青い春に馴染めない黝の星   作:うへうへ学生

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歓迎されざる者

 "で、話ってなにかな?"

「先生って……実はバリバリ戦闘できます?」

 "いや無理だけど"

 "これ無いと死んじゃうよ"

 

 何を言うかと思えば。

 シッテムの箱を見せながら当然のことを言うと、ライナはやや怪訝な顔をしてから元の表情に戻して、その理由を告げた。

 

「ヘイローが無いんですけどね。俺、なんか知らないけど同じなんですよ。ホシノたちと」

 "うん? 身体がってこと?"

 "私みたいに撃たれると危ないとかないの?"

 

 ──どうにも話がおかしい。

 それは原理を無視した話だ。

 

「昔前線立ってたことありますけど、まあホシノと同じように戦っても撃たれても全然平気でしたね。だから俺も訳わからなくて。もしかしたら先生も同じならって思ってたんですが、違いましたね。ああ、今はもう立ってませんよ? 銃でドンパチなんて趣味じゃないですし」

 

 ヘイローの有無で性能が変わる。

 それが絶対の真理なのにどうしてか、ライナはヘイローが無くても有るのと変わらない性能。外れていたのだ、不思議なことに。

 もちろんヘイローが無い存在だとしても、多少撃たれ弱いだけでキヴォトスでやっていくには十分だ。──先生は違うが。

 努力で差を埋めるのも、絶対的な部分を除けば案外できるものだ。

 

「なんでどうしてが全て抜け落ちてるのに、生きていく上で必要な知識と能力が備わっている。そして砂漠を歩いているところから俺の記憶は始まっている。仮に廃墟で目覚めたとかあれば話は別だったんスけどね。こんなもんだから俺も困っちゃって」

 "でももう、自分がどうなのかは見つけてるんじゃないのかな?"

 "君はアビドスの生徒だよ、絶対そうだ"

 "書類とかそういう文面はさておいてさ"

 

 だがその不明の事実が夏雪ライナという人物の全てというわけではない。むしろ先生にとって、アビドスにいる生徒に奇妙な属性が付いているという状況に過ぎなかった。

 彼にとって存在の謎など大したことではない。今どう生きているかが全てだった。──言われている本人がどう思っているかは、さておいて。

 

「そう言ってもらえるとありがたいです」

 "それではい、これ"

「シャーレ所属証明書?」

 "うん。これならある程度誤魔化しやすいかなって"

 "ゆくゆくは色々正式に決めたいけど、まずは暫定処置としてさ"

 "まぁデータとか空っぽだから、人と会った時の誤魔化しにしかまだ使えないけど"

「ありがとうございます。世話かけてすみません」

 

 先生としては思ったよりも収穫のある話だった。むしろ短期間で込み入った事情を話してもらえるとも思ってなかった。

 

 "結構踏み込んだ話をしてくれたね"

 "こういうのって、もっと仲良くなってから教えてくれるとばかり思ってたよ"

「シロコが懐いたんです。信じていいでしょう。それに──」

 

 ライナは少し言葉を考えてから、きっぱりと言い切った。

 

「付き合いが少なくて、邪険にあしらう相手でも助ける為に尽力して、共に前線に立つ。そんな相手を信用できないわけがないじゃないですか」

 

 極論を言えばそこだ。

 セリカを助ける為に尽力し、命の危機も顧みず前線に立った。命を賭して戦いに臨んだ者を無下にすることはできない。先生がわずかな期間で信頼を勝ち取ったのは、言葉だけで無く行動で──それも、見捨てても不思議ではないところで──自らの存り方を示したから。そして形は違えど戦士たる事を証明したから。

 あのシロコが懐いた、というだけで信用に足ると考えてもいいがそこに実績も入る。なら迷うこともないだろう。ホシノも同じ考えだ。

 

 "その割には少し冷めてない?"

「ははっ、まあそりゃまだまだよくわからないのも事実ですからね。あんたが俺を冷めた目で見てるところがあるのと同じですよ。よく知り合うところからって奴ですナ」

 

 ケラケラとお互いに笑い合いながら、必要な話が終わりを告げた。後はもうみんながいるであろう場所を目指すだけだ。2人は歩きながら、なんでもない話する。

 

「さて、俺らも飯にしますかね。あいつらとは少し時間がズレてるから……まぁどうせ屯してるかな。アヤネがヘソ曲げちまった以上は機嫌取りしてやらんといかんだろう。ああ見えて食べる方だし」

 "原因、君にも結構あるように見えたけどなあ"

 "ああいう提案真顔でする?"

