青い春に馴染めない黝の星 作:うへうへ学生
宇宙の如き青を宿す"右目"。
浮かぶはずのない黝いヘイロー。
たな引く黒い長髪と黒いロングコート。
まるで髑髏のような機械仕掛けの仮面。
あり得ない存在がそこにいる。全てを破壊し、否定し、憤怒のままに絶叫するように。
突然現れて、何かもを破壊し尽くしたその襲撃者。
不良生徒とチンピラロボの集まりとて巨大になれば余程の精鋭を出さねば面倒というもの。それを単身で、しかも圧倒的、かつ訳のわからない力でねじ伏せた。
銃口から黝い光が走れば人が吹き飛び、建物は崩壊する。なけなしの戦車すら正面から一撃で破壊され、尋常ではない技量には手も足も出ず、殴られ、撃たれ、捩じ伏せられて蹂躙され、絶望的な現実を前に心がへし折れる。強い、強すぎる、強さの次元が違う。ジャンル違いの化け物が何故かキヴォトスにいる。
「デケェとこ叩けばなんか出るかと思ったが」
倒れ伏した集団を見下し、全てを軽蔑する。銃床で殴り付け、打ち落とし、手足を破壊して首を刈るように薙ぐ。銃を銃として使わずに、まるで剣や槍のように振るい、叩きのめす。弾丸を撃った回数こそ少ないが、しかし全て致命的。おおよそキヴォトスに似つかわしくない戦術が、狂った者の狂気と共に披露される。
「やれ後ろには組織がだの仲間がだの、お涙頂戴かよ。くっだらねぇな。はみ出し者どもが徒党を組んで」
怒り。行き場のない、爆発した憤怒。
それを都合良く叩き付ける先を求めるような雰囲気。言ってることとやってることが一貫している、悪い意味で。
「クソッ……完全に目が眩んでるじゃねぇか」
「ケラケラヘルメット団だけじゃなくてウチまで潰しに来て、まだ飽きてないのか……」
潰された組織は数知れず。大きなところから小さなところまで。それがそれなりの企業や存在が後ろについていようともだ。知らぬ存ぜぬと片っ端から殲滅し、蹂躙する。そして報復されても全て潰す。
無法地帯と化しているアビドスでもそこそこ大きかったケラケラヘルメット団が潰されたと聞いて、まさかと思っていたが本当に来た。彼女たちは無軌道なヘルメット団とはやや異なり、そこそこの企業から兵器を受け取り戦闘をする専属の傭兵集団のようなものだった。それ故に勢力としては巨大であるが、別段何かやっているわけでもなかった。
そんなある種何も関係の無い組織でさえ、彼は怪しいからという理由一つで叩き潰した。
「それでどうなんだよ。質問に答えろ。なんか気の利いたことを言え。嘘でもほざいてみせろ」
アビドスの生徒会長が死んだ。お前たちが殺したのか。お前たちが死を望んだのか。そうでないなら知っていることを言え。
凄惨な拷問にも等しい蹂躙劇の後は決まってこれだ。死神の質問とまで恐れられる始末。
ただ今襲撃を受け地に倒れている構成員、そしてその首領は奇妙なものを感じていた。
確かに知りたいのだろう。しかしそこに真相を探る以外の目的が強く感じられる。気に入らない全てを破壊したいという、自分勝手で傲慢な憤怒と憎悪が。真相を探すのが大義名分なんじゃないかと思ってしまう程に、優先されているのは自分の怒りだった。
「本当にそれを知りたいならやることが違うだろ。お前に付き合う時間が無駄だ。やるならやれ」
首領の生徒はそう吐き捨て、襲撃者を睨み付けた。長髪をたな引かせたその人物は、仮面の奥から悍ましい視線を投げ付け返して、奈落のような低い声で静かに告げる。
「──お望み通りに」
「地獄に堕ちろ」
そしてある種の潔さにさえも憎悪と憤怒を向け、握っていたライフルの引き金を、なんの躊躇いも無く引いた。
「ライナ、もうやめて。こんなに暴れ狂って、君らしくないよ。気持ちはわかるけど……でも!」
豹変し、暴走し、凶行に走る。
