-星暦890年6月3日-
兄貴の次男・・・甥っ子のお願いと仲介で、キャメロットの首都であるログレスの片隅にある一軒のレストランにやってきた。
少し前ならそんなことをお願いされても断ったが、船を下りた今は時間はたっぷりとある。
なぜか兄貴が手配してくれた馬車で到着したレストランは全ての客それぞれに個室が割り当てられる高めな料理店といえるような店だが、場所柄的には治安が良い地区と悪い地区の境目にあるので、味はかなり良いし、値段も張るが貴族や金持ちが集う高級店というわけではない。
はっきりと言えば『身分問わず、脛に傷が幾らでもある連中同士が影でコソコソ会う店』だ。
なので話を聞かれないために全てが個室であるし、扉や壁もかなり厚いし、料理人や給仕質の教育もしっかりしているし、幾人かの強面の男達もいざという時に備えて控えているし、ログレス警視庁や裏町の顔役連中にも付け届けを怠っていない。
実は俺もこれまで何回か利用したことがある。
繰り返しだが、そんな店に外交官をやっている甥っ子のお願いと仲介で呼ばれた。
店に入って名を告げると、すぐに給仕に案内された。
給仕の動きや言葉遣いは相変わらず洗練されていて、上級貴族家や本当の高級店でも通じるなと感じ、つまりは相変わらずそんな応対を当たり前としている客が今もいると察しつつ、1つの部屋に案内されると、大変造りが良い服を着ている口から牙を生やした巨漢が1人・・・いやオークが1頭が椅子に座って俺のことを待っていた。
俺が部屋に入るとそのオークは立ち上がり、俺の前までやってくると挨拶を始めた。
「初めまして。本日はお忙しい中にお越し頂いて大変感謝しております。私はカール・マルシャルと申します。ご覧の通りオルクセン人で、先のベレリアンド戦争の戦史研究を趣味でおこなっています」
と大変流暢なキャメロット語で挨拶をした後、握手を求めてきたのでその馬鹿でかい手を取ると、おずおずという感じで
「失礼ですが、なんとお呼びすれば・・・」
と言ってきたので、甥っ子からお願いされた内容が内容だったので、わざと少し下卑た笑みを浮かべて
「マルシャルさん『二角帽』と呼んでくれ」と言うと、向こうもニヤリと笑ってきやがった。
席に着くとすぐに給仕達が料理と酒を運んできた。
本来ならばコース料理でも問題なく対応できるであろう料理人と給仕達がいる店だが、マルシャルさんが事前に話をつけていたか、店側が言われなくても見越していたかはわからないが、居酒屋の料理に近い感じで料理や酒を色々と一斉に持ってきたが・・・半端でない量が運ばれてきたな・・・。
俺とカミさんの2人なら3日分はいける量だぞこりゃ。
そんなことを思いつつ、お互いに注ぎ合ったワインで乾杯すると、マルシャルさんはワインや料理をゆっくりと上品にだが、俺達人間族に比べると凄まじい速さで料理を食べていく。
ゆっくり上品だが、なにせ一回で口に運ぶ量が桁違いだ。
よくみればカトラリー類も人間族サイズではなくオークサイズだ。
つまりこの店はオーク達もちょくちょく利用しているということか。
武器を持ってきて正解だったか・・・?
