青い春に馴染めない黝の星 作:うへうへ学生
カタカタヘルメット団に提供されていた兵器群は現在流通していない兵器──それが結果だった。
必然的にそんなものは大きなところくらいしか取り扱えず、またブラックマーケットくらいしかない。故に対策委員会がそこを目指すのも当然だった。
ただし問題があるとすれば、闇市など誰も詳しく知らないということだが。
『道案内くらい欲しかったが、いくらなんでもな』
『流石に知ってそうな人に心当たりは……もしかしたら便利屋の方々ならあるかもしれませんが』
『ゲヘナの鼻つまみ者、ね。どうにも受けた印象と評価が噛み合ってないが……とにかく、手持ちの札で調べてみるしかないか』
"その為に私が現地同行してるんだよ"
『シャーレってのは何でも屋ですな』
ライナとアヤネは校舎に残って後方仕事だが、他は皆現場仕事である。
「とりあえず、兵器売り場中心でいいよね」
『はい。もしかしたら他のところという可能性もありますが』
「それにしても結構大きいね。街一つくらいあるんじゃないかな」
「学区外は無法地帯化してるところも多いからねー。悪くても秩序があるだけありがたいよ。機会があれば学区外にあるアクアリウムとか行ってみたいなぁ」
学区外はピンキリだ。まともに機能しているところもあれば、全く機能していないところもある。ブラックマーケットはキヴォトスの違法だが、しかしそれでも無法ではない。
「なんだかこういうとこ来るとつい背後とか警戒しちゃうわね」
「セリカちゃんは一回拉致されちゃいましたからね〜」
「身代金誘拐とかじゃなくて排除の為にやられると結構心臓に悪いのよ先輩」
セリカは先日の襲撃からこういった場所にある種の苦手意識が生まれたようだが、それとは別になんとも言えなさそうな顔をしている人物が現場に一人。シロコであった。
「身代金かー。昔シロコちゃんがしくじって捕まっちゃったことあったよね。身代金要求の電話なんか聞いてびっくりしちゃったよ」
ホシノが語る、過去の出来事。
それは大したことでもない。夜間パトロールを本格的するキッカケとなった出来事。かつて運悪く好戦的なチンピラに目をつけられたシロコは、有利な場所に誘導されて襲撃を受けてしまった。当時から相応の実力を備えているシロコではあったが、それは極限状態が続いていたからこそのものである。人間誰しも、鋭く尖った状態は維持できない。人間的な温かみや理性を得た状態では、野性に近い反射的排除は案外できなくなるものである。やり過ぎたらホシノとノノミを困らせるのではないか──その僅かな迷いが、敗因だった。それ以来、シロコは迷わないようにした。具体的には怒られてもいいやって割り切るようになった。身の安全は1番である。ライナも敵は徹底的に潰せって言ってたし。
「普段は聞き分けのねぇ野良犬が! なんて言ってたライナも血相変えて探し回っててさ」
ホシノもすぐに行動を起こしたが、意外にも飛び出して行ったのはライナであった。普段から小生意気な態度が気に入らないだのやれ野良犬だの強弱しか判断基準の無い駄犬だの文句を言いつつホシノに頼まれたからとシロコの面倒を見ていた彼が、それはもう動揺して無理の効かない身体だというのに飛び出して行ってしまったのである。
「ライナ先輩、もしかしてツンデレなの?」
『セリカには言われたくないなぁ!』
「あの時ホシノ先輩とノノミと一緒に来てくれたこと、嬉しかったよ。ブツブツと文句を言うような口調だったし、キツい言葉も何度も投げられたけど、ライナはずっと私を思い遣ってたんだってわかったから」
『あのだな……今は、いいだろ』
「実はあの頃、ライナはどうして私にだけ強く当たるんだろうって思ってたんだ。みんな優しいのに、ライナだけは口も態度も優しくなかった」
今は理由もわかってる。
強い奴の言うことしか聞かないなんて言ってた自分が悪い。でも人のことを名前で呼ばず駄犬、野良犬、馬鹿犬、見てくれだけはいいガキとか散々言ってたライナも相当悪いような……
『そりゃ自分の胸に手を当てて考えることだな。俺は謝らんぞ。いくらお前の事情を考慮しても、そこは最低限弁えて当然の話だからな』
「ん、結構ある」
