青い春に馴染めない黝の星 作:うへうへ学生
「レグナ……? 急に見えるようになった、この黝の星は──いや、ちょっと待てよ。なんだよそれ、ふざけんな、あり得ねえだろ、どうなってやがる。なんで古の存在がそのままいる」
「まずい、まずい、まずいまずいまずい。奴が存在するだけで小生の勝利が歪められてしまう。真理の証明ができなくなってしまう。なんとしても排除しなければ」
「幸い、内側の存在だ。なんとかはできる。使い潰してでも強引に──強引に? 潰せるのか? あいつを? だがやるしかない……アビドス最悪最凶の神秘を小生の手で退けて、真理を証明する!」
「神なる黎明よ、最後に勝つのは小生だ!」
「……ほぉ」
「忌まわしき名を呼ぶ者がいるかと思えば。追放された探究者の一人、閉じ籠る者……起こしたのは匿名の行人だろうな。黒き探究者と名工が自由になったからと動いたか。祝福せし者は恐らく死んだと見ていい」
「やれやれ。何故よりによってソレなのだ。もう少しマシなのもいるだろうに。まぁいい。──オレを見て、そう呼んだのだ。その遊戯、まともな形でいられると思うなよ」
"状況はわかった"
"ホシノの暴走、ライナの変異──"
"とにかく色々起こってはいるけど"
先生が大急ぎで辿り着いたアビドス高校。
ちょうどやるしかないと必死になって準備していたところであり、本当にギリギリで間に合ったとしか表現できなかった。
先生の到着により一同の士気は大いに上がり、何があったかの説明を受けて先生も事が大きく進み、そして滅茶苦茶になりつつあることを把握した。
「アビドス生徒会とアビドス廃校対策委員会の曖昧になっていたところを突き、そして徹底的にホシノ先輩を追い詰めるような状況。何者かの執拗な悪意を感じます」
"確実に裏で糸を引いている存在がいる"
"そしてシャーレの爆発は、そいつが起こした"
"おかげで危ういことになったけど、事なきは得たよ"
先生を引き剥がし、ホシノを追い詰める。
それが黒幕──地下生活者の狙いだと明確にわかる。元々ライナが何者かが不愉快な干渉をしていたということは語っていたから、ある程度は察していたが、こうして直接的に仕掛けてくるならば確実に黒幕はホシノを追い詰めることを目的としているのだろう。
「ということは、相手はホシノ先輩を追い詰めまくって何かを目論んでいるってこと?」
"恐らく"
"シェマタに纏わる騒動の本質は、多分そこだ"
"ホシノが狙いだ"
「よく分からないけど許せないわね。そうやって弄んで、黒幕仕草するなんて。あのムカつく連中もそうやって流されてるかは知らないけど、とにかく私たちは今踊らされているのよね」
悔しそうに発言するセリカ。
自分たちは弄ばれる駒であるとは認めたくないが、しかし認めるしかない。何故なら現に何もできず、こうして流されるままなのだから。敵もまたそうであるならば、とんだ茶番だと吐き捨てたくもなる。
……しかし誰にも制御できない存在が、どういう理由か動き出しているのもまた、現実である。
"でも"
"その悪意の主でさえ制御不能の存在が"
"──『彼』が現れた"
"黒幕の思うようには絶対に行かないだろう"
レグナを名乗る、ライナの中に潜んでいた真実となるもう一つ。過去黒服が言及していた破壊と殺戮の主にして、秩序に属さぬ、生誕にして終焉にして再誕となる完全者。
誰の手にも負えないと言われる最悪の存在。
"昔黒服が言ってたんだ"
"ライナを御せる存在はこのキヴォトスには無いと"
"確かに、事象干渉とかに深い知識があるなら当然だ"
"言うなれば高い戦闘能力を持った上で沸点が低くて簡単に人を害するゲマトリアが闊歩してるようなものだからね"
出会っただけでリンが危険な目にあった。子供など手玉に取って下に見る黒服ですら細心の注意を払った。それだけで十二分だ、それが常識では測れない存在であると理解するには。
