青い春に馴染めない黝の星 作:うへうへ学生
ガタゴトと列車が揺れる。
ハイランダーの武装列車に腰を下ろして目的地へと向かう。その後はまあ、臨機応変になんて話ではあるが──かなりやる気の彼女たちがどうするのかは想像がつかない。
「ん、まずは聞かせて先生。あの子は?」
"今はダウンしてる"
「そっか。でも大丈夫。すごくタフだよ」
"身に染みてるよ"
シロコ*テラーは何故プラナが沈黙しているのかの理由を知ると、悔しそうにする先生を見て嫌な物を感じ取った。それは『流れ』としか言えないもの。
本来異なる未来になるはずなのに、どうしてそうなるのか。
(……あいつの言葉……私たちの運命は決まっていたみたいなこと……)
それが真実だとすれば、世界というものは何処かで整合性を取るということだろうか。しかしだとすると──色々起きているタイミングがズレている。それは誤差で済んでいるのか?
(……わからない。でも、向き合うしかない)
彼女が知ることにも限りがあるし、わからないことはわからないままだ。ならばかつてのように、信じて進むしかない。
「ねぇ、みんな。私の話をまず聞いてほしい。ライナについてなんだけど」
シロコが切り出した。それは僅かな沈黙を挟んでのことだったかもしれないし、そうでないかもしれない。ただ、彼女は迷いなく、澱みなく。真正面からその事実を受け入れる表情と声色だった。
「ホシノ先輩が言ってた。レグナはライナじゃないって。つまりホシノ先輩は、レグナとライナが同じだって明確に気付いたんだと思う。私もなんとなくわかってるし、みんなも薄々と感じてるでしょ。──レグナも、ライナなんだ」
あまり認めたくない。
あの悍ましい報復を実行に移した異なる存在が、自分たちの知る迷ったり過激だったりする人物と同一の存在など。だがそれがあり得る。アイがそうだったように、他人のように見えるだけで実際には出力が違うだけの同一存在ということがあり得るのだから。
「正直認めるのも嫌だ。でも……あいつとライナは同じ存在だよ。間違いない」
シロコ*テラーもまた、それがわからないなんてことはない。そして受け入れられないということもない。こちらに来てから薄々とは勘付いていた。だがそれが真実であるという証拠だけは、どうしても手に入らなかった。
シロコの言葉が、同調したホシノの言葉が、最後の証拠になってしまったが。
「じゃあなに? ライナ先輩に関係した面倒事は全部ライナ先輩が起こしてるってこと?」
「総合的に言えばそう。マッチポンプってわけじゃないけど俯瞰して見ればそれに近い」
セリカの呆れたような言葉は、ライナが複雑に、同一人物としての根拠や知識を持ったまま、同一人物でありながら分裂して存在していたという訳のわからない真実を浮き彫りにする。
聞いているだけで頭が痛くなる。何故か都合良く記憶だけ無い人格、それに何らかの軋みが生まれたら異なる同一人物がどういう訳か現実に出てきて、滅茶苦茶な方法でひたすら安定させていたなんて。
だが──だとすれば、だ。
ライナ、レグナ、アイ。これら三人は同一人物なのに、どうして同一人物が内乱じみた状況になっているのか。もっと意味がわからない。
正直を言って。
セリカは、ライナの意味不明に絡まったそれを理解することをほぼ放棄しかけていた。もちろん咎める者は誰もいない。シロコたちは当然のようにと受け入れているが、アロナとノノミは聞いていて噛み砕けなくなって止まってしまっているし、アヤネと先生に至っては「まあそういうことか。よくわからんけど」と状況だけの理解に留めていた。
「じゃあホシノ先輩とあのスオウって人はなんでレグナと同調……? したらレグナの排除が優先されてんのよ」
とはいえ。
同調されたら何故同調してきた側を葬ろうとするのかがよくわからない。同調とは味方にすることではないのか。それは至極真っ当な疑問だ。