『言わんでいい!』
誰が胸の大きさなんぞ聞いた! と吠えるライナ。この男、女に囲まれた生活を送ってたおかげか大抵のことには慣れているのだがこういう不意打ちには弱かった。
そんな思い出話をしていると、トリニティの生徒が何故かブラックマーケットにいて、しかもチンピラに追われていた。恩を売るというわけでもないが、かと言って見過ごせる程冷たいわけでもない。
決断も行動も早く、そのトリニティ生徒──阿慈谷ヒフミを助けるのであった。
「……しかし、なんでまたトリニティのお嬢様がこんな危ないとこに?」
「どうしてもここでないと手に入らないものがあるんです。もう生産中止しちゃったこれがあるのって、こういう場所くらいなので」
なんぞなんぞと聞いてみれば、見せられるのは白いブサカワな鳥の口にアイスクリームを叩き込まれているかの如き珍妙なぬいぐるみ。見ている全員が何とも言えない顔をしているが、例外はノノミだった。彼女はこれがモモフレンズという作品のキャラクター、ペロロであると明確に知っていたからだ。
言われたら先生含めて多少の覚えだけはあるから「あー」となるが、唯一覚えの無い世間知らずもまた一人。
「普通こういうのって食べてるところとか持ってるところじゃないか? なんでアイス叩き付けられてるんだ? てかなんだこの、ブサカワ鳥」
「モモフレンズ知らないんですか?」
「俺の娯楽は飯と機械弄りとバイク転がすことくらいだ。華のJKの流行り廃りも知らんし興味も無い」
「でも、見てると割と可愛げはあるような……」
「俺は猫と犬の方が好きだ。あとスカラベ」
「……フンコロガシですよね?」
「ああ。なんだったか、今はヒジリタマオシコガネってのが名前だっけ? とにかく縁起いいだろ」
犬と猫はわかるがスカラベって……フンコロガシの何が縁起良いのかさっぱりわからないが、フンコロガシの古い言い方といい、まるで古い文化人のようなことを言っていたライナ。アヤネの疑問がまた一つ増えた。
「そういえばアビドスのみなさんは何故こんなところに?」
「や、おじさんたちも似たようなもんかな。ここでしか見れないものを探しにきたってだけ」
モモフレンズ、ペロロ。知名度はあるが一部の層に人気なもの。そんなことで盛り上がったのも束の間、自然な流れでお互いの目的の話となり──だが先ほど撃退したチンピラの仲間が報復に来る。しかし当然のことながら、対策委員会には敵わずあっという間に撃退されることになった。
一行は面倒事を避ける為、一旦ヒフミの案内で場所を変える。
「ブラックマーケットは複数の企業が利権を巡って争い、各々が縄張りを持っているようなところです。金融機関や治安組織もある以上、下手に騒ぎを起こすと厄介なことになります」
「銀行に警察って……!? も、もちろん認可されてない違法な団体だよね!?」
「はい。ここも連邦生徒会の手が届いてない場所ですし、ブラックマーケットだけでも規模は学園数個分に匹敵している程なんですよ」
"無秩序の秩序か"
"まるで蜘蛛の巣だね"
こういう場所は必要とされて生まれる。だがセーフティネットではない。引っかかるのは捕食者の用意した糸だけだ。運良くすり抜けて捕食されずとも、今度は落下し続けるだけかあるいは地面に打ち付けられるだけ。こういう場所で逞しく生きるならば、獲物もまた蜘蛛にならねばならない。しかしこの蜘蛛の巣を壊せば、更なる害虫が出るかもしれない。先生の表情に影が差す。獲物が糸にかかっているとわかっていて放置しないといけないというのは、あまり好みではない。
「それにしてもヒフミさん、ブラックマーケットに詳しいんですね」
「え? あぁ、事前調査しただけです」
「単独で?」
「用があるのは私だけですから、全部一人でやりましたよ」
これが噂のお嬢様学校の生徒なのだろうか。セリカは訝しんだ。なんか、アビドスとやってることあんまり変わらなくない? もしかしてヒフミさんってシロコ先輩やホシノ先輩なんかと同類? ──そんな視線が先生に投げ付けられる。
"(私にそんな目を投げ付けられても……)"
困惑、そして目逸らし。
とはいえ、この機を逃す手は無い。
