提督が退役しました。これより年金生活に入ります   作:デモステネス

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第41話 元提督の課外講座 1

「ふむ」

 

 週間予報と高層天気図を確認して柳は満足そうに頷いた。高気圧は太平洋上に居座り、弱い低気圧がゆっくり西シベリアから東シベリアに移動中。最低でも4日晴天が続く。気候の厳しい北海道だが、一年のうち何週間か本州の穏やかな気候と一致する時期があり、春と秋のその時期を北海道民はとても大切に思っている。

 仕事してる場合じゃない。アウトドアしないでどうする。広報班にも課外授業を取材させてやる約束もしていることだし。

 外を見やり遠くの麦畑を見やる。秋まき小麦なので背丈はとっくに伸びている。

 さて、どうしたものか。青々とした麦を見ながら柳は思いを巡らせた。艦娘には実艦が大破着底、擱坐して救助待ちの訓練とは言ってあるが、柳は犬の散歩のようなものと思っていた。飼い主は、否応もなく毎日運動して健康に良いし、毎日行動を共にしていれば情もわく。

 単独行の最大の利点は自分のペースで動けることだが、この年齢でまともな単独行は無理だ。元々体育会系だったとか、寸暇を惜しんで体力づくりしていたならともかく、人生の大半を仕事に費やしてこの歳になってしまった。2時間半かけて登った山を20分で駆け降りるのは爽快この上ないのだが、もう無理。お気楽コースをお気楽にエンジョイしましょう。艦娘に陸兵の訓練してもしょうがないしね。

 

 さてさて。登山のかったるいところは、往きはいいとして、帰りも親からもらった二本の足で下山してこなければならないところにある。帰るまでが遠足、とはよく言ったもので、我武者羅に頂上を目指して限界を超えて気力体力を消耗すると、下りで盛大にぶっ転んだり、変に踏ん張るせいで筋肉痛になるとか、下手を打つと足を挫いて動けなくなったりする。

 頂上に上がったら迎えがあれば理想的で、実際観光用のロープウェーやリフトが動いている所もあるのだが平野の十勝にそんな所はない。これが札幌なら藻岩山、千歳恵庭なら有珠山があるんだがな。層雲峡や天人峡まで行けばあるけど、いやいや、艦娘にGebirgsjaegerの真似事させてどうする。

 

 首を振って馬鹿げた考えを追いやると柳は地図を眺めた。艦娘の特徴を生かすにはもちろん水上で、湾のない十勝では内水面になる。

 川は、どうしようかね。河原歩きは、下流の砂地は単調すぎ、中・上流の石原は足に来る。湖は、ずいぶん増えたな、農業ダム造って。しかしまともな面積あるのは、やはり海跡湖の4つと然別、糠平、大雪の3つだ。海跡湖の4つは初期訓練で使っているから艦娘がつまらんだろう。となると。

 ふむ。久しぶりににらめっこでもしようかね。

 

 

   *   *   *

 

 一旦湖畔の駐車場まで行き、トイレを済ませおやつその他をお土産館で買い込んだ。便利なのだが、ちょっぴり通俗的になったことをいささか残念に思う柳であった。

 海外旅行が気軽にできなくなった今の時代、国内観光は息を吹き返しており、北海道はその恩恵に最もあずかっている地方である。保険会社が再びホテルに投資先を見いだす中、然別湖は適度に秘境感を維持している。

 本州の湖で新宿駅や東京駅のバスターミナルばりに大型バスが発着し、湖岸は遊覧船や貸しボートでびっしり。出航やタイムアップを知らせるアナウンスが常に流れ。都会の喧騒を離れて緑あふれる高原の湖に来たつもりが都会に来てしまった。と、精神的にのけ反って以来、柳は故郷の然別湖やチミケップ湖、オンネトーを宝物のように思っていた。

 

 来た道を引き返し、然別川を渡ったところで左に曲がる。旧道を利用した駐車場も、入山届のノートが入っているポストの位置も記憶のままで安堵した。かなり丸まった鉛筆を見て小首を傾げ、ウェストポーチからヴィクトリノックスのアーミーナイフを取り出すと鉛筆を削り、氏名住所電話番号を記入。ポストの蓋を閉める。