その答えはプレナパテスの側に立っていたライナとの交戦時、アイの近くにいた先生が思い出した。
"──あの時"
"ライナはアイに対してこう言った"
"枷の無いお前が何故俺の側に立つ。お前は自由だ。狂うなり滅ぶなり好きにしろ……って"
冷静に考えると、奇妙な発言だ。
枷があるからライナの側に立っている。同一人物であるにも関わらず、だ。アイはライナの色欲。伝搬欲や生存欲求なども含まれる。そんな存在に、本体がかける言葉にしては実におかしい。
"そしてアイもそれを言われて死ぬも生きるも好きにしろと言った"
それに対する返答もまた奇妙だ。
自分に言う言葉としては辛辣すぎる。
"更にはライナも、アイに対して侮辱された以上の憎悪を向けていた"
更に遡れば、アイとライナが一戦交えた最初の時。あの時のライナは、異様に過剰だった。
そしてそれらを結び付けるものを、先生はマエストロから聞いている。
"彼らは自分が嫌いなんだ"
"そしてそんな存在と同調したら、当然自己排除が最優先になる"
"嫌悪する己が、目の前にいるんだから"
自分が重ねられた色の果ての黒であると知るならば、その重なった色が独立して動いている状況など、自らを蝕む色を取り除く絶好の機会だ。それが古くからずっと続いていると仮定すれば、レグナと同調すればその排除を最優先とするのも必然。
よく自分を殴りたいとか言うが、本当に殴れるし、なんなら殺せる。それは──奈落のような憤怒と憎悪を持つ存在にとって、喉から手が出る程欲しい状況だろう。
「自己嫌悪が彼らの根源……? シロコ先輩はどう思いますか」
「多分当たってる。その自己嫌悪の理由は零が無いから。一だらけだから。……嫌な記憶を抉るってわかってる。でもシロコ、教えて。──そっちのレグナに、何を言われたの?」
アヤネがシロコに振ってみれば、その深層を知るが故に迷いなく返答が返ってくる。そして深層の最後を埋めるものが、苦痛の記憶の中にある。それを言うことがどれだけ残酷なことかも、よくわかる。
だがシロコは言った。そしてシロコ*テラーはその苦渋がわかる故に、自らの苦痛を見つめ直す。
「……私たちが観測・定義した人格があったようだとか。ライナが死んで自分が現れるのは日が沈んで月が出てくるのと同じようなことだとか。今考えてみれば、まるで起こされたくなかったみたいな言い方してた。……変だね。こっちのあいつとは微妙に重ならない」
ライナが死んだから出てきた。日が沈んで月が出るのと同じ。そしてぼんやりとしか状況を把握していなかった事実。
──シロコ*テラーの歩んだ道においてアイはいなかったし、レグナは最後の最後まで出てくることはなかったし、まるで寝起きのような態度だった。
「もう一人のシロコちゃん、私思い出しました。箱舟の時のライナさんが言ってた言葉」
ふと、激戦の中で聴いた長台詞が蘇った。
ノノミだって一言一句間違えずに、なんてできないが──不思議とこれが正しいと感じて仕方なかった。
「俺は求められた。だからそうなった。それが故かはわからない。とにかく俺は俺であって俺でなかった。俺を見る俺が常にいた以上、それは真の俺でなかった。こうして応える俺もまた俺を見る俺であり、俺に見られる俺である。やがてお前たちの前に、オレが現れる時、お前たちならば真の俺を見つけ、真のオレを理解することができるだろう。──確かこんなことを」
対策委員会たちは、混ざった色で作られた黒の中にある、その最初の原色を見つけられるということ。かつては意味がわからなかったそれが、今は手に取るようにわかる。
「……思えば、アイは最初の時にこう言ってましたね。ボクに名前なんかない。名前が無いと存在できない場に名無しのまま存在するなんて、とも」
「でもアヤネちゃん、ライナ先輩って自分から夏雪ライナって決めたのよね。じゃあ名前持ってない?」
名無しでは存在できないのに、名無しだからと即興で名乗ったアイは、ライナ。
