夜、眠る前に目を瞑った時、
今日より楽しい明日が来るなんて考えたこともなかった。
暗闇を走り続けている間、私はずっと一人きりだった。
でも、孤独だと思っていたのは自分だけで。
私のそばには、私を大事に思ってくれる人たちがいた。
私はただ、知らなかったんだ。
私は、愛されてもいいんだ。
だから、私はもっと、この世界を好きになってもいいんだ!
『オーディエンスの投票が終わりました! 泣いても笑っても、お料理対決はこの結果で決まります!』
『各チーム素晴らしい配信だったよ! まずはここまで戦ってきたライバーたち、そして大いに盛り上げてきてくれた、ツクヨミ、リアルのファンのみんな、ありがとう!』
参加者たちはステージに並び、大型モニターに結果が表示されるのを息を呑んで待つ。
結果の読み上げは主催のヤチヨが行う。
着物姿の彼女は自らの定位置、大鳥居の上までふわふわと優雅に浮かび上がっていき、静かに目を閉じた。
『料理は心? 料理は味? それとも、料理はインパクト? きっとみんな、この勝負でそれが何か、改めて考えられたんじゃないかな?』
ヤチヨは上品な仕草で傘を開き、懐から一枚の和紙を取り出した。
会場の興奮が、静けさに変わる。
『それでは、発表します。まずはお料理部門からーー』
ヤチヨはたっぷり溜めてから、私たちに視線を向けた。
くすりと微笑んでいるような。
「え゛ーーーーー!!??」
かぐやの悲鳴をかき消す大歓声が、会場に響き渡る。
料理部門で先んじたのは、私たちのチームではなかった。
予選二位のチャンネル。私たちの月見ハニトーを改良し、オリジナルのルナミトーストとして練り上げた料理を作ったライバー。
そのビジュアル、味、出来栄えは確かに大したもので、試食した私とかぐやも、危機感を感じるほどの出来だった。
話を聞くと、プロの料理人がメンバーにいたのだという。私たちの料理は本職に認められた反面、純粋に技術力と完成度の勝負で敗北を喫したのだった。
意気消沈したかぐやが、弱々しく私の手を握ってくる。
私は無念さを悟られないように、彼女に小さく笑いかけた。
負けは負けだ、仕方ない。
ーーでも、思い出の料理で勝てなかったのは、悔しいな。
『本当におめでとう!! ルナミトーストもヤッチョ食べたいよ〜!!!』
会場の明かりが落ち、周囲は真っ暗になる。
ざわざわと観客たちがどよめいた。
『ふぅ。次はリアクション部門の発表、だけどね』
ライトが当たっているのはヤチヨだけだ。
固唾を飲んで全員が見守る中、彼女はゆっくりと口を開いた。
『もう、みんな、きっと結果はわかってるよね。その優勝は、かぐや&いろPチーム!!』
立ちすくんでいたかぐやと私は、四方八方からレーザーのように降り注ぐ、眩いスポットライトに照らされた。
ヤチヨの向こう側のモニターに、私たちの得た得票率が発表される。
『きゅうじゅう……?!』
『ろくパーセント〜!!?』
オタ公と琴が、驚愕を隠せないまま叫んだ。
審査した観衆は会場だけでも万単位、配信も合わせれば、十万は超えているはずだ。
絶対的な勝利だった。
かぐやは大きく飛び上がって喜んだ。
「ありがとー!! みんなー!! 本当にありがとーう!!」
全身から歓喜の感情を爆発させ、かぐやは観客全員にファンサでも始めるかのように、くるくるとその場を回って手を振り、飛び跳ね続けた。
『かぐやー!! いろP!! おめでとー!!』
『俺も泣いたぞー!!』
『一生オムライス作ってあげてー!!!』
観客からのかぐやいろPコールに答えながら、私は考える。
この、圧倒的得票。
単純に割合で考えれば、私たち以外のファンも相当数が集っているはずだ。かぐやのリアクションと私の料理は、彼らの心を動かしてしまったのだ。
『じゃ、じゃあ優勝は……』
『料理、リアクションの得票率の合計だから……!』
ヤチヨは満面の笑みを浮かべた。
最初からこの結果が必然、とでも確信していたかのように。
『ヤチヨのお料理対決、総合優勝は、かぐや&いろPチーム!! 本当におめでとう! 二人とも! 最高の料理だったよ!!』
ぎゅっ、と手に伝わる温度に熱がこもる。
かぐや、そして芦花と真実。
私たちは狭い室内に響き渡る騒音も忘れて、四人で強く抱き合って、身に余る喜びを全員で分かち合った。
ヤチヨは、優勝者インタビューと言って、私とかぐやを壇上に呼び出した。
そこで何を話していたかは、ヤチヨを間近にした緊張のあまり、よく覚えていない。
だからこれは、配信のアーカイブを見た私の記憶だ。
「おめでとう、いろP、かぐや。頑張ったね」
「あ、ありがとう……ございます……」
「全部いろPのおかげ! 私だけじゃ、何もできなかったと思う!」
ヤチヨの横顔はとても綺麗で、彼女は私たち二人に優しい微笑みを向けていた。
「予選から聞こうか。五つの難題を料理しちゃうなんてね、あれってかぐやが考えたの?」
「やっぱウケ狙いっしょ! リアルでも食べてみたいよね、いろP?」
「そんなワケないだろ……」
ヤチヨはくすくすとおかしそうに笑った。
何故だろう。
彼女は話している間もずっと、視線を外さず、私たちを見ている?