「レグナ……って名乗ってたわね」
「名前ではなく、記号とも……」
記号という言い方、ああいう喋り方。硬く古風な物言いではあったが、あれはアイとの共通点が多く見られる。そうなるとレグナはライナの中の真実という前提から考えるに、アイのベースとなっていた部分なのだろうが……
「だからこそ、気になってることがある」
恋する相手が豹変しても、シロコは冷静だった。元々覚悟はしていたし、様々な情報は与えられていた。それに──不思議と納得があった。
実のところ、返せと叫んだのはなんでもいいから言葉を聞いてみたいと思ったからだ。
ホシノに対して告げた言葉から見える、お硬く古臭い雰囲気。シロコの言葉に対する、妙に律儀で真面目に答えた事実。そしてアヤネの問いに対する、存在を告げ記号を教えた態度。
それらは酷く似ても似つかない。だがしかし、要素を抜き出し、現代の若者的に翻訳してみれば──案外ライナっぽさはあった。
「あいつとライナの関係性、そしてあいつの目的。アイはライナだった。ならレグナは? そして今出てきた理由は? あの時出てこなかった理由は?」
だからシロコは知りたい。
在るが儘の、彼らの真実を。
"もう一人のシロコがいたから保身の為って"
"でも……表には出てなかっただけで目覚めてはいた"
"アイは言ってた、他の奴らが叩き起こしたって"
「それだよ先生。今回は起こされたのか、起きたのかわからないんだ。そして見られるもの嫌で、呼ばれるのも嫌な人が表立って動いている理由は何か必ずあるはず」
「けど、シロコ先輩。その理由がもし──残酷なものだったらどうするんですか?」
好きだから愛しているからが原動力ならば、その原動力を根本から奪うような事実の時はどうするのか? アヤネの気遣いはもっともだった。それが残酷な理由だったら──シロコのやることは、どうなるかと。
しかし彼女はあっけらかんと、端的に告げた。
「知らない」
「ええ!?」
「だってライナじゃん。アイはライナだった、つまりアイが語ってたことはライナの言葉。蓋を開けていけば何か特別な存在かもしれないけど、そんなことよりも先に私たちは絶対な真理に辿り着いている。ライナとは、ライナである。そういうことだよ」
アイはライナだった。ということはライナは何か特別な存在で、また何か滅茶苦茶な存在であることは明白。だがそれが重要なことだろうか。他ならぬシロコもまた特殊、かつ謎多き存在である。しかし砂狼シロコだ、反転した彼女がそうであるように。
つまりどこまで行ってもそう言い切れるなら大したことない。
「真実が残酷でも知らない、どうでもいい。みんなにとってそれが重要なこと? 違うでしょ。ライナは、私たちの知るライナが全て。今のキヴォトスで夏雪ライナって言ったら実質アビドス高校三年生でアビドス生徒会とアビドス廃校対策委員会に所属する変な人で、シャーレの補助員。それで十分」
真実を知りたいと思う気持ちこそあれど、知ってどうのこうのという気持ちは全く無い。ただ知って終わりだ。それ以上でも以下でも無い。それは重要なことではないから。
シロコはライナが欲しい、ただそれだけである。例え神でも悪魔でも、そこにライナがいるならば、闇をこじ開け光を切り裂き、その先にあるライナをこの腕の中へ納めるだけ。
──しかしそう言われても、少し困る。具体的には何を目指しているかわからない。
バツの悪そうにセリカは、おずおずと尋ねた。
「……で、それが何を意味するの?」
「簡単に言えば説得を私は考えてる」
「せ、説得ってどういう? だってライナ先輩は、あのレグナって奴に乗っ取られて──」