唯一の親友であり唯一同じ人を先輩と仰ぐ仲間が、完全に狂ってしまっている。自分の責任だと言っても、そうではないと切り捨てられてしまい、ホシノはライナを止めることができなくなった。
悲しみに沈み死人のように生きていることしかできない自分に、とにかく真相を突き止めようと行動する者を止める権利は無いとして。
しかし、ライナの行動が異様な物になっていると知って以来、ホシノには後悔が生まれた。
「どう考えてもあいつらも、この前のもユメ先輩の事と関係無さそうだよ! これじゃただの八つ当たりだ!」
「止めてくれるなよホシノ。例えお前でも撃つ……俺があの時、ちゃんと話を聞いていれば」
突き動かすのは慚愧の念から生じた、慚愧とは正反対の物。
友らの事を信じたが故にその僅かな歪みを見逃した罪。きっと毎日楽しくやれると思い込んでいた罪。他者に甘えるだけで何もしなかった罪。できたのは自分だけなのに、どうして誤魔化されてしまったのかという罪。
そしてそこより生じた訳のわからない憤怒と憎悪。矛先の無い、恐るべき狂気。暴走する衝動。
「全部、俺の所為だ」
そうじゃないと声を大にして伝えても、きっとライナはそれをまともに取り合わないから──
「やり過ぎだよ……どんなにクズみたいな奴らでも、ここまで潰し回ったら──何がなんだかわからなくなっちゃうよ……っ!」
「まだだ。疑う余地のある奴らは腐るほどいる。ユメ先輩を最後まで見捨てた、アビドスのゴミもな。全員消してやる。個人が消えたら次は企業だ」
だが止まらない、止められない。
ライナの様子は異常だ。根底に悲しみがあるとしても、もっと別な物に突き動かされているような──外した仮面の下にある物は、単なる悲嘆に由来する複雑な表情だけではない。
壊す、裁く、悲嘆する。
憎む、怒る、哀嘆する。
愛す、望む、破綻する。
嫉妬。憤怒。憎悪。羨望。絶望。狂気。薄暗く嗤う、ライナであってライナではないなにか。
「ホシノ……お前に苦しみを押し付けた連中も、みんな俺が消してやる。だから──昔みたいに前を向いてくれ。きっとユメ先輩も、それを望んでるから」
暗く澱んだ銀の左目が、悍ましいくらいに似合わない青の右目が、無二の友を見つめる。宿るものは、万象を燎原にしてなお有り余る狂炎。異端にして孤独な暗闇。
青ざめた右目と歪んだ形のヘイローに気付いても、ホシノはそれを言い出すことも追求することもできなかった。何故かは知らないが……途轍もなく嫌な感じがしてならなかった。本当にただの勘だが、絶対に触れてはならないと確信に近いものがあった。
ライナの中の恐るべき真実に……触りたくないと、そう思った。
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それから時を待たずして。
ライナは、自らの限界を超えて潰し回っていたが故に、その身体は砕け散り、戦うことすらできなくなった。
──本当にそうなのか、疑問だけ残して。
■
"包囲は完成する前に食い破った"
"封鎖までまだ時間がある"
"けど急いでね。ルートは用意してあるとはいえ、使わないことに越したことはない"
ブラックマーケットを先生が事前に提示していたルートで抜けていく。逃走は順調であった。差し向けられた追手も、如何にブラックマーケットを知っているからと行って先回りできないようなルートを取っていたから、その数自体は無理なく対処できるものであった。
「のんびりしてられないねー。急げ急げ。追手が来るだろうから」
「も、もう覆面脱いでいい? ちょっと慣れてないからか息苦しくて」
そんなセリカの言葉を皮切りに、覆面を外していく面々。
「ん、急ごう。あんまり余裕は無い」
「シロコ先輩、外さないの? 流石にこのままだと色々と不便じゃない?」
「天職を感じた、ってより魂の一部みたいなものになって脱ぎたくないんじゃなーい?」
「シロコ先輩はアビドスに来て正解だわ。他の学校だったらもっとすごいことをやらかしてたかも……」
