も、改めてお久しぶりです」
「こちらこそお久しぶりです」
「お嬢様、戻ってくる気はありませんか」
「……すみません」
「でしょうね。あなたはそういう人だ。それはそうと、お話していたカードです。限度額が更新してあります」
「い、いえ。平気ですから」
あっさりと執事は引き下がったが、しかしやはり奇妙だ。この状況で何故カードを? 見栄というには異質極まりない。
とはいえ、まずはここから攻めるべきだろう。ノノミは不慣れながら駆け引きをしてみることにした。
「──で、戻るとは一体なんですか」
「ハイランダー鉄道学院にです」
「そこは元々私の場所じゃありません。決められていた進路です」
「社の都合で決められた道は自分の道ではない、それはわかりますが──あなたはネフティスの令嬢なのです。それだけでも価値があります」
「ネフティスの令嬢に価値があるなら、適当な代役でも立ててください。今更になって連れ戻しにくるくらいなら、あの時私に協力しなければよかったじゃないですか」
段々と堪え切れぬ怒りが込み上げてくる。
ノノミ自身も制御できず、何かに引っ張られているとしか表現のできないような怒りが。
「一度捨てていいと思ったのであれば──」
「ご令嬢、一度あんたを取った相手に対してあまりにも失礼じゃないか? それにハイランダーとネフティスの協力関係は、あんたがアビドスに流れたことでご破産しかけたわけだ。振り回した側が、振り回されてる側みたいなツラをするのはやめてもらおう」
うんざりした視線、呆れ返った言葉、そして実際に振り回された側としての、怒りが籠った態度。静止と苦言を混ぜて吐き捨てたそれは、この場の空気を最悪にする最後の一手となった。
ムッとしたシロコはそもそも気に入らないこいつらと一応は仲良くする気も失せた。ノノミのことを何も考えてないじゃないかと。
「……さっさと本題に入って。今更戻ってきたくだらない集団の戯言を聞く為に時間を割いてるんじゃない。今は私たちがあなたたちに振り回されるんだ」
「なんだ、やる気か。何処の野良犬かは知らないが、勝てると思ってるなら来るがいい。何をしようが──勝つのは私だがな」
「私を野良犬って呼んでいいと思ってるの? それを言っていいのは一人だけだ、腰巾着」
性格的な相性の悪さなのか、あるいはこの場の空気によって発生してしまったのか、完全にスオウとシロコは牽制を超えて挑発し合っている。例え最悪な空気であっても、誰が得をするというのか。素早くセリカはシロコの前に出て、慌てて宥める。
「シロコ先輩ステイステイ! ちょっと何よ、なんで二人とも喧嘩腰なのよ!? 護衛なんでしょあんた! 自分から銃抜きに行ってどーすんの!?」
「スオウさん、それは牽制ではなく挑発です。駄犬のような真似をしないでください。ネフティスの品位が落ちる」
執事がかなりキツい言葉で咎め、スオウは渋々といった様子で下がる。この女は間違いなく油断ならない──ホシノとアヤネは冷ややかに見つめた。ああいう奴は弾けるとロクなことをしないバカだと、よく知っているから。
……あれは、爆弾だ。
「……別に二人が争おうが、私は知ったことではありませんが。それはお互いの利益にならないし、そもそもそんなことをしに来たわけではない。平和的に話し合いで行きましょうか、みなさん」
そんな混沌とした場を、仮面を付けてシャーレのコートを着ていたライナが元に戻す。完全に部外者だ、だからこそ冷えるということもあるだろう。
「監督官、あなたの身の上はわかりません。しかしあなたはネフティスの者である以前にハイランダーの一員でしょう。迂闊な事をしないでください。他ならぬあなたの名誉の為に。ここはまだ戦場ではありません」
「忠言痛みいるよ、監察官殿」
「それと──砂狼さん。警戒するのは構いませんし、牽制をするなとも言いません。ですが、あまりにも露骨ではこのように余計なことを招きます。以後注意するように」
スオウに自身の名誉を守れと告げながらも、ライナはシロコにも釘を刺した。そんなことを言われるなんて思いもしなかったし、砂狼さんといきなり言われたら少しこう、怖くなる。彼女とライナはずっと一緒だったから、急に他人行儀にされると心の何処かに恐怖感が湧くのは当然だろう。
唖然とするシロコに、再度ライナは釘を刺す。そしてついでにそんなことをする理由もでっち上げる。
「返事は? 先生がいない場合、代理を務める。そういう権利が私にはあると以前説明したでしょう」
「う、うん……」
「よろしい」
まーたこの人はそれっぽい嘘を吐くのが上手いなぁとアヤネは感心した。
確かに顧問代行のフリをしてくれとは要請したが、シロコの驚愕を普段は使ってないから反応が遅れているというような演出に変えてしまった。
そしてスオウが監察官と呼んでしまい、シロコが返事をしてしまった以上、そういうものかと受け入れるのだ。ありそうな話だから。
──とはいえ、妙に小慣れているのはやはり気がかりだが。
ライナはそういうキャラではない、激情家で直情的だ。
アイだって嘘は言ってないだけで本当のことを隠したり詭弁を弄したりした。
ではこれは完全になったことで生じた一面か? それとも中に潜む者の現れか?