「ねえヒフミちゃん。助けてあげたお礼ってことでさ、私たちの探し物が手に入るまで一緒に行動してもらうねー」
「へ?」
「わあ⭐︎いいアイデアが思い付きましたね、ホシノ先輩!」
「ん。誘拐だね」
「どーしてこの先輩たちは変な言い方するのよ……ヒフミさん、もしよかったらお礼がてら案内してもらえないかな?」
「あ、あうう……し、知ってるだけでお役に立てるかはわかりませんが……アビドスのみなさんには助けられましたし、喜んで引き受けさせてもらいます」
ヒフミはあまり自信は無さげに、しかしそれでも恩義に報いる為にとその頼みを承諾するのであった。
そんな様子を見ながら、ライナは頬を緩ませた。
「ライナ先輩、すっごいニコニコしてますね」
「いや、あいつらにまた新しく友達できたことが嬉しくってさ。ほら、この前の便利屋の子も仕事で敵対しただけで、プライベートでは仲良くできそうだろ?」
「またってなんですかまたって! 便利屋の人たちはまだ敵です! 特にムツキさんは!」
「な、なんだ? なんでそんなムキになってんだ……?」
通信を繋いでいなかったから聞こえなかったが、きっと繋がっていれば先生も友達が増えたことには同意したであろう。
しかし、ヒフミの案内があってなお数時間歩いて収穫は0であった。
「おかしいですね……何も見当たらない、ということはあり得ません。でも完璧に証拠が見当たらない。なら隠していることになりますが……ここでわざわざ隠しますか? みんな大なり小なり違法行為に手を染めているのに。開き直って行う場所でですよ」
収穫が完全に0というのはおかしい。何事も完璧とは不自然であることの証明だから。そんなこと、全員よく知っている。何も無いということは絶対にあり得ないから。
"手に入れたのはブラックマーケットじゃない?"
「けど、確かにあちこちで見ない物を高額で取引してたわ。あの戦車がブラックマーケットでないなら何処って話になってくるけど」
「可能性としてあるのは直接手渡し。でもそうなると足は付く。……思えばあいつらを完全に見かけてないね。残党くらいいても不思議じゃないのに。手を引いたのかな」
「背後の存在が直接手渡し、それも何重にも人を介してとかならあり得そうではありますが……そこまでする意味が無いはずです」
悪行をする場所で悪行を隠す意味が無い。当たり前だがそれが当然だからだ。ならばそもそもルートが違うという結論に辿り着くのは必然だが、それにしたって妙であった。
「振り出しに戻った感じかぁ。あーもー、なんでこうもややこしいのよ……?」
「セリカちゃーん、おじさんそろそろ足腰が辛いよぉ〜」
「ホシノさん、おいくつなんですか?」
「先輩は普通に同年代よ。おじさんぶってるだけだから、あんまり気にしないで」
「とはいえ、確かに少し休憩を入れておくのもいいかもしれませんね。あっ! あんなところにたい焼き屋さんがありますよ」
ブラックマーケットにたい焼き屋って変な組み合わせである。だがまあ頭を回し続けていれば甘い物が欲しくなるのは必然だ。そうしてたい焼きを購入して、束の間の休息時間を取ることにした。
しかし、問題は起こる。
マーケットガードが現金輸送車を闇銀行へ運んでいる現場を、たまたま近くで見ることになったのだが。
「……みなさん、あの人は──」
「あれ? あいつ、毎月来て利息受け取ってる銀行員じゃない。なんでここに?』
「ありゃ、本当だ」
『本当です! あの車、カイザーローンのものです。今日の午前中に来た車と同じもののようですが……何故ここに?』
『企業の車ってわかるものを闇金なんぞにわざわざ持って行く理由も無いはずだけど』
その車はどういうわけか、アビドスヘ利息を回収の来た同じ物で、かつ同乗していた銀行員も毎月顔を合わせるロボだった。つまりそれは、支払った分が闇銀行に流れているという可能性を強く示唆するものとなる。
しかしその一方、それに対して強く反応したのはヒフミであった。
「カイザーローン!? みなさん、もしかして借金のことって……」
"ヒフミ、知ってるの? "
「カイザーローン……カイザーコーポレーションが運営する高利金融業者です。グループは合法と違法のグレーゾーンで上手く立ち回っている多角化企業で有名です。トリニティにも進出しているのですが、生徒たちへの悪影響も考慮してティーパーティーも警戒しています」