そりゃあ気合い入れて作ったものは最後まで使い通したいという心理もあったが、それはそれとしてそこまで言われると気恥ずかしさを覚える。いそいそと外しながらシロコは助けを求めることにした。
「そ、そうかな? ライナはどう思う?」
『俺に聞くな俺に。慰めて欲しかったらノノミに聞けって』
「ライナさんに聞いても例によって酷い言葉しか返ってこないですよー、シロコちゃん」
『い、今は違うだろ……! 頑張るぞ俺だってなぁ』
過去の事を穿られるとすぐこれだ。あーだこーだと格好を付けているがシロコもノノミもよく知っている。とはいえ、どれが本当のライナなのかは知らないのだが。
弱り果てたライナが横を見ると、どこか恥ずかしそうな素顔のアヤネが。そこでようやく、ライナは当然の疑問にたどり着いた。
「……そういやアヤネはなんで付けてたんだ?」
「──先輩、黙っててください」
「はい」
一瞬でその疑問を問い詰める、という選択は消滅した。そりゃあもう視線だけで殺せそうな感じで見られたら黙るしかない。今は話題を変えるか、と逃走中気になってた反応について触れることにした。
『気になってたんだが、さっきからどうも俺たちの騒ぎに便乗して暴れてる奴がいたみたいだな。追撃の反応がやたらと少ない』
『後方から中央を物凄い速度で強行突破している集団がありましたが、それも撒いたようです』
"精鋭が差し向けられた可能性は?"
『仲間割れは無いっスね。……あの数を中央強行突破、すごいな。鉢合わせなくて済んだし、追いつかれることも無くてよかった。戦闘になってたらこっちも相応の被害を覚悟しなきゃいけないだろう』
『ともかく、想定している向こうの行動範囲内はそろそろ抜ける頃合いです。最後まで注意してください』
後ろで何があったかなど割とどうでもいい。
重要なのは目的の物だ。
『封鎖地点突破を確認、作戦終了です。お疲れ様でした』
『とはいえ長居は無用だ。早めに戻ってこい』
「りょーかい。シロコちゃん、集金記録の書類は?」
「バッグの中、なんだけど……」
モゴモゴと詰まったような言い方をした後、シロコはバッグの中を見せた。
「なんじゃこりゃ!? な、なんで札束がバッグの中にぎっしりと!?」
「……ねえ、先輩。これってお金よね。まさか、本当にやったの?」
「ち、違う! 押し付けられたの!」
その中には大量の札束、軽く見ても一億はある。書類奪取の際、職員の方がやや暴走気味に突っ込んだのだ。向こうが冷静さを失っていたのは幸いだったが、しかし困ったことになっているのもまた事実だった。
「まあ銀行襲撃の目的なんて金だけだと思うよね。むしろ当然の帰結かなー。受け取ったこと自体はカモフラージュとしてよかったんじゃない? 向こうさんも金パクってルート把握して、また金パクるって誤解してくれそうだし。まあこれどうするかってのはちょっと問題だけど」
冷静に考えればこれだけの大金、使ってしまえばすぐに割れてしまうだろう。そういう意味でも使うに使えない。元は自分たちの金であったとしても、これは触らずに放置するべきだ。
「え? 使わないの?」
『セリカちゃん、本当に犯罪者になるつもり!?』
「何言ってんのよアヤネちゃん! これは私たちのお金なのよ!? それが闇銀行に流れて、より悪い奴らに使われるよりよっぽどいいじゃない! なんで私たちの努力を盗んだ、そんな奴らに気を遣ったことをしなきゃいけないのよ! そうした方が正しい使い方よ!」
怒り。セリカの内を焦がす、当然の怒り。自分たちの努力を否定されたのなら、どうしてその努力を正しく使おうとするのが悪だ罪だと仲間から言われなければならないのか。
だがそれは、選んではならない選択肢だ。
"セリカ、それはダメだよ"
「でも、先生!」
"目的はなんだった?"
