青い春に馴染めない黝の星   作:うへうへ学生

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加速、暗雲、そして……

 先生を狙い乱入したゲヘナ風紀委員会に対抗するべく、奇妙な共闘関係を結んだ便利屋68と対策委員会。その通常あり得ない行動は天雨アコの独断によるものと判明してなお未だ戦闘は終わらなかったが、風紀委員長空崎ヒナが戦場に直接現れたことで強制的な停戦に至った。

 遅れてきたホシノもその場に居合わせ、ある程度の説明と謝罪を受け入れたが……

 

「小鳥遊ホシノ──"もう一人"はどうしたの」

「その話をする必要も理由も無いと思うけど」

 

 ──親友に触れるなと。今更、触れに来たのかと。

 絶対拒絶の意思と共に、ホシノはヒナのライナについての質問を切り捨てた。それがライナについてであるというのは明言されていない。しかし自分を見ていたということはライナと、そしてユメのことも見ていたであろうことは明白であり……

 

「終わった後に聞くって喧嘩売ってるの君」

 

 今まで誰も見たことの無い、まるで抜身の刃の如き雰囲気を漂わせて、絶対零度の殺意まで乗せてホシノは告げる。

 触れさせるものか、触れられてたまるものか。あの日々を、喪失を、凶行を、楽園を。今更出てきて訳知り顔で、そんなことを聞くというならば。

 もちろんヒナとしてはホシノがそこにいるならライナはどうしたとただの疑問で聞いただけなのだが、殺意まで見せられては流石に謝罪と弁明をせざるを得ない。

 

「不快にさせてごめんなさい。あなたがいるなら彼は無事で元気なのかと、気になっただけなの。一方的に見てたのは承知の上、けれど……」

 

 これは本心である。

 知ってる顔が骸になっていれば当然気分が悪い。それが一方的に知ってる顔だとしても──

 まあ、所詮何もせずに見ていただけの偽善だと言われてしまえばそれまでだが……それでも、彼女は知りたかった。

 

「……生きて今もいるよ。私とね」

 

 対策委員会と先生からホシノの表情は見えない。だがヒナにだけは見える。様々な感情が混ざり合うその表情が。

 過剰に反応したとはいえ、そういう態度を見せるならば話は別だった。殺意が引っ込み、ぶっきらぼうに答えを教える。

 ある意味では、非常に嬉しい答えだった。知っている顔が生きているし、今も健康に過ごしているなら何も言うことはない。

 

「ありがとう、答えてくれて」

 

 かつて、荒れ狂う嵐のように映った存在たちが、人として生きられるようになっているのなら。

 それ以上に何を思うことも、探る理由も無いとヒナは打ち切る。苦痛の最果てにいた二人が、それでもと両足で立ち歩き続けている。

 そうなりたいと思ったし、今でも思う。

 誰の為でもなく、自分の為に。

 

「ふーん、そんなことが。ややこしいことこの上無いが……まあ弱みを握れた訳だし、トントンか?」

 

 事が終わって校舎に戻ってきたくらいで合流したライナに事情を説明したところ、こんな感想。あまりそういうことは言うものではないと言いたくなった先生であるが、しかし当事者でないが故にそうもなろうとは理解していた。

 だがホシノだけは──違った。

 

「ねえ、ライナ。何してたの?」

「え? 俺は普通に家にいたけど?」

 

 事実からすれば嘘なのだが。嘘なのだが……本人は何を当たり前のことを聞いているのやら、という態度。惚けている訳ではないのは一眼見てわかる。長い付き合いだ。

 

(あからさまにおかしい。ライナは確かに変な存在で、妙なこともしていたけど……なんだろう、この変というには妙な感じ)

 

 現実は靴もそのまま、本人だけ不在で戸締りもしていなかった。ならば靴も履かずに何処かへ行っていたとしか考えられないが、しかしそれは無理である。アビドスを靴無しで歩くなど意味不明だ。現実としてあり得ない。