 

 

「全員整列。お約束の課外講座だ。」

 

 

 遭難を想定した野外講座なので事前に詳細情報は一切伝えていない。

 

「目的地は、東雲湖付近のガレ場。距離は3.6km。明るい木立ちの中を歩いていく。見通しは遠くまできかないが、湖沿いの一本道で迷う場所はない。

 道はおおむね平坦。主曲線を2本またぐくらいで、高低差は高々40mだ。

 基本、乾いた土でぬかるんだ湿地や石だらけの河原はない。邪魔になるのは木の根っこと飛びだした枝、中途半端に転がったり埋まったりしている石くらいだ。

 山道としてはとても歩きやすい。もちろん野道とは比べ物にならんが、遭難救助を待つような場所には大抵の場合、まともな道はないはずだ。

 標準所要時間は2時間だが、艦娘は山道を歩き慣れていないから三割増しで2時間半を見込んでいる。

 途中、放棄された桟橋で休憩をとる。日向教官と響教官は、水上で先行して用意を頼む。場所は、ここから11時から12時の方向だ。ちょっとした砂浜になっていて、カヌーがいたりするからすぐわかるはずだ。」

「Да командир」

「昼食は、目的地のガレ場。帰りは桟橋跡から水上航行して北岸キャンプ場に移動。野営する。全部の行動時間は3時間以上5時間未満といったところだな。

 なお、集団行動はとらなくていい。敵対勢力はいないし、迷う場所も、危険箇所もない一本道をいちいち警戒して歩いてもつまらん。好き勝手に自分のペースで歩きなさい。

 無理して私についてくる必要はないからね。時間も十分余裕をみている。」

 

 

 軍隊、その中でも海軍は集団行動を旨とする組織である。ギリシア人が三段櫂船を漕いでフェニキア人やペルシア人をどつきまわしている頃には既にそうだった。陸軍や空軍なら個人的武勇で戦術をカバーする-コラー川の丘に籠った32人が一個連隊を阻んで一歩も通さずとか、マルタ島の3機の複葉機が制空権を維持-という奇跡が起きて語り草となるが、海軍でその種の奇跡が起きることは、絶無とは言わないが著しく低い。

 

 課外講座の一時のこととはいえこんな命令が出るなんて。

 吹雪はあらためて自分が予備役入りしたことを実感していた。軍という組織から離れたこれからは、個人の判断で行動するようにならなければならない。広報班だけではなく、大地寮の全員を連れてきたのはそういうことですか。

 と、最先任艦は深読みしていたが、単に面倒くさいだけだった。集団で歩くと自分の最適ペースで歩けないので余計な気力体力を使う。お気楽コースはお気楽に歩きたい。それに高々十何人。平坦な一本道を2、3km歩かせてばらけたところで大したことはない。

 

 本気だす…から見てて、と柳の後に初雪が歩きだし、ちょっと先に行って手伝ってきますね、と白雪がその後に続く。柳と付き合いの長い元佐世八鎮組は、それぞれ思いを至らせながら歩きだしたが、外様の広報組は呆れていた。

 自由行動?何それ。

 

 長年受けた教育に拠れば、軍艦の自由行動=陸軍の浮足立って算を乱して敗走中。悪名高いPQ17船団にしても自由行動命令は輸送船に出たのであって軍艦には出ていない。それにいくら艤装展開するとはいえ、杖ついた年金生活の爺様にあたしたちが置いていかれるって?