「現金でないと受け付けないってのはそういう理由か、あいつら……!」
「アヤネちゃん、ルートを追える?」
『ダメです、全てオフラインで管理されています』
『だが、幸いにもお前らは現場にいる』
自分たちの金がどう使われているかを確認したくともできない。だか既に何名からその答えに辿り着いていた。
「あれが私たちのお金かどうかを確認するにはどうしたらいいのかしら。証拠になるようなもの……」
「あっ、集金確認の書類! あれを覗き見ることでもできたらいいんじゃないんですか? でもどうやったらいいのかな……? もう車は中だし、あの銀行は最も強固なセキュリティを誇る場所。そう簡単には……」
セリカとヒフミが悩む中、迷うことなくシロコは不敵な表情で全員に向けて言った。
「──オフラインでの守りを固めてるなら、オンラインは比較的手薄と考えてもいい。そして、常識としてここでやる奴はいない。ならあれしかない」
砂狼シロコの趣味は、なにもスポーツだけではない。
「どんなに荒事に慣れていても、普通起こらないことが起きたらパニックになる。どんなに異質な場所でも、そこが日常なら崩されれば誰でも動揺する」
銀行強盗も、立派な趣味の一つだ。
オフラインで固めたところの弱点など、すぐに把握できる。何せ銀行を通りかかる度に確認しては計画してなどとやっていたのだ。実行に移したことはないが、しかし多種多様な種類の銀行を把握しているのもまた事実。
『今確認したが、やはり電子セキュリティ自体は普通の物だ。連中が守りたいものは物的証拠だな。古今東西、最強のセキュリティは紙だ。何せ物理的にどうこうするしかない。だが剥き身の今なら、やれる』
『け、けどいいんでしょうか。だってそれは──』
『他に方法も無いだろ。こういうのは良くないが、だからってこうする以外の方法は無い。それに俺たちは何も知らなすぎる。複雑に絡まった糸の先を、全貌を把握しない限り何も変わらない。──なら、誤魔化す理由も無いだろう。俺たちは俺たちの為に、讃えられないことをする。それだけだ』
「ま、あれしかないよね」
「わぁ! シロコちゃんお手製のあれの出番ですね!」
"現場での不確定要素は私が潰すよ"
"ちょっと頭に来てたところさ"
先生とて人の子だ。考慮するべき事情があるわけでもない悪行を目の前にして、憤りを感じないわけがない。しかし本来大人としてこういう短絡的な方法は良くないと言うべきなのはわかっている。だがそれしか方法は無い。それに──悪を裁くとかそういう訳でもない。自らの意志で考え、自らの意志で決めたことだ。悪を成すのだと理解して行う。それを咎める理由があろうか。
「先生まで乗り気だし……まぁ、そうね。ここまできたらとことんまでやってやろうじゃない。私も全力でやるわよ」
『わかりました……はぁ。止めても聞かないでしょうし……突発的だからこそ、なんとかなる……はず』
「えっ、え……!? なんですか、話が全く──」
困惑するヒフミを尻目に、シロコはお手製の覆面を被り──
「銀行を襲う」
現場にいないアヤネを含めてその言葉を皮切りに、各々覆面を被り出した。
……覆面の無い先生とライナは被ることはなかったが。
『あっ、そういやシロコ。俺の分は?』
「ライナは持ってたでしょ。ほら、あの仮面」
『……俺には、無いのか……』
確かに自前の、昔暴れ回った時期に使ってた仮面はあるのだが、さりとて一人だけ浮いてるのは嫌だし、みんなお揃いのお手製もらってるのに自分だけ狂気の果てにガラクタから作った物というのは、なんかこう……複雑である。
(? ライナはあっちの方が似合ってるのに)
何事も合う合わないがあるからと、作らなかったのはそれが理由なのだが。
そしてヒフミも説得し……半ば口封じの意味も込めてだが……この銀行襲撃に参加することになり、とりあえずでたい焼きの紙袋を逆さに被って覆面とした。
流石にオペレーターである以上はと、ライナは偽りの身分による自己紹介をしたのだが──
『初めまして。僕はシャーレで先生の補助員を務めております、夏雪ライナです。先ほどからお話は伺っています、阿慈谷ヒフミさん」