「なんで乗っ取られたのか。乗っ取るならいくらでも隙があったのに、どうして今、それもあんなタイミングだったのか。シロコがあいつと出会った時は、何もかもが手遅れになった時。あのライナであってライナでない者が最後に来たって。考えれば考えるほど変」
シロコ*テラーの時は何もかもが手遅れになってから出てきた。目的も何も果たせない状況でだ。彼女の言葉からわかるのは、アビドスも終わりかけた最後の最期に出てきたということ。今このタイミングで出てきた理由も、彼女の時はそのタイミングで出てきた理由も、わからない。
「そしてライナが不完全になった……アイと分離したタイミングはいつなのか。私たちはピースを全て持ってるけど、それを嵌めるものがない。今のライナは完全で、今まで表に出てなかったものが、全て手遅れになった状況でもないのに出てきてる。だからあいつとも、私たちは余裕を持って話ができる」
──とにかくライナが今レグナとなっていて、そのレグナが何故今の今まで現れず、アイもまたそれを封じるように動いていたのか。そしてライナが不完全になった、アイと別れたのはいつだったか。シロコ*テラーのライナは、何故完全なままだったのか。
シロコは自分たちが後は答えを書き込むだけまで来ていると推測するも、しかしそれをどこに書き込めばいいかに関しては何もわからないと分析する。
ならばその在処は、全て知っている者から聞き出せば良い。
そしてもしも、アイがライナであったように。レグナもまたライナであるのならば、と。
「ライナの全部を知っても、私たちにとってライナはライナ。きっとライナが欲しがっていた零が、そこにあるんだ。そしてアイはライナだった。だったらレグナを名乗ったあいつも、ライナって大枠に属してるかもしれない」
──零を欲しがるその渇望を、共有しているのではないのだろうか。
シロコは、そう考える。
「ライナが欲しがってた零を、あいつも欲しがってるのかもしれない」
その時先生は思い出した。
マエストロとの会話、あれはレグナのことを言っていたのだ。
"(……全ての黒が指摘する……)"
"(シロコの考えが当たっている可能性は高い。が、確たる証拠が無い)"
"(しかし目覚めればキヴォトスを滅ぼすような行動をする理由はなんだ……?)"
シロコが語ったライナの根源的な呪い、マエストロが語ったレグナの根源的な呪い。似ているどころかほぼ同一だ。これからライナとレグナが同じである証拠が明確になれば、その輪郭もはっきりとするだろう。
だがそれが何故キヴォトスの滅亡へと繋がるのかに関してがわからない。話を聞くにかなり理性的だ。ゲマトリアが接触していた完全者とはまた何か違いが生じているのだろうか。
しかし疑問はそこで終わった。
何故なら、それならばやることそのものは単純だからだ。
「シロコ先輩の言いたいこと、わかりました。とりあえず捕まえて一発ぶん殴ってライナ先輩に帰ってきてもらうんですね」
「ん、完璧」
「なら私たちがやることは簡単ね。ノノミ先輩を助けて、そしてバカ二人をどうにかこうにか正気に戻してとにかく話して話しまくる。ホシノ先輩がおかしくなった理由は、きっと何かあるはず。そして別に存在がどうこうとかじゃなくて、もうライナ先輩はライナ先輩なんだし、その辺りの複雑そうなことどうでも良くない? って話に持っていけばいい」
「うん。やること自体はとっても簡単だね。難しいけど、ユメ会長が私たちに繋いでくれたこの学校を守る為に──やるしかない」
バカ二人を元に戻し、囚われたノノミを助けて、列車砲を悪人から守り、それを処分する。結論そのものは単純だ。
"まずは総会、有象無象の小悪党たちからだ"
"その為に補欠選挙をしよう"
だから──有象無象の踊らされる駒などに、時間を取られる訳にはいかない。彼らを圧倒しなければ、ホシノの救出はもちろん、レグナと相対する事さえ叶わない。