 可能性としてあるのは……

 

(ライナはそういう認識でも、仮にもし人格が分裂していたとしたら──そういうのはもっと早く気付くはず。私だけじゃない、みんなも、先生だって)

 

 人格分裂……だとすれば日常で起こる僅かな差異を見つけるのは容易いだろう。目に見えてベッタリなシロコとか特に。それにシロコや自分だけじゃない、誰だって気付くだろう。ライナはかなり素直でわかりやすい方だ。中身が変わってたとしたら、違和感を生じさせるだろう。──完全に同一ながら明確に異なる存在でもなければ。

 そんなもの、人格分裂というよりも異なる世界の同じ人間が一つの身体に入っているようなものだ。まずあり得ない。

 

(じゃあ何か、ライナの中に、誰か……そんなのはあり得ない)

 

 ライナの中に、ライナ自身も知らない存在がいる……これもおかしい。乗っ取るとかそういうことを考えれば、あの頃──暴れ狂っていた頃にやれば一発だったろう。精神的に不安定だ。今更やる理由も無い。もっと早くに行動に移すべきだろう。

 現実的に、たとえばホシノが知らない地下室などにいるとしてもだ。入られたら面倒になるのは目に見えている。なら戸締り程度はしておくだろう。考えても考えても答えは出ない。

 言うべきか言わないべきかで言えば、絶対にみんなに伝えるべき情報だ。だが、あの日のホシノが感じた奇妙な感覚と同じものが、今心の中にある。言ってはならない、触れてはならない。外に出せば絶対に良くないことが起きるという、確信にも近い猛烈に嫌な予感。

 

(……まただ)

 

 ライナの核心的な部分に触れることを、ホシノの中の何かが拒んでいるように。まるでわからないことをわからないままにしておくのが1番であると言わんばかりに。

 結局、その感覚に従って何も言えなかった。言わなければ何も進まない筈なのに。

 そしてホシノは、黒服から持ちかけられた取引を、自分だけに留めることにした。恐らくその話に触れると、この感覚が止めているライナの核心的な部分に触れることになるだろうから。

 普段通りの学校生活に戻った対策委員会だったが、珍しいシロコはライナを連れて部室を出て、屋上へと赴いていた。

 

「シロコ、どうした」

「ホシノ先輩が中々来なかったの」

「俺は気付いてなかったが、あいつが? ちょっと聞かせてくれ」

 

 シロコの推測を聞き、さしものライナも疑問を感じる。そもそもこのタイミングで単身でブラブラする理由もないのだ。昼寝、などと言っていたようだが十中八九──

 

「……なるほど。あいつに何かあったのは確実だな」

「ライナは当て、ある?」

 

 とはいえ。

 それが本当にそうだとして、今更ではないかとも思うのだ。推測される目的から考えていけば、あえて今になってする理由もないだろう。

 

「……ある事にはある。だとすれば辻褄が合わない。どれも全部今更だ」

 

 まあそれに……この話をするなら全員がいる場でするべきだろうとライナは思う。逃げ道を潰す意味もあるが、自分自身周りに人がいて冷静になれる場でないと上手く言えない気がしてならない。こういうことは客観的に言わなければならないのだから。

 そこまで考えて、ふと想定される事柄に纏わる奇妙な点に気付いた。

 黒服の言葉と態度、あれはまるで……

 

「──いや、待てよ? 奴とあれがもしも内側で異なるのではなく外側から異なるとしたら……俺たちだけで考えても仕方ないな。ややこしいことになってるかもしれない。シロコ、もし何か決定的なものがあれば先生に見せて、仮に無くてもいいから相談しろ。確かに俺とホシノで黙っていることはあるが、それかどうかの判別がつかん」

 

 どっちかわからない。ライナには何もわからない。だからこそここは大人の手を借りるべきと判断し、まずホシノの態度を探ることにした。しかし任せられた方は怪訝な顔をする。何故自分で、そして証拠も見せなくていいのか。そんなシロコの疑問を理解したのか、ライナは言葉を続けた。