「あっ、初めまして。ご丁寧にありがとうございます。──えっと、男の人ですよね?」
『はい。普通に男性ですよ。本当は女性の方がいいのでは、と進言したのですがね。歳が近くて実務できるのが僕くらいしかいなくて……同郷だからって理由なのも酷いですよね、兄さんは』
誰だコレ。外向けの高めに調整した声、僕という一人称、嘘をスラスラと吐き出した挙句先生を兄さんと呼ぶ。なんだコレ。キショい。
「うへ。これヤダ」
「うん。これ嫌」
「ええ、これは無いですね」
「悪い意味で鳥肌立っちゃうわ」
『やめてくださいそのトーン』
"兄さん呼びやめて"
『……そんなか……』
夏雪ライナ。
良かれと思ってやったことを全員から否定されると、流石に凹む男であった。
さて、運命の悪戯か。
その闇銀行は、アルたち便利屋68が向かった先であった。
(──イラつく)
6時間待たされ、挙句こちらを全否定。悪どいことをして生きる輩が、何をしたり顔でつまらない正論を吐いているのか。
確かにアルとて自分たちが相手されていない理由は理解している。だがそれはそれで、これはこれだ。
単純に、陸八魔アルの誇りの問題であった。
(こいつら全員薙ぎ倒して、片っ端から金毟り取って行こうかしら。──いえ、ダメね。突発的すぎる行動、状況把握も足りてない。それに逃走ルートも出来てないのよ。マーケットガードに追われるのはリスクが大きい)
だが。
ゲヘナ最強の戦力に追いかけ回された記憶が、そしてつい最近起きた出来事が、アルの視線の先の敵を品定めする。
(でも目的を絞って、迅速に行動すれば──全員大したことない連中かもしれないし、もうしそうなら私たち4人でやれば勝ち目はある。だけど、できる? 私に。ブラックマーケットを敵に回すことが)
しかしそれでも選択することができない。アルはその先に踏み入ることができなかった。
(……きっと伝説の存在ならできたでしょうね。アビドスの悪魔のように、何者も恐れぬ存在とかなら。けど私には無理。そんな勇気は無い)
恐らく本人に聞けば「何夢見てんの……? 俺も無理だよ!?」と言うであろうことを考えながら、現実と理想のギャップに苦痛を抱く。
(……クソッ、何よこの情けない振る舞いは。キヴォトス1のアウトローになるって決めたのよ。だっていうのに……)
──どうするべきか、どうあるべきか。
なりたい自分になる為には、何をすればいいのか。上の空で返事をして、テンプレな言葉も聞き流して……突然、電気が落ちる。
光と呼べる光が無い。元電源からして落ちている。停電だ。次の瞬間には銃声が響き渡り──
「全員その場に伏せろ! 持っている武器は捨てろ!」
凛とした、つい最近聞いたような、だが威圧的な声が場を制圧する。復旧した電気に照らされて、襲撃者たちが姿を表す。
「言うことを聞かないと、痛い目に遭いますよ〜⭐︎」
「あ、あはは……みなさん、ケガしちゃいけないので……伏せてくださいね」
「外部への連絡でも試みようとしてるのかな? 無駄だよ〜。警備システムの電源から落としちゃったから」
「ほら、そこ! 伏せなさいよ! 下手に動くなら警告を無視したと判断して破壊するわ!」
しかしアルの中でそれらとは結び付かない。だって彼女の中のアビドス像は、借金返済や学校復興の為に堅実に頑張れるいい子たちなのだから、こんな悪逆無道の銀行強盗たちと結び付く訳がない。
『──威圧的な言葉を使え。特に、普段使わないものを。相手は話の通じない狂人と思わせるのが肝要だ。誰だって災害と話そうとはせず、収まるのを待つだろ。だから下手に会話せず要求だけ突きつけて、叶えられない場合は攻撃する。一度目は威嚇、二度目は殴る、そして三度目は銃撃で沈黙させ、他の者を当たるように。要求を通せそうな奴を、要求が通らない奴を使い、要求が通る奴に変える。そこが肝要だ。……ま、そんなことをしないで済むのが1番だけど』
1番過激で暴力的な人間の、全く有り難くないアドバイスですらない何か。当たり前だが全員そんなもの意識はしていない。というかそれやったらロクなもんじゃない。ただ威圧的なワードを選ぶといいというのだけは、多少は受け止められたようだ。本当に多少だが。