 ちょっとした坂道を登り、廃屋の横を通り過ぎるまではペースは遅かったのだ。だから皆、口には出さないものの柳のことを訝るか、退役者が格好つけちゃって、と小馬鹿にしていたのだが暖気運転だったらしい。こちらが道に飛び出す木の根っこや転がる石に躓いたりしているのに、リズミカルに杖を突く提督はペースが上がっていって、リュックを背負った背中が次第に遠くなり、ついには帽子も見えなくなってしまった。

 

 指揮官先頭なら下士官は落伍者回収です。最初、最後尾にいた吹雪は、列がかなりバラけてきたので一旦様子を見ましょう、と僚艦を追い越し始めたのだが、進めど進めど一向に柳の姿が見えない。ついに全員を追い越してしまった。

「寮監は? はぁ」二番手で艦娘先頭の秋雲に尋ねる。

「とっくに先。おたくの司令官って、なんかやってたの?」秋雲が呆れつつ答えた。「まともな軍事教練受けたことない艦娘専門提督って侮ってたわ。」

 有明通いに慣れている秋雲は歩きも達者だった。

「あたしも知りませんでした、ふぅ。」

「えーっ、って教官初期艦じゃん。」

「司令官と、山道歩く機会なんて、なかったです、へぇ」

 

 これだけ急いでも追いつけない。吹雪は、ハ行を使って息を切らしていた。艤装を展開したのは体力の劣る司令官のためのハンデと思っていたけれど、完全な誤解でした。体力は艦娘の方が圧倒的にあるのに。 その横をお先、と初雪が追い越していく。

 えっ!? 初雪ちゃんがなぜ?どうしてこんなにやる気出してるの?想定外の連続に驚きを隠せない吹雪であった。

 

 

 そして桟橋跡。

 

 大きなビーチパラソルと交通安全の幟を立て、響がパイプ椅子に陣取っていた。その横に衝立を立て、柳と日向がディレクターズチェアに腰掛けて-さすがに本革のソファは用意できなかった-お茶を嗜んでいた。船を使うか、一時間以上かけて山道を歩く以外に辿りつく術のない湖のほとりで場違いなことこの上ない。

 

「イチバァーン!」

 

 初雪が右腕を伸ばし、人差し指を高く掲げる。それを見た響はコーンを取り出すとアイスボックスを開き、まず黄色のアイスを盛り付け、次にピンク色のアイスを花弁のように周りにあしらうと初雪に渡した。

「知ってたのかい。」

 小首を傾げた。サプライズにするのに隠れて作っていたんだけどな。

「抜かりなし。フンス」

 初雪は響が妖精さんに金属バットを作らせたことを聞きつけていた。そんなものを響が使うとなれば、杵の代わりにアイスを突き固めて空気抜きする以外にありえない。

 

「初雪だったか。『魁けてこそ色も香もあれ』だな。」日向が感心する。

「いや、それを言うのなら『宴会には一番乗りだ』じゃないか。」

 アイスをうれしそうに食べる初雪を見ながら柳。

「フォルスタッフ卿もずいぶん寡黙になったな。そうすると君はヘンリー4世か5世ということになるんだが。」

「うーん」柳は一瞬考え込んだ。畳の上で死ねるけど叛乱祭りと、戦いに次ぐ戦いで赫々たる武功を挙げるも陣中死。

「5世にしておいてくれ。身内と険悪な訳じゃないし。」

「そうすると初雪に弟子入りしなければならないな。」

「問題ない。憧れの年金生活を謳歌する同志だからな。省エネ生活については、初雪に一日の長がある。」

「やれやれ。」日向は首を振った。「いずれにしてもドローだな。」

「うむ。」

 柳も頷いた。ビリは内勤で鎮守府から外に出ることが滅多にない明石。ブービーは日向を除けば最重量の蒼龍と一致して賭けにならなかったのだ。一番は体の軽い駆逐艦ということで一致したが、二人とも初雪は選外にあった。

「私もまだまだだよ。」

 

 困った顔をして首を傾げる柳に日向は微笑んだ。隠居しても提督は提督。大変結構。

 果たせるかな、二番目は柳の予想した通り白雪で、到着するなり響の手伝いを始めた。三番目は秋雲で、白雪の仕切りと秋雲の健脚を秤にかけたが、提督の読みが勝ったな、と日向は素直に敗北を認めた。やや間を置いて皆が到着し始め、ブービーとビリは二人の予想のとおり蒼龍と明石であった。

 

 

「えーっ!?艦娘!」

 

