そこから出るために、全力を尽くしていく。
某所のワンライ企画で書いたもので、お題は「ど根性」です。
目覚めたら、どこか知らない部屋にいた。天井の色が、いつもと違う。寝ているベッドすら、感触も大きさも違う。
ゆっくりと息を吸って、周囲を見回す。よくある6畳間くらいの、そこまで広くない部屋。電飾式のロウソクだけが、俺を照らしている。
その薄い明かりだけを手がかりに、扉を見つけた。赤い塗料が塗られた、ちょっと冷たい扉が。
駆け寄って、ノブを回す。ガチャガチャという音を鳴らしながら、何度も何度も。当然、開かない。
蹴り飛ばしたら、足にジンジンとする痛みが走った。目の端が、少しだけ潤むほど。爪が割れたのは、間違いない。
これ以上蹴ったところで、ただダメージが増えるだけ。感触からして、確実に鉄が入っている。
窓のない部屋に、鍵を閉められたドア。もう分かる。俺は、何者かに監禁されていると。
心当たりは、なくもない。帰り道に後ろから視線を感じることは、何度もあった。振り向いて、女の人らしい影が見えることも。
薄気味悪いと思いながら、気のせいだと無視してきた。その結果が、これ。
拳を握った。ただ震えるだけで、何も解決策は浮かんでこなかった。
扉を蹴って壊すことは、無理だ。そうなってくると、別のところから出口を探すしかない。
ひとつひとつ、あるものを確認していく。投函物を入れられそうな場所がある。そこを開けると、小さめの金庫くらいの空間がある。手を突っ込んでみても、とてもではないが出られそうにない。
他の場所も見回すと、壁は一部が木張りになっている様子。といっても、蹴破って出るのは難しそうだ。
なにせ、足元程度の高さしかないのだから。そもそも、軽く叩いた音からするに、数枚重ねになっている。素手で殴っても蹴っても、効果はない。
それから周囲を探っても、脱出の手がかりは見つからなかった。せいぜい、トイレがあるだけ。無力感が襲いかかってきて、ただベッドで横になる。
いつになれば、出られるのだろうか。ストーカーだというのなら、俺に会いたいのではないのか。
誰もいない空間で、ただ布が擦れる音だけがする。ゴワゴワした感触が、嫌に残った。
目を閉じて、深呼吸をする。このまま死ぬまで出られないんじゃないだろうか。そんな考えばかりが広がっていって、眠ることすらできやしない。
諦めて、目を開く。天井を見て、ただ模様を眺めていた。
布団にくるまりながら、頭の中で音楽だけを繰り返す。せめてそうしていないと、頭がどうにかなりそうだった。
1時間経ったのか、2時間経ったのか。あるいは、十分ほどなのか。時計がないから、何も分からない。
ただ、のどが渇いたという感覚がある。それなりに時間は経ったはず。太陽も届かないから、どれだけかも分からないが。
そんな時、コトリという音がなる。俺はすぐに、大声で叫んだ。
「誰か、いるのか!? 返事をしてくれ!」
俺を監禁した相手でも良い。とにかく、誰かと話がしたかった。ひとりで横になっているだけでは、嫌な考えしか浮かんでこなかった。
せめて、誰かの声が聞ければ。そんな願いも虚しく、返事は返ってこない。
なら、なにか手がかりでもないだろうか。音の場所を見ると、投函物を入れられそうな場所だった。開くと、チャーハンとスプーン、そして烏龍茶らしきものが入っていた。
お腹の音が聞こえて、ため息を付く。たとえ罠だろうと、食べるしかない。
もし食べなければ、次は食事が出てこないかもしれない。それに、すでに喉が渇いている。せめて水は飲まなくては。
どうせ烏龍茶を飲むのなら、チャーハンを食べても同じこと。毒を喰らわば皿まで。それだけだ。
スプーンを手にとって、チャーハンを食べる。具は、卵とカニカマ。シンプルなそれが、妙に進む。
自分でもどうしてかと思うほど、勢いよく食べ進められた。それこそ、部活終わりの高校生くらいに。
食べ終えて、息をつく。スプーンを片手に、ボーっとしながら。すると、木の板が目に入った。スプーンをもう一度見る。木の板に、スプーンを差し込む。少しだけ、削れた。
これしかない。そんな思いが、風船よりも勢いよく膨らんでいく。何度も何度も、スプーンを押し付ける。100回を超えて、数えるのをやめた。それからも同じことを繰り返し続けて、ふと我に返る。
削れているのは、ほんの一センチほど。指先は、もう痛い。握りしめすぎて、人差し指が凹んでいる。
こんなことをして、本当に脱出できるのか? そもそも、壁の先に出口がある保証があるのか? 仮に高階層だったら、どうなる?