 

「あいつと俺は長いからな、些細な変化もお互いにわかるもんさ。だったら俺は知らない方がいいだろう。ホシノがいらん気を回したり、いらん事をする可能性を下げられる」

 

 つまるところ、友人だからこそ弱みを見せられない可能性も考え、変に逃げられたり隠されたりしないように、嘘を言いづらい相手をぶつけようというあまりにも合理的な判断。

 

「あのバカが俺に言わないなら相当だ。確証を得たなら、遠慮無く周りを巻き込んでいけ。なあに、穏やかじゃなくなりそうなら俺も口挟みに行くさ」

 

 などと言われてもシロコからすれば目の前の男も相当に怪しく見えるものだ。かなり怪訝な状況だったのを自覚しているのだろうか? とか思いながら遠慮無く聞いていく。

 

「ライナも、何か隠してない?」

「俺が? ……っつたってなぁ。そりゃ言ってないことはあるけど、隠してることは無いぞ。今日だって普通に溜まった家賃代代わりの事をやってただけだしな」

 

 その割には、連絡先が自分かホシノでないのも不思議だが。

 とはいえ言ってくれなきゃ何もわからないものである。抗議の意味も込めて、ちょっと拗ねたように言ってみた。

 

「答えないなら隠してるのと同じだよ」

「言えないって言ってる分マシだろ。少なくとも本当に隠し事してる奴よか」

 

 そんなものどっちもどっちだろう、とか色々思うことには思うのだが、本人の言い訳はまあその通りとは感じる。でも結局ホシノとライナの間だけで共有されていることも多く、そして自分は蚊帳の外だ。正直あまり面白くない。

 

「ま、気が向いたら言うさ。単に俺が言い出しづらいってだけで、別に大した話でもないし」

「ライナが気が向いたら〜って言ったら本当に忘れた頃にするもんね」

 

 実際、仲良くなった頃にその実例があった。

 家に捨て置かれている黒いコートとライフルが気になって、あれはなんだと尋ねたことがある。そうしたら気が向いたら教えるさとか抜かして約1年すっぽかした上でつい最近、あれ昔使ってた奴とか言いやがったのがそこの酷い男だ。

 そのくせ人が趣味に誘うと気が向いたら〜とか言わずにはっきりと受け答えするんだからタチが悪い。その上できる限り付き合おうとしてくれる。

 活発なシロコの趣味に付き合える人間が少ない以上、やること無くて暇な自分くらいは頻繁に付き合ってやるべきだろうというのがライナの主張だが……本音はわからない。

 ただそうしてくれるのが嬉しかった。

 

 しかし、それらは現在シロコをホシノにけしかけさせる理由にはならないし、どうせやるなら自分でやれよとか思わなくもないのだ。

 だから言い方には棘が付くし、プイとそっぽを向きながら言ってやるのだ。

 

「なんか拗ねてないかお前」

「拗ねてない」

 

 不満なだけだ。

 

 

 

 翌日。ゲヘナ風紀委員会執務室にて。

 

「……あなたのおかげで風紀委員全体の業務効率が上がっているけれど、時折起こす突拍子の無い行動にはいつも驚かされるわね」

「ううっ、すみません」

 

 アコの独断は褒められたものではない。

 とはいえ、その独断に至った経緯くらいは把握しておかないといけない。ヒナはそんな気持ちで反省文を書き続けている彼女へと声をかけた。

 

「露見すれば一発で首が飛ぶ話よ」

「いつまであのタヌキどもにいい顔をさせるんですか!」

「いいのよ、あれで。私は万魔殿のように愛想を出すのも上手くないわ。適材適所、そういうものなの。……そんな風に見られても困るのだけど。アコ、私をなんだと思ってるの? マコトほど上手く音頭を取れる訳ないじゃない」

 