「申し訳ありません、お手数をおかけして」
「いえ。彼女たちにも色々と思うことがあり、我慢ならないことがある。そういう時は釘を刺すのも私やあなたのような者の仕事でしょう。それで、本題の方に入っていただけませんか。お互いに時間もあまりない」
「結論から申し上げますと、この砂漠横断鉄道の裏には、かつてアビドス生徒会とネフティス間で進められていた、非対称戦力兵器計画がありました」
──非対称戦力兵器計画。
一同に緊張が走る。
「その名は列車砲シェマタ。規格外の攻撃能力を備えた、もはや列車砲という概念からも逸脱した要塞兵器というべきものでしょうか。アビドスから他学区への直接攻撃を可能とする射程距離と過剰な威力を備えた代物が、鉄道路線を走り回る計画です。こうして話している私も、絵空事だと思うくらいには」
キヴォトスの征服でも目論んでいたのかという代物。過剰極まりない攻撃性能に加えて、凄まじい攻撃範囲を誇るわけだ。ただでさえ大型兵器の類は現在でも要警戒対象として取り扱われるというのに、もはや子供の戯言のような怪物が現実に作られようとしていたとは想像も付かない。
「そんな兵器がねぇ」
「一体何の為に……!?」
アヤネの驚愕には、意外なところから返答が届いた。
「借金返済だろうな。力さえ握ってしまえば正式な権利でも八つ裂きにすることができる。最悪適当に使えなくして売り捌いてもいい」
それはそうなのだが、それにしたって過剰である。恐らく製作者の意図は別のところにある。何かの陰謀が隠れている。
「シェマタの由来は、鉄拳政治のシェマタですか? あの七十人の生徒会長が存在したアビドス最大の混乱期を纏め全盛期へと導いた……」
「よく知っているな。そうだ、恐らくはな」
「シェマタ、か。ここで懐かしい名前を聞くことになるとは思わなかった」
──しかし。
何かが隠れている男が、ポツリと呟いてまた空気が変わっていく。
「シェマタ……天頂に仰ぎ見るべき偉人。その偉業をあらゆる者が讃えねばならない存在。とはいえ、力だけを求めて作られた兵器に冠する名としては全く相応しくない。唾棄すべき事実だ。彼女は勝ち取る者ではない、守る者だったからな」
まるで古くアビドス全盛期を知る者のようにライナがシェマタに対する評を述べていく。そして列車砲シェマタが、その存在を穢す物であるとも吐き捨てた。
「……何故だ?」
「何故も何もありません。シェマタが、彼女が守ったのは穢されたアビドスの名誉と威厳だ。彼女は復讐者であり守護者である。故に破壊者として役割を求めるならば、その名は彼女に対して不敬極まりないでしょう」
……何かズレている。
こいつの語るシェマタと、アヤネとスオウが話していたシェマタ。同じ物を語っている筈なのに、視点が全く違うし、論点もズレている。
しかしスオウの個人的な好奇心から、また別な話題へと映った。
「あんたなら、なんて付けるんだ」
「誤った破壊の化身など──イクナトン以外にあり得ない。アビドスを否定した、最悪の裏切り者の名こそ相応しい」
「……そのイクナトンってのは誰か知らないが、しかし新しい地平を切り開くなら、シェマタを選ぶのも必然じゃないか」
「それが不敬でしょう。誰の玩具かもわからないものに、シェマタの伝説に縋った命名など」
──強い否定。とにかくライナはシェマタと名付けた当時の生徒会に失望している。他人から与えられた知恵と、伝説に縋り付くだけで、自らの足で歩もうともしなかった存在を嫌悪している。
「失礼。腰を折ってしまった。話を戻してください」
「砂漠横断鉄道計画が動き出してから非対称戦力兵器計画が動き出しているということです。恐らくはアビドス生徒会に入れ知恵をした者がいたか……。監察官さんの言うように、誰の玩具かわからない」
「一体誰がそのようなことを……! アビドスをなんだと思ってっ」
「詳しい説明も無く進んでいたものです。ネフティス側でも知る者は極めて限られているかと」
「それにこの計画はとっくに破綻・停止している。ご令嬢の考えているようなことは起こっていない」
点と点が結ばれていく。
シェマタ、砂漠横断鉄道、それらを考慮すれば今更大人たちがやってきた理由など、一つしかない。