「……! 改めてネフティス側の条件を確認します。彼らはあくまでもアビドス生徒会に契約成立の能力がなかったことを証明して契約破棄を要求、受理されない場合はノノミ先輩を転校させると」
"そう。アビドス生徒会に、だよね"
"廃校対策委員会じゃない"
「だから──現在空席になっている生徒会長を決めて、廃校対策委員会を正式な生徒会として運営を行えるようにしてしまえば!」
"ノノミの転校なんか、そう簡単にできない"
"明日から転校しますねはいおしまい、なんて無理だ"
口約束も約束、契約だ。
だったらそもそも契約なぞ初めから成立していない状態にしてしまえばいい。暴走したホシノが何をやらかすかわかったものではない現実もある。
だから──アビドス生徒会の副会長小鳥遊ホシノに対する要求ならば、その要求先を正式な方法で覆い隠してしまえばいい。その場限りであっても問題は無い。
いきなりポンと転校させられる訳もないのだ、だからこれ自体はホシノの首を絞める為の手段。それらを絶てば向こうも向こうで何か大きくわかりやすい手段に出てくるだろう。
「けどノノミ先輩の場所が分からないわ」
「ん、それならなんとなく予想してる。多分、総会会場の近くだよ。人質としての価値は、取引材料としてだけじゃない。物理的な盾としてもある。先生はこういう調査が得意だから、正確な位置はすぐに割り出せるはず」
「言われてみりゃそうね。そうなるとホシノ先輩を止めることとノノミ先輩を助けること、そして利権問題を解決することは全部繋がってるか。で、その補欠選挙ってどうするの? 私たちだけでできる?」
セリカの疑問はもっともだ。補欠選挙──ここから生徒会長を決めるともなれば、正規の手段である以上時間がかかるのが常。
「セリカちゃん。ここには全校生徒の60%がいて、かつ顧問であり連邦生徒会に所属する先生がいるんだよ」
「そうだけど、書類とか──」
「いらないよ」
しかしアヤネにはとうにこの問題を解決する方法がわかっていた。
「ホシノ先輩が言ってたじゃん。ユメ会長は半ば押し付けられるような形で、自分からそれを受け入れたって。恐らく誰もやりたがらないから立候補したんだと思う」
ホシノの言葉、ホシノですら知らないこと、それら事実はユメの苦境を端的に物語る。ならばそれは、前生徒会長がユメとの間でまともな引き継ぎを行なっていなかったとも言える。
「そしてホシノ先輩が入学しても全校生徒はたった二人。つまり最初からユメ会長は正式な手続きのほとんどを経由させてもらえないまま、正式な生徒会長になったと考えられるんだ。そしてまともな引き継ぎが行われていなかったのは、土地の利権問題からも明らか」
しかし。
それでも彼ら大人が言ったではないか。
小鳥遊ホシノは副会長で、アビドス生徒会の代表者だけ残ってくれと。
「だから──そんなユメ会長が正式な生徒会長として認識されているなら、私たちが今この場で生徒会長を、それこそ挙手制で決めても正当性がある!」
──なら、通常考えられないふざけた手続きで生徒会長を決めてもいい。
そのようにして選出された生徒会長を、まともに引き継ぎもさせてもらえず、全てを背負わされてなお立った聖女のような少女を、正規に認められた生徒会長であると扱ったのは他ならぬ私募ファンドとネフティス、そして皮肉にも以前からアビドスと向き合っていた借金の権利者であるカイザー含めた大人たちなのだから。
「だから私は、アビドス生徒会長に立候補します!」
──全てはお前たちが用意してしまった理由なのだからと、まずは愛する故郷を食い荒らした害獣たちに借りを返すところからだ。
アヤネは堂々と手を挙げて宣言する。
迷うことはない。偉大な先人がその道を走ったのだ。ならば彼女無くしてここに在れない自らが、そのように歩いてみせることになんら躊躇いは無い。