"(絶対これ、やったことある奴だよね)"
"(ライナ、君は……)"
離れたところから通信だけは繋いで外から状況を把握、アロナと共にシッテムの箱を使いリアルタイムで監視する先生は、実行前のアドバイスと称されたそれらに、その普段の小生意気な態度より遥かに苛烈な部分を薄らと感じ取っていた。そのやり方は効率的過ぎる。恐怖と狂気をコントロールした、本当の暴力。なら彼の本性は恐らく、類を見ないほど極めて暴力的で破壊的、そして狂気的だろう。
だがそれを何かの理由で押さえ付け、その理由が小生意気で時々口が悪くなるが、後輩思いの少年に変えている。
「……ん? あれ? あいつらアビドスだよね。知らない顔も混じってるけど」
「本当だ。でもなんでこんなことしてるの? あの子たち、こういうことするようには見えなかったけど」
「も、もしかして私たちへの報復とか!?」
「いや、あれは違う。銀行強盗が主目的。──なんでかは知らないけど」
聞こえてくるのは胡乱な情報ばかりで、何を言ってるのか正直よくわからない……というのが便利屋たちが見てる感想だ。リーダー役をヒフミに与え、やれ聞こえてくるのはファウストだのなんだの。とりあえず言えるのは、覆面被っただけの杜撰な変装で、効率的な銀行襲撃をしながら漫才のようなやり取りをしているこの現実は、とんでもなく意味不明で、それ故に何も知らなければ恐怖しか与えないということである。
冷静に考えて欲しい。常識として起こす理由も無い筈の銀行強盗、正気なら絶対にやっても旨味が無い行動、それを大真面目に、杜撰な変装と完璧な対応でやるバカ。そんなものが現実にいていいのか? いやいない。
マーケットガードはまるで未来予知でもしていたかのように暗闇からの奇襲、初手で全て気絶している。つまり構造も配置も、リアルタイムで完璧に把握されているということ。その上で外部との接続を断ち切り、カメラの類もシャットアウト。記録には残らない状況になって訳のわからないことを言いまくりながら何かを迫る存在。常人なら恐怖に支配されるしかない。
バカは怖い、何せバカだから。何をやらかすかわかったもんじゃない。
「アルちゃ……あーあー、こりゃダメだ。見てこのキレーな眼差し。ヒーローショーを見てる子供みたい」
「社長もストレス感じてたみたいだし、スカッとしたんじゃないかな」
「カヨコっちも結構イラついてた?」
「ま、気に入らないとは思ってた」
「えっと、どうしましょうか」
しかしアルにだけは、まるで福音のような感銘を与えていた。何せさっきまで頭の中で考えていた、無謀とも言える挑戦を完璧にこなす相手である。言うなれば自分の考える最高のアウトローが、現実にやってきたようなものだ。100人が見れば99人が呆れ返るか恐怖するとしても、アルだけは感動し憧憬を抱くたった1人になる。それは自分の夢を叶えた者だから。
「どうもなにも、とりあえず隠れよう。ほら、社長。隠れながらでも見れるから、こっち来て」
「……すごい、本物よ。本物のアウトロー。私の理想……」
「アルちゃん、ちょっと移動してよ? ハルカちゃん手伝って〜」
「すみませんアル様。お願いですからちょっとこっちに……」
僅か5分足らずで完全に制圧し、ぎっしりと紙幣の詰まったバッグを奪い去る対策委員会とヒフミ。当然に追手が差し向けられるが、彼女たちはそれを切り抜けるだろう。
だが、だがである。
「……何をしているの? みんな」
「あ、アルちゃん?」
「──追うわよ」
「いやあの、ガードが追撃していますけど……」
「だから、何? 私に──彼女たちを、ただただ見ていろっていうの? 無理よそんなの。こういうの、サンタクロースがいるって知った子供みたいな感じなんでしょうね」
「社長、本気?」
「ええ。邪魔する者は全部薙ぎ倒して」
──最高のバカがもう一人いた。
呆れるどころか、めちゃくちゃである。
バカは、怖い。
その後のことをあえて言う必要はあるだろうか?
逃げる敵を追いかけていたら、後ろから突然最短ルートで突破してくる四人も混じるのである。
この銀行の関係者にとって、今日はとんでもない厄日だろう。