青い春に馴染めない黝の星 作:うへうへ学生
──小鳥遊ホシノと正体不明の存在。
この二者が全てを滅茶苦茶にしながら突撃してきている。
ホシノはまぁいいが、問題は正体不明の存在……レグナ。
何処かで聞いたような声はしているが、それだけ。意味不明な現実を押し付けながら蹂躙して歩いてくる者。古代の戦士か何かが蘇ったとしか形容できないそれは、鬼神の如き戦いぶりを見せているホシノよりも頭を悩ませるものであった。何せ目的がわからないのだから。
だから茶番も終わりにするべきだろう。
仕入れた情報から考えれば、足の踏み合いも終えるに相応しい時期だ。
「そういえば気になっていたんだが、何故小鳥遊ホシノは単独なんだ? 我々の中にいらん小細工でもした奴がいると思うが、どうかな。ネフティス」
「何のつもりですか」
執事を包囲する、この時の為に動員されたマーケットガードたち。その裏切りを把握していた私募ファンドは、必然的にそうせざるを得なかった。
「自分たちの令嬢を人質に取るとはな。そうまでして欲しかったか」
「彼女には自らが与えた被害を償う機会を与えただけですよ。まああとで謝罪はしますが」
──そこまで把握されているのなら、と。彼は指を鳴らす。すると現れたのはカイザーPMCの兵士たち。後のことは言うまでも無い。装備の面でも、技量の面でも、潤沢に与えられた側が勝つのは当然の摂理。つまらない結果に現実は落ち着いた。
「有象無象がこのネフティスを出し抜けるとでも? 最初からカイザーと手を組んでいたのですよ」
「その傲慢な態度、死に損ないの企業がよくまぁ取れるものだな! カイザーなんぞに頭を下げてデカい顔をして! そんなのだから自分たちの娘に家でされて金を食い尽くされて、粗雑に扱われるんだよ!」
「その死に損ないに頼るしかない分際が何を言っても負け犬の遠吠えですよ」
「最初から裏切っていたのは知っていたがな」
代表者の負け惜しみに冷え切った声が出る。
「誰から聞いた」
「私だよ」
その答えは、最も聞こえてはいけない人物から告げられた。
カイザーのプレジデントとジェネラルを連れて現れたスオウから。
「なっ!?」
「愛想が尽きた。結局、あんたたちは私を都合良く利用する。だったらこちらも同じ事をさせてもらうまで。恨むならば自らの迂闊さを恨んでくれよ」
「……!」
いつか聞いた言葉で端的に裏切りを説明する。元よりカイザーPMCに身を置いていたことは知っていたが、恩を仇で返すとはなどとは言えなかった。
何故なら彼女の言うように都合が良いから声をかけて利用した。ハイランダーの重役に自力で成り上がっていたのに、昔予定があったろうと声をかけて散々に利用したのはネフティスの側だ。
故に。
カイザーの乱入は、自らの行動に首を絞められただけとも言える。
「──いやはや、まさか我がカイザーを踏み台にしようとは。やはりアビドスの者は油断ならない」
各代表者たちを拘束したプレジデントは、嫌味ったらしく言葉をかけていた。そこには自分たちをコケにしてくれた連中への怒りと憎しみが見える。
「さて、これが件の列車砲か。──ほほぅ? 宇宙戦艦よりも現実的でいいじゃないか。これは我がカイザーグループが頂こう」
「あなたたちにそんな権利は……!」
「ああ、無い。だから手に入れるとしよう。買収と脅迫でな」
各々に手渡される資料。M&Aを要求するそれは買収金額千円というふざけたもの。しかし命を握られている今、頷くしかない。頷かなければ頷くまで命が吹き飛ぶだけ。はっきり言って詰んでいた。
「余興だ。少し当ててみようか。諸君らがなぜアビドスを巻き込んだかとか。結論から言えば、我々に気取られた時の対策が欲しかった。違うかな」
「……」
「その反応は当たりと見る。まぁそうだろうな。権利者が一人増えれば余計にややこしくなる──そしてあわよくば、割に合わないと判断してくれれば御の字というわけだ」