何かを、見透かすかのように。
「それにあの月見ハニトー! はぁ〜あ、二人が本当に羨ましいよ……よよよ……」
ヤチヨはわざとらしく泣き真似をして、着物の袖を濡らした。
「いひひっ。ちょっと騒ぎになっちゃって、大変だったけどねー」
「まさか、あんなことになるとは……」
それに気になっていたこともある。
ヤチヨはどうして、私たちの配信を拡散したんだろう。
そんな機会、普通に考えれば滅多にないことだ。
「でも、かぐやたちはどんなに大変なことがあっても、それを二人で乗り越えた。ううん、四人で。そうでしょ?」
「あれ? なんでヤチヨがそれを知ってるの?」
ヤチヨは空を見上げた。
ーーずっと、見てきたから。
私はどきりとした。
「かぐやたちがツクヨミの中にいるなら、私にはわかるよ」
「あ、ああ。そういうことか」
芦花と真実もツクヨミでの姿がある。
管理AIのヤチヨなら、隣に彼女たちがいること、それを把握していても不思議ではない。
でも、そう話したヤチヨの表情は、ひどく儚げに見えた。
「じゃあ、最後は決勝の話だね。ね、かぐや。いろPのオムライス……どんな味だった?」
「ん〜……オムライスの味だったんだけど……」
それはそうだ。会場が笑いに包まれる。
かぐやがヤチヨを前にして変な話をしないか不安で、私の背中には冷や汗が流れた。
「それじゃちょっと。もっと具体的な食レポで、お願いね?」
「ええっと……一番は、懐かしい、って思ったよ」
いろPに、最初に作ってもらった料理。
苦労してたよねぇ、あの時の彩葉。
あ、それは今でもか。
でも、その時、彩葉が精一杯作ってくれたオムライスだから、すっごく美味しくて。
私は、料理って、人の心って、すごくあったかいんだなって思ったんだよ。
それを食べてなかったら今の私はないし、こんなに大きな場所に立ててなかったかもしれない。
だから今日食べた彩葉のオムライスは、世界一ーーううん、宇宙一美味しかった。
好きの感情がいっぱい詰まっていて、私に対する彩葉の想いが溢れてきて、胸がわーってなって、すっごく泣いちゃった。
この先何があっても、絶対、忘れないよ。
ヤチヨはかぐやの話に、うんうん、と頷いていた。
思い出の味に、なったんだよね。
「ね、彩葉は、何を考えて、あのオムライスを作ってくれたの?」
「私は……そうだな……」
あれ?
記憶が混ざっている?
いつの間にかヤチヨが私を呼び捨てで呼んでいるし、かぐやも私のことを呼び捨てにしている。
「大事な人に、自分の想いをきちんと伝えようと思って、それだけしか考えていなかった、かも」
私は今、ヤチヨと話している。
でも、何故だろう。
その姿が、よく知っている誰かと重なる。
「かぐやと出会って、楽しいことも大変なことも、色々あったけど……とにかく私の人生が賑やかになって、私はきっと、かぐやの存在に救われてたんだと思う」
だから、ありがとうと伝えた。
そして、これからも一緒にいようと、かぐやに届けた。
ヤチヨは私に向けて柔らかに微笑んでいる。
瞳の端に、透明な雫を湛えて。
「どうして……ヤチヨが泣いてるの?」
「あははっ。どうしてだろうね、彩葉。たぶん、嬉しかったからかな。人の想いは、こうやって繋がるんだなって、いま、急に実感しちゃった」
ありがとう、彩葉。
ーーまただ。
私とヤチヨとかぐや。
その三人で、大鳥居の上で星々の海に照らされている。
料理対決で賑やかだったはずの、会場は静けさに包まれている。
私は、はっと気付いた。
ここはツクヨミの中だ。
記憶じゃない。
これは、今この瞬間だーー!
「ありがとう、彩葉。私の、少しだけのワガママに付き合ってくれて!」
「ヤチヨ、どうしてーー?」
かぐやはヤチヨの膝の上で、すやすやと寝息を立てている。
憧れの人物を目の前にしているのに、私は不思議と動揺していなかった。
それよりも何故か、懐かしい陽だまりに立つような、心の暖かさを感じる。
「ヤッチョは、彩葉とかぐやを、ず〜っと見てるよ。それだけを伝えたかったの」
「……そう、なんだ」
私は、それ以上のことをヤチヨに聞けなかった。
ヤチヨが内心に秘めた感情の正体を、もしも私が知ってしまったら、何かがおかしくなってしまいそうな気がして。
「ヤチヨカップ、絶対に勝ってね。大丈夫。彩葉なら、きっとできるよ」
「……ありがと、頑張るよ」
ヤチヨカップの勝者には、ヤチヨの隣でライブをする権利が与えられる。
夢物語、奇跡、それに届くところまで、私たちは手を伸ばそうとしている。
いいや、それは、最早おとぎ話の領域かもしれない。
「……彩葉。私からもっと、話したいことが、伝えたいことが、たくさんあるんだよ」
もっと、もっと。八千代を越えて。
彩葉。彩葉……ねぇ、彩葉?