 自分が実権を握るよりも、狸仕草のできるマコトの方がいいだろう。あれはあれでカリスマやら何やら、人を率いてどうこうすることに必要なものの殆どを備えている。

 言外に「あれがゲヘナを治めていることに納得いかない」というものを感じ取り、それに対して怪訝な表情をしながらも、事の顛末に触れつつ釘は刺しておく。

 

「内々的に処理出来てよかったわ。独断で動くなとは言わないけれど、あなたの努力と実力で手に入れた立場と、あなたを慕う他の子たちの立場を危うくするような真似はやめなさい。特にシャーレの先生、ひいては連邦生徒会に弓を引いて良いことは無いわ」

 

 ただでさえ複雑な状況だというのに、トリニティ側に政治的な大義名分を与えかねない行為などするものではない。浅慮と杞憂で動いて先生を強奪した結果、便利屋やアビドスからの不興を買い、トリニティに密告され条約がご破産になるなど想像したくない。

 アビドスと便利屋がそれどころではなく、先生も今はアビドスに付きっきりだから事は小さく済んだが、相当な綱渡りだったことは変わりなく、ヒナが正式に頭を下げた上でアビドスに有益な情報を与えて初めて事態は平穏化したのだ。

 はっきり言えば、この一件でデカい顔など出来なくなっていた。これをダシにされても文句は言えない。それだけの事だ。

 

「それに小鳥遊ホシノに風紀委員会だけでは勝てない。私が出ても五分……これでも甘く見積もっているわね」

「あのぽわぽわした生徒、そんなに強いんですか」

「ええ。超攻撃的な戦術を得意とする、極めて戦闘能力に優れた生徒よ。今は……少しスタイルが変わってそうだけど、かつてはゲヘナ情報部も監視する程の危険因子で──」

 

 と、そこまで口にして。

 危険因子の横にいた、極め付けの異分子を思い出す。今もホシノと共にいる、かつて情報部に大混乱を巻き起こした存在。

 現在の温厚な態度が、一瞬で過去の切れたナイフだった頃に戻る程の……

 

「委員長、何を気にしているんですか?」

「アコ、アビドスには悪魔が出るって話を知ってる?」

「……いえ。初耳です。以前の話ですか」

「そうよ。小鳥遊ホシノを監視していた時、当然その周りも監視していた。そして──」

 

 これを言っていいのか、少し悩んだが──悲劇の中心にさえ触れなければいいかと、ある程度ぼかして伝えることにした。

 

「ある日当時の生徒会長だった梔子ユメと小鳥遊ホシノは一人のヘイローの無い少年を拾ってきた」

「──キヴォトスの中で? にわかには信じがたいことですね」

「でも現実に起きたことよ。そのヘイローの無い少年は異質な存在として小鳥遊ホシノと共に監視され……そして彼は──ある事件を起こした」

 

 狂気、あの時のライナの行動はその一言でしか表現できない。真相を知りたいのか、八つ当たりがしたいのか、それとも断固たる目的を以てその憤怒と憎悪を撒き散らし破壊を望んでいるのか。

 

「小鳥遊ホシノの活動が消えた頃、その少年……夏雪ライナと呼ばれている彼が、アビドスに屯している組織を片っ端から襲撃し始めた。大きなところから小さいところまで」

「無理です。現実的に考えて」

 

 無理だ。現実的に不可能だ。

 アコとて伊達にエリート側ではない。それが意味不明な現実であると瞬時に判断できる。

 どんなチンピラ組織の集まりであれ、集団を個人で潰し回り続けるのは、精神的・肉体的な疲弊や物資の損耗を考えれば通常不可能である。当たり前だが目立ったことをやれば、当然に露見し対策が立てられる。その対策を簡単に食い破って潰し続けるのは、理想論としか表現できない。

 

「──何故か、歪んだ形のヘイローを浮かべ、右目を青く染めて」

 

 だがライナは現実を意味不明な現実で踏み潰して塗り替えた。

 