ライナは名無しだから存在できない? いいや、それは違う。
「ん……思い至ったのは同じだよね」
「ん、これしかない」
二人のシロコは、ライナの深層に存在する全てに気付いた。
そしてレグナの違いの理由も。
「最初からアイはライナに根ざす呪いについて言っていた。零が欲しい。何者にもなれない全てに該当して全てに該当しない自分が嫌で嫌で仕方ない。──名前が欲しい。他人が与えて定義する名前じゃなくて、生まれて名乗る名前を欲しがってた」
デートの中で言われた言葉、かつてアイが言っていた言葉、おかしくなったライナの言葉。それら全ては最初から直球にライナの宿痾をずっと告げていた。
周りくどい言葉だが、そうとしか説明できない数々。
「そしてシロコの言葉ではっきりした。ライナとして成立したことで自分の望みが叶ってたんだ。でもライナはそれを自覚することができない。何故なら零を得たことが一度も無いから」
「観測・定義した人格があったからあいつは出て来ることがなかった。つまり誰もライナをゲマトリアが言っているような存在として見ることができなかった。私の世界では、ライナは見られて変異することは一度もなかった」
そしてレグナが現れなかった理由は、レグナを見る者が誰もいなかったから。ライナとレグナが結び付かなかったから。ゲマトリアですら、ライナとレグナをイコールで結べなかった。それはつまり──
「「──ライナの望みは、とっくに叶っていた」」
彼らですら、入り混じった果ての黒ではなく、単なる黒か最初の原色で見ていたということ。
このキヴォトスに何でもいいから確かに存在したい。絶対的な零が欲しい。
恐らく今までは零に至る前に自らの根源に在る呪いに蝕まれていたのだろうが、今回だけは違う。零に至った後に蝕まれた。
自ら名乗って、これだと明確に生きていた形があった。
それが夏雪ライナ。
自ら定めて、自ら名乗って、生まれた存在。
何故か記憶だけが都合良く抜け落ちているのに、その他全ての知識のほとんどや戦闘能力を備えてアマルナ近辺で突然現れた者。
──それこそが夏雪ライナという少年なのだと。
ならばレグナの行動原理は。
「あいつが憤怒と憎悪に支配されることが本質なら、理想であるライナと自分が切り替わった現実そのものに怒り狂っている。ライナの不快感を大義名分に、自分とライナを切り替えたものを壊したい」
「……八つ当たり。ユメ会長の死の真相を探るって大義名分の裏で、自分や世界に対して募らせた恨みを晴らすことを優先していたライナと同じ」
何が原因で切り替わったかはわからない。
しかし切り替わってしまい、ようやく得た夏雪ライナという『単色の自分』から『混色の自分』に引き戻された。その事実に怒り狂い、憎しみを募らせて、その理由となった者たちを最悪の形で破滅させんと行動を開始している。
そこには確かにライナとしての不快感もあるのだろう。ライナとしての自分の、怒りや憎しみもあるのだろう。だがレグナとしての最大の憤怒と憎悪である『自分を呼び戻すような状況にした』という本音が確かに、そして巨大に存在している。
"黒服が言っていたライナ。確かにそうだ"
"やっと理解できた"
"快不快で全てを決めて、怒り狂い、そして世界を滅ぼそうとする破壊と殺戮の主"
"……ゲマトリアが言っていたライナは、基本的に起こされたレグナのことを指していたんだ"
先生も納得がいった。
黒服は起きているレグナしか知らなかったのだろう。確かにそうだ。原色として見ることが不可能な状態だから仕方なく混色で見た瞬間にその憤怒と憎悪を叩き付けに来る意味不明な怪物など、下手に刺激したくない。
そしてアイが何故この件に関われる人間を絞ったかの答えもそれだ。ライナとはライナであると明確に理解していなければ、『このライナなる人物は混色が原色を名乗っているんだ』と認識してしまい、それがレグナを叩き起こす理由を生み出し、起きたレグナはライナの同一存在として持っているだろう願望を叶えていたライナを引っ込めてしまった存在を、一切の慈悲無く殺害する。
