ずっとずっと未来の、技術が発展しきった世界でのお話

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特別には飽き飽き

一人の男がいた。

 

俗に言う『一般的な人』であった。

 

  人並みに勉強をして、中堅の国立大学の工学部へ進学し、都内に位置する中規模のIT系企業に就職した。お世辞にも給料は良いとは言えないが、独身で特にそれといった趣味もない男が暮らしていくには充分であった。

 

 ある日の昼休み、男が、近くのコンビニで買ってきた弁当を食べながら同僚の上田と話していると、いつものことではあるが、上田が妙なことを言った。

 

「シミュレーション仮説って知ってるか? この世界は仮想現実かもしれないという話、お前も一度くらい聞いたことあるだろう? この話について俺なりに考えてみたんだ」

 

 上田は多くの趣味を持っており、その中の一つが思考実験である。

 

 金のかかる趣味も幾つかあるらしいが、それをこのような正社員ですら最低賃金の五割増し程度の賃金どう行っているかはもっぱらの謎である。

 

 上田は、男が興味を示しているからか、定期的にその話をしてくる。それは男にとっても新鮮で面白いことであったため、男は暇があると上田の思考実験の話を聞いていた。

 

 上田が言うには、この世界は遥か未来、技術が極限まで発達した知的生命体が、娯楽か研究か、何らかの目的で世界を完璧に再現したシミュレーションであり、我々は未来の世界の住人か、見分けられないほど精巧に作られたAIであるという話だ。

 

  この説の概要を説明し、自身の考えを一通り語った後、上田は「もしかしたらこの世界は俺が見ている仮想現実で、お前はよくできたAIなのかもしれないな」

 

「まあ、もし本当にこの世界の誰かが見ている仮想現実なら、どうせ俺もお前もAIって落ちだろうがな」

 

 そう言って楽しそうに笑い、その話は終わった。

 

 もしこの世界が仮想現実なら自分はAIだろう。研究目的だったら間違いなく、娯楽目的であったとしても、こんなつまらない人生を望んで送ろうと思う人なんていないだろうから。

 

  男は上田の話を聞いた後に、このようなことを考えた。

 

 それから何年か後、上田から聞いた『シミュレーション仮説』の話も記憶の彼方に失せたころ、何万もの人の悲鳴、低く恐ろしい大きな音とともに東京を大地震が襲った。運悪く出社中だった男はオフィスビルを出ることができず、大勢の人とともに瓦礫に、液状化した地面に飲み込まれ死んだ。

 

 丁度海外出張中であった上田は、東京を襲った大地震による被害を嘆き、友人である男の無事を祈っていた最中、男の生命活動が停止するとともに、世界そのものの時間の流れが止まった。もちろんその世界で暮らしていたどんな人もそれに気が付くことはない。

 

 

 高度に発達した映像処理媒体により形作られた空間の中、弾力性のある金属でできたように見えるベッドの上、未来的な服装をした美形の女性が目を覚ます。

 

『人生体験プログラムロビーへの同期終了……人生体験プログラムが終了いたしました。お楽しみいただけたでしょうか? またのご利用をお待ちしております。』

 

 やけに人間的な女の声が女性の情報処理媒体へ直接伝わる。

 

 女性は先ほど体験したばかりの記憶を振り返り、終わり方について少しの不満を感じた。

 

『もし不満があるならばお申し付けください。次からの人生体験の改善に努めさせていただきます。お望みであらば先ほどの世界に最小限のの改変を加え、人生を再開することも可能です。』

 

  思考を読み取り音声が反応する。

 

 女性は記憶媒体にある108回分の記憶を眺めた。

 

 全知全能の神として世界を創った記憶、遥か未来の情報を持ち込み一人で科学を何百年も進めた記憶、救世主として混乱に陥っていた中世の世界を救った記憶。幾つもの特異な人生を歩んだ記憶を見ることができた。

 

 彼女は、何度も繰り返した特別な存在としての人生、それに飽き飽きして今回の一般的な人間としての人生を選んだことを思い出した。災害に巻き込まれ死ぬというのも一興だろう。

 

「いや、その必要はない。それより次の人生を頼む」

 

『了解しました。次の人生の設定はいかがいたしましょうか……』

 

 

  恒星を中心として回る数兆の、球に何枚かのソーラーパネルを生やした物体。その中に搭載された約一平方センチメートルの薄い板が僅かに熱を発している。それが男、そして女性。いつしか訪れるかもしれない、もう訪れているかもしれない、極限まで発達した知的生命体の成れの果ての姿である。


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