「愛しいタマ!おはよー!チュッ(笑)」
いつの間にか布団に寝かされていた
タマモクロスは、プロ野球の監督が
不倫相手に送るメッセージみたいな
朝の挨拶で起こされた。
「おはようさん…その挨拶気に入っとるん?」
夫はもうしっかり出立の準備を整えている。
ほぼ毎朝のことながら
妙に艷やかで上機嫌なその顔が恨めしい。
「このプラン朝食付きじゃないから、
早めに出て朝ごはん電車で駅弁にしない?」
「元気やなホンマに…体力バカなのは知っとるけど」
妻は一糸纏わぬ姿で気怠げに起き上がると
長い銀髪をかき上げ、ため息をつく。
─そろそろ、自分がどれだけ魅力的な女性か
自覚してほしいんだけどなあ─
などとその艶めかしい仕草に見とれつつ夫は思う。
彼女は子供みたいな体型、と自嘲するが
まったくそんなことはないのだ。
「もう、タマったら…
なんでそんなに朝から俺を誘うの?」
「誘っとらんわ!!ベルト外そうとすなあ!!
お腹いっぱいや!!…脱ぐなアホ!!
ああもう、どっちが発情期かわからんわ…」
「こんなきれいな妻がいて発情しなかったら
即座に医療のお世話になるよ俺は」
襲われぬうちにそそくさと妻は服を着ようとする。
「うん、朝に駅弁かあ。ええなあそういうの」
「え、それは………どっちの『駅弁』?」
「食う方やボケぇ!!!ズボンを履けぇ!!」
ツッコみながら妻は
全力投球ならぬ全力投枕をし
見事夫の顔面に枕をヒットさせた。
「…なんや、すっかりいつも通りやな」
このところ常にあった焦燥感も
不安感も霧散したようだ。
「うん、なら良かった。……タマ、
今度は一人で抱え込んじゃだめだよ?」
「……ごめんなさい………
…えっと……あの…パンツはこか?」
短所は長所とはよく言ったもので、
責任感の強さが裏返せば一人で抱え込む癖になり、
拭えぬコンプレックスの裏返しが
負けん気となっているのが
タマモクロスというウマ娘だ。
「俺はいいけどブライアンに
気を使わせちゃったし」
「せやなあ。………うーん
ブライアンにちょっとええ土産買おかな。
家のことに巻き込んでもうたもんな」
夫ならまだ身内だからいいが彼女はそうではない。
「お土産か。やっぱ食べ物かな」
「甘い物よりしょっぱいのがええんちゃうかなあ。
あ、あと地ビールうまい言うてたわ」
「彼女お酒強いからねえ。じゃあおつまみ系と
地ビールと、ワインも見繕って帰ろうか」
「せやなあ。……何を順調に
全裸になっとんねんアンタは」
ナリタブライアンと姉のビワハヤヒデは
めっぽう酒にに強い。
この姉妹はいくら飲んでも一切様子が変わらない。
強いて言えば酒が進むと普段より
多少、口数が増えるくらいか。
酒の席で彼女らに挑んだ酒豪たちが
撃沈していくのを夫婦は何度も目撃していた。
─『こんな揉め事なしでまた
女子旅をしようじゃないか、タマモクロス』─
ぶっきらぼうに見えて存外、面倒見のいい
三冠ウマ娘の去り際の言葉を思い出す。
「……今度はブライアンと2人でどこ行こかな」
「え、俺は!?」
「女子旅やもん。男子禁制、アンタ留守番やで」
「じゃあ女装して一緒に行く」
「その男臭さ10割の顔と背の割に
ひっろい肩幅とふっとい首でかぁ!?
いやいや、ホンマやめとき?
流石に笑えんし大事故にしかならんて」
「そんな真顔で止めなくても…」
「どうせこっそりついて来るんやろ?」
ジト目で夫を睨む。
「…………………………………………
………………………そんなことしないよ?」
「今の間はなんや!?とにかく留守番やでアンタは」
「やだあああああ
タマもブライアンももう
俺を置いてかないでえええええ」
夫は布団に突っ伏して泣き言を言いだした。
「お、おう……うーん…
運転手兼荷物持ちでええなら
検討の余地はあるかもしれんけど……」
「喜んで」
途端に夫は居住まいを正した。
めちゃくちゃキリっとしている。
「………朝の駅弁は?」
「ああ、ウチはそれでええよ」
「よし、言ったね、タマ」
即座に夫は妻を抱き上げた。
「………って、こらっ!………
……せやから、食う方やと……………!!!!!」
─その後、タマモクロスは受診した病院に
別件でしばらく世話になることになるが、
それはもうちょっと先の話である。