兎にも角にもカイザーに渡したくなかったのだろう、とプレジデントは指摘する。誰が持とうがそう変わりない。アビドスには渡らず、カイザーには知らせず、私募ファンドとネフティスだけで完結させる為のカモフラージュ。
手段としては悪くなかったが、しかし致命的なミスがあった。
「しかし君たちは人心というものを理解していない。傍若無人に振る舞えば反感を当然に買う。それが許されるのは咎められない立場に身を置くか、それともきちんと飴も与えること。そのどちらもしていないなら裏切られる。このようにな。クククッ、まさか私が君らに人心で説教とは。とんだ笑い話だ」
──味方とする者に裏切られないようにすること。どれだけ何を言おうとも、絶対的な味方は存在しない。見直すという言葉があるならば、見限るという言葉もあるのだ。
「列車砲の位置を調べろ。それと……十六夜ノノミを連れてこい。セキュリティは何処へ仕込んだかわからない方が安全だ。そうだろう? 例えば──クレジットカードとか」
「スオウさん、あなたはそこまで!」
「……」
しかしカードは盗まれている。
それを伝えたところで、カードが無いことを把握しているのはネフティスの執事とスオウだけだ。よってカイザーは手に入れたとしてもセキュリティを無効化することはできない。……一体何が目的か。スオウの意味不明な行動は、ただただ場を混乱させているだけだった。
「ジェネラル」
「はっ」
「小鳥遊ホシノの足止めを頼むぞ。奴は黒服が欲していた存在、何があるかわからん」
正体不明の存在、レグナに関しては言う必要が無い。そんなもの捻り潰せると思っているからだ。
しかし、彼らは思い違いをしている。
レグナとはライナであり、かつて彼らが黒服の残した資料を呼んで理解し切れなかった結果、不用意に起こした狂人であり。
同時に、レグナにとってカイザーは自分を意味不明な理由で一度叩き起こして不愉快にした存在であるということを。
時を同じくして、ハイランダーが作業している場所。
「やぁ」
──思考が止まるとはこの事か。
無機質な視線と脳面のような無表情のまま、神話から抜け出たような人物が目の前に現れたというならば。
「確か、オマエだったな」
「……だれー?」
轟音。──ノゾミが地面に叩き付けられている。
「あとコイツか」
「ノ──」
「黙っていろ。舌を噛むぞ」
今度はヒカリが壁に叩き付けられた。
叩き付けたものの正体は背より出現した漆黒の双腕。二人の頭を掴み、一瞬で気絶させたそれは、見えない怒りを象徴するかのように涼しげな態度とは正反対の赫怒を醸し出していた。
もちろん普通、そう簡単には気絶しない。頭部を介して脳を直接揺らすなど、そんな小技的技能は思ったよりも習得していないものだ。銃を撃った方が早いし。
しかしレグナは当然に手慣れている。硬かろうが自分の攻撃が通り辛かろうが、人間の殺し方を熟知しているが故に。
「どれだけ怒りを溜め込んでいた。一応は重役だぞ、世界が違うことも考慮に入れてやれ。まぁ立場不相応な態度があることにはあったが……なんだ。言いたいことがあるなら聞くが」
腕が消えて、しかし見えぬ誰かと会話するような様子を見せながら、当然の襲撃とその魔技に呆気に取られたハイランダーの生徒たちの視線に気付いたのか、鬱陶しそうに反応した。
「ふ、二人をどうするつもりですか!?」
「少し借りる。生きて戻るかはあの眼帯にかかっていると思え。せいぜい懇願してみることだな。まぁ、ヤツがヤツの意志でこの二人を殺すかもしれんが」
当然の疑問に全てはスオウに委ねられたけどまぁ死ぬかもね、なんて返しながら黒の腕に二人をぶら下げる。
「ので、死体になってたら恨むのはアレにしろ。オレはただ選択させるだけだ」
「待て!」
──話が通じない。と判断した一人の生徒が銃を抜く。迷惑客にも慣れている彼女たちだが、それ故に眼前の亡霊には一切の常識が通用しないと理解する。全て決定事項なのだ。決まったことを告げているだけなのだ。