「残念。俺は昔からこんなのですよ」

 

 夏雪ライナ。

 柔和な人柄は意識的なもので、実際には結構過激らしい。先生は一つ理解した。

 そして2人が着いた頃には便利屋86は既に居らず入れ違いの形になり──珍しく生徒が来ていたと楽しげに話すみんなを見て、新しい友達かな? などと思考するのであった。

 ……ホシノの微妙な表情には、気付かず。

 

「2人とも何を話していたんですか?」

「込み入った話。アヤネはよく知ってるでしょ?」

「あはは……まぁ、そうですよね」

 "まさか話してもらえるとは思ってもなかったよ"

 "みんなともっと仲良くなってからって思ってたし"

「へ〜、あのライナが。いやあ、おじさんも感激だよ」

「お前が言うのかお前が」

 

 そんなことを話しながらまたくだらない会話へと戻り──校舎へと帰ってしばらく、事件は起きた。

 

「……!? 近辺に大規模な兵力を確認しました! 校舎より南15km付近!」

 

 各所に配置されたドローンによる敵性勢力の確認作業。その一部に映っていたのは先日まで仕掛けてきていたヘルメット団とは違った勢力であった。

 

「ヘルメット団?」

「装備に統一感は無し……これは、傭兵です! 恐らく日雇いの傭兵!」

「へー、えらく高い金出したみたいだねえ」

「これ以上接近されると危険です! 先生、敵性勢力だった場合は、指揮をお願いします!」

 "もちろん!"

 "さ、出勤だっ!"

 

 ここ最近ずっと慌ただしい日々だな、と。大急ぎで迎撃準備を整える皆が思うことであった。そして誰が率いているのやら、と思いながら出てみれば。

 

「……あれは、ラーメン屋さんで会った……」

「ぐっ、ぐぐぐ……ど、どうも」

「あっ、丁寧にどうも」

 

 申し訳なさとプロ意識の入り混じる、なんとも形容し難い表情をした陸八魔アル率いる便利屋68が、今アビドス校舎の前に無数の傭兵を連れて立っている。

 

「な、なんであんたたちが!? 仕事ってまさか……ラーメンも無料で特盛にしてあげたのに! この恩知らず!」

「あはは、その件はありがとねー店員ちゃん。でもこれが仕事だから」

「あんまり気が乗らないのは事実だけど、それはそれで、これはこれ。公私ははっきり区別して仕事をこなす」

「なるほど、初めからそのつもりで来たんだ。運命みたいな偶然だ」

 

 とはいえ。

 あの場で仕掛けてこなかった上に会話も弾んだ相手。悪いようには見えないわけであり。

 

「もう! どうしてアルバイトにこういう仕事を選んじゃうんですか!」

 

 なんて、ノノミが言うのも不思議ではなかったのだ。もちろんそんなことを言われたらアルは反論する。

 

「あ、アルバイトじゃないわ! れっきとしたビジネス! 自営業! 事務所構えてるし肩書きもあるのよ! 私が社長で、ムツキが室長で、カヨコは課長! そしてハルカは……今は平社員。いつか大きくなって立派な肩書きを付けてあげたいんだけど、今は小さいからちょっとね」

 

 ……アルバイトではない、ということに反論しただけだったが。ついでに社員紹介もしてくれた。なんと気の利いた社長なのだろうか。

 

「き、気にしてませんよアル様!」

「社長、紹介しちゃうと余計薄っぺらさが際立つよ……」

「誰の差し金かは……答えないか。なら力尽くで口を割らせる。最後には泣いたり笑ったりできなくなるかもだけど」

「えっ、そんな怖い事するつもりなの……!?」

「冗談。でも口は割らせてもらう」

 

 いざ開戦、という雰囲気の中。ホシノはジロリとアルを見る。悪魔、ホシノが触れられることを拒む過去の出来事。そんな者に会いたいという外から来た少女。

 

(あんな話に憧れるなんて)

 