「もう訳がわからなくなった。意味がわからない。ヘイローを持っていない少年という常識まで崩れた。ヘイローを持つ存在なら、今までのヘイローの無い姿は一体? ヘイローが歪んでいるとはっきり認識できることはどういうことなのか? この小鳥遊ホシノと同等かあるいはそれ以上の戦闘能力を発揮している彼は何者なのか?」

 

 外でありながら中、中でありながらおかしな存在。そしてあまりにも強すぎるという事実。破壊的、殺戮的な荒々しく悍ましい戦いぶり。まるでジャンル違いの怪物のように暴れ狂う何者か。

 

「ただ明らかなのは、ヘイローのある夏雪ライナとヘイローの無い夏雪ライナは、全くの別物と考えてもいいってことだけ」

 

 どう考えても辻褄が合わない。

 ライナは確かに高い技術を持つ謎の人物だったが、人柄としては危険人物ではなかったはずだ。あの事故が起きた後、ホシノの活動は停止したのに何故ライナはそれと対を成すように暴れ狂い始めたのか。豹変という言葉で片付けられない。

 

「そして──その報告が入った途端、情報部の当時の部長はいきなり全ての資料を破棄し始めたわ。そして、夏雪ライナに関する情報を全て忘れ、決して口にはしないようにと。調査していたという記録すら消された。そして小鳥遊ホシノの活動停止も重なって、アビドス調査資料の大半は消えた。残っているのはちょっと調べればわかることと、小鳥遊ホシノの強さや行動くらいよ」

「……いいんですか?」

「いるとわかっている以上、あなたに伝えない理由は無いわ。それに私も知らないの。何故夏雪ライナの資料は全て破棄されて、忘れるようにと言われたのか。全てを知っているのはあの人だけで、今はもういない」

 

 しかし、ヒナには気掛かりなことがいくつかあった。

 

「……この命令が出された時、部長はひどく怯えていた。『見てしまった』『触れてしまった』と」

「便利屋を逃したのは失敗でした。カヨコさんなら何か知っていたかもしれないのに」

「仮に知っていても答えないわよ。多分、答えることそのものもかなり危険な可能性がある」

 

 ──アコには言っていないことがある。

 それは全てを忘れるようにという命令が降った時の、部長の言葉。

 

『私のヘイローは砕かれる』

『奴が私を見ている』

『もう奴は私に気付いているんだ』

 

 明らかに様子がおかしかった。

 何か触れてはならない物に触れたかのような──尋常でない精神状態。発狂と言っても過言ではないそれ。彼女はもう既に自分は見つかったと。

 しかし彼女にそのような不幸が降りかかったわけではなく、やがて普段通りに戻り、ごく普通に卒業していった。

 知ることさえアウトならば、ヒナの前にはその象徴が現れなければならない。それどころか、アビドスの調査を担当していた生徒全員が同様の状態になっていなければならない。しかし起きていない。

 

 では、部長が触れた真実は何だったのか。

 

 ──部長は、夏雪ライナという存在の何を知ってしまったのか。

 あの日、破棄される予定の資料を手にしていれば、それはわかったかもしれない。

 

「──過去、ゲヘナに観測させることは失敗しました」

「藪を突いていたのか。なんともはや」

「やむを得ない事態でしたからね。とはいえ、あれで反応せず今更反逆者が反応したということは、かなり不安定なようですね」

「完全に目覚めた場合はどうする?」

「どうもしません。あんなもの、誰にも制御できませんよ。……ああ、あの者なら事象介入で可能かもしれませんが……まあ、それをわからない存在ではありません。火を見るより明らかでしょう」

 

 

「で、俺まで連れてきたわけスか」

 "まあほら、事情を説明したら手を引くって言ってくれたわけだからさ"

 "彼女たちも知りたがってたみたいだし?"