交渉の余地も無い、力以外に届かせるものがない。
発砲、素早くガンスピンして三発。手足と頭部へ。それに続いて意を取り戻した生徒たちも射撃を開始……
──弾かれるように潜り抜ける。
外套を弾丸が掠めながら、迷いなく突進して、漆黒の流体がその手を覆う。
刹那、目にも止まらぬ速さで次々と武器を切り替えて銃器を破壊していく。車内戦闘も考慮している彼女たちは接近戦にも心得がある。
だが──早さが違う。
銃を破壊されてから接近戦に移行するまでの間に、レグナは次の、その次の動作に移っている。
手斧が拳銃を打ち砕く時、即座に離れようとすれば片手剣が叩き付けられる。
槌が長銃をへし折る時、拘束しようとすれば背後から短剣が突き出される。
刺剣が短機関銃を貫き裂く時、手榴弾をぶつけようとすれば正面から大剣で押し潰される。
騎槍が散弾銃を押し貫く時、サイドアームを抜こうとすれば残心のままに振るわれた大鎌に薙ぎ払われる。
大太刀が身体を斬り裂く時、動作の隙に銃を構えれば射撃に至る前に銃ごと切断される。
逃げるより早く、打ち返すより早く。一撃を受け止めさせた瞬間には、相手はなす術なく本命の攻撃を叩き込まれる。
アイが、ライナが、そしてレグナが。最も得意とする戦術にして最も手馴れた撃破方法。
九の武器で千の潰し方。短物から長物まで。それら全てを使いこなすのだから、得物が多少変わったところでやることに曇りは一切ない。
瞬く間に制圧したレグナだが、使うまいとしていた黒のヘカを使っていることは無意識ではなかった。
「──手を明かす気は無かったが、気が変わった。未知なる敵を前に奮い立ち、尽力せんとする姿勢、見事だ。ヤツは気に入らんとするだろうが、オレは気に入ったぞ」
それは賞賛。
意味のわからない敵と憤怒を前にしてすくむのでもなく、冷静に判断し自らの意思で攻撃を選ぶ。それが仕事だからではなく、自らの定めたこととして戦士足らんとした生徒たちへの、感心であった。
「この者らが自らの足で立ち歩むのならば、その生を己が行いで掴み取るだろうよ。大人しく見ておけ」
再び生えた黒の双腕が双子を掴む。そのまま奇妙にも一定距離の瞬時移動を繰り返してノゾミとヒカリを連れ去り、場には静寂が戻る。ボロボロになりながらも起き上がり、恐怖を感じながらも、しかし自分たちの親玉を取られて黙っていられる程、ハイランダーは矮小ではない。
「……アビドスの生徒じゃないなあいつ」
「ど、どうしましょうか」
「アビドスが来てるらしいし、聞いてみるか。そしてもし敵だったなら──ハイランダーを舐めたこと、後悔させてやる」
総会とか工事どころではない。
アビドスから知ったことでは無いと切り捨てられようが、必要とあらば頭を下げて無様でも懇願する。
確かに腹の立つところも多いが、しかしあの二人はハイランダーとしての仕事には誇りを持って臨んでいる。ああも粗雑に扱い、そして踏み躙っていいものではない。それはハイランダーとして共に業務をこなす彼女たちの日々と努力を丸ごと否定しているのだから。
「も、もしもその……荒事になってスポンサーとことを構えることになったら?」
「私たちは現場。上が摩擦でしくじったならそりゃ上の責任でしょ。二人ならそう言う」
死に損ないの企業など知ったことか。
重役は当然に返してもらうし、あの訳のわからない怪物を目覚めさせたのが誰かは知らないが、少なくともそういうことは上の仕事である。
ある意味では冷たく、足の踏み合いをしていた烏合の衆は自然な流れで空中分解していた。
そしてカイザーPMCによる突然の襲撃が始まり、事態は更に混沌としていく。
狂乱の炎に焼かれてなお、その技には理性が見える。小鳥遊ホシノは自らを焼く絶望の炎に身を委ね、憤怒と憎悪のままに破壊と混沌を撒き散らしていた。
「はっ」
透明だった、気分が良かった。
次から次へと湧き上がる、際限のない破滅的感情のままに他者を捩じ伏せて、踏み潰す。そうだ、何を躊躇う必要があるのか。元々自分は暴力的で、力で解決させてきた側の人間だ。