弱気ばかりが、襲いかかってきた。間断なく、何度も何度も。スプーンを握る手が、ただ震えていた。
天井を仰ぐ。ほんのわずかに、模様が見えるだけ。太陽すらも、届かない。誰も、ここにいない。
うなだれて、スプーンが落ちる。カランという音が、聞こえた。
いや、諦めてたまるものか。もう一度、太陽を見るんだ。もっと具の多いチャーハンを食べるんだ。ふかふかのベッドで、寝てみせるんだ。
根性さえあれば、きっとできるはず! 諦めるな、俺!
もう一度、スプーンを握り直す。指先が、ほんの少し痛む。それを振り払って、息を吐く。そして、もう一度スプーンを木の板に差し込んでいった。
どれだけ経ったのか、分からない。何度か食事を取って、睡眠も取った。同じチャーハンだったが、気にしない。
もう、声の主も探りはしない。未来にたどり着くまで、ただ駆け抜けるだけ。
皮がめくれようとも、手が冷たくなろうとも、ひたすらに掘り進め続けた。
そして、ついに運命の時が訪れる。掘り進めたのは、結局30センチほど。そこから先に、穴が開く。そして、光が届いてきた。それは、つまり。
全身が、強く震えた。高揚するままに、スプーンを差し込み続ける。少しずつ、外が見えていく。
体を差し込んで、ゆっくりと進んでいく。這いつくばって、なんとか外まで躍り出られた。
太陽が、俺を照らしている。それを浴びながら、ゆっくりと深呼吸をした。肺いっぱいに空気が入り込んできて、爽やかだ。
俺は今、きっと晴れやかな表情をしている。明るい気持ちで、外へと出る。
だが、現実はまだ俺に試練を与えてきた。帰るべき家がどこなのか、分からない。誰かに尋ねようとしても、目をひそめて遠ざけられるだけ。
そう。今の風体は、まるで浮浪者そのもの。俺を心配する人など、どこにもいない。
トボトボと歩いていると、公園が目に入る。ブランコに座る中年の気持ちが、今は誰よりも分かった。
ただ揺られるがままに、俺はブランコを漕いでいた。明るかった空が、茜色に染まるまで。
ヒソヒソと声をかけられても、去ることもしない。俺には、逃げる場所すらなかった。ただ、うつむき続けた。
「あの……」
そんな声が聞こえて、上を見る。そこには、心配そうな顔をしている女の人がいた。
まさか、今の俺を見てそんな感情を抱けるというのか。ブランコから手を離して、立ち去ろうとする。その前に、手を掴まれた。
「この手……。怪我をしていますよね? 私の家で、手当てしましょうか?」
誰かの優しさが、こんなに胸にしみる日が来るとは。ただ頷くと、ポロポロと涙がこぼれてきた。
手を引かれるままに、俺は彼女についていく。生きていて良いんだ。そんな言葉が、自然と浮かんできた。
近くにあった家に入り、水道で傷口を洗われる。ガーゼを当てて、包みこんでくれた。
それで息を吐くと、お腹がなる。クスクスという声が聞こえて、つい目を逸らしてしまう。
「そうだ。食事の準備をしてきますね。少し買い物に行ってきますので、あなたは休んでいてください」
言われるがままに、俺は休んでいた。監禁されたことは、不幸そのもの。だが、とても良い出会いがあった。優しい人と出会えたことは、きっとこれからの人生でも忘れないだろう。
時計の音を聞きながら、ゆっくりと帰りを待つ。スーパーの袋を持った彼女が、帰ってきた。
だが、食材を買ってきたにしては袋が小さい。気になっていると、中身を取り出して笑う。
「来客のことを考えていませんでしたから、スプーンを買ってきたんです」
そう言って、2本のスプーンを取り出す。そして、すぐにキッチンへと向かっていった。
「実は、もうできているんです。すぐに出しますから」
鼻歌交じりに、彼女は食事を盛り付けていく。大きな鍋から、スープをよそっていた。そして、炊飯器からご飯も。
「では、召し上がってください。たくさん食べていただけると、嬉しいです」
そのスープは、とても深みがあった。野菜しか入っていないのに、大きな満足感がある。
ガツガツと食べ進める姿を、彼女はただニコニコと見守ってくれていた。
食べ終えて、空になった食器。それを、またニコニコと回収された。
「ありがとう。野菜だけとは思えないくらい、満足感があったよ」
「ふふっ、カニカマで出汁を取ってみたんです。どうでしたか?」
「とても美味しかった。また、食べたいくらいだ」
「では、また食べに来てください。楽しみにしていますね」
そう微笑む彼女は、とても妖艶な顔をしていた。