「結局シェマタのエンジンが動くことはなかった。作ることには作られましたが、最終的には未完成のままアビドス砂漠の何処かに放置されています。そして計画は中止──しかし状況が変わった。最近になって再度シミュレーションをしたところ、シェマタの実現性はかなり高いものになっていました」
「使われている技術の価値もあるし、動けば儲け物。持っているだけでも役に立つ。そんなものが比較的安い金で手に入る。砂漠横断鉄道はいきなり宝探しの場所になったわけだ」
「私募ファンドが執着した様子を見せたのはこれが理由です。権利の確保が列車砲の確保に繋がるわけですから。そしてあの者たちだけでは資金が足りず我々ネフティスに協力を持ちかけ、我々も列車砲の存在知らないまま、砂漠横断鉄道の保存を目的に手を結ぶことになりました」
……あるだけで厄介な代物。
徹底的に隠蔽されていたわけではないが、様々な情報喪失が重なった結果、全員が一枚岩ではいられなくなってしまった。蓋を開ければそんなことだった。
「そして全貌を把握し切った頃には手を引ける状況ではなく。このまま、あのような者たちに列車砲の権利を渡してはいけません」
「そうだね。あるだけで何処からも面倒の種になる」
「私たちが先に見つけて壊そう」
「執事さんは、何処にあるかご存知ですか?」
「申し訳ありません、私たちも皆目検討が付かないのです。そもそも極秘計画というのもありますが、当時の書類のほとんどが見つからず……彼らも同じ状況だったのでしょう。だから我々に接近した」
それでもわからなかったが、権利さえ完全に手にしてしまえば虱潰しに探せばいい。実際それができる状況を手に入れているのだから。
「彼ら正式な契約で列車砲の権利を手にしようとしています。これはアビドス生徒会とネフティスだけでなく、設計者も権利を有しているからです。事業家として抜け目ないやり口です。権利関係を明確にしておけば、後から生じるトラブルも避けられますし──列車砲の運用にも口を挟める」
「カイザーは列車砲について何も知らなかったんですか? 彼らは今アビドスの土地の権利の大多数を所持しています。何処かしらで情報を得ている可能性も……」
「どうでしょう。仮に知っていたとしても関心が薄いと思われます。カイザープレジデントはサンクトゥムタワーの方に関心があると聞いていますので。それに真偽も定かではない代物です、変に首を突っ込むくらいならば彼らにとっては小銭程度でも確実な資金に変えることを判断したのではないでしょうか」
しかし、現実としてネフティスは債権をカイザーからすぐに買っている。カイザーは抜け目ない企業だ。もしかすれば尻尾を掴んでいるのかもしれない。どっちにしろ、誰もが急いで行動したい状況だった。
──そんな中のイレギュラー、それが一枚の契約書の存在。
「ところが、です。誰もが想定外の事態が発生しました。例の契約書です。経緯まではわかりませんが、これがある以上は私募ファンドは列車砲を手に入れることができません」
「ネフティスは本当に何も知らなかったの? それにユメ先輩の身に何が起きたかも──!」
身を乗り出して迫るホシノ。
問い殺さんとばかりの気迫が、執事の顔を引き攣らせた。
契約書は虚偽だ、友が言うならばそうなのだろう。だがこいつらはユメの死について何か知っているんじゃないか。一度ついた疑問の火はあっという間に燃え盛り、ホシノを焦がす炎となる。
「申し訳ありません。こちらとしても契約書の存在を知らなかったので……」
「そういうことじゃない。他には何か!?」
「こ、これ以外に梔子ユメ生徒会長との契約記録が無いのですっ」
「……そう、なんだ……」
「と、とにかく私募ファンドは先に契約書の問題を解決しようとしています。最優先事項でしょう」
「明日の十二時、アビドス中央駅旧庁舎で行われる総会でですね」
「はい。生徒会代表者が契約を破棄するか欠席した時点で契約は無効になります。そして権利はネフティスが得ることになりますが──合同で債権を買った以上は、持ち分がお互いに発生します」
「なら方法は一つだね。契約継続しかない。おじさんが申し出るよ。少しずつ払って時間稼いで、その間に見つけてどうにかするしか──」