それにしても、いつ見てもオーク達は本当によく食べるな・・・。
最初の内は前座という感じで料理や酒の味、それぞれの個人的なことを話すが、ある程度酒も入ったところでいよいよ本題に入る。
マルシャルさんは俺の目をしっかりと見据えてこういった。
「二角帽さん、我が王の海賊・・・『グスタフ王の海賊』はご存じですかな?」
知らねえわけがねえし、そもそも俺がそのことをとてもよく知っているから会いに来たんだろうが、会話には順番というものがあるのもまた確か。
俺はナプキンで口をわざとゆっくりかつ丁寧にぬぐってから口を開いた。
「キャメロットの古株の船乗りで奴らのことを知らねえ奴がいるわけねえだろ。10年・・・いやもっとたったか?あの戦争で俺達船乗りは儲け損なったんだからな。グスタフ王の海賊こと7隻のオルクセン海軍の軍艦がベレリアンド半島を取り囲むように暴れ回ったせいで、海上保険の掛金は馬鹿みたいに上がるは、船が拿捕抑留されたらたまらねえとみんなケツまくって、大海運国であるキャメロットが誇る商船団が1隻たりともエルフの嬢ちゃん達に物を届けられなかったんだから」
俺は半ば冗談めかしながら、わざと大きく肩をすくめながらそう言うと、マルシャルさんはゆっくりと口を開いた。
「そうです。我が王のご指示でおこなわれた『通商破壊戦』。それによってエルフィンドの海上通商路を我々オルクセンは完全に遮断した。そう完全に。白エルフ達が懸命な思いで諸外国に注文した銃砲、弾薬、石炭、硝石、工業機械。ありとあらゆる物が一切エルフィンドには到着しなかった。それによって私たちの勝利はより安易なものとなった」
そう言った後にゆっくりとワインを飲むと、静かにまた口を開いた。
「そう、『公式』には。『戦史』では。一切の物資は白エルフ達の元には届かなかった。」
そして俺のことを鋭い視線で射貫くと再び口を開いた。
「だが実際には私たちの封鎖線を突破してエルフィンドに幾度も物資を届けた1隻の船がいた」
俺は黙ってワインを口に含む。
「しかし戦後、それは我が国とキャメロットの外交関係からなかったことにされた。もちろんたった1隻の船が運べた物資の量なぞ大した量ではなく、戦局に全く影響がなかったというのもあるそうですが。最初は高速帆船であるクリッパーで。その次は高速蒸気船で。たった1人の船長が我が王の海賊達の目をかいくぐり、振り切り、騙し、干戈も交えながら白エルフ達に物資を届けた。たった1隻ではあるがそれは白エルフ達の希望となっていた。私たちは人間族にすら見捨てられていない。まだ味方してくれる者達がいると」
マルシャルさんは興奮したためか、喉の渇きを癒やすためか、それか両方か、今までの優雅さとはほど遠い乱暴な飲み方でワインを呷ると、睨み付けるような視線を俺の顔をもう一度見ると
「そしてその白エルフ達の、か細いとはいえ希望となった船の船長はあなたですね『二角帽』さん。元キャメロット王立海軍海尉であり、キャメロット海運業界で『エルフ狂い』とまで言われているあなたですね」
とマルシャルさんは興奮しているといっていい様子でそう言うと俺のことを見据える。
俺はゆっくりと・・・今度は1本だけ用意されていたラムを手酌でグラスに注いで、それを一息に飲むとマルシャルさんを無言で見据える。
マルシャルさんも相変わらず無言で俺のことを見据える。
まるで魔種族について語り出した甥っ子のような目つきをしてるな。
ガキの頃、家族でログレスに出かけた際、出くわしたオークを目にして恐怖から泣き叫んだ甥っ子。
その後どうしてか魔種族に凄い興味を持ち始め、有名な魔種族研究家の弟子となり、魔種族について話し出すと止まらない、そしてとうとう嫁ですら魔種族を選んだ筋金入りの魔種族好きといえる外交官の甥っ子。
そんな甥っ子の、背はでかいがすげえべっぴんで、外国人なのに貴族ですら話す奴が少なくなってきている優雅なキャメロット語を話し、ちょっかいをかけてきたチンピラ達を公衆の面前で容赦なくボコボコにしたあげく、そのケツ持ち達もついでとばかりにボコボコにしたあとにそいつ等をまとめて子分にする力と度量を持っている上に政治的なアドバイスもいくらでもこなしてしまう、常に甥っ子の一歩後ろを幸せそうに微笑みながら黙ってついて歩く嫁。
そんな嫁を娶った、今は本国の外務省に戻ってはいるが近々また道絶の秋津洲に、出世して参事官として派遣されるという兄貴の次男。
そんな甥っ子と同じ目をしている。
つまりだ、ただ知りたいということか。
単なる知りたがりな奴だということか、マルシャルさんも。
外交官である甥っ子が仲介してきたからさほど心配はしていなかったが、オルクセンが今更俺のことをどうにかしようとしに来たわけではないようだな。
俺はもう一杯ラムを飲むと、ニヤリと笑い
「で、何が知りたい?」とだけいった。
またも代理投稿となる作品です。
オフネスキーな酒樽先生のお怒りを買いませんように・・・