初めから『ライナとは多少変でも確かに原色である』という認識を持っていなければ、こんな真実を告げられた瞬間にはもう混色としてしか認識できないだろう。
そしてそれが禁忌であるなど知れないので、あまりにもタチの悪いデストラップと化している。
だからライナの問題に関わるなら、ライナとの交流が必要なのに、ライナとして積み重ねた時間が、ライナから交流の意思を奪い去っている。雁字搦めにも程がある。
「けどその願いが叶っていた筈なのに、レグナは起きてしまった。誰が起こしたのか、何が理由なのか……」
「そこは何とかしてライナに戻してから考えればいいよ。方法が無いわけじゃないだろうし、知識を持っているライナがアイって奴に分裂しているなら、そいつから聞き出せばいい。協力的なんでしょ?」
愛する相手の安寧がどういうわけか崩れて、その愛する相手と同一の存在がどういうわけか自分たちに対して牙を剥いてくる意味不明な状況。しかし対処法が無いわけではない。
若干悲観したシロコに、シロコ*テラーは堂々と言う。自分たちさえ退けた世界なのだ、奇跡の一つや二つ起こせてもいいだろう。もちろんその奇跡を起こす為に、自分も、そして今は休んでいる彼女も全力を尽くすのだからと告げた。
「今大切なのは、あいつと同調してるってこと。憤怒と憎悪に支配される者の影響を受け続けているなら、ホシノ先輩とあの眼帯の子はあいつを──ライナを消す為に何でもし始める。その中で自分の怒りと憎しみを混ぜ始めて、支離滅裂な行動を始めてしまう。そして最終的には、全部を壊そうとするだろうね」
絶対に阻止しなければならない理由。その同調は汚染にも近いからこそ、レグナと似たような行動を誘発してしまう。誰かの怒りを、誰かの怒りで包んで、自分の怒りを喚き散らしながら、誰かの憎悪を、誰かの憎悪で肉付けして、自分の憎悪も混ぜ込んでいく。
ホシノもスオウも、片方が沈黙して正気を保ちきれなくなってしまえば、どうなるかなどわかったものではない。
──そこに地下生活者の干渉により生じた問題も混ざれば、余計に意味不明な言動になるだろう。
"大丈夫。ヒナに──"
「……それは、もう大丈夫じゃありません。ホシノ先輩がライナさんと同調してその影響を受けているなら、怒りを誘発するような人が現れたら、きっと」
後詰としてヒナを呼んであるから、と先生が既に手配していたことを説明しようとした瞬間、ノノミが待ったをかけた。
知り得る筈のないそれをどうして知っているのか、と先生も流石に困惑する。
"……!"
"どうしてそれを?"
「初めて風紀委員長さんと会った時、ホシノ先輩の様子が以前のそれに戻った瞬間があったんです。その理由は色々と想像が付きます。そしてもし、私が考えている理由だとすれば……」
だがノノミは鋭かった頃のホシノを知っている。その敵意も、殺意にも等しいものを一度は向けられかけたことがある。だからこそ理解した。あの時の反応はユメとライナについて触れていた筈だと。
ホシノの怒りを煽ってしまったということは、同じ傷を持つライナの怒りを煽りかねないということ。よりホシノは憤怒と憎悪に目が眩むだろうし、レグナも積極的に排除に乗り出しかねない。
一方的に知っているだけの存在など、ライナは絶対に叩き潰すだろう。それくらいノノミだって確信できる。そして今明かされている情報から考えれば──ヒナは今一番止めなければならない存在たちにとって最も目障りな物として映ってしまうだろう。
しかし。
"──けど、だからって悲観しても仕方ない"
"それは私たちが諦める理由にはならないよ"
"最悪の道でも突き進み切ってみせるしかない"
"……プレナパテスがそうしたように"
"自分たちの信じる正義を、やり遂げるしかないんだ"
それが今更逃げてくれと言う理由になるか?