然るべき相手は今狂乱の限り。だったら代わりを務めてみせよう。それだけで報いることができるとは思わない。だが……まずは第一歩からだ。
「ん。賛成」
「もちろん賛成よ!」
"決まりだね"
"この結果は対策委員会の顧問であり"
"シャーレの先生である私が保証するよ"
普通はこんなこと起こらない。
だがここは普通ではない。だからこそできる暴挙に等しい。しかしその暴挙にも理由があるし、後で直せるものだ。
「アビドス生徒会はアビドス廃校対策委員会に吸収合併します! 書類紛失の為、口頭での宣言、および実行となりました!」
もはや暴政だが、実際そうなのだから仕方ない。他に方法があるなら教えて欲しいものだ。
更に厄介な相手を無効化する手段を用立ててる。
「そして夏雪ライナを名乗る人物と、それに関連した存在は全てアビドス高等学校三年生夏雪ライナとしてこれより扱います」
「な、なんでそんなことをするの?」
「総会で変なこと言われないようにするため」
「アイのことを考えれば私たちの知らないアビドスの歴史を盾に妙な主張をしてくるかもしれないよ?」
「あっ!」
そもそも古い存在なのは明白だ。
知らない歴史で屁理屈捏ねられても困る。
「こうすれば彼らはライナ先輩に付属する存在になるので、後は先輩を役職無しにすれば問題ありません。そもそも総会内での発言権がありませんので」
──あとなんとなくだが。
シロコの発言を聞いて以来、ライナに関係する存在は全てその根底にライナと同一の物があるのではないかとも睨んでいる。
だからこういう扱いは多分、レグナを直接見ないことにも繋がるだろう。
というかまぁ、シロコに言われたように何を言われてもライナはライナなのだからとしか思えないのもあるのだが。
そのついでだ、迷惑なおじさんがやらかせないように権限を取り上げておこう。
「ホシノ先輩は書記にでも降格させておきましょう。今回は情状酌量はありますけど、以前は散々迷惑かけてくれたんです。これで正式な発言権は消滅しました」
「自分の役職押し付けてる。結構頭来てたのね……」
「そもそも辛いから言えないさえ言ってくれなかったんだよ。何処かで『ごめんみんな。実はおじさんには悲しき過去があって中々言えないんだぁっ』くらい言ってくれたら私たちだって配慮できたのに。あと押し付けてないから。空席になったからねじ込んだだけ」
「ん。別に昔の女を忘れられないのは構わない。でも忘れられないことを隠し続けるのはあれだよね」
「その点ライナ先輩は言えないことは言えないってだけは答えてくれますからね。まぁ隠してないだけで言ってないとかザラですけど」
「そういう意味じゃノノミ先輩だって言ってくれたらもっと私たちだって……とか思わなくもないわね」
せめて言えないとか言ってくれたら。
言わないという選択をすることにも理解は示す。だがそれがいつまでも続けられるとは思ってもいない筈だ。そういう意味ではホシノは優しさに甘えていたと言えるかもしれない。もっとも、彼女の身に起きたことを考えれば仕方ないのだとは知っている。
ノノミが言い出せないのも当然だ。ただ言い出せないだけで隠す気はあんまりないのはどうかとも──いやまぁ難しいのはわかるのだが。
ライナは……論外かもしれない。一番タチ悪い隠し方である聞けば言うが聞かなきゃ言わないのだから。隠し事してないのが一番隠している。
「……もしかしてあの三人……隠して抱え込む、言わないで抱え込む、聞けば言ってくれるけど聞かないと何も言わないで問題児?」
「ノノミは違うと思う……けど、多分思い詰めて甘言葉に乗せられた可能性もあるし……」
「まぁ少なくともノノミ先輩はあんまり隠す気も無いし見ればわかるから問題児ではないですね。アホの二人は知りません」