 カヌーから上陸してきた男が二度びっくりしていた。なんでババベラがこんなところに、と近寄ってみたらネネベラだった。というか艦娘だった。艦娘がババベラやったらなんて言えばいいんだ。いやいや、そもそもなんでこんな山の中に艦娘がいるのさ。

 

「人生には時として驚きがあるものなんだ。そんな君には瑞雲アイスをあげよう。」

「はい? 瑞雲? あ、うまい」

 

 日向からオレンジと緑の二色アイス(メロン味)を渡され、目を白黒させる男であった。喜んだ彼は、北海道の秘境の湖に奇跡を見た、とネット上にアップしたのだが、オチがひどすぎる、とネタ扱いされてしまった。何事も真実を伝えるというのは難しいものである。

 

 

 

「さて、初めての山道歩きはどうだったかな。」

 

 アイスで体温を下げ、落ち着いた後に紅茶を飲ませて水分補給。落ち着いたところで柳が皆を集める。楽しかった、ちょっときつかった、結構時間かかるんですねー、などと声が上がった。

 

「身を以て今日の目的の一番目を理解してくれたと思う。クロスカントリーは時間がかかる。高が2km。穏やかな内水面。水上ならせいぜい5,6分で着いたはずだ。」

 柳は艦娘たちを見回した。

「ここは山道としては破格に歩きやすくて、それでも10倍以上だ。普通の山道はもっと面倒くさいからもっと時間がかかったはずだ。

 まあ、私も面倒くさい道は歩きたくなかったんだけどね。」

 笑い声が上がる。柳の意図を感じ取った吹雪が手を挙げた。

「ちなみに面倒くさい道だとどうなるんでしょうか。」

「粘土や砂地は、踏ん張りがきかん。上り下りはずるずる滑るし、平地でも長時間歩いていると足首にくる。砂浜を歩くなら水で締まっている波打ち際だね。

 石原は、浮き石に体重乗せるとバランス崩していとも簡単にずっこける。小石だと思ってたら氷山の一角で思いっきりけっ躓くことがある。慣れれば最適ルートは自然に見えるようになるんだが、艦娘にその必要はない。

 山道はやたら時間がかかって体力も気も使う。それさえ知っていればいい。海兵隊に転科したいなら話は別だが。」

 

 取り敢えず返事を"Aye,aye,sir"から"Sir,yes,sir"に変えるところからだな、と柳が冗談を言い、笑いを誘った。真顔に戻る。

 

「水だな。何でもないところが滑りやすくなる。泥でぐっちゃんぐっちゃんになっていたら一歩一歩毎に埋まるし、一歩一歩毎に足を抜かなきゃならん。

 抜き足で力を使うなんて日常じゃ有り得ないんで、体が対応できない。姿勢崩しやすいし、余計に踏ん張るせいで体力消耗が倍以上になる。

 水溜りを避けると大抵は道じゃないところを歩かなきゃならんので、大回りになるし歩きづらい。気にしないで突っ込んだら、ちゃんとした防水加工の靴でないと足を濡らす。足を濡らす、っていうのは野外行動じゃ馬鹿にできないことでね。」

 

 水がしみた程度なら靴を脱ぐまで生ぬるさを我慢するだけですむのだが、問題はまともに水につかった場合。皮膚が水を吸い込み、ふやけた皮が皺と水分で滑り止めゴムのように働いて歩く衝撃をいちいちきっちり受け止めるせいですぐ靴ずれになる。無理をして歩き続ければ平方センチ単位に広がり、靴ずれというよりは皮が剥がれてきて、その間に水が溜まる。痛いことも痛いが踏ん張りが甘くなるのと痛みで余計な体力を消耗するのが切ない。何日も靴を乾かす暇がないと、第一次世界大戦の兵士を悩ませた塹壕足になる。

 

「ヽ(ヽ>ω<)ヒイィィィ!!」

「そんな状況になることは九分九厘無いだろうが、人生何が起きるかわからんからな。陸の上に上がった河童になった時、知っていればしなくて済む苦労を避けて通るのが今日の目的だ。 例えばこの杖だが。」