「それはどうかな。妨害するに決まっているだろう。既に動き出していると見ていい。それに揚げ足取りもするだろうな。シャーレの先生が私的取引に首を突っ込む理由も、あんたたちが契約継続をしてもアビドス生徒会か廃校対策委員会の内どちらかが残っているなら、片方を」
スオウの言葉はある種当然の摂理であった。
向こうはあらゆる手段を講じてくる。それらを食い破って強引に行くにしても、一秒でも遅れることは許されない。
本題はそこなのかと皆が思案し始めたその時。
「……で、ネフティス側は何を話したいんです? 設計者が権利に絡んでるなら、名前がわかっているんでしょう? ──茶番は終わりだ。吐け」
ライナが、豹変した。
仮面越しに苛立ちと憎悪を隠すことなく、場の主導権を奪い去っていく。
刹那の変貌は驚愕を与え、全員の思考を停止させていく。
「ですので、確実な提案をですね」
「お前たちはほとんどの真相を手に入れてるんだろう。そして設計者が誰かも知っている。アビドスに契約継続を申し出て欲しいのは、そこにノノミがいるからだろう。甚大な被害をもたらした相手であるネフティスの令嬢がそこにいるなら適当な難癖をつけて関わることができる」
「……さてどうでしょうか」
「そしてノノミに戻ってこいと言ったな。あれは簡単な話だ。ネフティスとハイランダーは今協力関係にある。よって私募ファンドとの権利争いに引っかかった存在。適当な地位につけて双方で反対意見を出せば簡単に潰せる。そしてノノミを排斥して、適当に話し合えばネフティスの手にシェマタは渡る。平和的な解決は全てお前たちが得をする──不快だな」
「……っ」
執事が息を呑んだ。
怖いくらいに内心や考えを当ててきたからというだけではない。──まるで塵屑でも見るような視線が、凄まじい憤怒と憎悪と共に投げ込まれてきたからだ。殺意さえ宿したそれは、常人の考えでは理解できない。
眼前の存在は何か理由が自分を殺しにくるだろうとも、わかる。
「そうなるとお前たちは場所についても検討は付いているな。恐らくネフティス幹部の権限がなければそう簡単に行けない場所……」
「言いがかりはそこまでにしてもらおうかシャーレの監察官。あんたは代行であって先生本人ではないし、顧問でもないはずだ」
すかさず護衛としての役割を果たしに行ったスオウに、平等に殺意の籠った憤怒と憎悪の視線が向けられる。それは先日の比ではない。全てを憎み、全てに怒り、全てを破壊したいと思う負の感情の集合体。それは人の人生全てが最悪であったならば生じるだろう、理論値の何か。スオウの内に渦巻く憤怒と憎悪よりも、奈落のように深く、そして凄まじいそれ。
(……こいつ、人間か? だがそれでも──!)
冷や汗が流れる。足が後ろに擦っていく。だがそれでも前に立ち、奮い立ち、立ち向かわんとする。如何なる強敵が相手であれ、朝霧スオウの前に立つならば、それは乗り越えるべき強敵だからと。
「……いいだろう。監督官の姿勢に免じて見逃してやる。立ち去れ、話にならん」
そんなスオウに感心したのか、ライナは静かに矛を下げた。しかし全身から溢れ出る赫怒の焔は鎮まる様子が見えず、その悍ましい視線は変わることがない。
執事はそんなライナへの恐怖心を隠すことなく、しかし礼節だけは忘れないようして、意図して彼を視線から外し、対策委員会には頭を下げた。
「明日の十二時、お会いできることを期待してます」
来訪者たちは去って行き、そして残った静寂が彼女たちを正気に戻していく。
いの一番に動いたのは、ホシノだった。
「ライナ、どうしたの? 一体何があったの? 落ち着いて話を聞かせてよ。ねぇ」
「裏切り者の土着企業。頭の悪い小悪党ども。そしてなにより面倒事を撒き散らす介入者……どいつもこいつも、この俺を苛立たせる……」
ブツブツと呟かれる悍ましい怨嗟の声。
ぐちゃぐちゃにねじれ、もつれた怒りと憎しみ。ライナから聞こえる言葉は、本人が喋っているのにも関わらずどうしてか本人が本当に感じているような事とも思えない他人事のような静けさを併せ持つ奇妙な声色。
明らかに正気ではないライナは、自らの憤怒と憎悪に支配された狂気の言葉を吐き出し続ける。
「身の程を弁えろ害獣どもめ、糞山の角付きの玩具なんぞに涎を垂らして追いかけて……途方も無い頭の悪さだ……!」
「ライナ、ライナってば!」