 方便ではないと思いたいが、どうしても脳内にぐちゃぐちゃとした思考が残る。もしも、あるいは、と。

 

 "ホシノ"

 "大丈夫? 何か悩んでるように見えたけど"

 

 そんな彼女に気付いた先生がすぐに声をかける。これから戦闘なのだ、一旦迷いは捨てなければならない。

 

「大丈夫だよー、おじさんはいつも通り」

 

 そして迷いを捨てる程度、小鳥遊ホシノはすぐにできる。

 

 ところ変わって校舎。

 前線のサポートの2人だったが、ライナは便利屋とは入れ違いだったので普通に尋ねた。

 

「あれ誰? 友達?」

「さっき柴関ラーメンでご一緒した他校の方たちです。そこまで悪い人には見えませんが……」

「ふーん……外からか。飼い主は、多分同じだな。単に受けた依頼がアビドス襲撃だったってだけだろう。相手の計画的な行動か? だとすれば先生の介入も見てたと考えられるが……」

 

 ブツブツと呟きながら思考を回す。アルたちが投入されたとしたら、それはどういうことを意味するのか。単に第二フェーズなのかそれとも、と。しかしアヤネはもう結論を出していた。ピタリと止んだ襲撃と、入れ替わるように来た腕の立つ他校の生徒。

 

「恐らく二の矢だと思います」

「なるほど、場当たり的な対処か。となると向こうの想定外をこっちが引いた可能性があるぞ。先生のおかげで状況が好転しそうだ。さっさと回収部品を洗い切らないとな。アヤネはどうする?」

「もちろん付き合いますよ。やられっぱなしなんて嫌ですから」

「オーケー。んじゃ、まずはこいつらを退けるとっからだな。ま、俺は君の手伝いくらいしかやることないけども」

「いつも助かってますよ」

 

 2人は不敵に笑い、見えざる戦いに集中するのだった。

 

 ──便利屋68率いる傭兵集団は、今まで戦ってきたカタカタヘルメット団とは別格の相手だった。まず単なるチンピラではなく、それを生業とするということ。この時点で能力が違う。そしてそれを率いる便利屋68の面々もまた、高い能力を誇っていた。

 

 だが彼女らは前線で戦う者だ。

 ブレーンの欠けた状態では、真価をどうしても発揮できない。しかしそれでも、先生の指揮という凄まじいアドバンテージを持った対策委員会が、押し切れていない現実。

 数が多いから強いのではない。便利屋68が強く、それには劣るものの傭兵たちもまた強いのだ。

 

 "(なるほど、強い)"

 "(こりゃ私の給料を削ってでもぜひ雇いたいくらいの腕前だ)"

 

 自分の指揮がまだまだ発展途上というのもあるが、それでも先生は彼女らを高く評価した。それは実際撃ち合う彼女たちも同じことであり、お互いに強敵という久しくなかった感覚を抱く。

 故に均衡を崩すとすれば、より凶悪な戦術を披露するか、あるいは突出した個人が実力を発揮するかの2択。

 

(ホシノが本気になれば、先生の指揮と合わせてやれるだろうが──)

 

 かつてホシノの隣に立っていたライナも冷静に分析する。

 

(……昔の俺とホシノでも、仕留められはしないだろうな。フォローが上手いし、避けるのも巧みだ)

 

 銃撃戦の基本は、遮蔽物を活かした戦いか機動力を活かした戦いか。どちらが優れているということではない。どちらも適切なタイミングで使わなければならないものだ。

 個人技か、集団技か。キヴォトスの基本は突出した個人が集まって結果的に集団技になることが多い。便利屋たちもその例に漏れず個人技中心だが、しかし集団技が不得意というわけでもない。むしろ高水準だ。

 

(しかしまさか、シロコとノノミのタッグでも仕留め切れないとはな。セリカを単身で相手取って抑え切れる奴もそういない。飼い主が二の矢として投入してくるだけのことはあるか。腕が立つ)

 

 アビドスに残っている生徒というのは大抵が相当なやり手である。この終わり行く土地に腰を下ろせる程、何かしら優れた点があるということ。終わりなき襲撃で脅威だったカタカタヘルメット団も、個人個人で見ればアビドスに残って屯している不良生徒にも劣るだろう。