「そりゃあ、集金ルートの確認で……」
「先生の言う通りだよ、セリカちゃん。そのお金は使っちゃダメ」
「どうしてです、二人とも。本来の目的に使われるなら、そう変な話でもないでしょう?」
「ノノミ、それは違う。これは欲しくて手に入れた物じゃない。副産物だよ。だからこのお金を使って何かするのは想定外」
『あくまでも集金ルートの確認が早急に必要だったから、こうして銀行襲撃に至ったんですよ。やむを得ない事情が重なっただけで、本当に犯罪を犯すことは目的じゃありません』
あくまでも想定外の物だ。それを使うことも、手に入れることも予定には無い。だからこそ止めようとするし、だからこそ使おうともする。言い分的には、両者とも納得の行くものだろう。
『……それを使ってどうにかするってんなら、はじめからノノミに金出させて借金なんざ終わらせろ』
だから、冷めた声で冷めた現実を突き付ける。そんなことをするくらいなら、とっくの昔に終わらせられる方法があるのだからそれをしろと。
『でもそうしないのは何故だ? お前たちがわかってるからだ。超えちゃならない一線を。そこを超えた者の末路なんざ、ロクなもんじゃない。仮に不条理な現実を憎んでの行動なら、もっとやめておけ。現実ってのは善に優しくもないが、だからって悪に優しいわけでもない。どちらであっても最上の苦痛で傷付けて冷や水をぶちかけてくる』
「ライナの言う通りだけど、おじさんが言いたいのはちょっと違うな〜。選択肢の話だよ。これは本当にこれしか方法が無いからやった。言うなれば緊急時の対応。けど他の選択肢がある状態で緊急時的な対応をすれば、それは前もやったからとか、この時はこうだったからとかで、緊急でなくなって常套手段になっていく。怒りは、正しさじゃないよ」
怒りとは正しさではない。どうしようもない衝動であり、誰しもが日常的に抱く最も普遍的な狂気である。そんなものに支配されたが最後、どれだけの聖人であろうが歪む。一度歪んだモノは戻らない。だからこの選択をもしさせてしまえば、黒見セリカという少女は、もはや二度と現れない。だからホシノは止める。言葉と真心を尽くして。
「言うだけ考えるだけ、これで留めて。セリカちゃんがしてきたバイトも、努力も、全部無意味で無価値になっちゃうよ。自分の美徳を穢すような真似をしないで。お願い」
普段はフニャフニャと暖簾のような態度だが、今回ばかりは違った。ただひたすらにセリカを案じて、それだけはして欲しくないと本気で引き留めている。それがわからないセリカではない。故に視線は二度も三度もバッグとホシノを行き来するが、それでも心は決まっていた。
「ううっ……せ、先輩がそこまで言うなら……そうね。もどかしいけど……」
「私はみなさんの事情をよく知りませんが、こんなものを持っていると余計なトラブルに巻き込まれるかもしれません」
「……それもそうですね。このバッグ、私が適当に処分しておきます」
「ほい、任したよ〜」
『っ、おい! 接近してくる反応がある! 数4!』
「マーケットガードの追手!?」
『いえこれは──ちょ、ちょっと待ってください! 便利屋のアルさんです! 移動ルート的には敵意がありそうな感じは見えませんが……』