ユメのように優しさを貫き通すこともできなければ、セリカやアヤネのように正道を歩く事もできない。邪道と暴虐こそを是とする──そう、結局は自分はライナと同じで、本質的には怒り憎しみ、他者を傷付けて何かを壊すことしかできない存在。
ユメの真似事だったのだからと、受けた優しさを返しただけだからと、自らの善心や優しさと呼ばれるものを奥へ奥へと追いやり、代わりに無尽蔵に湧き上がり自らを焼き焦がす憤怒と憎悪で満たしていく。
(そんなに憎んでたかな、そんなに怒ってたかな)
ただ少しばかり疑問もある。
本当にこの怒りは、この憎しみは──自分だけのものなのかと。
(まぁ、どうでもいいや)
しかし、だ。
こうしてやりたいと思っていたのもまた事実。いくらユメという楔があっても、ホシノに澱のように溜まった絶望は本物だ。
(やるもんじゃない。でもね、人間なんだ、限界もあるよ。だからそう、ユメ先輩を殺したこの世界なんか、あっても仕方な──……何か、変だな)
……本当に、自分の怒りなのか。
だが我が事のように感じられるのであれば、それは何処かにそう思う心があるのだろう。
ショットガンと拳銃による暴力的な戦闘スタイル。接近戦にすら発展しない。それよりも早く動いて一撃で仕留めるのだから。
そうして叩き潰す中、抵抗できる奴らが急に現れた。自分の動きを知っている奴ら──即座に銃撃戦主体から接近戦主体に切り替える。
(……有象無象じゃない。軍隊だ)
接近して仕留めようとすればカバーが入る。そのカバーに入ったロボット兵の喉元を掴み上げて投げ飛ばし、その勢いのまま元々のターゲットの顎先を蹴り飛ばす。更にショットガンを連射して蹴散らし、飛んできた砲弾を盾で弾いて飛び乗り、ハッチを蹴り開けてグレネード入れて閉める。
そこで初めて見慣れたタコのエンブレムに気付き、敵がカイザーであることを知った。
爆散した戦車を背に立ち、ゾロゾロと雁首揃えて現れた仇敵たちを見つめる。
カイザーのジェネラル──指揮を取っているのはそいつだ。
「……カイザー? 何しに来たの」
「無粋だな。ここに立っていることが答えだろう」
ホシノの中に凶暴な意志が激ってくる。
そうだ、直接この手で。みんなを愚弄してアビドスを食い物にしたこいつらを──!
「邪魔」
「邪魔しに来たのでね」
急速に怒りが冷え切り、憎悪は鞘の中に収められる。
そうだ、早く助けなければ。
まるでページをめくったら突然落ち着いているように、ホシノの心は弄ばれる。
──何に? 共鳴する憤怒と憎悪にだ。
"ジャンル違いか"
"言い得て妙だな"
ホシノが突破した後とはまた違った痕跡。
地面や建物、残骸に刻まれた斬撃痕。まるでファンタジーの世界から抜け出してきたようなそれは、その主が如何にジャンル違いかというのを淡々と語っていた。
「派手に切り刻まれてるわね」
「ライナが接近戦を得意としてたらしいから、そういう意味では同じところなんだろうね。アイもそうだった」
接近戦を得意とするのは元々の得物が剣だから、と考えればそう変な話でもない。その源流を同一とするアイが優れた接近戦を見せたのも必然であるし、箱舟でのライナが接近戦の方が得意げな仕草を見せていたのも必然だ。
「シロコ先輩。確かライナ先輩は求めれば応えるとか、アイが言っていました。おそらくは彼も……」
「ん。とにかく聞いて──待って? アヤネ、その反応は?」
「え? ああこれですか? ライナ先輩のスマホを追ってたんです。どうもそのままみたいだったので」
アヤネが操作する機器に表示されているライナのスマホの反応。何か特別に遮断されていることもなく、普通に付けっぱなしのスマホの反応をリアルタイムで追いかけている。
──完全に意識外だった。
まさか装備しているとも思ってなかったし、そもそも電源入ってるとも思ってなかった。
"……追えてるの!?"
"──こっちも!"