だが仕方ないから理解できるからと言って納得できるかは別だ。そこは感情問題、仲間だの後輩だの大切だの言っておきながら自らに踏み込ませないのはどういうことか。明け透けに話せとは言わないが、しかし一言やっぱり言って欲しい。
それが三人の総意だった。
「これより債権者団体の総会に出席し、契約を維持します。そして列車砲の権利も渡しません。更にノノミ先輩を返すように要求し、この要求を聞き入れない場合は敵対行為と見做し、武力行使をします!」
やるべきことは纏まった。
だから最後に目標と対策をぶち上げて──アヤネは赤面して縮んでいった。
「あ、恥ずかしくなって急に黙っちゃった」
「私はそうやって自信あるアヤネちゃん好きだけどなぁ」
「かっこよかったよ」
「そういう問題じゃないですぅ……」
慣れないことはするものじゃない。
そういうアヤネもいいよね、なんて言葉無く視線だけで会話しているセリカとシロコだが、そんなこと思われたって恥ずかしいものは恥ずかしいのである。あまり主張しない日々を過ごしていたし、いざという時の音頭など取ったことがない。
"事前準備は完了したね"
"じゃあ、行こうかみんな"
まぁ、やることは単純なのだ。
"最短ルートは選出した"
"多分二人とも、真正面から強行突破してるだろう"
"残敵に絡まれたら掃討しつつ、抜けていくよ"
そして。
二台の無人ヘリを伴い、雨雲号は出撃する。
「……? なんだ、誰か来たぞ」
「アビドスか?」
「一人で?」
風が運ぶ砂の向こう、襤褸外套を纏う古代から抜け出てきたような姿が一つ。
「誰だ──!?」
傭兵たちが銃を構える。
アビドスかどうかも定かではない。関係無いなら無用な被害を出す理由も無い。弾も使わずに追い払えるならそれに越したことはない。
黒いマントと腰巻きという中々に見ない格好のまま、徒歩で現れたであろうレグナはそんな彼女らを見てから一言。
「律儀なことだ。従う理由も金くらいしかないだろうに。去れ、退け。怪我はしたくあるまい」
「なんだこいつ……?」
「いや金もらってんだから従うだろ」
「そうか。野暮な事を言ったな」
仕事は仕事なのだからと困惑しているのを見て、野暮なことを言ったかとボヤくその姿はまるで老人か何かのようだが、しかし奇妙にも楽しげに見える。
そうして彼は手元に拳銃を出現させる。普段からライナが愛用していた代物だ。
「矛として作られた以上、戦いこそその使命とする。守るべくして託されたものだが、さりとて飾りにするのは、言葉無く共に歩むオマエに無礼というもの。まぁ少し姿形は変わってしまうが、オレもオマエを振るうとしよう」
──振るう。まるで血を振り落とすように。
そしてぐにゃりと姿が変わる。グリップが曲がり、銃口には何やら巨大な刀身が現れる。
「な、なんだ拳銃が変形して──剣? 銃?」
「漫画で見たことあるような無いような、アニメとかゲームとかでありがちな……」
「ガンブレード的なあれ、だよな」
「というかなんで変形したんだよ。意味わかんねえぞ。質量どこ行ったんだよ」
常識的にはあり得ない変形。常識的にもあり得ない武器。意味不明なファンタジーの化身。彼女たちの現実と、彼女たちの空想が入り混じりながら現れた意味不明の存在。
何処にも属さない、記号の塊のような何か。
「王の帰還だ、潰して行くぞ」
「王ってんならホームレスみたいなカッコしてんじゃねぇよ変質者が!」
「そうだ変態!」
「裸マント! ……あ、腰巻き着いてたか」
「……好きでこの格好をしているのではない、とだけは言っておこう」
いきなり距離がゼロになる。
先頭にいた傭兵の目と鼻の先にレグナがいる。
「は──?」
「ふむ。こうしてみると演算が遅いな。翻訳と適合は上手くいっていないようだ。こんな物ならば戦闘には使えん。癖で使ってはいたが……」
飛んだ? 近寄った?