 まあ身内贔屓も多少混じっているが、便利屋の手強さには素直に感心していた。

 現状を打破するビジョンは見えるものの、長期戦の形相となってしまっては難しい。そんな中、日も傾きかけたという頃合いになって、場に似つかわしくないチャイムが鳴り響き、その瞬間、場の空気が変わった。音の原因は──傭兵のスマホだ。

 

「……あっ、定時だわ」

 

 傭兵の内、誰かがそう言った。

 途端、臨戦体制の対策委員会と便利屋を尻目に、傭兵たちは銃を下ろして各々仕事終わりのサラリーマンみたいな雰囲気を出し始める。

 

「今日の日当だとここまでね。じゃあ私たち給料分働いたってことで。みんな帰るわよー」

「終わりってさ」

「帰りどうする? これだと晩飯食って帰った方が良さそうだよ」

「そば? うどん? やっぱラーメン?」

「あえての鉄板焼きとか」

 

 学生らしからぬ、ある意味では学生らしいような会話をしながらゾロゾロと背を向けて去っていく彼女たちを見て、アルは冗談ではないと呼び止めようとする。

 

「ちょ、ちょっと待って! 帰らないでよ! まだ終わってないわよ! 私だって定時に上がりたいわよ! でも終わってないのよ! こらー! 待ちなさいってば!」

 

 だが声は虚しく空を切り、カヨコのため息がやけに大きく聞こえた気がした。

 

「こりゃあ、ヤバいね。まさかこの時間までに決着がつけられなかったなんて……アルちゃん? どうする? 逃げちゃう?」

 

 ムツキは楽しそうだが、言われてるアルは全く楽しくない。だって仕事にしくじりましたと言われているようなものだし。

 とはいえ、ここで無理をして余計な被害を被るのは間抜けだ。ついでに言えばこう着状態であった以上、ここから押し切るのも無理だろう。プライドやらなにやらと天秤にかけても、ここは退くしかない。それ以外の選択肢はあり得ない程だ。

 

「くっ、覚えてなさいよ! これで終わったと思わないことね!」

 

 まるで三流悪党のような発言をしながら、一流にも等しい実力を持つ便利屋はスタコラサッサと逃げていくのであった。

 

 ──翌日。

 アルは物凄く困り果てた顔で、鳴り響く電話を取れずにいた。

 

「もしかして、クライアント?」

「取るしかないと思うけど、こりゃそんな顔にもなるよね」

 

 苦渋を超えた苦渋。そんな表現がまかり通るような、それはもうこの世の終わりみたいな表情。

 だがそれもしばらくのことであり、絶望のままようやく受話器を取った。

 

「はい……便利屋68です」

『私だ。首尾はどうだ』

「いえ、それが……予想以上に手強く……増援も確認されておりまして……」

『……ふむ。それは興味深い報告だ』

 

 だが現実は大きく違った。

 クライアント──彼女たちは知らないがカイザーPMC理事である──は、その一度の敗北を見て見ぬフリをすることを選んだのだ。

 

『だが一度の失敗で終わる便利屋68でもあるまい。次はどうするつもりだ?』

「うえ……? あれでダメならそれ以上なんて……あっ、いえ、なんでもありません。そうですね……はい、一週間以内には決着をつけます」

『頼んだぞ』

「ふふっ、はい。……お任せください」

 

 ドタドタと慌しくなる便利屋たちとは対照的に、電話を終えた理事は冷静に思案する。

 

「便利屋がしくじったとは、どういうことだ? 仮にもしあの小僧が前線に出てたとして、ブランクもあるはず。無理なものは無理だ。ならばデータが間違っていた、ということに……」

「データに不備は無いでしょう。直近までの戦闘記録から割り出したものです。考えられるのは外部要因ですね」

 

 そこに現れたのは黒いスーツの人物。

 理事も名前は知らない。ただ黒服、とだけ呼ばれることを好む謎の人物である。

 

「小僧の可能性は?」

「あれが仮に出ていたとしたら、無事では済んでないでしょう。もちろん、カイザー・コーポレーションももう消えてます。なので確認する必要があるでしょう、その未知の変化要因を」

(……わからない。高く買いすぎている。僅かでも離れた人間が、同じだけの能力を発揮できるものか。しかしあの小僧の能力は確かだった。それは認める。小鳥遊ホシノと肩を並べていたのは決して偽りではない。だがそれもかつての話だ、今では無い)