「は、はい! 普通につけっぱなしだったからか、追いかけられます! バッテリーアウトするまでは位置を完全に!」
アロナも大急ぎで確認してみれば、普通に追いかけられる事実だけがあった。なんならこのまま電話もかけられるだろう。
色々理由は浮かぶ。
浮かぶ、が──どれも変というか。電子機器を操作できるくらいにはよく理解しているだろうし、そんなど忘れみたいなことは無い筈だ。
であれば何か意図がある筈なのだが──結局わからない。
しかしわかったことが一つある。
レグナの見せていた、あのよくわからない瞬間移動だ。
「ちょっと気になっていたんですけど、時々奇妙な移動をしてるんです。一定の距離を、一定の間隔で、急加速と急減速しているとしか言えない移動を」
"そういえば箱舟で見せた、あの移動"
"アイがどうせ妙な技とか言ってたな……"
"多分、近くで見たら種がわかると思う"
恐らく理屈としてはシンプルそうだ。
空気が切り替わったのは、セリカが切り出した一言だった。
「ねぇ先生。知ってんじゃないの? レグナの目的を」
別に言えないなら言えないでいいのだからという心は見えるが、知っているのなら教えて欲しいという意志もある。レグナを知ろうとしているのであれば、答えない理由もない。だから先生は隠すことなく素直に伝える。
"ゲマトリアの言うことを信じるなら、と付くけど"
"レグナは世界を滅ぼす為に動いているらしい"
「……この件に首突っ込むことが?」
「もっと効率の良いやり方もある筈なのに何故……?」
「世界滅ぼすって理由は何よ? それならあの時保身なんか考えずに行動してりゃよかったじゃない」
世界を滅ぼす為に動いているにしては奇妙な点が多い。以前箱舟に現れた時に自爆覚悟で好き勝手しておけばよかったのではないのだろうか。そうしなかったし、更に復興している時も狙い目だったろうに動かなかった。
世界を滅ぼすことを目的としているのなら、やることが滅茶苦茶だ。別に目的があって、それが結果的に世界を滅ぼすことに繋がっているとした方がしっくりはくる。ゲマトリアが見てきたレグナと今シロコたちが見たレグナはどうにも合わない。
なんというか、余分が多いというか、変にこう、保身的というか。ゲマトリアが世界を滅ぼすことを目的とするような存在とするならば、それは確かにそうなのだろうが……それっぽく見えない。
「なんにせよ理解しないと始まらない。みんなの目で、ありのままのあいつを理解しないと。だからノノミとホシノ先輩を助ける」
「もう一人のシロコ先輩はどうしてるのかしら」
「来るよ。シロコは必ず来てくれる」
"(アイ……)"
"(何を仕掛けているのかは知らないけど、上手く頼むよ)"
各々が考える援軍を当てにしつつも、自分たちで出来ることは全てやらなくてはいけない。裏で暗躍する黒幕と表で好き勝手暴れ始めたレグナ。それだけではない、レグナと切り替わってしまったライナを再び表に出す方法も考えなくてはならないのだ。
「あれは、カイザーPMC……?」
「あいつら、結局絡んで来やがったわね」
「一つはっきりしてるのは、余計ややこしくなるってことくらいだね。先生、どうする?」
"ここからは下で行こう"
"ヘリは全て火力支援に"
"この混乱に乗じて一気に突破する"
ホシノの心配はしない。
アビドスは当然カイザーとの戦闘経験値が多い。一方カイザー側でアビドスを知り尽くしている理事を欠いているならば、何を心配する必要があるというか。
というよりも彼らは表に出ない方が強い。こうして表に出てきた時点で警戒対象から外れる。
しかし──
「あれは……ハイランダーの生徒です! 彼女たちも襲われているなんて」
「……あいつらは本当にただの現場担当だったのね」
「してみると結構不幸だね。それで先生はどうする──って、助けるよね」
その余計なお邪魔虫たちが、手負いの生徒を襲っているのが見えたのであれば黙っているわけにはいかない。一眼見てもわかる。斬撃、打撃、貫通。その三種類の傷が見えて、様々な銃器が異様に破壊されているならば犯人は明確だ。
"もちろん"
"あの子たちに悪意が無いのだけは、よく分かっているから"
"自分たちの為すべきことに、素直だっただけだろうし"
態度は褒められたものではなかったが、彼女たちもまた自らに課せられた事に誠実であっただけ。当人間の感情で飲み込めているならば、先生は何を言うまでもない。
"速攻で潰そう"
その言葉を皮切りに、シロコがピンを抜いた手榴弾を蹴り飛ばす。カン、と聞き慣れた音が響いて、全員が視線を誘導される。手榴弾なんてまともに喰らえば面倒なのだから、絶対に反応せざるを得ない。次いでスコープを覗き込んでいたセリカが狙撃、強制的に手榴弾を起爆させる。
──分断。極めて端的な方法で、カイザーとハイランダーの間に境界線を与えた。