ならない。
一方的だろうともライナを知っているならば、資格は備えている。レグナ相手にもライナを見ながら対応できる貴重な存在だ。
アイたちにも妨害の手が伸びている可能性があるのだから、札は一枚でも多い方がいい。
泥臭かろうとも足掻きに足掻いて、足を引き摺ってでも、とりあえずは大丈夫って言えて、みんな生きてると安堵できる結末を掴み取る。それだけの話だ。
多くの生徒たちがそうしたように。
異なる己がそうしたように。
異なる二人がそうしたように。
「まだだ、まだ終わるものか」
盤上をしっちゃかめっちゃかにされて、頭を抱えて困り果てて、それでも地下生活者は諦めない。
「もう一人のアヌビスだと? それがどうした小生の勝ちは変わらない。その悪魔を差し向けた時点でな! クソチートしやがって! 何が先生だバカヤロー!」
ヒナが差し向けられた時点で勝利への方程式は定まったようなものだが、逆を言えば最低限なんとか自分の目的だけは達成できる──はず。彼としてもかなり自信が無くなってきていた。何故かなど言うまでもない。全てが意味不明になり、本来いない筈の存在たちが暴れ始めているのだから。
「……クソチートと言えばあいつ。神なる黎明はなんで小生の段取りをなぞりつつ動いているんだ。何が目的だ? 奴のやることなんか世界を滅ぼす以外に特にないだろ。いつも癇癪起こしてるクソガキだ」
『否定できんな。天なる父祖と呼ばれたこともあるが、オレは気儘に与え奪う者故に』
……独り言が止まった。
ギョロリと視線を動かせば、彼しかいる筈のない空間に、虚空から向けられている瞳と目が合う。
『居場所自体は視線から追っていけば把握できる。そこは折り込み済みだろう』
オレが気付くのはわかっているのに何を驚く、となんでもないように言うが地下生活者は気が気でない。少し前に見せた様々な技は全てルールとテクスチャーが更新される前のキヴォトスに由来している物だ。現在の学園都市と生徒たち、銃を持って過ごす青春物語というルールとテクスチャーにはほぼ適応していない。
そっくりそのまま、剣と魔法のファンタジーでしか許されない様々なものを文字通り持ち込んでいる。昔使っていたから、そんな記憶があるから、そんな自分がいたから、それだけの理由で。
それらは血と死がより身近な頃の物。地下生活者を害する手段など無限にあるし、本来持っている筈の躊躇いが文字通り欠け落ちているのだから、誰かを踏み躙り、愚弄して、徹底的に殺すことが常に選択肢にある。
「空間移動ができるものか! シッテムの箱のような演算機とリソースが無ければ如何にお前とて無理だ! お前はリソースを他に費やしている! あの空間圧縮とてそう連発出来ないし咄嗟にも使えない。だから事前に計算し切った形で運用する為に時間稼ぎも必要だ。そうだろう」
だからこうしてお前は来ることができないと吠えなければ、安心さえできない。
『然り。だが──する必要は無い』
意外にもそれを素直に認めたことに怪訝な顔をするが、もっと訳がわからない。
する必要が無いとはつまり、地下生活者を直接排除しないということ。流石にこれは意味が通らない。
『鍵を忘れた時、扉を開けずに中へ入る方法は無数にある。オマエがそうするように、他の空いている扉は無いなどとは言われていないと告げてもいい。だが最も単純な方法がある。──他人に、開けてもらうことだ』
地下生活者の頭脳が弾き出すあらゆる意味に繋がらない、訳のわからない言葉。しなくて良いということは頑張れば来れるのだ、なのに他人に開けてもらう? どうにも噛み合わない。そもそもこいつの目的はなんだ?