 

 理事は黒服の言葉を思い返し、かつての記憶を思い浮かべる。だがそれは過去のこと。ライナが戦場に出なくなって、もう2年だ。流石に無理だろうし、なんなら2年前のライナであっても無理だろう。

 

(──黒服の評価は、異常だ)

 

 訳が分からないが、黒服はある時からライナを異常に評価するようになっていた。

 確かに優秀だが、黒服の評価は全く当てはまらない。カイザーを消す? 個人で? どうやってだ。トップを潰せばいいというものではない。企業とは、個人の集合体である。故に足が切れ様が手が無くなろうが、頭が落ちようが肺が潰されようが生きていられる。脳と心臓となる者が生きている限り。それだけで生きていける。

 ただ黒服はそれを事実のように言った。本当にライナのことを指してあのような評価をしているのだろうか? もしもあの少年の正体を知っているなら……

 

「それはそうと……年数をかけて何も成果が出てないことをせっつかれたのでしょう? アビドスに関係するコストも結構なものですからね。プレジデントは野心家だ。そしてここ最近の失敗は相応に響いたと」

「何が言いたい」

 

 とはいえ、理事も盤石な黒幕というわけではない。所詮は組織の構成員の1人で、実力行使に出ても目立った成果は挙げられていない。宝探しも進んではいるところだが、進んでるだけだ。まだ宝は見つけられていない。有り体に言えば──1番詳しくて、1番可能性があるから、まだ安全ということ。失敗の可能性も出てきた今、理事の身の安全は薄氷の上になりかねない。

 だからこそ黒服は、あえて手を貸す。自分の本当の目的の為に。

 

「提案ですよ。流石に私とてビジネスパートナーが躓いている姿を見たくない」

「ほざけ」

「──小鳥遊ホシノの排除は、私が行いましょう」

「……は?」

 

 気の抜けた声が出た。

 

「ですから、小鳥遊ホシノの排除は私が行います。都合の良い誤解もあるようですし」

「何のメリットがある」

「別に。メリットなど何も」

 

 そう、メリットが無い。黒服にだけ無い。

 故に理事は悩み捻り出した言葉は、シンプルでありきたりなものだった。

 

「条件は何だ」

「戦力を少し貸していただきたい。私が自由にできる戦力を」

「そんなことでいいのか?」

「ええ、そんなことです」

 

 黒服にしては妙に安っぽい条件だった。

 ホシノ排除の為に壮大なものを要求するのかと思えば、いくらでも潰しも変えも効くちっぽけなもの。

 

「まぁ上手く運べばそちらにも利益が生まれるのは保証しましょう。小鳥遊ホシノと同時に、彼を排除できるのならばね」

「前から気になっていたが、どうしてあの正体不明の小僧……夏雪ライナとか言ったか。あれにやたらと執着する」

 

 気味悪く映る姿を、なんとかしたくて出てきた言葉。その言葉に黒服は不敵に笑うでもなく、あるいは言いくるめることも煙に撒くこともなく──

 

「ライナ……? はて、そんな人物は……──あぁ、そういえば今はそんな名前でしたね。あれは」

 

 ……理事にも流石に奇妙に映った。

 黒服は小鳥遊ホシノの事は名前で呼ぶが、夏雪ライナについてはある時を境に「あれ」や「これ」、「それ」、「彼」といった名称で呼ぶようになった。

 まるでそれは真の名でないかのように。真の名を知るが故にその名を認識しないように。

 

(……何を知っている、黒服。あの小僧の何を──)

 

 ある時梔子ユメと小鳥遊ホシノが砂漠から拾ってきた謎の少年、ライナ。

 そして彼女の死後、まるで別人のように豹変し、片っ端からアビドスのチンピラたちを殲滅し始めたライナ。

 ホシノと同等かそれ以上の戦闘能力を発揮したライナ。

 黝の──

 

「理事。それ以上の思考はやめることをおすすめします」

 

 ゾッとする程に無機質な警告。

 あの黒服が、本気で警告をしている。

 

「──死にたいのなら、どうぞお好きに」

 