 柳は、手にした杖を掲げて見せた。

「ジジ臭い、と思っているだろうがそうじゃない。自転車に乗るには練習が必要だが、三輪車はその日初めての幼児でも乗り回せる。

 三点保持は簡単で安全確実。二点保持に割いていた能力を軽減するか、他に回せるということなんだ。日向教官。」

 柳が声をかけると、日向が頷いて杖を皆に配り始めた。

「これから湖畔を離れてちょっと山道らしい山道になるが、杖のあるとなしで負担が全然違うのが実感できるはずだ。」

 

 

 日向と響に撤収と北岸キャンプ場へ移動、幕営を指示すると先頭に立って歩き出した。明るい山道を歩くこと暫し。ちょっと開けた谷隘で立ち止まる。

「諸君、南はどっちかな。コンパスはなしで。」

 

 艦娘達は一斉に空を見上げ、全員同じ方向を指差した。天測は航海術の基礎である。

 

「じゃあ、これが曇りで太陽が出ていなかった場合はどうするか。

物の本によると、切り株の年輪の幅の狭い方が北ということになっている。

 この辺でも途中でもいいけれど、切り株見た子はいるかい。」

 

 えーっ、と声が上がり、切り株なんてあった?と、ぼそぼそ尋ね合い、ありませんでした、と口を揃えた。

 

「もちろんそうだ。ここは国立公園で、伐採は寿命がきた木の択伐しか認められていなかった。このご時勢で輸入材が途絶えて国内林業が復活したけど、ここは林道がないからまともに営林してない。それに一回、昭和10年代~20年代の戦時・復興時期に皆伐していて、まだ蓄積量が十分でないから当分このまんまだ。切り株なんてあるわけがない。そういう場所は、ここに限らず日本中にある。

 さて切り株がない場合。物の本によると、枝ぶりでわかることになっている。日当たりのいい南側の枝がよく伸びて、北側の枝は短い。

 それではそこのトドマツの枝をご覧あれ。」

 柳は、枝が幹から逆ハの字に伸びた木を指差した。

「見ての通り、南西側の枝が一番伸びている。短いのは東側だね。

なんで物の本がこう役に立たんかと言うと、はい、あっち。」

 東側の斜面を指差した。

「南北方向に20mばかり高くなっている。午前中は日陰になって日が射さない。まともに日が射すのは1時とか2時過ぎてからだ。

 物の本が想定しているのはヨーロッパやアメリカの手入れが行き届いた人工林だ。平地で、適当に間引かれていて万遍に陽が当たっている、畑みたいな場所だ。」

 柳は鼻を鳴らした。

「天保山や日和山にも登山したことないような奴が翻訳するからこうなる。それを孫引きするからアウトドアの教本って、嘘が多くてね。

 艦娘が遭難する状況は海岸だから木の成長は風向で決まる。枝が短い方が風上、長い方が風下。方角は関係ない。

 神戸市民は、六甲山の形でどこにいるかを確認するくせがついていて、他所に行くと途端に迷子になるそうだが。」

 柳は辺りをぐるりと見回した。「こういう目印になるものがない場所は、自分も神戸市民になったと思うように。」

「はい、寮監」衣笠がすかさず手を挙げた。

「はい、衣笠学生」

「神戸市民が方向音痴、と言われるのは心外なんですけど。」

 

 そういえば衣笠は川崎造船所竣工だったね。熊野みたいにとぅとぅ言って神戸出身をアッピールするわけじゃないからついつい名誉広島県民だと思ってしまう。

 

「学生時代の知り合いの神戸っ子が迷子の達人でねえ。金沢は城下町だからわからんでもないが、京都の碁盤の目でどうやったら遭難できるんだ?確かに上ル下ルはこんがらかるけど。」

「えーと」

「彦根城の外郭歩いているうちに訳わかんなくなって米原にいたとか、首里城から那覇に戻れなかったとか、行く先々で迷子になって怒っていたからフランク・ザッパって呼ばれてたんだけど。」