「彩葉。四人ならーーきっと、最強でいられるから」
私はーーずっと彩葉を、待ってるから。
だからーー私を。
「ーーヤチヨ?」
「あ……彩葉、大丈夫?」
私は荒い呼吸を抑えて、目を開いた。
スマコンの電池切れ。そんなの、滅多にないことだ。レンズにかかった負荷が大きかったのだろうか。
「あれ……? ヤチヨは……?」
「……優勝のインタビューは終わったよ? まだ夢見てる?」
スマコン、彩葉が起きたら消えちゃった。
周囲を見回す私を、かぐやたち三人が心配そうに見ている。
ここはリアルだ。ヤチヨがいるはずがない。
「まっ、彩葉は今回もいっぱい、頑張ったもんね〜!」
私に顔を寄せるのは……ヤチヨ、ではない。
かぐやだ。見間違えるはずがない。
「ねぇ」
私は、三人に問いかけた。
どうして私、泣いてるんだろう?
料理対決は終わり、ツクヨミには、また束の間の平静が戻ってきた。
私たちの勝利は時と共に風化し、私とかぐやは、再び新たな目標に向かって邁進している。
誰よりもファンを伸ばすこと、そしてヤチヨカップに勝ち、ヤチヨの隣に並び立つこと。
私たちはリアルもバーチャルも、全速前進で走り続けていった。
しかし、高校生たるもの学業が本分。私は前にも増して、勉強するための時間を多く取った。
その余裕ができたのは、料理対決でフォロワーが増えた私たちがチャンネルの収益化に成功し、かぐやの配信が次々と生み出した利益で、私のバイトのシフトが減ったためだった。
店長は泣いていたが、もとより奨学金の申請と両立させて、自らの力で暮らしていくことが前提の高校生活だ。
そこから何もせずに逃げては、私が私を許せなくなってしまう。
ただ、私は一人でその状況に立ち向かっているわけではない。
「……なんで、みんな食材を買ってきてるの?」
「お腹が空いたな〜と思って、この部屋でお昼を食べようかと……」
「そう、たまたま私たちはお腹が空いてた。近くに彩葉の部屋があった。じゃあ、彩葉にオムライスを作ってもらおう、そうなるよね?」
「だってさ、彩葉?」
私は大きなため息を吐いた。
真実、芦花、かぐや……しょっちゅう私の部屋に入り浸られ、こんなものをねだられ続ければ、好きなことさえできやしない。
まあ、かぐやは同居人だから、そこにいるのが当たり前ではあるが。
狭い部屋で、小さなちゃぶ台を囲んで、女四人がどこにでもあるようなオムライスをつつくことの、何が楽しいというのか。
「え。だって、楽しくない?」
「理由なんて、他に何があるの?」
「彩葉……諦めなって。芦花と真実も、彩葉のこと大好きなんだから」
芦花と真実の二人が固まった。
この光景、最近見たな。
「かぐやさぁ……」
「気付いてても言わないでよぉ……」
二人はテーブルに顔を伏せて、おいおいと泣き声を立てて泣いた。
料理対決以来、芦花はかぐやのことを呼び捨てにするようになった。
かぐやは特段気にする風でもない。
私たちの関係は、少しも変わらなかった……わけでもない。
前よりもっと、四人でご飯や遊びにいくことが増えた。
ツクヨミでも会えばだらだらと過ごし、なんだかんだでいつも顔を突き合わせている。
かぐやの配信にも、二人を呼んだ。
気が付けばフォロワー数は上回っていたが、インフルエンサーの大先輩であることに違いはない。
主に社会常識や流行の観念が欠落している私たちは平伏し、彼女らの助力を乞うことも多かった。
だから、ただの賄いから密やかな自信作に変わったオムライスくらい、二人にはいくらでも作ろう。
いつもありがとう。
これからもよろしく。
精一杯のこの気持ちを込めて、全員で賑やかな食卓を囲もう。
私たちは四人で、きっと世界で最強だった。
ある日ゲーミング宇宙人が目の前に現れたとして、あなたはどうする?
正解はそう、全力で楽しむことだ。
今度は、パジャマを着て一緒に夜更かしをしよう。
水着を買って、白くきらめく砂浜に泳ぎに行こう。
明日は、きらきら輝く太陽を浴びて、無敵に楽しいことをしよう。
この一瞬を、最高のパーティに変えるために。
それが、私たちの理由だ。
END
謝辞
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
原作、超かぐや姫!は素晴らしい作品でした。
この作品に、そして素敵な楽曲に出会えたことに感謝します。
ありがとうございました。
本当に狙ったわけではなく、凄い偶然なんですが、
完結した4月5日は綾紬芦花さんの誕生日でした。
芦花さん、誕生日おめでとうございます。