「……何を指している。開けてもらう? ホルスを目覚めさせることが最終目的? いや絶対に違う筈だ。目覚めたが最後まともに活動などできるわけがない。ならば何を誰にさせるつもりだ」
『まぁ好きに考えてみろ。策など、練った時点で臍を噛むというものよ。その肝要はどう美味い汁を啜るか……』
「……勝つのは、小生だ」
『勝ち負けは誰が決める? ここに審判はいないぞ。まさか勝利宣言をして勝ちを決めるのか。ならこうだ。お前の負けで、オレの勝ちだ』
「言っていろ」
地下生活者が吐き捨てると同時に、レグナは視線を現在に戻す。
シェマタから見下ろす砂漠。虚しいくらいに何も無い。
「勝ち負けなど無い。オマエが定めたのだろう、規則無しの何でもありと。さて、あの二人がオレを追ってきた以上、殺し合う他ない。憤怒と憎悪、それらを覆い隠す大義名分を得たならば、オマエは動き出す。そうだろう監督官殿。既に道が敷かれていたのだから」
地下生活者が見落としている点を指摘しつつ、彼は小さく呟く。
「全てが今更なのだ。このオレも含めて──ああ、同族嫌悪か。なんともはや。表舞台に引き摺り出されなければ、別な未来もあったろうな」
何故スオウをそんなに嫌っていたのかの理由に気付き、自嘲する。そして地平線を、太陽を眺める。
「……キサマは何故死んだ? キサマに何があった? ──オリシス」
そして彼ですらわからない真実を求めるように呟くと、列車の近付く音に応えて、狂気の存在の貌に付け替えた。
何処か困り果てた少年のような、疲れ果てた老人のような表情を覆い隠すように。
『おーい! 高熱源体が接近してる! 識別不能、該当データ無し! しかも爆速だよ!』
『この列車の武装も使って、迎撃するよー。手助け、ぷりーず』
ライナの真実に光を当てた直後。
ヒカリとノゾミからの報告に臨戦態勢となった彼女たちの耳に届いたのは、特徴的な音。凄まじい爆音を響かせて空気を切り裂いてくる、異形の怪鳥の羽ばたき。
「! 先生! このプラズマジェットエンジンの音は先ほどのアマルナの遺産です!」
"蜻蛉返りか!"
"ったくタクシーにしてはえらい高性能だね!"
「けど、反応が一つだけなんです。あの細身の個体は見当たりません」
素早くアヤネが端末で確認するが、反応は一つだけ。凄まじい速度で怪鳥が飛んできている。レーダーに表示される反応の移動速度はまるでゲームのようだ。一直線に武装列車に近寄ってくる。
随伴させていたヘリに迎撃指示を出す。そして同じように列車上を目指すハイランダー生徒たちと合流した。
「援護します!」
『対特殊兵器用兵装は!?』
「ミサイル用ジャミングドローンとプロテクションドローン! あと各種試作兵器群!」
『どっからそんなもの持ってきた!?』
「パクリました! カイザーが撤退する前にお二人の救助とアビドスへの協力用に!」
『かじばどろぼー! けどIDとかはどーしたの? 武器も取ってたみたいだけど』
「実は私、趣味でハッキングで遊んでた時期があったんです。ミレニアムに仕掛けたらボコボコにされて……それでご縁ができて、その人を師匠と仰ぎました!」
『聞かなかったことにするー!』
……案外、世間は狭いのかもしれない。
まぁ、そもそもこういう場でもない限り使うシーンもないのだろうが。
ちなみにこのハッキング担当がハイランダーに入った理由は、物理的なセキュリティが本当に最強なのかを確かめる為だったりする。そうしたら列車にハマってそのまま根付いたとかなんとか。
「敵の解析が完了しました!」
"早いねアロナ!"
「オーバーライドの為にシャーレの端末を使っていたということをヒントに同じルートを通ってデータにアクセスできました! ただ武装に関しては別ユニットみたいなので見ないとわかりません!」
"転送を!"