「ま、いースけど」

 

 中々珍妙な光景である。

 アビドス某所、先生とライナはそこにある便利屋68の引越しを見送りに来ていた。

 

「わー、本当に男の子なんだ」

「そーでございます」

「アビドスに隠れてたってなんで?」

「答える義理は無い」

 

 冗談めかして尋ねたムツキに対して先ほどまでのそこそこ仲良くやろうとしていた様子は何処へやら、一瞬にしてまるで面をつけ変えるように無表情となり冷たい声で拒絶する。

 

「……怖っ」

「隠れていたという事実と、この俺のツラ見て察してほしいもんだな」

「メガネちゃんより冗談通じないなぁ」

「冗談は嫌いだ。特に笑えない奴は」

 

 単純にあまり触れられたくないのだろう。

 先生の目から見ても、その拒絶はあくまでも自身の過去を探ろうとすることへの拒絶だ。

 ──過去を探ることへの拒絶と言えば。

 この一件が落ち着いた時、ライナとリンを会わせて事情を説明し、お互いに無理の無い範囲であれこれとシャーレの補助員としての身分を決めようかと考えていたが、あの連邦生徒会への言いようや明らかに答えてもらえないのは承知の上でとわかる聞き方をしているのにこの対応など、正直不安になってきた。

 しかし途端、ライナは表情を元に戻し、柔和な態度で言葉を発した。

 

「……ま、あんまし気にしないで欲しいな。変な奴がいるくらいで」

「変な奴か……そういえば社長、アビドスの悪魔に会えたらどうするつもりだったの?」

「もちろんサイ……いいえ! どうやってそんなアウトローたるを選べたかとか聞きたかったのよ」

(……ただ八つ当たりで暴れ狂ってただけなんだけどなァ)

 

 カヨコとアルの会話を聞いて少し胃が痛くなったが、それはそれ。

 いやでも……あんなに目をキラキラさせている少女にこれ言っていいもんか? 教えてくださいユメ先輩。俺の愚行に憧れてるっぽい子いるんです。助けてください──そんなことを思いながら、まぁファンサービスとまでは行かないが……と自分を騙しつつ、ちょっとくらいはかつてそう呼ばれた男として反応するかと決めた。

 

「アルって言ったっけ、君」

「ええ、そうだけど……」

「例えばさ、君は──君の大切な人が、訳もわからずにいなくなったらどうする?」

「もちろん探すわ。私の大切な人だもの」

「それを選ばなかったのがアビドスの悪魔だ。真相よりも不条理な現実への憤怒と憎悪をぶち撒けて潰し回ることを選んだ。それが奴、悪魔と呼ばれた狂った怪物だ」

 

 途端、アルは目を更に輝かせて近寄った。

 今まで誰も詳細を知らなかったのに、今ようやく詳細を知る者が目の前に現れたのだ。無理もない。

 

「な、なんでそこまで詳しいの!? もしかして本人と会ったことあるの!?」

「ま、そんなとこかな。見たことも喋ったこともある」

 

 なんなら毎日顔を見てるし自問自答してる。

 

「あいつはアウトローとかの次元じゃない。モンスターだ」

「だから探したりするのをやめろって言いたいの?」

「ああ」

 

 アルが目指しているであろうアウトロー像と過去の自分を照らし合わせても、どうにも一致するものはない。選ぶ選ばないという次元を通り越して怒り狂い気に入らぬと全てを破壊しようとした自分など、自ら望んでその道を選んでいる彼女とは比較にならない。

 だからこそライナは、そんなものを忘れてくれと言いたかったのだが──

 

「なら、悪魔が私の前に現れた時──真のアウトローとして対峙してみせるわ。伝説は塗り替える物でしょう?」

「社長ってこれだから……まあ話を聞くにただのイカれ野郎っぽいし、そんなすごい奴でもないのかな」

「くふふっ、流石アルちゃん! そう来なくっちゃ」

「えっと……色々教えてくださり、ありがとうございます……?」

「あー、うん……」

 

 なんというか。

 この子たちには、絶対自分がアビドスの悪魔であることなど話さないでおこう。そう心に決めたのであった。

 

 "それじゃあ、気を付けてね"