いいや違う。これではまるで空間自体が縮まったようにすら感じられる。瞬間移動の類だって、何か前兆や音とか何かあるはずだろ──思考が纏まらない。気付いたら目の前にいる。
意味不明な現実に全員の思考が止まった。予想されたあらゆる物事に、これは存在しない。
「突っ立っているなら首が飛ぶぞ」
冷酷な宣言が響き、遂に武器を握る右腕が動く。凄まじい衝撃を伝える音と共に崩れ落ちる傭兵。
それを皮切りに一切に銃弾が発射される。レグナはそれらを潜り抜けて、一人一人を一太刀で叩き潰していく。時に射線上に重なるように動き、時に大きく跳躍して背後に回りながら斬り倒し、薙ぎ払う。
「法則による加護だな。死が遠い故に身体的損傷に対する防御性能に関しては誰しもがかつての恐るべき猛者たちに匹敵している。そこにオレの適応、維持まで入ると」
余裕綽々としながら、ブツクサと独り言を垂れ流し、それでも回避と攻撃には一切の迷いなく。この僅かな時間だけで、彼と接触した隊は大きく数を減らされていた。
「しかし心や技、そして耐久性に関しては別。オレはどちらでもない上、身体を殺傷することに特化している故、損傷させる事は簡単ではない。やるにしても全力でなければ力尽くで以前のように光輪を叩き割れんな。一人一人に我が憤怒と憎悪のままに振るう最大の技を? 冗談、心からへし折った方が早そうだ」
当たらない。それは瞬間移動でもなんでもない。こればかりは傭兵たちも覚えのある方法だった。──常に当たらない位置に移動している。
確かに銃を使った戦闘は、言うなれば数式に近い。真っ直ぐに飛ぶ銃弾とはそういうものだ。そこに風や様々なものの影響が混じって多少のズレは生じるが、まぁとにかくそこにいれば当たるものというわけだ。ならそこにいなければ絶対に──とは言わないが当たらない確率の方が非常に高くなる。
単にレグナは大きく跳ぶことも含めて、弾丸が通らない場所に瞬時に移動しているだけだ。銃を構えて、狙いを付けて、引き金を引く、その三動作よりも早く。
もちろんそれはミレニアムのような高い技術を持っている組織が、採算を度外視して作り上げた戦闘兵器とそれを操れる凄腕を用意して初めてできるような行動だ。単身、しかも生身でやり続けられることではない。ただこの男は、感情の揺れ動きや殺気を感じるだけでそれを行なっている。──実に、意味が、文脈が、通らない。
「あまり趣味ではないがやむを得ん。大雑把にやるとしよう」
とはいえ手間は手間だ。
レグナだって一人一人潰していくのは難しくないが時間が食われる。肩慣らしは済んだのだからと、古の力を発動させる。
掲げた左手に光が爆縮、地面に叩きつけて解放される。轟音と強大な衝撃を伴うそれは、たった一回の解放で彼の周囲にいた全ての敵を弾き飛ばし、無力化した。
「──こういう使い方をするのは久しぶりだな。これを得意とするのはセトなのだが……アイツは何をしているやら。負けが込んだところで逃げ出すような輩でもあるまい。現在で与えられるふざけた法則とふざけた身体を嫌がって星々の玉座にでも座ってるのか」
これを得意とする者を浮かべてボヤきながら、しかし内心では眼前に広がる『弾かれただけ、物理的な衝撃で気絶しただけ』という光景に自らの力が如何に役に立たなくなっているかを悟っていた。
かつての威力や殺傷能力を考えれば、地形の一つや二つ変えて当然だった頃とは比較にもなりやしない。その癖消耗はその頃と変わらないのだから、子供騙しにも程がある。
(しかし割に合わんな。どうするべきか。黒のヘカも消耗しない訳ではない。一度しか見せないならいいが、そうでないなら種を割られる……仕方ない。手間は手間だが、行き当たりばったりと我が身一つでやるか。今となっては効果の期待できない力ばかりだからな)
強敵との一対一なら黒のヘカによる変幻自在の戦法が使える。しかしそれだけだ。複数戦闘ではあれも消耗するものであると見抜かれ、更にその消耗を徹底的に抑えるために九種類に絞って使っていると判明してしまえば、あとは土壇場の対処しか強いれなくなってしまう。