「あははは。」

 

 海が南じゃなくて山が北じゃなければねえ。笑って誤魔化す衣笠であった。




Gebirgsjaeger(山岳猟兵 ドイツ語)

 山の中は、まともに戦争やるような場所ではないのだが、ドイツ人は猟師を徴兵して嫌がらせすることを思いついた。職業柄狙撃が得意なら、気配を消して忍び寄り接近戦も可能。道なき道を移動するのに長けており、重火器を携行しない少人数とはいえ放置しておくと実に厄介。

 コラー川の丘に籠った32人

 シモ・ハユハ伝説はここで生まれた。フランス外人部隊帰りのアールネ・エドヴァルド・ユーティライネン予備役中尉率いるフィンランド第12師団第34連隊第6中隊は、最大時100倍の敵相手に3ヶ月以上持ちこたえて停戦を迎えた。
 弟のエイノは、兄アールネから贈られた本を読んでパイロットを志したそうで、なにこのチート製造器。

 マルタ島の3機の複葉機

 イタリア参戦に伴い、地中海-北アフリカの戦略要衝マルタ島にイタリア空軍が空襲。マルタ島を無力化しようとしたのだが、グラディエーター3機が邀撃にあたり、援軍が来るまでの約1カ月を持ちこたえた。
 戦略要衝に二線級の複葉機、しかも開戦直前に梱包状態で配送。パイロットが3人しかいなかったから3機というイギリスもひどいが、それにボコられてマルタ島攻略しなかったイタリアもひどい。マルタ島はドイツアフリカ軍団の補給線に最初から最後まで喉に刺さった棘になった。

 PQ17船団

 第二次世界大戦中のイギリス海軍の黒歴史。戦艦ティルピッツ、重巡洋艦プリンツ・オイゲンからなるドイツ海軍水上部隊が通商破壊戦出撃の報を受け、護衛艦隊には守るべき輸送船団をほおりだして一旦退避命令、輸送船団には、まとまっていると襲撃された場合に被害が拡大するとして散開、自由行動してアルハンゲリスク港に向かえと命令が下った。
 ティルピッツ出撃は誤報で、護衛艦隊が居もしないドイツ海軍探し回っているうちにドイツ空軍が輸送船団を虱潰しに空襲して船団は壊滅した。

 フォルスタッフ卿

 『ヘンリー四世』(シェークスピア)に登場する愛されキャラ。
 口のうまい、酒と女とバクチが大好きなデブのジジイ。小ずるいことを考えては、バレテーラ、と、こそこそ逃げるのがお約束。

「名誉だと? そんなもので腹がふくれるか?」
「戦場には一番最後で、宴会には一番乗りだ!」

 こんなことを人前で堂々と言い切るダメ騎士なのだが、四角四面の建前社会から解き放たれた自由人として王子(後のヘンリー五世)からは人生の師匠扱いされている。

 ババベラ

 秋田の夏の風物詩。農家のばあちゃんが小遣い稼ぎに国道その他で農作業の格好そのままでアイス売っている。ネットの表記はババヘラなんだけど、秋田の親戚はババベラ、っていってたなあ。
 売り子の年齢に応じてネネベラ、アネベラ、ババベラ、男ならアニベラ、オドベラ、ジジベラに時制人称が格変化する。

 熊野(艦これ)

 とぉぉ↑おう↓ と、奇声を発する重巡洋艦娘。しかも「ありえませんわ!」とセルフツッコミするところがボケたらツッコむのが礼儀の関西人?
 神戸弁の「○○しとぅ」を叫んでいるのかと思ったんだが、中の人によると「戦闘になった途端不慣れなせいで、頑張りに頑張ったらとんでもない奇声を発してしまった感じ」だそうである。

 フランク・ザッパ

 アメリカの前衛ロッカー。
 邦題つける人のセンスがなんというか
『雑派大魔神ボストンで立腹』
『雑派大魔神ニューヨークで憤激』
『雑派大魔神ノートルダムで激怒』
と、まあ、行く先々で怒れるロッカーやっているみたいな?
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