 "いつかそっちにも行くよ"

「できることなら、今度は味方で会いたいもんだね」

「ええ、またいつか」

 

 トラックが走り去るのを見送り──先生は一言。

 

 "に、しても。その悪魔について詳しいんだね"

「知り合いですから」

 

 

 

「……まずは運が悪かった、としか言えないな。よりによって本丸がいやがったとは」

 

 ──大将の発言を手がかりに、アビドス高校が所有している土地は少なく、アビドスという地域の大半はカイザー預かりとなっている事実を浮き彫りにした。過去の生徒会が土地を切り売りし、カイザーは労せずしてアビドスを乗っ取るという真相。

 そして先日のヒナの言葉を受け、アビドス砂漠に実際に行き、カイザーが何をやっているかを掴むことにした。前線基地でもあった為、侵入者と看做され戦闘行為に発展し、包囲されるという失態を犯してしまった。だが明かされたのは宝探しという戯言、その上……目下最大の敵とも呼べるカイザーPMC理事までいた。

 結果、対策委員会は借金の利子を増やされた。その上、借金に対する保証金として3億を一週間で用立てろという到底不可能な要求まで押し付けられる始末。

 

「契約自体は正当だ。そして権利もな。厄介なことに、ペナルティとしては何も違法性が無い。何かボロを出してくれりゃ、こっちもやりようはあるんだが」

 

 ──困ったことに契約は契約であり、信用が落ちることも行動の結果として不思議ではない。絶対絶命であるが、幸いにも隙はあった。今更こんなことをしてきたということは、待てないということでもある。故にもう少し失敗を続けさせれば、光明は見えるかどうか……そんなところだ。

 

「ん、私が行く」

「何処へ行くつもりですか?」

「PMC施設。徹底的に準備して目的を探る。こっちの情報に無いものを持っているなら、これが1番手っ取り早い」

「それよりも借金の方が先でしょ! 一週間しか無いんだよっ!」

「真っ当なやり方で返せないし、仮に返せたとしても向こうがそれで手を緩めると思う?」

「それは……やっぱり、やるしか──」

 

 さしもの対策委員会とて、いきなり首元を締め上げられれば流石に余裕も無くなる。それはこの場にいる誰もがそうであり、一見冷静に見えてもその内は相当に揺らいでいた。

 

「待ってくださいセリカちゃん! それはホシノ先輩が止めてた筈です!」

「今度こそ本当に犯罪者になるつもり!?」

「落ち着け。一週間しかないが、一週間も猶予はある。その間にボロを出させるか尻尾を掴むかのどっちをすれば──」

「けど、それで膨れ上がった借金が元に戻るって保証はあるんですか?」

 

 仮に作戦があるにしても、それで上手くいくのかというアヤネの言葉に、ライナはただ無慈悲に答えた。

 

「無い。だが相手の土俵に乗り続けるのも阿保のやることだろ。ただ都合の良い流れだからって舵切ってきた向こうに余裕はあんま無いって仮定すれば」

 

 まるで他人事のように冷たく呟くその姿が、嫌に癪に障った。現実的な解決方法を求められる話題に、相手の土俵だのなんだの都合の良い解釈だのなんだの……現実を突きつけながら理想論的に話すライナが、危機的状況で余裕を奪われたアヤネには鬱陶しく映る。

 

「希望観測じゃないですか!」

「だからって言い訳並べ立てて何もせずにホイホイと土俵乗るのか。やれること全部やって本当に何もできませんでしたってなってから向こうの指定した条件満たすでいいだろ。先にやらない理由探してどーすんだよ」

 

 ギョロリと銀の双眼がアヤネに向けられるが、その視線に込められたものは失望にも近い。やれること全てやってから弱音を吐けという態度、こんなところで言い争いなどしている暇は無いだろうという呆れ、そしてもう一つ。──だからなんだ、という鋼の狂気。

 