ライナが使っていたように、大雑把に使い続けると咄嗟の小技として使えるものでもなくなってしまう。アトラ・ハシースだったからこそ色々できたが、ここにはそういった補助は何も無い。
故にまるで怪物の再臨のような状況でありながら、しかしレグナは自身の思考と染み付いた技の中心に、その身一つで立ち回らなければならない程には困窮していた。
もっとも。
「どうした。何を驚いている。大した話でもないだろう。ただ砲弾を真っ二つにしただけだ。それそのものはそんな不思議な話でもあるまい……」
不意に飛んできた戦車の砲弾をその刀剣銃で軽く切断して対処し、ヘリのドアガン掃射を全弾斬り落としてみせる絶技には、何の曇りも無いのだが。
──地面を蹴っただけで、戦車との距離が零になっている。そういうことができる生徒も多いが、傭兵たちの目から見てもレグナのそれはとりわけ早かった。まるでルールが違うように。
「象を剣で解体する時は──」
呟いて、身を翻しながら跳んで上に乗る。
そして中空へと跳ぶ。
「いっちょ上がり、だな」
刹那、戦車が文字通りバラバラになって爆散した。僅かな瞬間、あの身を翻して乗るまでの間にレグナは、その拳銃が変化した剣一本で戦車を解体したのだ。
関節部、履帯、車輪──それら物理的に防御の薄い箇所より刃を入れ、目にも止まらぬ速度で一つ無力化する。それは彼の見せた技術が極めて高い殺戮技巧を元にしていることを明確に示している。
(……爆散と共に乗組員たちが吹き飛んでいる、物理的にはあり得ない挙動で。ふむ、なんだそういう保護も働くのか。本当に殺すことだけは難儀だな)
本人は象を解体する時の技の応用程度にしか考えていないが、そもそも人が単身で生きた象を解体するなど滅茶苦茶な限りである。が、それをやってのけた。元より人を効率的に始末する過激な殺人技巧の持ち主だ、他の生き物を効率的に始末する方法も当然に理解し、収めていても不思議ではない。
(だが、そうであれば困ることはない。無力化する方法が増えたということ。建物で押し潰しても、漫才のように掘り出てくるならば、適当にやっても相応の効果は見込めるか)
そうしてヘリまで近づくと、そのスキッドを掴みぶら下がる。
「いない? 何処へ!」
「ここだ」
「は……?」
「落とすぞ、耐えろよ」
そのままヒョイと腕力だけで浮かびながら、メインローターのブレードを剣で断ち切る。更にその反動で移動し、テール部分を力任せに叩き付けた剣でへし折り、今度は瞬間移動。近くの電柱の上に立ち落下するヘリを眺める。
「胡乱な記憶は兵器の強力さを知っているが、自分の記憶のようなものであるにも関わらず、他人事のようにも感じられ、そのような実感もなく植え付けられたようにさえ思えるこの感覚。久しぶりに味わうが、相変わらず吐き気がするな……縋るものがあるから少しはマシだが」
永遠に消えない宿痾を感じながら、少し後方に目を向ける。そこには悪鬼羅刹の如く有象無象を薙ぎ倒しながら、暴力的かつ効率的に最短距離を強行突破しているホシノの姿があった。
防御をかなぐり捨てた超攻撃的戦闘スタイル。弾丸の雨霰を真正面から突破し、投げ込まれたグレネードは弾き返し、銃撃だけでなく殴る蹴るも駆使して突き進むその姿。恐怖と絶望を植え付けながら、炎を跨いで進軍するワンマンアーミー。
「ホルスが追って来たか。そうなればオレは適当に通り抜けつつ──ん?」
本命が来たなら遊ぶ理由も無くなったと感じたが、しかし奇妙な物が視界に映った。
一部の兵士たちが、やけに動いていない。そして期を伺っている。それは彼にとって馴染み深い──背中の撃ち方だ。
「内乱……? あの女、蝙蝠だったか。なるほど。まだまだ余興は楽しめそうだ」
何を思い付いたのか。レグナは性悪を隠そうともせず、ある制服を着た生徒たちを探し始めた。
聞き慣れたヘリのメインローターが空気を裂く音も聞こえる。役者は揃いつつあった。