「はい!」
「──確認しました! アマルナの遺産……強襲殲滅用無人戦闘システムユニット『スメンクカーラー』! これの撃退を最優先とします!」
各々が持つ情報端末に表示されるのはイカれたスペックを誇る機械仕掛けの怪鳥。スメンクカーラーと呼ばれるそれは、現キヴォトスで見ても類を見ない超兵器の類だ。先生の記憶にある最強クラスの機動兵器に当たるアバンギャルド君を彷彿とさせるが、それに比べて可愛げと呼ばれるものが一切無い。
デカグラマトンの預言者たちと比較しても、根本的に違う。彼らは強い生物のように在る。だがスメンクカーラーはただ敵を滅ぼし、ただ全てを焼き払う。学園を超高速で強襲して大多数の死傷者を出し、後はゆっくりと物理的に捻り潰していく暴虐の化身。
──真っ向勝負などする気が毛頭無い。
破壊、殺戮、効率的かつ合理的な、起こす厄災を余す所なく全て使い切ること。それらを突き詰めた兵器。青春物語を彩る物騒さではなく、戦争物語の物騒さ。悍ましい魔物。
アマルナに残された先人たちの憤怒と憎悪。
「敵は無人機動兵器、全身に装備されたプラズマジェットエンジンなどはあくまでも推力を生み出すためのものであり、回避に使うものではないようです。ただ各種機動戦用のスラスターも当然装備しているため、見た目よりも軽快に動くと考えられます!」
「防御兵装は?」
「電磁バリアの一種を搭載しているのは確認できました。これは試作モデルのようで、許容範囲を超えると再展開までのインターバルは動けない、火力を集中するのはそこしかありません。高速移動する単体に使う物ではないから、恐らくは移動しながらの戦いになる筈……!」
「列車の武器ならどう? やれんの!?」
『戦車くらいならミンチにできるよ! 受けて知ってるでしょ?』
「じゃあ行けるわね!」
なるほど、盾を潰してから火力を集中すれば良い。
案外スタンダードな戦いになりそうだ。そういうやり方には慣れている。あとは相手の出方次第ということだ。線路を破壊してくる可能性もあるが、その前に武器や弾頭が潰せる状況とも言えるから、結局はキヴォトスらしい真正面からの殴り合いになりそうだが──
"……一つ?"
"アロナ、私たちは二機見たよね"
「え? あっ、はい。確かに。スメンクカーラーともう一機の人型を。……あれ?」
待て。
スメンクカーラーともう一機。細身の機動兵機だ。シャーレ経由でアクセスしていたならば、もう一機の情報を抜けて当然だろう。片割れのスメンクカーラーの種が割れているのだから。
"もう一機はどうした……?"
"オーバーライドする為のドアとして使ったなら、アロナが辿れるはず……"
訳がわからない。どういう手品だ? 思考に意識を奪われた一瞬、迎撃に回していたヘリが三機、ほぼ同時に爆発し墜落する。聞こえた飛翔音と煙から考えて何かしらの遠距離攻撃手段。
「そんな、いきなりヘリが!? 武装スペックも違う……!」
「もう来たの!?」
「速い……! しかも三機を一気にっ」
「──今の音、ロケットポッド?」
「施設破壊用の高火力装備じゃないね。時代遅れの物を引っ張り出したから一部が不完全なのかも」
大仰な機体の割にはヘリを瞬く間に落としてついでに列車を落とすことをサッとやってのけられないのは不思議だが、それを考えている暇は無い。シロコ*テラーの推測が事実であることを祈るだけだ。
列車の上に出ると、列車の前にスメンクカーラーが現れる。ホバリングしながら逆噴射し、常に前に立ち塞がり続ける。
凄まじい外見だ。
全身に装備されたプラズマジェットエンジンと各所スラスター。巨大なスタビライザーやウィングが怪鳥を思わせるのに、それらを様々な武装が覆い隠して、まるで人が鳥を着込んで魔物と化しているようにすら思える。
執念、そして渇望。
込められた悍ましい感情を一切隠すことなく、機械は機械らしく敵を殲滅する為に武装を向ける。
"(……うん? 機首の下にカメラ……?)"
ただ何か、変なような。
攻撃機にしては何か──
"アロナ"
"あの二機、何か秘密がある"
「どうします? もう一度──」
"空で確かめよう"
"この目で"
「わかりました! 食い破りましょう!」
思考を断ち切る。
今はこの怪鳥を落とさなければならない。
"みんな、種が割れているからと言って私が完璧な指示を出せるとは限らない"
"だから確実に自分の判断を優先しないとまずいという時は、勝手に動いて!"
"私がみんなに合わせるから!"
「この鳥さんに退いてもらわないとホシノ先輩には辿り着けない……だから、押し通りますっ!」
「とりあえず邪魔よ、このデカブツ!」
「シロコ、やろう」
「ん。任せて」
「前例のない戦いです。みなさん、最大限の警戒を!」
アビドスの怪鳥狩り。
後にそんな風にハイランダーで噂されることになる戦いが、幕を開けた。
──水の中より瞼を開けて──
──天と地に、意味を与えて──
──生を運び、死を運び──
──原初の丘へ至る──