「幾重にも|\|170(|215による粛清を重ねたこのアビドスに……蛆虫の塵屑どもが蔓延るなど……駆除以外の選択肢は無い──っ」
「どうしてそんなに怒ってるの! どうしてライナはずっと苛立ってるの! 教えて!」
声を荒げてようやく、その視線がホシノに向いて急激に平時のライナへと戻った。
「……悪い、頭に血が昇ってた。みんながいるのに、変なもん見せちまった」
仮面を外しながらその申し訳なさそうな表情を見せる彼は間違いなく、よく知る姿。
この豹変ぶりはまるで一定のラインを超えると突然怒り狂うようだ。そう、それはかつて黒服が語っていたライナの姿そのものであり──憤怒と憎悪のままに全てを薙ぎ払いたいかのようで。
(……まさか、あいつ……完全なライナのこと言ってた? 確かに今のライナは何かが一定値を超えるといきなりおかしくなり出す。黒服の語るライナと一致する。不快な物だから? ……いや、何かが違う。何かロジックが確実に……)
だが何か理由がありそうだ。
何かが一定値を超えて、かつ何かあれば薙ぎ払う行動に移りそうなフシがある。
「ライナさん、大丈夫ですよ。みんなで動けばきっとどうにかできます」
「ノノミ……そう、だな。その通りだ」
「ん、ライナ。今のライナは疲れ過ぎてる。休憩しないとダメだよ。だから──」
ノノミの言葉に若干怪しい反応を見せた以上、シロコは口で言ってもあまりクールダウンし切らないと判断した。こうなったら何か物理的にやるしかない。
かこつけるにはちょっと不謹慎だがと羞恥心を抑えながら、シロコはライナの背に手を回して抱き寄せた。
「は、……?」
「これで、落ち着ける?」
「……何やってんだ、シロコ」
「うーん、役得?」
自分でも何をしているのやらと思っているが、怒りと憎しみから引き上げるならこれしかないんじゃないかと思った。みるみるうちに自分の顔が熱くなっていくのがわかる。
「そういう問題かっての……離してくれ」
「どうして?」
「周りの、目がな」
そう言われた途端パッと離れて見渡す。
ニヤニヤとしているセリカ。
マジマジと見ていたアヤネ。
ニコニコと微笑むノノミ。
そして──
「し、シロコちゃん……」
「ホシノ先輩、あの……」
「おじさん、付き合ってないのにそういうことするのどうかと思うよ!?」
混乱してしまったのか赤面しながら変なことを言い出すホシノ。
「第一ライナも何自然に受け入れてるの!」
「いやあの混乱してたんだけど俺」
「ハグ受け入れるなら告白もさっさと受け入れなよ!」
「!? なんでそうなる!?」
「うっさいクソボケ! バカライナ!」
「んだとチビホシノォ!! てめっこの、俺がどんなだけシロコに誠実に向き合いたいと思ってるかわかって言ってんのかぁ!?」
「……ねぇシロコ先輩」
「うん。なにセリカ」
「なんであんなの好きになったの? 言い訳がましくてぶん殴りたいんだけど
「なんでだろうね。あんなのだからかな。我慢してもらえると嬉しい」
「ライナ先輩って人間的に相当アレですよね、終わってますよね」
「うん。かなり終わってる。でも割と可愛いし、カッコいいとこもあるし、頼れるんだよ」
「シロコちゃん……ダメ男に引っかかってるみたいな発言だけはやめてください。ライナさんは確かにダメ男スレスレですけどダメ男じゃないですから」
「そうかな? 結構ダメ男だと思うよ。色々な意味で」
少し休憩は必要だ。
特にそっちの二人には。
だからシロコたちは、ギャンギャンと可愛らしい喧嘩をする光景を、微笑ましく眺めることにした。
「付き合えって言ってんの!」
「俺は誠実に向かい合うの!」
「なーにが誠実なの、野良犬だ駄犬だ呼んでた癖に!」
「だーから誠実なの、悪いことしたなって思ってんだからさぁ!」
「あーもー! 先輩たちうっさい! シロコ先輩ダシにしてイチャつかないでよ! ほら見て、シロコ先輩こんな膨れっ面になっちゃったよ!?」
「ん、ライナはホシノ先輩を選ぶんだ」
「えっ!? あっ、いや、ちっ、違……」
「ホンッッット言い訳ダメ男みたいですねこの人」
「ライナさん、もうやめません逃げるの」
「逃げてないもん!」
「キッショ」
ワイワイガヤガヤとしている彼女たちに混ざる少年を見て、それが属していないなど誰が考えるだろうか。