 死ぬ。間違いなく死ぬ。理由はわからないが、このまま自分がライナについて思考を回し続ければ死ぬ。

 黒服はそう告げている。それは鳥が空を飛ぶ如く、日が昇り沈み月が顔を出す如く、ただの絶対的な事実。抗うことの叶わない絶望的な現実。

 どういう訳か黒服は、それを知っている。

 

「……戦力を貸せ、とのことだったな」

 

 アビドスか砂漠の宇宙船か。どちらかを手にしなければ理事の立場はなくなる。想定外が無数に起きている今、迷っている暇も、余裕も無い。打てる手は全て打つべきだ。決断は一瞬だった。

 

「はい」

「どれだけいる」

「兵員は当然として中隊……ヘリと戦車、それからゴリアテを少々」

 

 個人には過剰だが、しかし集団には不足。そんな量。まるでテストか何かにちょうどいいかのような、そんなオーダー。怪訝な表情を見せた理事に、クツクツと笑う黒服。

 

「私が会おうとする古い知り合いは、現在キヴォトスに存在する中でも最も暴力的でしょう。容赦の欠片もありませんし、どれだけ生き残るかもわからないものでして」

 

 よくわからないが黒服は確実に、危険な爆弾に火を付けようとしている。

 

「現れないとなれば、こうするしかない。少々不本意ですが──もし私の考えが正しければ、あなたは今も変わらずそう在る筈だ。何が原因でこうなっているかは分かりませんが……」

 

 黒服はそれを見る。

 黒服はそれを知る。

 黒服はそれに触れられる。

 だから、それを見るが故に見ず、知るが故に知らず、触れられるが故に触れることも無い。ただそう在るだけのものを、どうして定義しようか。

 しかし、それが何故そうなってるかはわからない。それが本当にそうなのかもわからない。だから──禁忌を犯しても知り、見て、そして触れることを選ぶ。

 それこそが、ゲマトリアの行く探究の旅路なのだから。

 

 ──アルたちはとある場所を目指して移動していた。

 

「資金が無いのは事実。けどクライアントは大物……失敗は許されないわ。だから融資をしてもらうわよ」

「で、行き先がブラックマーケットの闇金? 大人しくクライアントに手付金もらったら? アルちゃんだって流石に無理なものは無理だと分かってるでしょ?」

「手付金をもらうってことは、クライアントの走狗に成り下がるってこと。依頼は依頼、私たちは対等な関係であるべきなのよ。それに……手付金にどんな条件が乗せられるかわからない。ただでさえ今は厄介な条件が乗せられたってのに」

 

 弱みを見せることが好ましくないのは当然だが、わざわざ依頼するということは手持ちだけではどうにもならないということでもある。その頼り先が、金が無いからなんとかしてくれなどと泣き付けば、それ一つで失望されてしまうだろう。対等な存在である、ビジョンだ云々だ以前に、これはアルの中で絶対に優先されることであった。

 

「厄介な条件? 一体何それ」

「社長、もう手付金の話をしたの?」

「いいえ。単に追加の条件が急に乗せられたのよ。しかもついさっき。『アビドス高校に秘匿されている正体不明の人物、夏雪ライナは生け取りにしろ』って」

「……誰? 秘匿? 正体不明? ちょっとムツキちゃん意味がわかんない」

「ふ、普通に考えるとなんでそれを知ってるんでしょうか?」

「だからなのよ」

 

 誰だって当然の思考だ。

 実際自分たちが接触した相手の中に含まれていない人物がいて、そいつの正体は不明で、かつ秘匿されているというのだ。

 何故それを知っている、何故それを今になって伝えてくる、ということになる。つまりクライアントは、アビドスの実情をほぼ完璧に知っているのだから。想定外だったシャーレの先生を生け取りにしろというならともかく、向こうからして想定内の存在をどうして今更……

 

「あっちゃー、それなら今朝メガネちゃんと偶然会った時に聞いておけばよかったかなぁ」

「秘匿されてるなら答えないと思うけど……夏雪、ライナ……? 何処かで聞いたことがあるような……」

 

 かつての立場、その古い記憶に引っかかる点がある。だがそれだけだった。

 それがなんなのか、何処で見かけたのか、カヨコには、思い出せなかった。

 その後辿り着いたブラックマーケットの闇銀行で約6時間も待たされることになる便利屋たちであったが、しかし伝説の幕開けを見ることになるのであった。

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