何故便利屋がここに? という疑問は当然だが、今はイコールで結ばれると面倒だ。先生は大急ぎで物陰に隠れ、それ以外は覆面を被って構えておく。厄介事は避けるに限るのだから。
「や、やっと追いついた……! お願い、ちょっとだけ待って! ああ、えっと、私は敵じゃないわっ」
そして出会う、やたらキラキラとした目をしたアル。どう考えてもなんかこう、想定と違う。以前の彼女とは全く違うというか、まるで映画か何かに魅了されたような表情だ。そんな姿を見れば撃退する気も失せるというもの。
「あの、その……銀行の襲撃、見せてもらったわ。あのブラックマーケットの銀行を僅か5分で完全に攻略して見事に撤収。すごいわあなたたち、稀に見るアウトローっぷりだったわ」
あ、いたんだと。なんて偶然……というわけでもないか。確か資金が芳しくないみたいなことは言ってたし、問題児なのだから風紀委員会に睨まれて通常の流通ルートが使えないとかもあるだろう。
「正直、すごく衝撃的──いえ、これは感動的だったわ。このご時世にあんな大胆なことができるなんて。だから、私も頑張るわ! 法律にも規則にも縛られない、本当の意味で自由な魂を! あえて道を外れる真のアウトローを! 私はそう存りたいから! アビドスの悪魔みたいに!」
話を飲み込めていないし、なんでそうなっているのかはわからないが、とにかく聞こえたくないワードが耳に入った者が約2名。その内現場にいない方に至っては顔が引き攣っている。お前マジかと。
「だ、だから名前を教えて! あっ、個人名じゃなくてチーム名とかそっちの方で……別に正式名称でなくてもいいわ! あなたたちのこの日の勇姿を、私の胸に刻んでおけるように!」
「……話はよーくわかりました!」
そんなアルの願いを受けて、それに応えたのはノノミで──
「……ふふっ、覆面水着団。目には目を、歯には歯を。無慈悲に孤高に、我が道の如く魔境を往く──いいわね」
「本当、何がどうなってんの……?」
「やー、ファンサも上手かったねー。アルちゃんがあんなワクワクキラキラしてるの久しぶりに見たよ」
「よかったですねアル様! ……ところでこのバッグ、どうしましょう? あの人たちが置いていったみたいですけど」
「も、もしかして覆面水着団が私に……?」
「それは無いから。忘れ物じゃない?」
「どれどれ中身は──」
「そういえばノノミ先輩、バッグは?」
「……あっ!? 便利屋さんたちから逃げる時にお、置いて来ちゃいました……」
「大丈夫。きっと便利屋辺りが拾って返してくれる。取り戻したってことにすれば角も立たないと思うよ」
「あはは……まぁ、その……元々手放すつもりだったから、手間が省けたと思えば」
「気にしない気にしない〜」
ヒフミと共に校舎に戻った一向に突き付けられた真実は、自分たちの返済金がカタカタヘルメット団への資金提供に回されていたという不可解な真実だった。
当たり前だがそんなことをして得などない。金の回収が不可能になるだけなのだから。一般的な企業の方針、それが例えグレーゾーンを走る企業であったとしても、まず取らない選択だろう。故にこれは単独ではなく、本社の息がかかっていると見るべきであった。
「推測はある程度できる。カイザー側が何を求めているのかについてな」
"ライナは何か当てがあるの?"