「犯罪だろうがなんだろうがやるくらいの構えは必要だ。こっちにはこれっぽっちも余裕は無い。やっちゃいかんものはやらないとしてもな」

 

 不利だ無理だは理由にならない。できると信じ抜いて行動して現実を捩じ伏せればそう難しいことではない。かつてそうやって暴れ狂った少年には、隙が一つでもあれば十分に映る。

 まだ手札は残されている。必要であれば危険なことでもやる。相手の出方を変える一手が存在する。ある意味では借金問題を有耶無耶にできる可能性が高い一手が。

 ライナの脳裏には冷たく、友情を裏切りかねない策が浮かび上がりつつあった。それは先生も反対するだろう、という危険な策だ。それでも脳裏にある可能性が本当なら──この手に賭けてみるしかない。

 

(だが、今言うのは得策じゃないな。頭を冷やしてからってのと、俺も言葉を選ばないと)

 

 冷酷に、そして合理的に、噛み裂いていい存在をどうやって噛み裂けるかを考える。アビドスの悪魔が徐々に顔を出している。褒められたものではないが、しかしこれも一つ備えておくべきだろう。

 

「みんな、熱くなりすぎだよ。一旦落ち着いて。みんな学校の事を考えているのはわかってるし、伝わってる。でも一回頭を冷やそ。ね? 明日から切り替えて詰めていけばいい。先生もいることだし、無理に結論を短期間で出さなくていいんだよ。だから、今日は解散」

 

 この場は話し合いにはならない。

 だからこそ頭を冷やすべきだと、ホシノは場を纏めて解散としたが──

 

 "ホシノ"

 "これはどういう意図なの?"

 

 シロコが発見したホシノの退会・退部届を先生が見せたことで、彼女もまたその焦りを露わとした。幸いにも二人きりということもあって、そう大事にはならなかった。

 

「──カイザーから、2年前……ううん。入学した頃からずっと提案を受けてた。してきたのは黒い服の、変な大人」

 

 身売りの提案をされていたと明かし、その提案くらいしか今は無いとついに白状した。黙っていたのも、明かしたところでいいことはないだろうという発想だったと。

 まさか必要になるとは思わなかったが、と付け足して。

 

 "……他の方法は、必ずある"

 "私が、見つける"

「そうだねぇ。何か奇跡でも起きてくれれば──」

 

 刹那、ホシノの脳裏に浮かぶ過ぎ去りし思い出。

 奇跡──拒絶、離別。今になって、あの人みたいなことを言っている自分に吐き気がしてきて。

 

「さーてと。これでこの話はおしまい。それじゃ先生。また明日」

 

 逃げるように。

 

「さようなら」

 

 罪を償う時が来たのだ、と。

 そう決めた。

 

 

 そして校門を通り、帰路へと着こうとして。

 

「何やら興味深い話が聞こえてきたと思えば」

「ライナ……」

「ホシノ、お前──」

 

 親友はただ、待っていた。

 

「人にはやめろって言っておいて、今自分の頭の中にはそれがあるってんのか。極端な選択をしたバカが何処にいるかわかってその頭回してんのか」

 

 よりによってお前が俺の前でそうするのか? その言葉には強い意志が込められている。だがそれはホシノにとって逆効果だった。

 

「……俺に言ったんだ、ならお前もそれを選ぶんじゃねえぞ。仮に選ぶとしても徹底的に保険をかけまくって、全員の了承を取ってからだ。絶対に早合点するなよ。一人の視野なんぞたかが知れてる」

 

 何故ならそれは、何もしなかった自分がただ見ていたせいで凶行へと狂っていった親友に突きつけた筈の刃が、今自分を貫いているに等しいから。

 あの日あの時、言った言葉と態度が全て今、小鳥遊ホシノを切り裂いている。その心を引き裂いている。

 

「うん」

 

 ──今更、どんな顔をすればいいのか。

 よくわからなくなって、ホシノは静かに選択の余地を放棄した。

 

 そしてホシノは、黒服の提案を飲んだ。

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