その一瞬の空白に三台のヘリから放たれたロケットがクルセイダーを側面から爆撃し機銃を掃射。更に物理的に攻撃できず一度動きを組み直すまでの間に攻撃用ドローンが死角から襲いかかる。
煙幕、機銃、物理的障害。これらを自らに有利なように纏うシロコとセリカが突入を開始。状況を把握したハイランダー生徒たちも自然と連携し、気絶したPMC兵から武器を奪い取り各々撃破に乗り出す。
アビドスの乱入と急な爆撃は指揮系統に十分過ぎる乱れを生じさせ、僅かな時間でカイザーは押し返されてしまう。
しんがりを務めたパワーローダーも、数の暴力と質の暴力により、ほぼ何もできずに粉砕された。
僅かな攻撃でカイザーを撃退した先生たちに、ハイランダーの生徒が近づく。その様子は感謝と同時に何か困っていることを隠していない。自然レグナが何かをやったであろうことは予想できた。
「あ、ありがとうございます。助けていただいて」
「なぁ、あんたたちのアビドスだよな? 仲間に変な奴とかいないよな」
"変なって……"
"まさか"
「裸マントでロン毛の、変態不審者」
……それは。そうなのだが。
実のところ先生も、シロコもセリカもアヤネも、気にしていなかったと言えば嘘にはなる。コートを着て現れた少年の真実が現れてみれば、神話から抜け出してきたような風貌だなんて。それが神話的衣装であれば良かったのだが、現実は腰巻きして首飾りしてボロマント被っただけの凄まじいファッションである。
しかも顔はライナなもんだから、努めて意識しないようにしないとつい突っ込んでしまいそうだった。なんで脱いだの? と。冷静に考えて欲しい。現代人な知人が急に硬く古めかしい言葉使い出してボロ布巻いてる姿を。めちゃくちゃ嫌だ。
そんな四人のことなど梅雨知らず。ハイランダーの生徒から告げられた端的な事実は、なんとも言えない沈黙を生み出した。
すみません、その変態不審者はうちの先輩が豹変した姿なんですとか言えなかった。
「……言われるとそうなんだけど、いやまあ……ええと」
「あ、あはは……なんであんな格好なんでしょうね」
「ん。仲間ではないよ」
なんとも言えない事実から半ば無理矢理に目を逸らしている後輩たちを見て、シロコはやむを得ず代表して言った。事実仲間ではない、この状況では。
「ああ! そうです! その変態不審者にウチの幹部の二人が拉致されちゃったんですよ!」
「覚えてるでしょ? あのちっこくて小生意気な……」
告げられた言葉に先ほどの雰囲気は何処へやら。彼女たちはその行動の意味を理解し、纏う雰囲気を鋭いものへと一瞬で変えた。
「──シロコ先輩、これって」
「ライナ由来の行動だよ、確実に」
「レグナであれば、そもそも起きてない筈ですからね。不快感も抱く理由が無い」
理解する為には些細なことも見逃してはいけない。こんな嫌がらせに走るような性格かと言われれば正直わからないが、起こすなと公言する存在ならばハイランダーにちょっかいをかける理由などない。特にあの二人に対して何を思うまでもないだろう。そもそも認識さえしてないのだから。
ならばこれはレグナの行動だが、ライナの理由が根底にある筈だ。
"それで、何か言ってた?"
「なんでも、監督官の選択次第では死ぬかもしれないからとか……あ、あの目は本気でした。本当に殺されてしまうかも!」
"落ち着いて"
"総会に向かっているのは確かだから、居場所ははっきりしてる"
"そして監督官──スオウだっけ。彼女の選択次第では、ということは"
先生の脳裏に状況への導線が浮かび上がる。
ライナが言っていた可能性、足の踏み合いをして出し抜こうとしていたネフティスと私募ファンド。そこに独自の意志を持った存在が場を引っ掻き回す為に動いたとすれば──
"……彼女はネフティス側だったな"
"二人はもちろん助けるよ"
「ありがとうございます!」
とはいえ。
"それでなんだけど"
"ちょっと手伝って欲しいことがあるんだ"
"あの不審者、凄腕だからさ"
レグナを相手取るならば、不足も多い。
何せ相手はキヴォトスを滅ぼせる存在。卓越した対人技術を持ち、余裕を残した状態でもホシノと対等に──いや、その戦い方を知るホシノでなければ対等に戦えなかった存在。
手札は多い方が嬉しいと、ダメ元で聞いてみた瞬間であった。
突然、ハイランダーの生徒たちの雰囲気が変わった。まるでリベンジマッチを挑むチャレンジャーのように、戦意に満ち溢れた姿。頼まれなくてもそうしたように、堂々と彼女たちは笑顔で了承した。
「──そういうことなら任せてください。こちらも一枚、札がありますから。二人を奪還できれば更に強力になりますよ!」
「よしっ、アレ持って行くよ! 確か砲撃用の武装積んであったよね! 無かったら増設する!」
運命より出番は先取られ、更なる混沌が渦を巻く。強力な友軍を得たアビドスは、陰謀の中心点へと飛び込んでいく……