「一つ、アビドスという看板。連中はアビドス生を排除したがっている。生徒を排除した後の学園はもぬけの殻、そこに息のかかった生徒を捻じ込んで、更に巨大にしていけば転校生などを使って他校の学区に侵入することも、連邦生徒会での発言権も手に入るから、うまいことキヴォトス全体に噛んでいける」
淡々と語るライナだが、そのやり口は何処かで聞いたようなものだった。だがもっとわからないのは、一応は記憶のない人間である筈なのに、キヴォトスの学園と統治組織の破壊方法を十二分に心得ていること。
「ただしこれは時間制限付きだ。アビドスの砂漠化は並大抵の企業が裸足で逃げ出す。セイント・ネフティスも見捨てたのが全てを物語ってるだろう。仮に首尾よくアビドスという看板を手に入れたとて、急激に成長・復興を始めた組織は当然に怪しまれる。ハイリスク・ハイリターンの権化だ。上手くいくという保証も無い。そうだろ? ヒフミさん」
「はい。そんな異常が見られれば、ティーパーティーもおおっぴらに取り上げるでしょう」
とはいえ、そんな方法はいくら巨大企業と言えども立派に警戒される身でやれば適当な大義名分になり、戦闘沙汰になるだろう。学園戦争も視野に入る。そうなればそれだけでは済まない。故にそんなことは避けるべきだ。
「そしてその場合、もっとわからないことがある。何故お前たちの卒業を待たないのか、だ。借金は事実だが、適当な理由を付けて増やすこともできるだろう。それで時間稼ぎもできる。正当な契約だからな、アビドスだって強く出れるわけじゃない。と、なればこの件に絡んでる首謀者は、そこまで余裕が無いとも推測できる。最低4年、企業にとっては大した時間でもない。だってのにかなり急ぎで仕掛けていた。最低限車を変えるか人を変えるくらいしてもいい筈なのに、それをしていない。できていない。多分便利屋もカイザーに雇われたんだろう。じっくり時間をかけていいなら、ヘルメット団だけで十分だった筈だ」
所々の詰めの甘さ、絶妙に見える焦り。黒幕はシャーレによるバックアップが来た時点で相当に追い詰められているとも言えるだろう。
「二つ、土地。こちらが把握していない過去の資料を持っていて、それから何か利益あるものの情報を得て、その為の合法的な行動に出ている。まあ問題は広い砂漠をどうやって掘り起こすか、とかの話になる。こっちも現実的じゃない。体力が尽きるのが先だ」
「どっちにしろ、アビドスを奪い取ることが向こうにとって利益が見込めそうで、かつ私たちも向こうも猶予が余りなさそうってことだねライナ」
「多分な。行動が起こせる内に起こさないと詰むぞ。先生、時間との勝負になりそうです」
今わかっていることはこれで済んでしまった。ヒフミもあまり長居する理由も無いので、そろそろトリニティに帰ることになる。
「みなさん、色々ありがとうございました」
「今度遊びに行くから、その時はよろしくー」
「変なことに巻き込んでしまってごめんなさい、ヒフミさん」
「だ、大丈夫ですよ。偶然とはいえ、カイザー・コーポレーションが犯罪者や反社会勢力と何かしらの関係性があるという事実上の証拠になり得るものでしたから。この件は戻ってティーパーティーに報告します」
それとは別にしばらく悩んだ後、ヒフミはごく当たり前の善性の下、新しくできた友人たちを見捨ててはおけないとこの選択をすることに決めた。
「それと、みなさんのことも。何かお力になれるかもしれませんし」
「ティーパーティーはとっくに知ってると思うよ。あれくらいの規模の学校が、遊び呆けてる訳でもあるまいし」
「そ、そんな……知っていて何もしないんですか!?」
政治。学園という言葉に覆い潰されていても、国と国の関係に近い。ならば当然、不用意な行動は厳に慎まれるべきである。
「ヒフミちゃん、冷静に考えて。トリニティがアビドスを支援して、何かいいことある? アビドスがトリニティに支援されて、大きな借りを作ったらどうなる?」
「サポートという名目で悪さされても防げないからって、ことですか。……そうですね、その可能性は否定し切れない。……ままならないですね」
結局、そうする意味も価値もないのが実情だ。ヒフミが個人的に助けたくて、個人的に支援するならまだコントロールできる範疇だが、組織からの支援はコントロールできない。アビドスは死んでないだけだ。
「気持ちはありがたいんだけどね」
「ホシノ先輩、もしかしたら本当に支援だけに留めてくれるかもしれませんよ」
「ノノミちゃんだって、もうわかってるでしょ。もし言及されたら、その時はおじさんだってまともに居られる自信無いよ」
「……」
ままならない現実に苛まれながらも、得難い友は貴重な存在である。奇妙なきっかけであったが、確かに友情を育んだ一行は、またいつかと再会を約束するのであった。
(……ライナさん、何者なんだろう。シャーレの補助員なんて、そんな話……)
だが当然、ヒフミはライナという異分子への違和感を持つのであったが──
(まあ、悪い人じゃないみたいだし、平気なのかな?)
とりあえず、話すだけに留めておこうと結論付けるのであった。